
☕ Café Solas — season7 第7話 それぞれの春
昼の休憩時間。
ソラスには、ゆるい空気が流れていた。
「なあ、思いついた」
ケンタが急に言う。
タクヤがラテを飲みながら顔を上げる。
「嫌な予感しかしないな」
「花見の季節じゃん?」
「まあな」
「だからさ、春限定メニュー作ろうと思って」
ミユキが腕を組む。
「それはいいじゃん」
ケンタは少し間をおいて、得意げに言った。
「びっくりプリンの和菓子バージョン」
一瞬の沈黙。
タクヤがゆっくり口を開く。
「……プリンと和菓子って、どういうことだよ」
ミユキもため息をつく。
「コンセプト迷子すぎるでしょ」
ケンタは真顔で続ける。
「どら焼きの中にプリン入れるとか」
「それはもうプリンだろ」
アキラが静かにコーヒーを置く。
「……で、誰が食べるんだそれ」
ケンタは少し考えてから言った。
「観光客?」
タクヤが笑う。
「雑だな」
サチはそのやり取りを見ながら、小さく笑った。
「そういえばさ」
タクヤが何気なく言う。
「俺、この前卒業した」
一瞬、時間が止まる。
「……は?」
ケンタが固まる。
「え、なにそれ」
ミユキも驚いた顔をする。
「いつの話?」
タクヤは肩をすくめる。
「通信の大学でさ。文章とか、記録とか勉強してたんだよ」
サチが目を丸くする。
「全然知らなかった……」
「まあ、言ってなかったし。
仕事の合間に、ちょっとずつやってただけだよ」
タクヤはそう言って、ラテを一口飲んだ。
「単位は前に取り終わっててさ。
この前、卒業判定が出たんだよ」
ケンタが眉を上げる。
「判定?」
「要するに“卒業していいですよ”ってやつ」
ミユキが小さくうなずく。
「ちゃんとしてるじゃん」
タクヤは少しだけ笑う。
「で、昨日メール来てさ。“卒業確定しました”って」
ケンタが吹き出す。
「軽っ」
「そんなもんだろ。あとは証書が送られてくるらしい」
少しの沈黙。
その空気の中で、サチがぽつりとつぶやいた。
「……いいな」
みんながサチを見る。
「なんか、ちゃんと進んでる感じ」
サチは少し照れたように笑う。
「私も……何か始めてみようかな」
アキラが静かに言う。
「ここにいながらでも、できるだろ」
サチはゆっくりとうなずいた。
「うん」
夕方。
店の隅で、アイがスマホを見ていた。
「ねえ、これ」
画面を見せる。
そこには、一つの記事が表示されていた。
https://note.com/fine_donkey5326/n/n9c4827fd223d
「“Café Solas”の話、書いてる人いる」
ケンタがのぞき込む。
「なにそれ」
ミユキも近づく。
「……ほんとだ」
サチが静かに言う。
「これ……誰が書いてるんだろうね」
タクヤは少し離れた場所から、その様子を見ていた。
何も言わない。
閉店後。
静かになった店内で、サチがカウンターに立っていた。
今日の出来事を、頭の中でゆっくりとたどる。
タクヤの“卒業”。
自分の“これから”。
そして――あの記事。
カウンターの奥で、タクヤがスマホを見ている。
何かを打ち込んで、止まる。
少し考えて、また指を動かす。
サチは、その様子をぼんやりと見ていた。
――この話を書いているのは、誰だろう。
気づいていないだけで、
誰かが、どこかで言葉にしているのかもしれない。
それは、特別なことじゃなくて。
ただ、
見たことや、感じたことを、
そっと残しているだけなのかもしれない。
春は、いろんなものを動かす。
終わるものと、始まるもの。
気づいていたことと、気づいていなかったこと。
そして――
まだ名前のない、これからの話。
☕️ To Be Continued — Season 7 Episode 8
——桜の下で、ほどけていく時間。