
私はルッキズムを辞めることにした
高校生の長女がある日、私に言ってきた。
ついに!
私は内心嬉しい気持ちが隠しきれていなかったかもしれない。
なにせ、私が以前、「整形ブームなんてね」と軽い批判を口にした時、
「本人の勝手でしょ」と、考え古い!と言わんばかりにキレていた彼女がだ。
ここ最近?いや、ここ数年?
ルッキズム、強くありませんか?
コンプレックスを直すレベルの話ではなく、メイク感覚で整形することが当たり前の感覚になってきているって話。
こういう話を聞くたびに、私はずっとモヤモヤしていたのだ。
この子が可愛いと見せてくる子も似たような顔で、…何が良いのかわからない。
でも、モヤモヤの正体はそこじゃない。
自分だけ、理解できない世界にいるような気がしていた。
同じように思う人、一緒に思考の整理をしませんか?
まず、昭和生まれの発言っぽいが、
自分の中身で勝負しろ!
顔なんてあとからついてくる!
…、ハイ、次。
整形して作られた顔、みんな似ていて人間味に欠けるよね〜。
…いや、なにかもっと深い理由がある気がする。
考えろ、考えろ…。
自分の武器を過剰に表面にだけ持ってくることへの気持ち悪さ。
また、その表面だけを切り取ってしまう愚かさ。
これかもしれない。
つまり、その表面がどうのこうのという話ではないのだ。
美意識の違い。
私は、仕事、プライベートで、20代から80代まで幅広く付き合いがある。
チャットでしか知らない仕事仲間もいる。
元々好きな人間観察をしていると、素敵だと惹かれるのは、
人としての魅力に溢れ、人生を楽しんでいる人。
不思議なことに、チャットだけのやり取りでも、素敵さは伝わるのだ。
これからの時代、モノを売るには、ストーリーが大事だと言われるけれど、
逆にいえば、私は背景こそ大事だと思う。
そこで培われたプロセスが、
自分だけのかけがえのない輝きであり、美しさ、なのだ。
長女は続けて言った。
私はバリバリのルッキズム世代だよ。
だけど、気がついたの。
そこを追うのはダサいなと。
私は中身で勝負する。
いいんじゃない、
あなたは充分素敵だけど、
きっと、もっときれいになるよ。