メインコンテンツへスキップ
見出し画像

クロエとシロエ


    クロエが再び“白の領域”に足を踏み入れたのは、ほんの些細な疑問からだった。

    「……シロエ」

    その名前を、ふと聞いたのだ。
    シロウやシロアと同じ流れで語られた、“もうひとり”。

    そして、どこか――自分と重なる響き。

    「似てる、よね……名前」

    曖昧な空間を抜け、整った気配へと入る。
    前に来たときと同じ、静かで、整然とした場所。

    「いらっしゃいませ」

    やはり、シロウがいた。

    変わらない穏やかな立ち姿。
    だが今回は、少しだけ察したような顔をしている。

    「今日は、どうされましたか」

    クロエは少し迷ってから言う。

    「……シロエって、誰ですか?」

    シロウは一瞬だけ間を置いた。

    ほんのわずかに、困ったような気配。

    「……聞いてしまいましたか」

    クロエは首を傾げる。

    「ダメでした?」

    「いえ」

    シロウは首を横に振る。

    「ただ……少々、説明が難しい方でして」

    クロエは少しだけ笑う。

    「難しい人、多いですね」

    「ええ」

    シロウもわずかに微笑む。

    「その中でも、特に」

    *

    シロウは歩き出す。

    「こちらへ」

    クロエも後を追う。

    道すがら、シロウは静かに語り始めた。

    「シロエは、管理者のひとりです」

    「ただし」

    少しだけ言葉を選ぶ。

    「管理業務には……あまり向いておりません」

    クロエは少し驚く。

    「え、そうなんですか?」

    「はい」

    即答だった。

    「見た目は上品で落ち着いて見えるのですが」

    一拍。

    「性格は、かなり奔放です」

    遠回しな言い方。

    クロエは察する。

    「……ガサツ?」

    「ええ、率直に言えば」

    クロエは少しだけ笑ってしまう。

    「なんか、意外ですね」

    シロウは続ける。

    「さらに、気が短い」

    「すぐに手が出る」

    クロエは足を止めかける。

    「え?」

    「ですので」

    シロウは平然と言う。

    「現在は“管理補助”という立場に収まっております」

    クロエは苦笑する。

    「それ、ほぼ外されてません?」

    「似たようなものです」

    否定しない。

    「代わりに」

    シロウは少し視線を横に向ける。

    「彼女には“監視役”がついております」

    その先に、白い犬がいた。

    静かに座っている。

    だが、ただの犬ではない。

    視線が鋭く、空気を読んでいる。

    「……あの子?」

    クロエが小声で聞く。

    「はい」

    シロウは頷く。

    「彼が実質的な管理を担っています」

    クロエは思わず笑う。

    「逆転してますね」

    「ええ」

    シロウもわずかに笑う。

    「よくあることです」

    *

    歩いていくと、空気が変わる。

    静けさが、少しだけ張り詰める。

    「……ここです」

    シロウが立ち止まる。

    その先――

    広い空間。

    地面は硬く、しっかりしている。

    画像

    その中央で、二つの気配がぶつかっていた。

    一人は、見覚えがある。

    あの英雄。

    そして、もう一人。

    白い服。整った立ち姿。長い髪。

    見た目は、確かに“上品”。

    だが――

    「遅いッ!」

    声が鋭い。

    踏み込みが速い。

    拳が迷いなく飛ぶ。

    「まだ甘い!」

    英雄が受け流す。

    だが、完全には捌ききれない。

    衝撃が走る。

    クロエは目を見開く。

    「……え?」

    シロウが静かに言う。

    「彼女が、シロエです」

    クロエはしばらく言葉を失う。

    見た目と中身の差が激しすぎる。

    シロエは構えを解き、舌打ちする。

    「ちっ……まだか」

    その仕草は、完全に“荒い”。

