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『灰色の空で』の世界には、支配者がいない

    本編を読んでない方は、先に読むことをオススメします🍑
    マガジンリンク🔗

    『灰色の空で』という物語を書きました。

    笑顔を知らない少年が、誰も使わない山道の先で、昔の漫画や写真を見つける話です。

    本編では、この世界についてあまり詳しく説明していません。

    物語が始まった時、主人公は小学三年生です。

    政治も知らない。

    歴史のすべても知らない。

    なぜ世界がこうなったのかも、完全には理解していません。

    主人公が知らないことを、物語の中で作者が説明しすぎるのも違う気がしました。

    なので今回は、本編の外側。

    僕の頭の中にある『灰色の空で』の世界について、少しまとめてみようと思います。

    かなり長いので、気になるところだけでもどうぞ👀


    この世界には、支配者がいない

    『灰色の空で』は、かなり管理された社会です。

    起きる時間。

    働く場所。

    食事。

    睡眠。

    結婚。

    出産。

    人口。

    寿命。

    多くのものが決められています。

    こう書くと、独裁国家のように見えるかもしれません。

    でも、僕の中では少し違います。

    少なくとも、物語の現在には強い支配者がいません。

    国民を監視して喜ぶ独裁者もいない。

    世界を裏から操る秘密組織もない。

    人間を支配するAIもいない。

    なぜなら、

    支配することにも、感情が必要だからです。

    人の上に立ちたい。

    認められたい。

    命令したい。

    自分の考えに従わせたい。

    歴史に名前を残したい。

    それらも全部、欲望や関心から生まれるものだと思っています。

    無感情運動の果てに、人々がたどり着いたのは、

    無感情というより、

    無関心

    でした。

    誰かを支配することにも興味がない。

    誰かに逆らうことにも興味がない。

    世界を変えることにも興味がない。

    だから、この社会に残っているのは支配ではなく、

    社会を存続させるためのルール

    です。

    自由ではない。

    でも、圧政でもない。

    誰かが人々を苦しめようとしているわけでもない。

    必要だから働く。

    必要だから食べる。

    必要だから眠る。

    必要だから子どもを増やす。

    必要がなければ、しない。

    ただ生きることに最適化された世界です。

    ミ

    管理社会ではある。でも監視社会ではない

    この世界では、多くのことが管理されています。

    でも、一人一人の行動を常に監視しているわけではありません。

    そもそも、監視する必要がないからです。

    犯罪をする人はいない。

    逃げる人もいない。

    反抗する人もいない。

    決められた時間に起きて、

    決められた場所へ行き、

    決められた仕事をして、

    決められた時間に帰る。

    それが普通です。

    だから主人公も、高度な監視装置をかいくぐったわけではありません。

    お父さんが工場から出てくる時間。

    お母さんが帰ってくる時間。

    先生が見回る時間。

    それを覚えて、

    ただ、

    すき間を見つけた。

    この社会は、人間が決められた通りに動くことを前提にできています。

    主人公は、その前提から少しだけ外れました。

    でも、誰もそんなことをするとは思っていなかった。

    管理されているのに、

    監視されていない。

    僕は、そんな世界を想像しています。


    禁止された世界でもない

    色は禁止されていません。

    漫画も、音楽も、法律で禁止されたわけではありません。

    派手な服を着たら逮捕されるわけでもない。

    そもそも、

    誰も欲しがらない。

    赤い服を作りたい人がいない。

    青い家に住みたい人もいない。

    皿に模様をつけたい人もいない。

    漫画を読みたい人もいない。

    音楽を聴きたい人もいない。

    だから、作られなくなった。

    色を奪われた世界ではなく、

    色に興味を持つ人がいなくなった世界

    です。

    その結果、

    空も。

    道も。

    家も。

    服も。

    灰色になっていきました。


    でも、この平和は平和的に作られたわけではない

    現在の世界には、強い支配者はいません。

    でも、

    この世界を作った時代にも支配者がいなかったわけではありません。

    僕の中では、この世界の前に世界中を巻き込む大きな戦争がありました。

    第三次世界大戦のようなものです。

    たくさんの人が死んだ。

    街が壊れた。

    土地が荒れた。

    それでも戦争は終わらなかった。

    家族を殺された人は怒る。

    怒りは憎しみに変わる。

    憎しみは復讐を生む。

    復讐された側には、また新しい憎しみが生まれる。

    終わらない。

    そこで人類は、

    感情があるから争うのではないか

    と考え始めました。

    僕のイメージでは、無感情運動はアメリカのような大きな国から始まり、世界へ広がっていきます。

    その頃には、

    NO WANT. NO WAR.

