
元気だった?みんなじゃなく、あなたに聞きたい|エッセイ
「元気だった?みんな言ってるよ」
この言葉を聞くと、何かが引っかかった。
あなたが言う「みんな」って誰?
そんなことを口に出したこともあった。
久しぶりに会ったとき。前に顔を出していたコミュニティから離れたあと。決まってこの言葉が来た。
みんなって誰だよ、と思っていた。
言う側にとって、「みんな言ってるよ」は便利な言葉だ。
本当にみんななのか。一人だけじゃないのか。そう思ってしまう。だから、引っかかった。
今思えば、苛立っていたのは「みんな」に対してじゃない。
自分のことを直接見てくれていない、その感じが嫌だったのかもしれない。過去の自分だけを見られているような気がした。
十年くらい会っていない友達がいる。
繊細そうで、でもどこか頑固な人だった。相手のことをちゃんと考えている。でも、その優しさがうまく伝わらない。傷ついたり、傷つけたりして、最後は自分から少し距離を置いてしまう。
お互い、愚かしいところが、とても似ている。
待ち合わせをすると、「何あったの」から会話が始まる。そういう関係だった。
お互い、話を聞いてほしかったんだと思う。一緒にいると、うまく言えないことも言えた。間違っていても言い合えた。帰る頃には、お互い、悩んでいたことが少しだけ小さくなっていた。
ある日のご飯の席で、自分がストレートに言いすぎた。言葉が出た後、しばらく沈黙が続いた。
あの子は泣いた。
しばらく時間が空いて、また会った。謝った。わだかまりは解けた。
でも、そこから会わなくなった。
子育てが始まって外に出なくなった。コロナ禍にもなって、お互い連絡を取らなくなって、気づいたら時間が経っていた。
最近、ポッドキャストを聴く機会が増えた。誰かの話を聞きながら、気づけば自分の考えを整理している。
昔から、人の悩みを聞くのが好きだった。何があって、どう感じて、どこで苦しくなったのか。順番に並べていくと、本人も気づいていなかったものが見えてくることがある。その時間が好きだった。
あの子とも、そんな話ばかりしていた。話を聞きながら、相手のことも、自分のことも整理していた。
ポッドキャストを聴いていて、久しぶりにその感覚を思い出した。だから最近、あの子を思い出すことが増えた。
LINEを開いて、名前を押す。
「久しぶり。」
その一言を書いて、消した。
「元気?」
それも消した。
何年も空いた人に送るには、軽すぎる気がした。重すぎても違う。結局、何を書いても不自然に思えて、閉じる。
何回もやった。
今は悩みもないのかな。忙しいかな。いきなり連絡したら、「何あったの」と思われるかな。
前みたいにご飯食べに行こうよ。プリンの乗ったパフェを食べに行こうよ。
そんな一文すら、送れないでいる。
泣かせた理由は分かっている。
「みんな言ってるよ」に腹を立てていた自分が、人づてに何かを伝えるようなことを、あの子に言ってしまった。
自分は正しいと思っていた。だから、その場では、言った中身を謝れなかった。謝れたのは、泣かせてしまったことに対してだけだった。帰り道になってから、言いすぎたと気づいた。
今、あの子に聞きたい言葉がある。
あの頃は、「元気だった?みんな言ってるよ」が嫌だった。
今は違う。
みんなじゃなく、自分が聞きたい。
元気だった?
今なら、聞いてもいいかな。
fatdadmusic
1986年、北海道生まれ、札幌市在住。学生時代は野球とサッカーに打ち込む。社会人になり、お菓子屋で働く傍らDJを始め、音楽と夜の街に夢中になる。遠回りをしながら、現在は会社員として働き、パートナーと息子と暮らしている。2026年春よりエッセイを書き始める。過去の出来事を振り返りながら、人との関わりや後悔、自分が何を感じてきたのかを綴っている。
ほかにも、こんな話を書いています。

絶品パフェをはじめとするスイーツやカフェメニューを
提供し続ける「Dining&Sweets SINNER(シナー)」のパフェ。
(北海道札幌市・豊水すすきのエリア)