
普通がなくなった世界に思うこと「エスプレッソ・コーラ」読書日記
この間友達と話していて、「普通って何なんだろうね」という話をした。
自分の感覚の中での「普通」ってもちろんあるんだけど、世間一般的な意味での「普通」ってだんだん確信が持てなくなっている。もちろん常識はまだまだあるとは思うけれど。
結局、自分が知っている範囲が自分にとっての普通である。
ついでに言うと『普通はさ』って言ってくる人は個人的にはあんまり好みじゃない。もっと言えば私の価値観にかぶせるように「普通はさ」って言われる場合は大概否定的な文脈なので、はっきり言ってしまえば嫌いである。誰かに迷惑をかけないならほっといてほしい、そう思ってしまう。
冒頭の友達との会話に戻ると、「え、もう今って普通とかってないんじゃない?」とさらっと言われた。そういわれてみればそっちの方がしっくりくるのが今の時代かもしれない。
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週末ふとしたきっかけで読んでみたら、久しぶりに沼落ちしたのがこの漫画。何をきっかけに読むことになったかはもはや思い出せず。めっちゃ面白いのに無料ということがびっくりする。
児童発達支援の現場を描いた療育がテーマの漫画で、なんというかそこで起こる人間模様や子供の発達がとてもリアルである。子どもがかわいいとか療育の可能性だけじゃなくて、福祉の闇や限界がしっかり書かれているところが興味深い。
そして時折ほろっとする。こういう暖かい世界が、どこかにあってほしいなと切に願う。
願わくばすべての人が手を伸ばせば届くところにあって、救われる子どもがたくさんいますように、そんな気持ちになる。
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障害という診断がつけばそれはどうか、という話をしたいわけではなく、普通に見える人の中にも診断がついている人はけっこういる。(というか私の同僚とか友人の中でも数人いて、一部はいわゆる仕事ができる人たちである。)
もっと言うなら何年か前の小児児童精神学会で専門家のセッションを聞いたところによると「本人が困っているかどうか」が診断の一つの決め手である、とのこと。
そのセッションを担当していた医師は、「医者の世界はASDとかADHDとかそんなんばっかですよ!」と笑ってたのが印象的ですらあった。
そしてあらためて普通ってなんなんだろうなと思う。
どうすればよいという答えはないのだけれど、人の成長とか発達は答えがない世界なんだなということがよく理解できたし、人ってよくわかんないなと思ったり、子供を育てる身としては考えさせられることが多かったです。