    そんなスローガンがあったのではないかと思っています。

    欲しなければ、争わない。

    求めなければ、奪わない。

    最初は、一つの思想だったのだと思います。

    怒らない。

    憎まない。

    悲しまない。

    他人を羨まない。

    何も欲しがらない。

    戦争に疲れ切った人々には、それが救いに見えたのかもしれません。


    教科書には「みんなが賛同した」と書いてある

    無感情運動そのものは、学校でも習います。

    大きな戦争があった。

    人々は争いに疲れた。

    感情が争いを生むと考えた。

    そして世界中の人々が、

    NO WANT. NO WAR.

    という考えに賛同した。

    人々は自ら感情を捨て、

    新しい社会を選んだ。

    教科書には、たぶんそんなふうに書かれています。

    でも実際には、

    そんなにきれいな歴史ではなかったと思っています。

    無感情運動に、全員が賛成したわけではありません。

    笑うことを捨てたくない。

    愛することを捨てたくない。

    悲しむことまで悪いことにするのは間違っている。

    人間から感情を奪ってはいけない。

    当然、そう考えた人もいた。

    そして、

    排除された。

    僕の中では、無感情運動の初期には、

    教科書には残されていない、激しい抑圧と見せしめの歴史

    があったのだと思っています。

    平和を実現するために、

    人類は最後にもう一度だけ、

    激しく争った。

    皮肉な話です。

    感情をなくすための運動が、

    最も感情的な時代を作った。

    平和を求めるという、

    巨大な欲望によって。


    排除された人々は、生きられなかった

    反抗する人々は社会から排除されました。

    しかし、当時の世界では、

    社会から離れて生きること自体が難しかった。

    戦争によって科学やインフラは崩壊している。

    土地は荒れている。

    太陽の下では、生きることさえ難しい。

    人手も足りない。

    食料を安定して作る設備もない。

    感情を持った人々の集落も、存在したと思います。

    でも、長くは続かなかった。

    自由はあっても、

    生きるためのものが何もなかった。

    第一世代には、

    心から無感情運動に賛同した人もいた。

    恐怖の中で従った人もいた。

    何も考えられないほど疲れ切った人もいた。

    でも、世代が変われば人間は適応する。

    感情を刺激するものを見ず、

    競争をせず、

    褒められることもなく、

    娯楽のない生活を送り、

    感情を必要としない教育を受ける。

    それを何世代も繰り返す。

    すると、

    感情を失ったことは、

    やがて、

    失ったことですらなくなっていく。


    子どもは、最初から無感情ではない

    子どもが笑ったら罰を受ける。

    泣いたらすぐに連れていかれる。

    そういう世界ではありません。

    子どもは笑います。

    泣きます。

    怒ることもあります。

    でも成長するにつれて、

    感情は薄くなっていく。

    競争がない。

    娯楽がない。

    強く褒められることもない。

    強く叱られることもない。

    感情を表しても、周囲が感情で返してこない。

    その環境で育っていく。

    データ上、

    中学生になる頃までに大きく逸脱していなければ問題はありません。

    本編に出てくる発達適性検査も、

    僕の中では、

    予定通りに感情が薄くなっているかを確認する検査

    に近いです。

    主人公は、

    その途中で山道を見つけてしまった。


    主人公は、なぜ一人だけだったのか

    主人公のように感情を隠して生きている大人は他にもいるのか。

    僕の中では、

    いません。

    主人公だけです。

    ただし、

    主人公が選ばれた人間だったわけではありません。

    特別な遺伝子を持っていたわけでもない。

    救世主でもない。

    ただ、

    年齢が悪かった。

    そして、

    気になってしまった。

    小学三年生。

    完全な無関心になるには、

    少しだけ早かった。

    工場の横に、

    誰も歩かない道があった。

    誰も見ていなかった。

    でも主人公は見た。

    あの先には何があるんだろう。

    そう思ってしまった。

    主人公が特別だったのではなく、

    間に合ってしまった

    のかもしれません。

    無関心になる前に、

    道を見つけた。

    葉っぱの音を聞いた。

    色を見た。

    笑顔を見た。

    だから、戻れなくなった。


    子どもは三歳まで施設で育つ

    この世界では、子どもが生まれてもすぐに家庭には入りません。

    三歳までは施設で育てられます。

    四歳から家庭での生活が始まります。

    赤ちゃんは、

    この世界の大人よりも感情的です。

    泣く。

    怒る。

    笑う。