    上品さはどこにもない。

    英雄が軽く息を整える。

    「……相変わらずだな」

    シロエは鼻で笑う。

    「手加減してやってんだ、感謝しろ」

    クロエは小さく呟く。

    「……怖い」

    シロウは静かに頷く。

    「ええ、少々」

    *

    シロエがこちらに気づく。

    視線が鋭くなる。

    「……あ?」

    クロエと目が合う。

    一瞬の沈黙。

    そして――

    「誰だ、それ」

    ぶっきらぼうに言う。

    シロウが一歩前に出る。

    「クロエさんです」

    「選別者の」

    シロエはじっと見る。

    上から下まで。

    値踏みするように。

    「……ああ」

    思い出したように言う。

    「クロイのとこにいるやつか」

    クロエは少しだけ緊張しながら頷く。

    「はい」

    シロエは一歩近づく。

    「へえ」

    その目に、明確な感情が宿る。

    「気に入らねぇな」

    クロエは一瞬固まる。

    「え?」

    シロエは肩を回す。

    「クロイの隣にいるの、お前だろ」

    「……はい」

    「なんでお前なんだよ」

    直球だった。

    クロエは答えに詰まる。

    シロウが間に入ろうとするが――

    「いい」

    シロエが制する。

    「ちょっと話すだけだ」

    その“ちょっと”が信用できない。

    *

    シロエはクロエの前に立つ。

    距離が近い。

    圧がある。

    「……で」

    腕を組む。

    「何しに来た」

    クロエは少しだけ考えてから言う。

    「シロエさんのこと、聞きに来ました」

    正直に。

    シロエは一瞬だけ目を細める。

    「……は?」

    「似てるなって思って」

    クロエは少し笑う。

    「名前とか」

    その一言で、空気がわずかに変わる。

    シロエは数秒黙り――

    「……くだらねぇ」

    と吐き捨てる。

    だが、その声にはわずかな引っかかりがあった。

    クロエは続ける。

    「でも、ちょっと気になって」

    「どんな人なのかなって」

    シロエは鼻で笑う。

    「見ての通りだ」

    「殴るのが得意なだけの失敗作だよ」

    クロエは首を横に振る。

    「そんなことないと思います」

    即答だった。

    シロエの動きが止まる。

    「……あ?」

    クロエはまっすぐ見る。

    「ちゃんと管理されてるし」

    「役目もあるし」

    「それに」

    少しだけ間を置く。

    「強いし」

    シロエはしばらく何も言わなかった。

    やがて、小さく舌打ちする。

    「……調子狂うな」

    視線を逸らす。

    *

    その様子を、少し離れた場所で白犬が見ている。

    静かに。

    だが、確実に状況を把握している。

    シロウが小さく呟く。

    「……珍しいですね」

    「何がですか?」

    クロエが聞く。

    「シロエが、手を出していない」

    クロエは少し驚く。

    「え、それ普通じゃ……」

    シロウは首を横に振る。

    「いいえ」

    はっきり言う。

    *

    シロエは背を向ける。

    「……もういい」

    ぶっきらぼうに言う。

    「帰れ」

    クロエは少しだけ困ったように笑う。

    「はい」

    素直に頷く。

    少しだけ振り返って、

    「また来てもいいですか?」

    と聞く。

    シロエは振り向かない。

    「……好きにしろ」

    それだけ言う。

    *

    帰り道。

    クロエは小さく息を吐く。

    「……なんか、すごい人でしたね」

    シロウは穏やかに頷く。

    「ええ」

    「ですが」

    少しだけ視線を細める。

    「嫌ってはいないと思いますよ」

    クロエは首を傾げる。

    「え?」

