メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

恋愛未満、生掻以䞊 第8話 ただ、奜きずは蚀わない

     藀沢矎月は、「奜き」ずいう蚀葉を、少し信甚しおいなかった。

     もちろん、嫌いな蚀葉ではない。

     奜きな服。
     奜きな店。
     奜きな音楜。
     奜きな映画。
     奜きな季節。

     そういう「奜き」は、わりず気軜に蚀える。

     でも、人に向ける「奜き」は、もう少し扱いが難しい。

     奜きず蚀った瞬間、䜕かが始たる。
     始たったものには、名前が぀く。
     名前が぀いたものには、期埅が生たれる。
     期埅が生たれるず、今床はその圢を守らなければいけなくなる。

     奜き。

     たった二文字なのに、持ち出すず急に荷物が増える。

     昔の矎月は、その蚀葉をもう少し軜く䜿えおいた気がする。

     奜きかも。
     奜きだったかも。
     奜きだったのかな。

     かも、を぀ければ逃げられる。
     過去圢にすれば責任が薄たる。
     疑問圢にすれば、盞手にも自分にも䜙癜を残せる。

     けれど、今の矎月には、そのどれも少し雑に思えた。

     奜きずいう蚀葉を雑に䜿うくらいなら、ただ蚀わない方がいい。

     そう思うようになったのは、䜐野圭吟ず䌚うようになっおからだった。

         

     その日は、仕事が早く終わった。

     正確には、早く終わらせた。

     以前の矎月なら、少し残った確認事項を拟いに行っおいた。
     誰かが困る前に、先回りしお凊理しおいた。
     頌たれおいない資料たで、念のために敎えおいた。

     念のため。

     矎月は最近、この蚀葉を少し疑うようになった。

     念のためは、たいおい誰かの䞍安を、誰か別の人の時間で払う仕組みだったりする。

     今日の矎月は、十八時半にパ゜コンを閉じた。

     䞊叞が少し驚いた顔をした。

    「藀沢さん、今日は早いね」

    「はい。今日は垰りたす」

     蚀っおから、自分でも少し驚いた。

     今日は垰りたす。

     それだけの蚀葉なのに、なんだか䌚瀟に小さな旗を立おたような気がした。

     倧䞈倫です。
     やっおおきたす。
     確認したす。

     その䞉皮の神噚を少しだけ机の匕き出しにしたっお、矎月は䌚瀟を出た。

     倖は少し冷えおいた。

     駅たで歩きながら、スマホを芋る。

     䜐野からのメッセヌゞが䞀件来おいた。

    「今日、灯にいたす。プリンは残り二぀らしいです」

     矎月は、思わず笑った。

     誘い方が、プリン経由だった。

     䌚いたせんか、ではない。
     飲みに行きたせんか、でもない。
     プリンは残り二぀。

     それは、ほずんど暗号だった。

     矎月は返信した。

    「䞀぀は確保しおください」

     すぐに既読が぀く。

    「善凊したす」

     善凊。

     官公庁の答匁みたいな蚀葉を、プリンに䜿わないでほしい。

     矎月は電車に乗った。

     窓に映る自分の顔を芋お、少しだけ驚いた。

     疲れおはいる。

     でも、ひどい顔ではなかった。

     最近、自分の顔が少し倉わった気がする。

     綺麗になった、ずいう話ではない。
     若返った、でもない。

     ただ、どこかでずっず入っおいた力が、少し抜けおきた。

     誰かにどう芋えるかより、今日の自分がどう垰れるかを、少しだけ優先できるようになっおきた。

     それは、たぶん地味な倉化だった。

     でも、地味な倉化ほど、あずから生掻を倉える。

         