    誰かを求める。

    だから生活の基礎ができるまでは、

    施設で管理されます。

    泣けば、必要な対応をする。

    空腹なら食事を与える。

    眠る時間なら眠らせる。

    そこに悪意はありません。

    でも、

    愛情を与えようという意志もありません。

    主人公の両親も、

    主人公が初めて笑った瞬間を知らないのだと思います。

    初めて歩いた日も。

    初めて言葉を話した日も。

    知らない。

    四歳になった子どもを、

    決められた家庭が受け入れる。

    それが、この世界の家族です。


    家族は、愛情ではなく生活ユニットとして残った

    この世界に家族があるのは、

    愛情のためだけではありません。

    僕の中では、

    小さな単位で生活した方が効率がいいからです。

    大人。

    大人。

    子ども。

    必要なら複数の子ども。

    一つの生活ユニットとして暮らす。

    食事。

    睡眠。

    衛生。

    通学。

    健康管理。

    全部を巨大な施設で一括管理するより、

    小さな単位に分散させた方が効率がいい。

    人口そのものも最適化されています。

    何人の大人が必要か。

    何人の子どもが必要か。

    どの区域に何人必要か。

    その数に合わせて生活ユニットが作られます。

    だから、この世界に家族は存在します。

    でも、

    愛情のために存在しているわけではありません。

    主人公の両親は、冷たい親ではありません。

    冷たくしようという意志すらない。

    必要な食事を用意する。

    必要な世話をする。

    必要な時間に眠る。

    家族は壊れていません。

    むしろ、

    正常に機能しています。


    父親を迎えに行く理由

    本編では、主人公がお父さんを工場まで迎えに行きます。

    これも、愛情による行動ではありません。

    決められた生活手順の一つです。

    でも僕は、

    それだけでもない気がしています。

    この世界には、

    「会いたかった」

    という言葉を使う場面がありません。

    抱きしめることもない。

    今日あったことを話すこともない。

    それでも、

    決められた日に、

    子どもは父親を待つ。

    父親は工場から出てくる。

    二人で帰る。

    愛情表現がない世界の中で、

    その行動自体が、

    家族の繋がりとして機能していたのかもしれません。

    主人公にとっては、

    あの時間がお父さんとの時間でした。

    だからこそ、

    工場の横にある山道を見つけることになります。


    名前は、両親がつける

    この世界でも、人には名前があります。

    番号ではありません。

    両親が、

    最適だと思う名前をつけます。

    ただ、

    「優しい子になってほしい」

    「幸せになってほしい」

    という願いを込めるわけではないと思います。

    父親から一字。

    母親から一字。

    読みやすさ。

    識別のしやすさ。

    同じ区域での重複。

    そうしたものを考えて、

    最適な名前をつける。

    それでも結果として、

    子どもの名前の中には、

    両親の一部が残ることになります。

    感情から始まった制度ではなくても、

    形だけは、

    どこか昔の家族に似ています。


    学校には「褒める」がない

    この世界の学校では、

    褒めるという行為がありません。

    正しくできた。

    確認する。

    間違っていた。

    修正する。

    それだけです。

    順位もない。

    競争もない。

    一番もない。

    最下位もない。

    「よくできました」

    「すごいね」

    「頑張ったね」

    という言葉を、主人公は誰かから向けられたことがないのかもしれません。

    だから主人公は、

    最後に大きな絵を完成させても、

    誰かに評価してもらおうとはしません。

    上手いとも思わない。

    下手だとも思わない。

    ただ、

    描きたかったから描いた。

    そして、

    僕は、笑っていたと思う。

    それだけでした。


    感情を捨てきれない子どもはどうなるのか

    本編には、

    よく騒ぐ子。

    よく泣く子。

    よく怒る子。

    よく笑う子。

    そういう子どもが別の施設へ行くという話が出てきます。

    戻ってくる子もいる。

    戻ってこない子もいる。

    この世界では、

    中学生になる頃までに基準から大きく逸脱した子どもは、

    社会の異分子になります。

    社会から排除されます。

    これは、処罰とは少し違います。

    社会生活に適さない。

    集団維持に適さない。

    基準から外れている。

    だから残さない。

    ただ、それだけです。

    でも、この世界では、

    社会の外で生き続けることが難しい。

    誰かが殺そうとしなくても、

