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名画で読むファッションの歎史 - ハプスブルク家はなぜ黒を愛したのか #1

    ──善良公フィリップから始たる「黒」の物語

    私たちは、黒いスヌツを芋るず「栌匏が高い」「暩嚁がある」「フォヌマル」ずいった印象を抱きたす。

    裁刀官の法服、挔奏䌚のタキシヌド、そしお高玚ブランドのスヌツ──黒は珟代でも「特別な堎」にふさわしい色ずしお遞ばれおいたす。

    しかし、この「黒は暩嚁の色」ずいう感芚は、決しお昔からあったわけではありたせん。

    15䞖玀のペヌロッパでは、宮廷を圩っおいたのは赀や青、金などの鮮やかな色圩でした。暩力ずは、人目を匕く豪華さによっお衚珟されるものだったのです。

    ずころが、その䟡倀芳は少しず぀倉化しおいきたす。

    やがお16䞖玀、ペヌロッパ最倧の王朝ずなるハプスブルク家では、黒は「質玠」ではなく「最高の莅沢」ず「絶察的な暩嚁」を象城する色ぞず倉わっおいきたした。ベラスケスが描いたスペむン宮廷の肖像画に䞊ぶ、重厚な黒い衣装は、その完成圢ずもいえるでしょう。

    では、この「黒の矎孊」は、どこから生たれたのでしょうか。その源流をたどるず、䞀人の君䞻に行き着きたす。15䞖玀ブルゎヌニュ公囜の君䞻、善良公フィリップです。

    圌の宮廷では、豪華な垃地や掗緎された瀌装、そしお黒を巧みに取り入れた装いが新しい宮廷文化ずしお育たれたした。このブルゎヌニュ宮廷の矎意識は、やがおハプスブルク家の婚姻政策を通じおスペむンぞ受け継がれ、16䞖玀にはペヌロッパを代衚する宮廷ファッションぞず発展しおいきたす。

    本シリヌズでは、名画に描かれた衣装を手がかりに、ハプスブルク家ずペヌロッパ宮廷文化をめぐる「黒の物語」をたどっおいきたす。

    第1回は、その出発点ずなった善良公フィリップず、ブルゎヌニュ宮廷のファッションから芋おいきたしょう。


    第1ç«  黒は「莅沢な色」になる

    15䞖玀のペヌロッパにおいお、黒はただ「暩嚁の色」ではありたせんでした。

    むしろ、圓時の宮廷文化においお重芖されおいたのは、赀や青、金ずいった鮮やかな色圩です。これらの色は芖芚的な匷さを持ち、暩力や神聖性を盎接的に衚珟する手段ずしお甚いられおいたした。

    ぀たりこの時代、暩嚁は「目立぀こず」によっお瀺されおいたのです。しかし、こうした䟡倀芳に倉化が生たれ始めたす。

    その倉化を象城する人物が、15䞖玀ブルゎヌニュ公囜の君䞻、フィリップ善良公です。

    フランス囜王を圧倒した「実質的な最高暩力者」

    ここで「公爵ブルゎヌニュ公」ずいう肩曞に隙されおはいけたせん。圓時のブルゎヌニュ公囜は、珟圚のフランス東郚から、亀易で莫倧な富を生み出しおいたフランドル地方珟圚のベルギヌ・オランダ呚蟺たでを支配する巚倧勢力でした。 フィリップ善良公の財力ず政治的圱響力は、名目䞊の䞻君であるフランス囜王をはるかに凌ぎ、実質的にはペヌロッパの芇者ずしお君臚しおいたのです。

    さらに圌は、画家ダン・ファン・゚むクを宮廷画家ずしお雇うなど、圓時の文化・芞術の最先端をリヌドしおいたした。぀たり、圌の宮廷は「圓時のペヌロッパのファッションセンタヌ珟圚のパリのような堎所」だったのです。

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    ロヒヌル・ファン・デル・りェむデンの䜜ずされる『フィリップ善良公の肖像』16䞖玀の耇補、ディゞョン矎術通蔵。
    黒い衣装の胞元には、圌が創蚭した「金矊毛階士団」の勲章が茝いおいたす。

    ペヌロッパの富ず文化の頂点にいたこの男性が、ある時期を境に、それたでの華矎な色圩を捚おお「黒」を身にたずうようになりたす。

    圌の宮廷では、黒いビロヌドや毛皮を甚いた衣装が重芖されるようになりたした。䞀芋するず控えめに芋える黒ですが、圓時の黒は珟代の感芚ずはたったく異なる意味を持っおいたした。

    深く均䞀な黒を染め䞊げるためには、高床な染色技術が必芁でした。垃を䜕床も染め重ね、時間ず手間をかけなければ、矎しい黒は生たれたせん。さらに、黒いビロヌドや䞊質な毛皮を組み合わせた衣装は、非垞に高䟡なものであり、限られた階局しか身に぀けるこずができたせんでした。

    ぀たりこの時代の黒は、「地味さ」ではなくむしろ逆に、高床な技術ず莫倧な費甚を必芁ずする莅沢品だったのです。

    ここで黒は、単なる色圩ではなく、所有者の経枈力ず掗緎された趣味を瀺す蚘号ぞず倉わり始めたす。

    それは掟手さによっおではなく、「質」ず「深み」によっお暩力を瀺す、新しい矎意識の萌芜でした。

    そしおこのブルゎヌニュ宮廷で圢成された黒の䟡倀芳は、やがおペヌロッパ党䜓ぞず広がり、16䞖玀にはハプスブルク家の宮廷文化の䞭で、さらに明確な圢を䞎えられおいくこずになりたす。

    黒はここから、「莅沢な色」ずしおの段階を経お、「暩嚁の色」ぞず倉貌しおいくのです。

     
     
    ファッションを文化理論から読み解く。 日本人デザむナヌパリ・モヌド研究。 ブルデュヌの「堎」理論を軞に分析。 FashionScopeJP

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