    シロウは静かに言う。

    「本当に嫌いなら、近づかせません」

    クロエは少し考え、

    「……そっか」

    と小さく笑う。

    *

    その頃。

    シロエはその場に残っていた。

    腕を組み、少しだけ眉をひそめる。

    「……なんなんだ、あいつ」

    小さく呟く。

    白犬が隣に来る。

    静かに座る。

    シロエはちらりと見る。

    「……似てる、か」

    ぽつりとこぼす。

    それが誰に向けた言葉かは、わからない。

    ただひとつ確かなのは――

    その言葉には、少しだけ

    “拒絶ではない何か”が混ざっていた。


    ……


    それは、前触れなく起きた。

    クロエがいつものように“曖昧な揺らぎ”に手を伸ばした、その瞬間――
    空間が、静かに“閉じた”。

    「……え?」

    視界が切り替わる。

    画像

    柔らかな光。
    畳の匂い。
    障子越しに差し込む、やわらかな昼の気配。

    そこは、和室だった。

    クロエは思わず自分の手を見る。

    さっきまでの服ではない。

    「……着物?」

    淡い色合いの、落ち着いた着物に変わっている。

    帯もしっかりと結ばれていて、まるで最初からそうだったかのように馴染んでいる。

    「いらっしゃい」

    声がした。

    正面。

    座布団の上に、ひとりの老人が座っていた。

    優しい顔をしている。
    深い皺はあるが、そのどれもが穏やかで、柔らかい。

    着物姿。
    背筋は自然に伸びている。

    クロエは少し戸惑いながら、頭を下げる。

    「……あの、ここは」

    老人は小さく笑う。

    「まあまあ、難しいことは置いておいて」

    ゆっくりと手で座るように促す。

    クロエは言われるまま、向かいに座る。

    不思議と、怖さはなかった。

    むしろ――

    「……落ち着く」

    思わず口に出る。

    老人は頷く。

    「そうだろうね」

    一拍。

    「さて」

    少しだけ、目を細める。

    「君は、どんな選別者だい?」

    その問いは、やわらかい。

    だが、逃げ場がない。

    クロエは一瞬、言葉に詰まる。

    けれど――

    「……曖昧なものを、選別してます」

    自然と口が開く。

    止めようと思わなかった。

    「形にならなかったものとか」

    「途中で忘れられたものとか」

    ぽつり、ぽつりと話す。

    老人は静かに聞いている。

    「普通は、消したり、整えたりすると思うんですけど」

    クロエは少しだけ視線を落とす。

    「私、そのままにしちゃうんです」

    苦笑する。

    「記憶も持たせたまま、次に行かせたりして」

    「そのせいで、下でちょっと混乱が起きたりもしてて……」

    言葉が、止まらない。

    「でも」

    顔を上げる。

    「それでも、続くこともあって」

    「誰かが続きを考えたりして」

    「それが、ちょっと嬉しくて」

    少しだけ、声が弱くなる。

    「でも、それって正しいのか、わからなくて」

    「ルール的には、あんまり良くないのかもって」

    「でも、やめたくなくて」

    気づけば、全部話していた。

    言うつもりなんて、なかったのに。

    クロエはハッとする。

    「……あれ」

    思わず口を押さえる。

    「すみません、こんなに話すつもりじゃ……」

    老人は、ただ微笑んでいた。

    「いいんだよ」

    優しく言う。

    「隠せない場所だからね、ここは」

    クロエは少しだけ息を呑む。

    やはり――

    “特別な場所”だった。

    老人はゆっくり頷く。

    「良いね」

    その一言は、とても軽く、それでいて確かだった。

    「君を認めよう」

    クロエは目を見開く。

    「……え?」

    その瞬間。

    空間が、切り替わる。

    *

    畳が消える。

    障子が溶ける。