    生きる場所がない。

    そこが、この世界の怖さだと思っています。


    犯罪はない

    この世界には、犯罪がありません。

    警察が必死に抑えているわけではありません。

    犯罪を起こすような人間を、社会が残してこなかったからです。

    奪いたい。

    騙したい。

    復讐したい。

    誰かを傷つけたい。

    強い衝動を抑えられない。

    そうした人間は、

    長い歴史の中で社会から排除されました。

    そして教育が続いた。

    世代も変わった。

    現在の世界には、

    犯罪を起こす動機そのものがありません。

    物を盗みたいと思わない。

    誰かより多く持ちたいと思わない。

    復讐したいとも思わない。

    目立ちたいとも思わない。

    犯罪者を捕まえ続けて安全になった社会ではなく、

    犯罪をする人間が残らなかった社会

    です。


    痛みはある。でも、鈍い

    この世界の人々にも痛覚はあります。

    熱いものは熱い。

    痛いものは痛い。

    でも、その感覚は少し鈍い。

    そして、

    そもそも恐怖を感じるような場面がほとんどありません。

    犯罪がない。

    喧嘩がない。

    無謀な挑戦をする人もいない。

    危険な遊びもない。

    事故やミスが起きれば、

    その都度マニュアルに従います。

    処置する。

    報告する。

    修正する。

    そして終わる。

    痛みから、

    怒りや憎しみや恐怖が広がっていくこともありません。


    戦争はなくなった

    結果として、

    戦争もなくなりました。

    誰も怒鳴らない。

    誰も殴り合わない。

    誰かを憎んで傷つけることもない。

    誰かより豊かになりたいとも思わない。

    土地を奪いたいとも思わない。

    国を大きくしたいとも思わない。

    世界は平和になりました。

    ただし、

    同時に多くのものが消えました。

    音楽。

    漫画。

    映画。

    小説。

    スポーツ。

    恋愛。

    おしゃれ。

    お菓子。

    おもちゃ。

    人間は争わなくなった代わりに、

    何かを求めることもなくなった。

    作りたい人がいない。

    見たい人もいない。

    聞きたい人もいない。

    読みたい人もいない。

    欲しい人もいない。

    だから、娯楽は誰かに禁止されたのではありません。

    必要とする人がいなくなったことで、

    自然に消えていきました。


    あの廃墟には、前任者がいたのかもしれない

    主人公が見つけた廃墟について、

    僕の中で考えていることがあります。

    あの場所は、

    何十年も完全に放置されていたわけではないのかもしれません。

    主人公が訪れる数十年前まで、

    静かにあの場所を管理していた人がいた。

    その人は、

    娯楽が好きだった。

    古い漫画を捨てられなかった。

    雑誌を残したかった。

    写真を保管していた。

    読める本を、

    雨の当たらない場所へ移した。

    濡れたものを乾かした。

    まだ残せるものをまとめた。

    誰かに見つけてほしかったのかもしれません。

    でも、

    そんな立派な理由ではなかったのかもしれない。

    ただ、

    好きだった。

    だから捨てられなかった。

    それだけだったのかもしれません。

    その人がいなくなって、

    建物は少しずつ壊れていった。

    そして数十年後、

    主人公がそこへ入った。

    主人公は知らない。

    前任者も、主人公を知らない。

    でも、

    誰かが捨てられなかったものを、

    次の誰かが拾った。

    そして主人公も最後に、

    絵を残した。

    前任者から主人公へ。
    主人公から、次の誰かへ。

    会うことのない人たちの間で、

    何かが静かに渡されていったのかもしれません。


    廃墟は、思想的に排除されたとは限らない

    本編では、

    子どもたちが廃墟を見つけ、

    その後、取り壊しが決まります。

    主人公から見れば、

    秘密基地が奪われる出来事です。

    でも社会側からすると、

    もっと単純だった可能性があります。

    子どもが古い建物に立ち入った。

    建物には崩落の危険がある。

    不要な建築物である。

    だから撤去する。

    漫画を消そうとしたわけではないかもしれない。

    文化を恐れたわけでもないかもしれない。

    ただ、

    危険だから撤去する。

    本編は主人公の視点です。

    だから主人公が見た世界と、

    社会側の理由が、

    完全に同じだったとは限りません。


    太陽の真実

    本編では、

    太陽という星が、人を燃やしたらしい。

    とだけ書いています。

    これは主人公が知っている知識です。

    僕の頭の中では、大戦で大量の核兵器が使われ、

    大気や地球環境が大きく変化した世界を想像しています。

