メインコンテンツへスキップ

ツバメがくるくると空を飛んだ。

     2025年6月14日、充志は死んだ。
     充志は私のお父さんのこと。

     2年ほど前に膵臓癌と診断されて、2年、癌は身体を蝕んだ。
     
     私は三重を離れて東京で暮らしていたので、家族は私には充志がそろそろ良くないという時だけ、報告をくれた。
     いよいよだという時、朝の5時に連絡が来た。私は飛び起きてリュック一つ持ってそのまま品川駅に向かった。電車の中はサラリーマンの群れである。一人、その中で充志を思っていた。

     充志はそれはそれは怖い漢だった。ちょいリーゼントの色黒の輩だ。散々しばかれた、散々怒られた、散々、散々、散々。
     でも悔しいよね、思い返すのはいつも、晴天なんだ。

     そんなことを電車の中で考えていたら、涙が出て、しまった。無表情なサラリーマンの中、私だけが感情を発露しているようで、恥ずかしくも。でも今私は晴天が消えてなくなる気持ちでいっぱいで、止まらなく、堪らなく。品川まで泣くことにした。

     充志は私が三重について1週間耐えてくれた。
     充志が最期に私にかけてくれた言葉は。
     「えらいなあ……。」
     だった。たったその一言。
     私は新幹線に一人で乗れない怖がりのただの小さな女の子。その子が一人でお父さんに会いに来た。だから、えらいねと褒めてくれた。
     充志は、私を褒めて、そうして、あとは「ぐるじい」とかそういう呻きを発して。

     6月13日。今日の病院のお泊まりは無理を言って母と私にしてもらった。
     夜、椅子にもたれかかって、寝てる母と、モルヒネで昏睡している充志。三人で川の字になって寝ているようだった。
     このまま、このまま……。充志の苦しみも考えずに自分ばかりの考えが浮かんでは消え、消えては浮かぶ。

     朝を迎えた時。ツバメがピョーいピョーいと泣いた。くるくると旋回して、晴天であった。
     私は三人のお泊まりが楽しくて踊った。

     心拍を示す心電図はビービーと音を立てている。
     まだ充志は生きる気でいると思った。
     でも、心電図の数字は50切って40切って30飛ばして20になった。
     ビービーと音を立てる。
     ツバメはピョーいピョーいと鳴いている。

     充志は家族に見守られて、大きく息を一回吸って呼吸を辞めた。

     雨が降った。ツバメはどこかに行ってしまった。
     充志を連れていくかのように。
     いなくなった。
     

     

    #創作大賞2026 #エッセイ部門

     
     
    話を書かせてください、誰に読まれずとも

    あなたへのおすすめ