     喫茶店「灯」に着くず、窓際の垭に䜐野がいた。

     向かいの垭には、ただ誰もいない。

     テヌブルの䞊には、氎の入ったグラスが二぀眮かれおいた。

     矎月が店に入るず、店䞻がカりンタヌから顔を䞊げた。

    「プリン、守っずいたよ」

    「ありがずうございたす」

    「䜐野くん、劙に真剣だったからね」

     䜐野は少し困った顔をした。

    「争奪戊でした」

    「盞手、誰でした」

    「小孊生です」

    「負けおあげおください」

    「プリンは公平なので」

     矎月は笑った。

     垭に座る。

     䜐野の前には、コヌヒヌがある。
     矎月の分のカップは、ただ空だった。

     店䞻がプリンを二぀運んできた。

     い぀もの銀色の皿。
     硬めのプリン。
     さくらんが。

     矎月は、その景色を芋ただけで少し安心した。

     同じ店。
     同じテヌブル。
     同じプリン。

     でも、前ずは少し違う自分がここにいる。

    「仕事、早かったんですね」

     䜐野が蚀った。

    「早く垰りたした」

    「いいですね」

    「倧䞈倫です、を少し枛らしたした」

    「倧きな進歩ですね」

    「ただ繁忙期は出たすけど」

    「シフト制なので」

    「そうでした」

     二人で笑った。

     矎月はプリンにスプヌンを入れた。

     硬い。
     ちゃんず抵抗がある。

     このプリンは、い぀も少し自分みたいだず思う。

     柔らかそうに芋えお、意倖ず頑固。
     でも、スプヌンを入れればちゃんず厩れる。
     苊いずころもある。

     プリンに自己投圱し始めたら、だいぶ疲れおいるのかもしれない。

     でも、今日はそれも悪くなかった。

    「䜐野さん」

    「はい」

    「前に、物に雑にするず人にも雑になる気がするっお蚀っおたしたよね」

    「蚀いたしたね」

    「あれ、少し分かる気がしたした」

     䜐野は、カップを眮いた。

    「䜕かありたした」

    「自分に雑にするず、人にも雑にされおも仕方ない気がしおくるんだなっお」

     口にしおから、矎月は少しだけ照れた。

     思ったより深いこずを蚀っおしたった。

     店䞻に聞こえおいたら、たぶん「今日は薬味が効いおるね」ずか蚀われる。

     でも店䞻は、カりンタヌの向こうで別の客のトヌストを焌いおいた。

     䜐野は、急いで返事をしなかった。

     その沈黙が、矎月は奜きだった。

     奜き。

     心の䞭でその蚀葉が出お、少しだけ驚いた。

     今のは、䜐野のこずなのか。
     䜐野の沈黙のこずなのか。
     急がない䌚話のこずなのか。

     分からない。

     分からないなら、ただ蚀わなくおいい。

    「自分を雑に扱うのっお」

     䜐野が蚀った。

    「はい」

    「慣れるず、けっこう䟿利なんですよね」

     矎月は顔を䞊げた。

    「䟿利」

    「はい。盞手に合わせやすいですし、面倒なこずも早く枈みたす」

    「そうですね」

    「でも、あずで自分が回収するこずになりたす」

    「䜐野さんも、回収しおきた人ですか」

     䜐野は少し笑った。

    「けっこう回収したした」

    「倧型ごみくらい」

    「粗倧ごみの日に出せないくらい」

    「それは困る」

    「困りたした」

     二人で笑った。

     笑いながら、矎月は思った。

     䜐野は、完璧な人ではない。

     救わないこずを芚えた人。
     雑にしないように緎習しおきた人。
     棚の背板を盎す人。
     半額シヌルの間合いを知っおいる人。
     プリンを小孊生から守る人。

     その党郚が、少しず぀矎月の䞭で䞀人の人になっおいく。

     恋愛の盞手、ずいう圹割ではなく。

     䜐野圭吟ずいう人になっおいく。

     それが、少し怖くお、少し嬉しかった。

         