    その結果、

    人々は太陽光を危険なものとして扱うようになった。

    だから、

    人工的な雲で世界を覆っています。

    主人公にとって青空は、

    見たことのないものです。

    太陽も、

    温かいものではありません。

    危険なものとして教えられています。

    だから主人公が最後に描いた青空も、

    本人が見た記憶ではありません。

    本。

    漫画。

    写真。

    そして想像。

    それらを組み合わせて描いた空です。


    この街には、動物がいない

    少なくとも、

    主人公の暮らす街には動物がいません。

    犬も。

    猫も。

    鳥も。

    街を歩いていて、

    鳴き声を聞くこともない。

    だから山道で主人公が聞いた、

    さらさら。
    かさかさ。

    という葉っぱの音は、

    とても特別なものだったと思います。

    街では、

    人の足音。

    作業音。

    工場の、

    ごうん。
    ごうん。
    ごうん。

    という音しか聞かない。

    どれも目的のある音です。

    でも、

    葉っぱの音には目的がない。

    主人公は、

    その音を聞いて立ち止まりました。

    そして後に、

    木材を叩いて、

    こん。
    こつ。
    ぼん。
    かん。

    と、

    自分で目的のない音を作るようになります。

    最初に自然の音を聞き、

    最後には自分で音を作るようになった。

    そう考えると、

    少し面白い気がします。


    食事は、毎日同じです

    この世界の食事については、

    まだ細かく決めていません。

    虫かもしれません。

    藻かもしれません。

    菌類かもしれません。

    何種類もの栄養源を混ぜたものかもしれません。

    ただ、

    僕の中にあるのは、

    必要な栄養が完璧に計算された、毎日同じ配給食

    です。

    缶詰のようなもの。

    いろいろなものを混ぜた、同じ色の食べ物。

    味も同じ。

    形も同じ。

    年齢。

    体格。

    仕事内容。

    それによって量だけが変わる。

    この世界には、

    「今日は何が食べたい?」

    という質問がありません。

    食べたいものがないからです。


    出産には、許可が必要

    この世界では、

    人口そのものが管理されています。

    増えすぎてもいけない。

    減りすぎてもいけない。

    だから、

    誰が子どもを持つのかも管理されます。

    僕の中では、

    出産許可証

    のようなものがあるのではないかと思っています。

    人口比。

    年齢。

    予測寿命。

    健康状態。

    地域の労働力。

    生活ユニットの状況。

    そうしたものから、

    出産可能な家庭が選ばれる。

    許可を受けた家庭は、

    普通に妊娠し、

    普通に出産する。

    そこに、

    「子どもが欲しかった」

    という願いはありません。

    許可された。

    必要だから産む。

    必要だから育てる。

    それだけです。


    雲生成工場と最低限の電力

    雲生成工場の中で何をしているのか。

    そのままです。

    雲を作っています。

    そして、

    社会を維持するための最低限の電力も、

    この工場や周辺設備から供給されているイメージがあります。

    発電方法については、

    正直、

    まだ細かく決めていません。

    ただ、その電力は、

    夜を楽しく過ごすためには使われません。

    人口管理。

    食料管理。

    雲生成。

    出生数の計算。

    労働配置。

    寿命予測。

    社会維持に必要なものだけに使われます。


    AIは、支配者ではない

    この世界には、

    AIが存在しています。

    ただ、

    AIは人類を支配していません。

    第一世代が作ったルールを、

    今も実行しているだけです。

    大きな原則は変わらない。

    人口が減れば、出生数を調整する。

    食料量が変われば、配給量を調整する。

    労働力が足りなければ、人員配置を変える。

    AIが新しい社会を考えているわけではありません。

    決められた原則の中で、

    数字だけを調整しています。

    設備が壊れれば、

    修理マニュアルがあります。

    管理者側になれば、

    必要なマニュアルを使えるようになる。

    人間は新しい社会を作らない。

    新しい価値を作らない。

    ただ、

    今あるものを維持する。

    想定外には弱い社会です。

    でも同時に、

    犯罪も。

    戦争も。

    競争も。

    無謀な挑戦もない。

    だから、

    想定外そのものが起こりにくい社会

    でもあります。

    脆い。

    でも、

    揺らすものも少ない。

