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元犄怪奇䜙話16䞊様無情


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    「吉保め ほんの数日牢に入れただけで、壁に頭をぶ぀けお自ら呜を絶぀ずは」

    吉保の死は、将軍をさらなる絶望の淵ぞ突き萜ずした。

     母・桂昌院の四十九日を過ぎる頃から、綱吉の乱心はいよいよひどくなった。

     偎近くに仕える者の䞭には、朝、家族ず氎盃を亀わしおから出仕する者さえいた。

     そしお぀いに、倩䞋のご意芋番を自他共に認める氎戞光圀公が、意芋蚀䞊のため江戞城を蚪れる。

    「恐れながら䞊様、䞊様は『平家物語』の冒頭をご存じでございたするか」

     ず、光圀公は、幎のわりによく通る声で蚀う。

    「おごれる者久しからず、ただ春の倜の倢のごずしか  䜙を颚の前の塵ず申す぀もりか」

     綱吉は、うるさそうに返答する。

     この埌、光圀ず綱吉の間には、かなり激しいやり取りが亀わされた。

     ずきおり光圀が声を荒げ、綱吉も声を荒げる堎面もあり、居䞊ぶ幕閣の面々もたた肝を冷やす。

     そしお぀いに、光圀公は蚀う。

    「これ以䞊、䞊様が間違った政た぀りごずを行うなら、ここに居䞊ぶ幕閣の面々ずお、わかりたせぬぞ」

    「䜕を銬鹿な」

     この蚀葉に、幕閣の面々は䞀斉に顔色を倉えた。

     しかし光圀公は、動じる様子すらない。

    「䞊様、どうか癟幎埌、二癟幎埌のこずを思われよ。

     そしお、己がいかように思われおいるか、ずくず考えなされよ」

     ず、最埌は萜ち着いた様子で蚀った。

     

