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黒い服の隣に

    母と私は、服の好みがずっと合わなかった。
    母は明るい色、花柄、レース。私はモノクロ、無地、シンプル。

    母は買い物が好きで、出かけるとよくお土産を買って来てくれた。お土産といっても特別なものではなく、ちょっとしたお菓子だったり量販店の服だったりした。

    この服が私にとっては曲者だった。
    母が私に、自分好みの「お嬢さん」な恰好をしてほしいと思っていることは分かっていた。分かっていたも何も、直接何度も言われていた。
    当然、買ってくる服もそういう系統が多かった。

    でも私はといえば、物心ついた時から好きな色は水色。憧れの対象は3つ上の兄。可愛いものが嫌いだったわけではないけど、どちらかと言えばかっこいいに惹かれることが多かった。
    年を重ねるにつれて、好みや憧れは移り変わっていったが、根っこのところは変わっていない。

    学生の頃、母が私のために買ってきた服を、一度も袖を通さずにしまい込んだことがあった。それも一度や二度ではない。
    その中にはかわいらしい服だけではなく、母なりに選んだ「私が好きそう」な服もあった。でも、母が思う「私が好きそう」と、実際に「私が好き」な服には、低いようで高い壁があった。
    ようで、というか、母的には低くて、私的には高い壁だった。

    何度も買ってこなくていいと伝えたが、母は買い物が趣味なのである。数少ない趣味のひとつだから、それをやめるという選択肢はなかったのだろう。もちろん、自分の趣味としてだけではなく、娘への愛情でもあるのだと思う。
    当時も、それはなんとなく分かっていた。

    でも、着たくないものは着たくなかった。それに頼んでもいないのに買ってこられたのだから、悪いとも思っていなかった。
    それでも、チェストを開ける度に袋に入ったままの服が目に入ると、その度にダメージを受けた。せっかく買ってきたのに一度も着てくれないと、寂しく思っているであろう母の気持ちと、日の目を見ることが叶わない服への申し訳なさだった。

    今となってはそれらがどんな服だったかも覚えていないが、ひとつだけ、ずっと忘れられなかった服がある。いつものような量販店ではなく、デパートから買ってきた、上品なロングワンピースだ。

    いつもみたいにプチプラならまだしも、高いお金を払って好みじゃない服を買ってきたのである。
    それに対して当時の私は、意味が分からなすぎて怒りまで覚えた。そしてそのまま母に、どうしてこんなことをするのかと、強く言ってしまった。
    母は「似合うのに」と言い、納得いかない様子だった。

    他の服は年数のこともあって全て処分したが、そのワンピースは捨てるのももったいないし、売ることもできなくて、ずっとクローゼットに仕舞い込んであった。
    ちなみに当時ですらサイズがギリギリで、好みだったとしても外に着ていけるか微妙なところだった。

    そして今、ダイエットをして少し身体が変わった。私より少し小柄な母の服が、着られるようになった。
    きっかけは、収納ケースの奥から出てきた黒のトップス2枚。カットソーと、ベロアのボトルネック。どちらも母のワードローブの中では少数派の、飾り気のないアイテムだった。
    試しに着てみたら、思っていたよりしっくりきた。母に見せると、なぜか嬉しそうにしていた。

    別の日、ちょっとしたきっかけから、母に私が履かなくなったデニムパンツを渡した。カジュアルな服を持っていない母が、旅行に着ていく服を迷っていたのだ。
    元々着ようとしていたジャケットの一部にデニム素材が使われていて、渡したデニムの色味と合っていた。試着した母を見て、二人で「いいじゃん」「いいよね?」と言い合った。
    旅行当日、私がいないところで父に「このデニム、たゆけりに貰ったんだ」と少し弾んだ声で言っているのが聞こえた。

    好みは真逆のままなのに、お互いの服が行き来している。こんな日が来るなんて想像したことがなかった。

    そんな日々の中で、例のワンピースのことを思い出した。「今なら着れるかも」自然とそう思えて、クローゼットから引っ張り出した。
    久しぶりに見たワンピースは、記憶よりも落ち着いた色合いだった。若草色がメインの更紗柄だ。

    鏡の前に立つと、10年以上の時が過ぎていたこともあってか、今の私なら着てもいいと思えた。でも普段なら選ばないし、そこまでしっくりきているわけでもない。
    なのに母は「似合ってる!いいよ!」と、昔と変わらず嬉しそうにしていた。

    少し勇気を出して、買ってもらった時に怒ってしまったことを、ずっと気にしていると伝えた。母に対しては、反抗期だった頃をいつまでも引きずっているような感覚があり、こんなことすら自然に伝えることができない。
    子供のままだなと苦笑してしまう。

    母は、「そんなことあったっけ?」と笑った。
    というか、ワンピースの存在自体忘れていた。

    強く言ってしまったことを、引きずっていたのは私だけらしい。この10数年は何だったんだ、と拍子抜けしてしまった。

    同時に、これが母だと思った。

    今年の夏はこのワンピースを着て、母とどこかへ出かけてみよう。

    今、私のクローゼットには、黒い服の隣に若草色のワンピースが並んでいる。


     
     
    アラフォー独身。 日々のこと、感じたことをエッセイで綴っています。白黒つけたがる性格のグレーの部分を消化したい。 ときどき、日常と美容が交差する短編小説も。小説に登場したアイテムのことは、あとがきのように別記事で。 どこかで重なるところがあったら嬉しいです。

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