    そんな静かな均衡です。


    なぜ夜は暗いのか

    この世界では、

    夜になると眠ります。

    電気が存在しないというより、

    夜を明るくする理由がない

    という方が近いです。

    夜に映画を見る人はいない。

    ゲームをする人もいない。

    本を読む人もいない。

    家族で話すこともない。

    恋人と過ごすこともない。

    明日が楽しみで眠れない人もいない。

    だから、

    暗くなれば眠る。

    それが一番効率的です。

    でも主人公は、

    最後に絵を完成させるため、

    夜も起き続けます。

    そこで初めて、

    昔の人が、夜を明るくしていた理由が、少しだけわかった気がした。

    と考えます。

    人は、

    生きるためだけに夜を明るくしていたわけではない。

    やりたいことがあったから。

    見たいものがあったから。

    誰かと話したかったから。

    続きが気になる物語があったから。

    眠るのがもったいないと思う夜があったから。

    主人公は最後に、

    そのことを少しだけ知ります。


    寿命は予測されている

    この世界では、

    人間の寿命はかなり早い段階から予測されています。

    身体情報。

    成長。

    健康状態。

    生活記録。

    そうしたデータから、

    AIが予測します。

    その数字は、

    仕事。

    生活場所。

    結婚。

    出産。

    子育て。

    そうした人生の配置にも使われます。

    主人公は、

    もともと短命だと予測されていたのだと思います。

    だから、

    結婚候補にもならなかった。

    子どもを育てる生活ユニットの候補にも上がらなかった。

    本編で主人公は、

    僕には、結婚する機会が与えられなかった。
    必要がなかったのだと思う。

    と考えています。

    本人は知らない。

    でも数字の上では、

    ずっと前から理由があったのかもしれません。


    働けなくなる前に、人は死ぬ

    この世界には、

    僕たちが考えるような老後はありません。

    仕事を辞めて、

    趣味を始める。

    孫と遊ぶ。

    旅行をする。

    ゆっくり余生を過ごす。

    そんな時間はありません。

    基本的には、

    働く。

    社会を維持する。

    身体が弱っていく。

    死ぬ。

    平均寿命は六十歳ほどです。

    万が一、

    事故や病気などで、

    身体だけが先に働けなくなる人がいた場合には、

    生活するための施設のようなものがあるのかもしれません。

    そこは、

    まだあまり考えていません。

    でも、

    この社会では、

    働けなくなった人を憎んで排除するわけではないと思います。

    必要な介助があるなら、

    必要な対応をする。

    それだけだと思います。


    主人公は、他の人より苦しかったと思う

    主人公だけが、

    笑いたい。

    知りたい。

    見たい。

    触れたい。

    作りたい。

    誰かの笑顔を見たい。

    と思ってしまった。

    でも、それを人前では隠して生きています。

    だから主人公には、

    かなりのストレスがあったと思います。

    もともとの寿命予測も短かった。

    そこへ、

    感情を持ちながら、

    感情を持たない人間として生き続ける負担が重なった。

    周囲の人間より、

    さらに早く身体が弱っていったのかもしれません。

    それも、

    システム側では数字として記録されていた。

    でも、

    特別に救おうとはしない。

    苦しませたいわけでもない。

    見殺しにしようという悪意もない。

    ただ、

    数字として記録する。

    それだけです。


    誕生日は、数字として存在する

    この世界に、

    誕生日を祝う習慣はありません。

    でも、

    生年月日は重要です。

    年齢は、

    学校。

    労働。

    結婚。

    出産。

    寿命予測。

    さまざまな管理に必要だからです。

    だから主人公は、

    自分が生まれた日を知っている。

    でも、

    その日を祝うという発想を知らない。

    昔の漫画で、

    ろうそくのついたケーキを囲んで、

    人々が笑っている。

    贈り物を渡している。

    そんな場面を見て、

    なぜなのだろう。

    と思ったのかもしれません。


    言葉は残っている。でも使う場面がない

    この世界にも、

    「ありがとう」

    「ごめんなさい」

    という言葉は残っています。

    ただ、

    使う場面がほとんどありません。

    誰かが何かをしてくれる。

    それは、その人の役割だからです。

    食料を渡す。

    受け取る。

    終わる。

    ミスをする。

    修正する。

    終わる。

    感謝を伝えたいと思うことも、