    代わりに現れるのは――

    大きな洋風の部屋。

    柔らかなカーペット。
    高い天井。
    重厚な家具。

    そして、中央に置かれた大きなソファ。

    そこに――

    「……あれ?」

    クロウがいた。

    パグの姿で。

    完全にくつろいでいる。

    横になり、足を投げ出し、まるで自分の家のように。

    クロエは思わず言う。

    「クロウさん?」

    クロウはちらりと目だけ向ける。

    「……おう」

    やる気のない返事。

    「なんでここに」

    と聞く前に、

    「クロウくんはワシの話し相手だから、いるんですよ」

    老人が答えた。

    いつの間にか、同じ部屋にいる。

    クロエは少し混乱する。

    「話し相手……?」

    クロウは鼻を鳴らす。

    「暇つぶしだよ」

    だが、その声には嫌そうな感じはない。

    むしろ、どこか落ち着いている。

    クロエはソファの方に近づく。

    「……居心地いいんですか?」

    クロウは少しだけ目を細める。

    「まあな」

    短い返答。

    だが、それで十分だった。

    *

    老人はゆっくりと歩き、二人の近くに立つ。

    「クロエちゃん」

    名前を呼ばれる。

    クロエは姿勢を正す。

    「はい」

    老人はやわらかく微笑む。

    「きみは、これからもやりたいようにやりなさい」

    クロエは一瞬、息を止める。

    「正しくないとか」

    「規則と違うとか」

    「そんなのは考えなくて良い」

    静かな声。

    だが、確かに響く。

    クロエは戸惑う。

    「でも、それだと……」

    「いいんだよ」

    言葉を遮る。

    「きみが思うようにやると良い」

    一切の迷いがない。

    クロエは、その言葉を受け止めきれずにいる。

    「……いいんですか」

    小さく問う。

    老人は頷く。

    「そのために、きみはそこにいる」

    クロエは、しばらく何も言えなかった。

    *

    横で、クロウが小さく笑う。

    「ほらな」

    クロエは振り向く。

    「……知ってたんですか?」

    クロウは肩をすくめるように体を揺らす。

    「まあ、なんとなくな」

    「お前、そういうやつだろ」

    クロエは少しだけ照れくさそうに笑う。

    「……そうかもしれません」

    *

    部屋の空気は、やわらかい。

    重くもなく、軽すぎもしない。

    ただ、“許されている”感覚だけがあった。

    クロエは深く息を吸う。

    「……ありがとうございます」

    自然と、そう言葉が出る。

    誰に対してかは、はっきりしない。

    老人は穏やかに笑う。

    「どういたしまして」

    *

    次の瞬間。

    空間が、また静かに揺れる。

    クロエの視界がほどけていく。

    戻される。

    いつもの、曖昧な選別所へ。

    *

    クロエは、そこに立っていた。

    さっきまでの出来事が、夢のようにも思える。

    だが――

    確かに残っている。

    言葉も、感覚も。

    「……やりたいように」

    小さく呟く。

    目の前には、また新しい“曖昧な存在”。

    クロエは、ゆっくりと手を差し出す。

    今までと同じようで、

    少しだけ、違う気持ちで。

    「大丈夫」

    やさしく言う。

    「そのままでいいよ」

    その言葉には、迷いがなかった。

    もう、“正しさ”に縛られない。

    曖昧なまま、進むこと。

    それを選んだ。

    それが、認められたから。

    クロエの選別は――

    これからも、少しずつ広がっていく。


    あの部屋は、呼ばれた者しか辿り着けない。

    和でも洋でもない、“そのどちらにもなれる場所”。
    今は、深い色合いの木で統一された洋室だった。高い天井と、大きな窓。
    外の景色は見えるのに、どこにも繋がっていない。