     店を出るず、倜の空気は冷たかった。

     雚は降っおいない。
     颚も匷くない。

     ただ、ちゃんず冬に近い倜だった。

    「駅たで」

     䜐野が聞いた。

    「はい」

     二人は䞊んで歩き出した。

     これたで䜕床か歩いた道なのに、今日は少しだけ違っお芋えた。

     看板の明かり。
     閉たりかけの花屋。
     自転車を抌しお歩く人。
     コンビニの前で肉たんを食べおいる高校生。

     生掻は、今日も普通にある。

     誰かにずっおの倧事件があっおも、誰かの恋が始たりそうでも、スヌパヌの半額シヌルは貌られるし、喫茶店のプリンは売り切れるし、コンビニの肉たんは少し熱い。

     矎月は、その普通さが奜きだず思った。

     たた、奜き。

     今日はその蚀葉が、さっきから足元に小石みたいに転がっおいる。

     拟うべきか。
     芋なかったこずにするべきか。

     䜐野が隣で蚀った。

    「寒いですね」

     矎月は笑った。

    「最初も、それでしたね」

    「そうでした」

    「喫茶店で。寒いですねっお」

    「ああ」

    「それだけで終わりたした」

    「今思うず、䌚話ずしおはかなり薄いですね」

    「でも、楜でした」

     䜐野は少しだけ矎月を芋た。

    「僕もです」

     矎月は、前を向いた。

     心臓が少しだけ倉な動きをした。

     こういう䞀蚀が、いちばん困る。

     告癜でもない。
     甘い蚀葉でもない。
     でも、ちゃんず届いおしたう。

     矎月は、歩きながら蚀った。

    「䜐野さんずいるず、ちゃんず黙れる気がしたす」

     䜐野は少し考えた。

    「それ、耒め蚀葉ですか」

    「かなり」

    「じゃあ、ありがずうございたす」

    「耒め蚀葉っお、蚀われないず分からないものもありたすね」

    「ありたす」

    「私、今たでたぶん、分かりやすい蚀葉ばっかり欲しがっおたした」

    「分かりやすい方が楜ですから」

    「でも、分かりやすい蚀葉っお、たたに賞味期限が短い」

    「ありたすね」

    「奜きずか」

     蚀っおしたった。

     矎月は、歩きながら少しだけ息を止めた。

     今のは、独り蚀に近い。
     䌚話の流れでもある。
     䞀般論でもある。

     でも、二人のあいだに出した瞬間、それはただの䞀般論ではなくなった。

     䜐野は、すぐには返事をしなかった。

     倜の道を、二人で数歩歩いた。

     矎月は、やっおしたったかもしれないず思った。

     でも、䞍思議ず逃げたい感じはなかった。

     䜐野が蚀った。

    「奜きっお、䟿利な蚀葉ですけど」

    「はい」

    「蚀うず、蚀った埌の圢に寄せたくなるこずがありたす」

     矎月は、䜐野を芋た。

    「圢」

    「恋人らしく、ずか。倧事にしなきゃ、ずか。こういう時はこうするべき、ずか」

    「ああ」

    「それも悪いこずじゃないんですけど」

    「はい」

    「今のずころ、ただ圢を急がなくおもいい気がしたす」

     矎月は、ゆっくりうなずいた。

     ほっずした。

     そしお、少しだけ残念だった。

     その䞡方があった。

    「私も、そう思いたす」

     矎月は蚀った。

    「はい」

    「でも、逃げおるわけではないです」

    「はい」

    「たぶん」

    「たぶん」

    「そこは確認しおください」

    「すみたせん」

     矎月は笑った。

     笑えた。

     それがよかった。

     奜きず蚀わないこずが、拒絶ではない倜。

     奜きず蚀わないこずで、むしろ倧事にできる関係。

     そんなものがあるのかもしれない。

     駅の明かりが近づいおきた。

     改札前には、人が倚かった。

     金曜の倜。
     埅ち合わせをしおいる人。
     電話をしおいる人。
     改札の倖で誰かを探しおいる人。

     矎月ず䜐野は、少し手前で立ち止たった。

    「じゃあ」

     䜐野が蚀った。

    「はい」

     い぀もの蚀葉。

     でも、今日の「じゃあ」は、少しだけ重かった。

     矎月は蚀った。

    「たた、お茶でも」

     䜐野はうなずいた。

    「はい。たた」

     それだけだった。

     本圓に、それだけ。

     奜きです、は蚀わない。
     付き合いたしょう、も蚀わない。
     次はい぀にしたすか、も蚀わない。

     ただ、たた、お茶でも。

     その蚀葉が、今の二人にはちょうどよかった。

     矎月は改札を通った。

     振り返らなかった。

     振り返らない方が、今日はよかった。

     ホヌムに䞊がるず、電車はただ来おいなかった。

     ベンチに座る。

     バッグの䞭からスマホを出す。

     䜐野からのメッセヌゞは、ただ来おいない。

     矎月は画面を芋぀めた。

     自分から送っおもいい。

     そう思った。

     そのこずに、少し驚いた。

     今たでの矎月は、送られおきた蚀葉にどう返すかを考えるこずが倚かった。
     盞手の枩床を枬っお、重くならないように、軜くなりすぎないように、ちょうどいい返信を探しおいた。

     でも今は、自分が送りたい蚀葉を探しおいる。

     矎月はメッセヌゞを打った。

    「今日はプリン、守っおくれおありがずうございたした」

     少し考えお、もう䞀文足した。

    「たた、お茶でも」

     送信。

     すぐに既読が぀いた。

     少し間があっお、返事が来た。

    「こちらこそ。次は小孊生に譲るかもしれたせん」

     矎月は笑った。

     そのあず、もう䞀通来た。

    「たた、お茶でも」

     同じ蚀葉だった。

     同じ蚀葉が返っおきただけなのに、胞の䞭に小さな灯りが぀いた。

     恋ではない。

     そう蚀うには、もう少し近い。
     でも、恋だず蚀うには、ただ少し早い。

     矎月はスマホを䌏せた。

     電車のラむトが遠くに芋えた。

     奜きずは、ただ蚀わない。

     でも、たた䌚いたいずは思っおいる。

     それを急いで名前にしなくおもいい倜があった。

     矎月は、ホヌムの冷たい空気を吞った。

     今日の自分は、ちゃんず垰れる。

     そしおたぶん、たたここぞ来る。

     生掻の少し先に、ただ名前のない灯りが芋えおいた。

    âž»

    #恋愛未満生掻以䞊
    #恋愛小説
    #倧人の恋
    #恋愛未満
    #倧人の恋愛未満
    #日垞小説
    #連茉小説
    #短線小説
    #創䜜
    #小説
    #自尊心のリハビリ
    #生掻のひずこた
    #ただ奜きずは蚀わない
    #名前のない関係
    #雑に扱われなかった倜
    #喫茶店
    #プリン
    #海空癟貚店

     
     
    心理、哲孊、AI時代の違和感を、麊茶、麻雀、チェヌン店、家族の䌚話たで降ろしお曞いおいたす。 正しさで殎らず、答えを急がず、読んだ人が自分の生掻ぞ持ち垰れる蚀葉にするこず。 ゚ッセむず物語を通しお、日々のざわ぀きが少しだけ静たるような、「凪に戻る蚀葉」を眮いおいたす。

    あなたぞのおすすめ