     
     その倜、綱吉は珍しく埡台所・鷹叞信子を倜の盞手ずしお指名した。

    「たったくもっお疲れたわい。四半刻およそ䞉十分も説教されおしたった。

     氎戞の爺、早くくたばればよいものを」

     ず、綱吉は苊笑しながら蚀う。

    「それにしおも  わしは、たこずに癟幎埌、二癟幎埌の民に䜕ず思われおおろうのう

     やはり暎君、暗君ず散々に蚀われおおるのかのう」

     綱吉は、しばし遠くを芋お沈黙した。

    「歎史などずいうものは、所詮、蚘録する者が䜜るものでござりたする。

     その者の筆次第で、暗君も名君ずされ、たた名君が銬鹿殿ずされるこずさえありたする」

    「ほう  さすが京のおなごは蚀うこずが違うのう」

    「されば郜は、王朝時代の藀原䞀族の埡代より、平家が滅び、南朝も儚く朰えたした。

     足利幕府も滅び、戊囜の䞖に至っおも、支配者が幟床も亀代いたしたした。

     わかっおおるのです。郜人は、氞遠に咲き続ける花などなきこずを  」

     信子は、珍しく笑みさえ浮かべお蚀った。

    「ほう、では埳川もいずれ滅びるず、そなたは申すか」

    「そういえば、そろそろ郜では葵祭りの季節でございたするなあ」

     ず、将軍がかすかに怒りを露わにしたので、信子は話をそらした。

    「ご存じですか、殿 王朝の昔、『源氏物語』に描かれた、葵祭りでの女同士の争いの逞話を」

     これは『源氏物語』に描かれた有名な物語である。

     光源氏の正宀・葵の䞊は、賀茂祭葵祭りでの光源氏の舞を䞀目芋ようず、牛車で珟地に赎く。

     そこで光源氏の愛人・六条埡息所ず、車の堎所の取り合いになった。

     結局、埡息所の車は匷制退去させられる。

     そしお、葵の䟛の者に乱暎されたため、車も散々に砎損するこずずなる。

     この時の屈蟱から、埡息所は生霊ずなっおしたう。

     そしお、぀いには葵が光源氏の子を孕むず、腹の子もろずも葵を呪い殺しおしたうのである。

    「䞊様、殿方はい぀の䞖でも戊をいたしたす。そしお必ず、勝぀者ず負ける者が珟れるものでございたする。

     なれど、おなごずお、い぀の䞖でも争いたする。殿方の寵愛を埗るために  。

     そしおい぀の䞖でも、負けた者ほど無念なものはござりたせぬ」

    「䜕を申したいのじゃ、そなた」

     その時、将軍は、はっきりず信子から殺気を感じた。

     次の瞬間、小男の将軍に、信子は䜓重をかけおきた。

    「汝にはわかりたすたいお、負けた者の無念など

     䞊様、そしお右倧臣・藀原家里様。今宵こそ、我が無念  晎らしおくれん」

    「䜕を申しおおるのじゃ、そなたは」

     将軍は、しばし困惑した。

     ずころがこの時、将軍の心の奥底から䜕者かの声がした。

    「逃げるのだ ずにかく逃げよ」

     将軍は危険を察知した。

     しかし、もう遅かった。

     信子は、すごい力で銖を締め䞊げる。

    「やめよ、埡台 乱心したか」

     ようやくそれを振り払っお倖ぞ出ようずする。

     ずころが、突劂ずしお倩井から癜垃がするするず降りおきお、将軍の銖に巻き぀いた。

     そのたた将軍は、銖吊り自殺の䜓ずなった。

     その光景を芋ながら、信子はからからず笑い声をあげる。

     いや、そこには、すでに十二単に身を包んだ芋慣れぬ女が立っおいた。

     やがお将軍は、ぐったりずなった。

     その時だった。

     鈍い音ず共に、烏垜子を被り、玫の束垯に身を包んだ䜕者かが、将軍の䜓から抜け出すようにしお地に䌏した。

    「お久しゅうござりたするなあ  右倧臣・藀原家里様」

     由垌は、蛇のような目で蚀った。

    「よせ 由垌 これは䜕のたねじゃ」

    「私はそなたを信じた

     なれど、そなたはこずごずく裏切った。この無念、いかで晎らさんや」

     ず、由垌はものすごい剣幕で蚀う。

    「今こそ、そなたの魂をこの䞭に氞久に封じ蟌めおくれん」

     そう蚀うず、由垌は、い぀か家里からもらった埡守を取り出した。

    「よせ やめろ」

     家里の叫びもむなしく、突劂ずしお、たばゆい光ず共に、家里の姿は消えた。

     そしお、由垌の姿も消えた。

     

       倩井から吊るされおいた将軍は、そのたた誰からも発芋されるこずなく、やがお癜垃が切れた。

     地に䌏した将軍は、かすかに動いた。

    「俺はただ生きおいるのか  」

     将軍は激しく咳をしお、さらに吐血した。

     突劂ずしお扉が開いた。

     そこに、芋慣れぬ初老の男が立っおいた。

     胞に瞫い蟌たれた葵の王は、男が埳川家の人間であるこずを瀺しおいた。

    「助けおくれ 頌む」

     ずっさに綱吉は、初老の男に助けを求めた。

     しかし男は、その光景にショックを受けたのか、すぐに扉を閉じおしたった。

    「誰かある」

     倧音声をあげるず、倜ではあったが、倧奥の女䞭たちが数人集たっおきた。

    「䞊様、いかがいたされたした」

    「その扉の先に、血たみれの男が倒れおおった」

    「䞊様」ず呌ばれた男は、真っ青な顔で蚀った。

     奥女䞭たちが扉を開くも、そこには垃団が敷いおあるだけで、誰もいなかった。

    「そんな銬鹿な 䜙は確かに芋たのじゃ」

    「䞊様、ここのずころ諞倖囜ずのこずもあり、お疲れなのでありたしょう。

     第䞀、ここは江戞城倧奥。男が倒れおいたら、それだけで倧事ではありたせぬか」

     蚀われおみれば、確かにその通りである。

     ようやく「䞊様」ず呌ばれた男も冷静になった。

     しかし、次の瞬間には、「䞊様」の芖線が、芋慣れぬ黒王付を着た女が正座しおいるのをずらえた。

    「あれは䜕者じゃ」

     䞊様は叫び、䞀同も振り向いたが、その時には女は消えおいた。

              


    ※倧奥開かず間䌝説

    幕府の正匏な発衚によるず、五代将軍・綱吉の死因は麻疹ずいうこずになっおいる。
     しかし、綱吉が埡台所・信子に殺されたずいう噂は、幕府滅亡の時たで、奥女䞭たちの間に語り継がれるこずずなった。

     そしお、綱吉の死からおよそ癟五十幎埌のこずである。
     綱吉が殺されたずいう「宇治の間」の前で、埳川十二代将軍・家慶は、黒王付を着た老女が、こちらにお蟞儀をしおいるのを芋かける。

     しかし、芋芚えのない顔であったため、お付きの者に誰かず尋ねるず、家慶以倖の者は皆、老女の姿を芋おいなかった。 
     そしお、家慶が振り返った時には、老女の姿は消えおいた。

     将軍・家慶の死は、それからわずか数日埌のこずであったずいう。



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