
#7 続けた先で、ようやく気づいたこと
10年続いた時、
周りから「よくやったね」と言われた。
正直、何も感じなかった。
あっという間だったし、
ビジネスとして見れば、
成功したとは言えない状況だった。
売上が右肩上がりだったわけでもない。
胸を張れる数字があったわけでもない。
「続いただけだよ」
そう思っていた。
15年続いた時も、
「すごいね」と言われた。
その時は、
“続けた”という事実だけでも、
少しは自分を認めていいのかなと、
ほんの少しだけ思えた。
それでもやっぱり、
どこか引っかかっていた。
続けたことと、
価値があったことは、
同じじゃない気がしていたからだ。
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この店を続けてきて、
何度も「辞める理由」はあった。
でも、
はっきりした「辞め時」は、
最後まで見つからなかった。
朝、店を開ける。
いつもと同じように、
コーヒーを淹れる。
それだけの日々。
特別なことは、
ほとんどしていない。
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ある日、
常連さんに言われた。
「ここがあるから、助かってるよ」
別の日には、
「変わらないのが、いいんだよね」と。
その言葉を聞いた時、
少し戸惑った。
そんなつもりで、
店をやってきたわけじゃなかったからだ。
誰かの役に立とうとか、
地域に貢献しようとか、
正直、最初から考えていたわけじゃない。
ただ、
今日も開けて、
来た人を迎えて、
いつも通りに過ごしていただけ。
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気づいたのは、
信頼は「作ろう」として
作れるものじゃなかった、ということ。
狙って積み上げたわけでもない。
積み上がっていた、
という表現の方が近い。
21年分の、
何でもない日々の中に。
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自分では、
何も残せていないと思っていた。
でも、
残っていなかったわけじゃなかった。
ただ、
自分の物差しが
「成功」や「売上」だけだったから、
見えていなかっただけだった。
続けた“先”に来て、
ようやく、
それに気づいた。
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最近になって、
この時間を
少しずつ言葉にし始めている。
なぜ辞めなかったのか。
なぜ続いてしまったのか。
そして、
続いたことで
何が生まれていたのか。
まだ、
全部は言葉にできていない。
でも、
ここから先は、
もう少し奥の話になる。
ここまで書いてきて、
実は一つだけ、
ずっと触れずにきた感覚がある。
それは、
「続けてきた自分自身が、
この21年で
どう変わっていたのか」
ということだ。
店の話や、
人との関係は語れても、
自分の内側の変化だけは、
簡単に言葉にできなかった。
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第一章
失わずに、ここにあったもの
続けてきたことで、
何かを手に入れた、という感覚は
今でもあまりない。
でも、
失わずに済んでいたものは、
確かにあった。
毎日、
同じ場所に立てること。
名前や肩書きがなくても、
そこに居ていいと思える時間。
もし途中で辞めていたら、
気づかないまま
手放していたかもしれない日常が、
ここにはあった。
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第二章
同じ場所に立ったまま、別の景色を見ていた
外から見れば、
自分はずっと
同じ店主のままだったと思う。
でも、
内側では
確実に何かが変わっていた。
判断の基準が、
「正しいか」や
「儲かるか」ではなく、
「残したいか」に
少しずつ寄っていった。
急がなくなった。
比べなくなった。
変わらないようでいて、
静かに更新されていた。
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第三章
続いてしまった時間を、引き受ける
この21年を、
成功だったとも、
失敗だったとも、
今は言えない。
ただ、
続いてしまった、という事実だけが
ここにある。
だから今は、
評価をつけるより先に、
この時間を
自分の人生として
引き受けてみようと思っている。
それが、
ようやくできるようになった
今の自分なのかもしれない。
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続けようと思って続けた日は、
実は、あまりなかった。
それでも気づいたら、
今日も店を開けている。
この21年を、
成功だったとも、
失敗だったとも、
まだ言えない。
でも、
ここまで続いてしまった時間を、
ようやく、
自分の人生として
引き受けようとしている。