メインコンテンツへスキップ
見出し画像

☕ Café Solas: < Fragments > – 記憶のレシピ 第五章 記憶装置

    研究室の空気は、重く張りつめていた。

    黒崎はゆっくりと歩き、部屋の中央にある装置の前で立ち止まった。

    椅子のような形をした機械。

    その背後には、複雑なケーブルとモニターが並んでいる。

    黒崎はそれを見上げ、満足そうに頷いた。

    「やはりここにあった」

    ケンタが腕を組む。

    「最初から知ってたみたいな言い方だな」

    黒崎は振り向いた。

    「ある程度は」

    そして続ける。

    「佐伯教授は、研究の最後の段階でこの装置を作りました」

    タクヤがモニターを覗き込む。

    「これ、本当に動くのか?」

    ミナが祖父のノートをめくっていた。

    そこには装置の図面と、実験の記録がびっしりと書かれている。

    彼女はゆっくりと言った。

    「……動きます」

    アキラがミナを見る。

    「確かなのか?」

    ミナは頷いた。

    「祖父は、何度か実験をしています」

    ケンタが目を丸くする。

    「誰で?」

    ミナはノートの一行を指さした。

    そこにはこう書かれていた。

    被験者:佐伯修一

    ケンタが息を吐く。

    「自分で試したのかよ」

    黒崎は静かに言った。

    「彼は研究者でしたから」

    アキラは装置の椅子を見つめる。

    「これに座ると……どうなる?」

    ミナは答えた。

    「記憶の中に入ります」

    ケンタが苦笑する。

    「さらっとすごいこと言うな」

    ミナは続けた。

    「脳波と感覚刺激を同期させて、特定の記憶を再生するんです」

    タクヤが腕を組む。

    「つまり、思い出すんじゃなくて」

    ミナは小さく頷いた。

    「体験する」

    研究室の奥で、機械のファンが低く回っている。

    アキラは祖父のノートをもう一度見た。

    そこには、最後のページにこう書かれていた。

    レシピ完成のためには、最後の材料が必要

    その下には、短い文章。

    記憶は一人では完成しない

    アキラはつぶやく。

    「一人では……」

    黒崎が静かに言った。

    「その答えを知るために、ここへ来たんです」

    そして装置を指さす。

    「教授の最後の記憶を見る」

    ケンタが顔をしかめる。

    「簡単に言うなよ」

    黒崎は落ち着いた声で答えた。

    「他に方法がありますか?」

    沈黙が落ちた。

    タクヤがアキラを見る。

    「どうする?」

    ミナは祖父のノートを胸に抱いていた。

    アキラはゆっくりと装置に近づいた。

    椅子に手を置く。

    冷たい金属の感触。

    しばらく考えてから言った。

    「……俺がやる」

    ケンタが即座に反応する。

    「待てって」

    アキラは振り返る。

    「祖父の研究を一番理解できるのは、手帳を読んでいた俺だ」

    タクヤも言った。

    「危険かもしれないぞ」

    アキラは少しだけ笑った。

    「そうかもな」

    そして装置に座った。

    ミナが慌てて操作パネルを見る。

    「ヘッドフレームを下ろして……」

    金属のアームがゆっくりと動き、アキラの頭を包み込んだ。

    モニターが点灯する。

    黒崎が静かに言った。

    「記憶の再生が始まります」

    ケンタが呟く。

    「ほんとにやるのかよ……」

    ミナは深呼吸をした。

    「起動します」

    ボタンを押す。

    機械が低い音を立てて動き出した。

    モニターに波形が流れる。

    光がゆっくりと強くなる。

    アキラの視界が白く染まった。

    そして――

    光が弾けた。



    第六章 祖父の記憶

     
     

    和人

     
     
    和人 52歳。 放送大学で学びながら、 小説『Café Solas』を執筆中。 就職氷河期世代として、 仕事・学び直し・健康・老後について考えています。 50代のリアルな日常と、 学び直しの記録を発信しています。 小説とエッセイを中心に更新中。

    あなたへのおすすめ