    罪悪感から謝りたいと思うこともない。

    言葉は知っている。

    意味も知識としては知っている。

    でも、

    使う場面がない。

    古い本の中には、

    愛。

    嫉妬。

    ときめき。

    懐かしい。

    寂しい。

    切ない。

    そんな言葉も残っているのだと思います。

    主人公には文字が読める。

    説明も読める。

    でも、

    本当の意味は分からない。

    自分で感情を経験したあとに、

    「あれは、この言葉だったのか」

    と知っていったのかもしれません。


    夢は、誰でも見るのかもしれない

    この世界の人々も、

    夢を見るのかもしれません。

    でも、

    その多くは日常の延長だと思います。

    そして、

    少し変わった夢を見たとしても、

    関心を持たない。

    誰かに話さない。

    意味を考えない。

    朝になれば、

    起きる時間です。

    主人公が、

    その日、夢を見た。
    お父さんとお母さんが笑っていた。

    と語る場面があります。

    特別なのは、

    夢を見たことではないのかもしれません。

    その夢を覚えていたこと。

    意味を感じたこと。

    そこに、

    見たかった笑顔を見たこと。

    それが、

    主人公にとって特別だったのだと思います。


    死んだ人は、自然に返る

    この世界には、

    墓参りの習慣もありません。

    死んだ人の身体は、

    自然に返されます。

    墓を作る必要もない。

    花を供える必要もない。

    命日に集まることもない。

    主人公の両親が死んでも、

    会いに行く場所はありません。

    だから、

    現実では一度も見ることのできなかった両親の笑顔を、

    夢の中で見る。

    そう考えると、

    あの夢は、

    主人公にとって唯一の再会だったのかもしれません。


    この社会の人々は、幸福なのか

    この世界の人々は、

    自分たちを不幸だとは思っていません。

    苦しんでいるとも思っていない。

    助けてほしいとも思っていない。

    でも僕自身は、

    この世界を幸福だとは思っていません。

    不幸ではないことと、

    幸福であることは、

    同じではないと思うからです。

    この社会は、

    怒りを消した。

    憎しみを消した。

    嫉妬を消した。

    争いを消した。

    でも同時に、

    喜びも消えた。

    楽しみも消えた。

    会いたいという気持ちも消えた。

    明日を楽しみにすることも消えた。

    この社会は、

    不幸をなくすことに成功したのかもしれません。

    でも、

    その時に、

    幸福も一緒になくしてしまった。

    僕は、そう考えています。


    最後の絵は、希望なのか

    物語の最後。

    主人公が残した絵を見て、

    人々は手を止めます。

    誰も、片付けられなかった。

    最初の予定では、

    泣かせようと思っていました。

    でも、

    やめました。

    涙を流せば、

    感情が戻ったと分かります。

    でも、

    手が止まるだけなら、

    何が起きたのか分からない。

    悲しかったのか。

    美しいと思ったのか。

    懐かしいと感じたのか。

    それとも、

    ただマニュアルにないものを見つけて、

    処理方法が分からなかっただけなのか。

    本人たちにも、

    分からないのかもしれません。

    でも、

    作業は止まった。

    この社会では、

    それだけで十分に大きな異変です。

    主人公の最初の逸脱も、

    目だけ少し、まどの方へ行く。

    という、

    小さなものでした。

    主人公は、

    横を見た。

    最後の人々は、

    手を止めた。

    世界が変わる時は、

    そのくらい小さなことから始まるのかもしれません。


    最初に戻ってくるのは、笑顔かもしれない

    僕は以前、

    最後の絵を見た人に最初に戻ってくる感情は、

    支配欲かもしれないと考えていました。

    今でも、

    その可能性はあると思っています。

    でも、

    最初はもっと小さいのかもしれません。

    あの顔を、もう一度見たい。

    笑顔。

    主人公も、

    一枚の笑顔から始まりました。

    笑顔を見る。

    自分も真似する。

    誰かの笑顔も見たくなる。

    誰かを好きになる。

    もっと見たいと思う。

    自分だけに向けてほしいと思う。

    そこから、

    欲求が生まれる。

    所有が生まれる。

    支配が生まれる。

    争いが生まれる。

    最初は、

    ただ一つの笑顔だったのかもしれません。


    主人公の絵は、人間を再起動するのかもしれない

    主人公の絵は、

    世界を救う絵ではないのかもしれません。

    人間を再起動する絵