    ソファにはクロウがいる。
    相変わらずパグの姿で、背もたれに半分沈み込むようにくつろいでいた。

    「……また来たのか」

    視線だけで言う。

    その向かいに、クロアが立っていた。
    黒髪を揺らしながら、どこか楽しそうに室内を見回している。

    「だって呼ばれたんだもの」

    軽い口調。

    「それに、面白くなりそうじゃない?」

    クロウは鼻を鳴らす。

    「お前がそう言う時は、大体ろくでもない」

    クロアは肩をすくめる。

    「褒め言葉として受け取っておくわ」

    *

    その中央に、あの老人――創造主がいる。

    相変わらず穏やかな顔。
    すべてを見ているのに、何も押し付けない目。

    クロアが口を開く。

    「クロエ、認めちゃったのね」

    創造主は静かに頷く。

    「うん」

    それだけ。

    クロアは少しだけ目を細める。

    「これで、“イレギュラー”は増えるわよ?」

    軽く言っているようで、その意味は重い。

    「曖昧をそのまま流すなんて、連鎖するに決まってる」

    クロウもぼそりと付け足す。

    「もうしてるだろ」

    創造主は二人を見て、ふっと笑う。

    「そうだね」

    否定しない。

    「でも、それをどうにかするのも」

    一拍。

    「君たちの役割だよ」

    クロアは一瞬だけ黙る。

    それから、にやりと笑う。

    「丸投げね」

    「任せている、と言ってほしいな」

    創造主はやわらかく返す。

    クロウが低く呟く。

    「言い方の問題じゃねぇだろ」

    だが、その声に苛立ちはない。

    *

    その時。

    ふっと、空気が揺れる。

    窓辺に、ひとつの影が現れる。

    黒茶の毛並みの猫。

    しなやかな体つき。
    ゆっくりと歩き、何事もないようにソファの背に飛び乗る。

    「……うめ」

    クロウが言う。

    猫は尻尾をゆらりと揺らし、

    「あんたには言われたくない」

    と、即座に返した。

    クロウは顔をしかめる。

    「なんだと」

    「だってそうでしょ」

    うめはあくびをする。

    「一番好き勝手やってるの、あんたじゃない」

    クロアが吹き出す。

    「それはそう」

    クロウは不機嫌そうに目を逸らす。

    「……うるせぇ」

    *

    クロアはそのまま、ふと思いついたように言う。

    「ねえ、ちょうどいいじゃない」

    うめを見る。

    「クロウの後任、やらない?」

    空気が一瞬止まる。

    クロウが即座に言う。

    「やめろ」

    うめは興味なさそうに尻尾を振る。

    「やらない」

    即答。

    クロアは肩をすくめる。

    「つれないわね」

    創造主が静かに口を開く。

    「それはできない」

    やわらかな声だが、はっきりとした拒否。

    クロアが少しだけ眉を上げる。

    「理由は?」

    創造主はうめを見る。

    「この子は、“全部”を見る必要がある」

    うめは何も言わない。

    ただ、目を細める。

    クロウが小さく呟く。

    「……やっぱりな」

    *

    クロアは少し考え、次の案を出す。

    「じゃあ、シロウは?」

    「神仏の管理者だけど、安定してるし」

    「動物側に回しても問題ないでしょ」

    クロウがちらりと見る。

    「……あいつは向いてるな」

    珍しく同意。

    だが――

    「それも、できない」

    創造主はまた否定する。

    クロアはため息をつく。

    「ほんと、融通効かないわね」

    「役割は、簡単に動かすものじゃないからね」

    穏やかな返答。

    クロアは腕を組む。

    「がんこじじい」

    ぽつりと言う。

    クロウが小さく笑う。

    「言ったな」

    創造主は――笑った。

    楽しそうに。

    「よく言われるよ」

    *

    少しの沈黙。

    やがて創造主が言う。

    「今は、現状維持だ」

    その言葉は、静かに場を整える。

    「クロオも、それを望んでいる」

    クロウが目を細める。

    「……あいつがか」

    クロアは小さく笑う。

    「意外でもないわね」

    創造主は続ける。

    「クロウくん」

    「引き続き、動物の選別を」

    クロウは軽く息を吐く。

    「……了解」

    文句は言わない。

    「クロアちゃん」

    「神仏の管理と選別を」

    クロアは軽く手を振る。

    「はいはい」

    だが、その目はどこか楽しげだ。

    創造主は最後に、うめを見る。

    「うめ」

    猫は顔を上げる。

    「君は、“全部”を見る」

    うめは静かに瞬きをする。

    「……わかってる」

    短い返事。

    だが、それで十分だった。

    *

    部屋の空気が、ゆっくりとほどけていく。

    それぞれの役割が、元の位置へ戻っていく。

    クロウはソファから降りる。

    「じゃあな」

    誰にともなく言う。

    クロアは振り返りざまに笑う。

    「面白くなりそうね」

    うめは最後まで動かず、

    ただ、全員を見ていた。

    静かに。

    逃さず。

    *

    創造主は、その様子を見届ける。

    変わるものと、変わらないもの。

    そのどちらも、ここにはある。

    「さて」

    小さく呟く。

    「次は、誰が来るかな」

    その声は、誰にも届かない。

    けれど確かに――

    すべてを、見ていた。

     
     
    趣味で物語を書いてます。 那珂川ピエロ 1-1〜5-2連載中  クロイの選別 完結済 ふくいど書店の人々 (不定期連載中 1-1〜1-2) 昔書いた短編多数掲載中です!

    あなたへのおすすめ