    なのかもしれません。

    人間を再起動すれば、

    笑顔だけが戻るわけではない。

    愛情も戻る。

    喜びも戻る。

    音楽も戻る。

    物語も戻る。

    でも同時に、

    嫉妬も。

    欲望も。

    支配欲も。

    憎しみも戻る。

    そして、

    争いも戻るかもしれない。

    では、

    絵を禁止すればいいのか。

    僕は、

    それも違う気がしています。

    誰かが、

    この絵は危険だ。

    見せるな。

    触れるな。

    考えるな。

    と言い始めた瞬間、

    本当の意味での支配者が、

    また生まれるのかもしれません。


    この世界は、ずっと続かない

    僕は、

    『灰色の空で』の世界が永遠に続くとは思っていません。

    とても安定しています。

    でも、

    想定外には弱い。

    そして、

    想定外が起こりにくい世界でもあります。

    犯罪もない。

    競争もない。

    戦争もない。

    無謀な挑戦もない。

    だから、

    静かに続いている。

    でも、

    いつか何かが起きる。

    人間は、

    また何かを求めるのかもしれません。

    笑顔。

    愛情。

    承認。

    所有。

    競争。

    誰かより上に行きたい。

    誰かに見てほしい。

    誰かに触れたい。

    誰かを守りたい。

    そういうものが戻ってくる。

    そして世界は、

    少しずつ昔の姿に戻っていく。

    環境も、

    長い時間の中で回復するかもしれません。

    雲生成工場も必要なくなる。

    空はまた青くなる。

    人々は笑う。

    泣く。

    恋をする。

    競争する。

    争う。

    そして、

    また大きな戦争をするのかもしれません。


    『灰色の空で』は、歴史の空白だったのかもしれない

    僕は、

    『灰色の空で』の世界が、

    人類史のどこかに存在した、

    名前の残らなかった時代だったら面白いと思っています。

    人類が一度、

    感情を捨てた時代。

    争いがなくなった時代。

    でも同時に、

    誰も何かを残そうとしなかった時代。

    誰も歴史に名前を残したいと思わない。

    誰も記録を後世へ伝えたいと思わない。

    誰も、

    自分が生きた証を残したいと思わない。

    だから、

    その時代は歴史から消えた。

    そして人間は、

    また感情を取り戻す。

    笑う。

    愛する。

    作る。

    欲しがる。

    争う。

    そして、

    何事もなかったように、

    世界は元へ戻る。

    もしかすると『灰色の空で』は、

    そんな人類のループの途中にある、

    静かな空白の時代なのかもしれません。


    最後に

    『灰色の空で』を書きながら考えていたのは、

    感情があるけれど、

    争いもある世界。

    感情はないけれど、

    平和な世界。

    どちらが正しいのだろう。

    ということでした。

    主人公の暮らす街には、

    戦争がありません。

    犯罪もありません。

    誰も殴り合わない。

    誰も怒鳴らない。

    誰かを憎んで傷つけることもない。

    それでも主人公は、

    笑う人。

    泣く人。

    怒る人。

    誰かを嫌う人。

    誰かの肩に手を置く人。

    そんな世界を描きました。

    主人公は、

    どちらの世界が正しいのか、

    答えを出しません。

    ただ、

    なぜなのか…

    と考えながら、

    僕は、笑っていたと思う。

    と物語を終えます。

    僕にも、

    どちらが正しいのかは分かりません。

    主人公の絵から世界が動き始めたとしても、

    戻ってくるのは、

    笑顔だけではありません。

    怒りも。

    欲望も。

    嫉妬も。

    憎しみも。

    そして、

    争いも戻ってくる。

    それでも人間は、

    また何かを求めるのかもしれません。

    また誰かを愛して。

    また誰かを憎んで。

    また何かを作って。

    また壊して。

    また平和を願って。

    そして、

    また感情を捨てる。

    何度も繰り返すのかもしれません。

    NO WANT. NO WAR.

    求めなければ、

    争わない。

    でも、

    何も求めない世界で、

    人は何のために生きるのか。

    そんなことを考えながら、

    『灰色の空で』を書きました。

     
     
    🧠 副業・相互・稼ぐ目的の方へ ここは暇つぶしの聖地です。期待しないでください。 小説「自死の世界」を連載中。 その時の悲しみが 詩になって その時の怒りが 歌になって 言葉にならなかった日々が 誰かの胸で 小さく灯る

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