『第10話 最終話』バイクは、自分に戻れる場所だった。
第10話
危険を知りながら、
それでも人はなぜ走るのか。
バイクが安全な乗り物だとは、
僕は思っていない。
むしろ、
長く乗れば乗るほど、
怖さが分かるようになった。
雨の日の白線。
濡れたマンホール。
砂の浮いたカーブ。
突然出てくる車。
見落とされる怖さ。
ほんの一瞬の判断ミス。
車なら何でもないことが、
バイクでは大きな事故に
つながることがある。
転べば痛い。
怪我をする。
最悪の場合、
帰ってこられないことだってある。
そんなことは、
ライダー自身が一番よく分かっている。
それなのに、
天気のいい朝、
ガレージを開ける。
愛車を見る。
ヘルメットを持つ。
そして、
また走りたくなる。
僕自身、時々思う。
「そこまで分かっているのに、なぜ俺はバイクに乗るんだろう。」

若い頃とは、怖さの意味が
変わった。
若い頃なら、
「怖くないこと」が格好いいと
思っていたかもしれない。
速く走れる。
攻められる。
度胸がある。
そんなものに、
少し憧れていた時期もあった。
でも今は違う。
怖いものは、
普通に怖い。
雨が強くなれば不安になる。
疲れれば集中力も落ちる。
身体だって若い頃と同じではない。
「今日はやめよう。」
「ここで休もう。」
「この道は引き返そう。」
そう判断することも増えた。
でも不思議なことに、
怖さを知った今の方が、
以前よりバイクを大切に感じている。
なぜだろう。
もしかすると、
危険を知らないから走るのではなく、
危険を知ったうえで、それでも走ることを自分で選んでいるから
なのかもしれない。
心の科学①|人は「危険か安全か」だけで行動を決めていない。
僕たちは何かを選ぶとき、
リスクだけを見ているわけではない。
そこから得られる意味。
楽しさ。
自由。
達成感。
自分らしさ。
そうしたものも含めて判断している。
バイクも同じだと思う。
危険性だけを考えれば、
乗らないという選択は合理的だ。
雨にも濡れない。
暑くも寒くもない。
転倒の心配も減る。
荷物だって車の方が積める。
それでも僕は、
バイクで走りたい日がある。
それは、
危険を求めているからではない。
バイクでしか感じられない時間が、自分にとって大切だからだ。
車なら通り過ぎる景色を、
バイクでは「感じる」。
バイクに乗ると、
世界との距離が近い。
朝の冷たい空気。
山へ入った瞬間の温度。
海の匂い。
田んぼの匂い。
トンネルに入った瞬間の冷気。
雨が降る直前の空気。
夕方になって、
少しずつ冷えていく風。
車なら、
窓の向こうにある景色かもしれない。
でもバイクでは、
その中に自分がいる。
僕は、
これが好きなんだと思う。
目的地に着くことだけではない。
移動している時間そのものを、
身体で感じられる。
だから、
同じ道でも、
車で走ったときとバイクで
走ったときでは、記憶の残り方が違う。
心の科学②|適度な緊張は、
意識を「今」に戻す。

バイクに乗っていると、
ぼんやりしていられない。
前を見る。
ミラーを見る。
車間距離を見る。
路面を見る。
信号を見る。
歩行者を見る。
対向車を見る。
自分の速度を見る。
次々と情報が入ってくる。
もちろん、
過度な緊張や恐怖は危険だ。
でも適度な覚醒状態では、
注意が「今ここ」に向きやすくなる。
僕自身、
これを強く感じる。
仕事で嫌なことがあった日。
これから先のことで悩んでいる日。
頭の中に、
いろいろな考えが渦巻いている。
それでも走り出すと、
いつの間にか考えていない。
正確には、
考えている暇がなくなる。
次のカーブ。
前の車。
信号。
路面。
風。
エンジン。
身体。
意識が、
どんどん現在へ戻ってくる。
そして休憩場所でヘルメットを脱いだとき、
「あれ、さっきまで何をあんなに考えていたんだろう。」
と思うことがある。
悩みが消えたわけではない。
ただ、
悩みと自分との距離が、
少しだけ離れている。
第2話で書いた
「バイクに乗ると、なぜ頭の中が静かになるのか」
という感覚は、
ここにもつながっているのだと思う。
⸻
バイクに乗っていると、「生きている」という言葉が少し分かる。
「生きている実感」
という言葉は、
少し大げさに聞こえる。
僕も以前なら、
そう思ったかもしれない。
でも、
バイクに乗っていると、
時々それに近い感覚がある。
怖い。
寒い。
暑い。
気持ちいい。
疲れた。
腹が減った。
休みたい。
もう少し走りたい。
人間として、
ものすごく単純な感覚になる。
普段の生活では、
頭の中で生きている時間が多い。
仕事。
予定。
数字。
メール。
人間関係。
将来。
でもバイクでは、
身体が先に世界を感じる。
風が強い。
寒い。
眩しい。
曲がる。
止まる。
走る。
それだけ。
その単純さが、
僕には心地いい。

それでも僕が走り続けたい理由
このシリーズを書きながら、
ずっと考えていた。
僕は、
なぜこんなにバイクが好きなのだろう。
格好いいから。
もちろん、それもある。
エンジン音が好きだから。
それもある。
旅が好きだから。
それも間違っていない。
でも、
それだけでは説明できない気がしていた。
そして10話を書いて、
ようやく少し分かった。
僕が好きなのは、
バイクそのものだけではない。
バイクに乗っているときの、
自分が好きなのだ。

誰かの役割ではない自分に戻れる。
普段の僕には、
いろいろな役割がある。
仕事をする自分。
誰かに頼られる自分。
責任を持つ自分。
何かを判断する自分。
大人になるほど、
「自分」より先に、
役割が出てくることが増えた気がする。
でも、
ヘルメットを被って一人で走っているとき、その役割が少し薄くなる。
肩書きも関係ない。
仕事も関係ない。
年齢も、
少しだけ関係なくなる。
そこにいるのは、
ただ、
バイクに乗っている一人の自分。
僕は、
その時間が必要だったのかもしれない。
心の科学③|人には「自分で選んでいる」という感覚が必要になる。
第9話でも触れた、
自律性(autonomy)。
自分の行動を、
自分自身で選んでいるという感覚。
今日は乗る。
今日は乗らない。
右へ行く。
左へ行く。
休む。
帰る。
もう少しだけ走る。
バイクでは、
小さな選択を何度も繰り返す。
そして僕は、
この感覚が好きだ。
誰かに決められた道ではない。
目的地すら、
途中で変えていい。
もちろん、
交通ルールと安全の中での自由だ。
でも、
その限られた自由が、
思っている以上に心を軽くしてくれる。
「自分で決めて、自分で走っている。」
その感覚は、
バイクだけではなく、
人生そのものにも必要なのかもしれない。
「自由」とは、好き勝手に走ることではなかった。
若い頃、
自由とは、
何にも縛られないことだと思っていた。
でも今は、
少し違う。
本当の自由には、
責任がある。
速く走れるからといって、
速く走る必要はない。
行けるからといって、
行く必要もない。
雨が危ないと思えば、
予定を変える。
疲れていれば、
休む。
体調が悪ければ、
乗らない。
そして、
無事に帰る。
それも全部、
自分で決める。
今の僕にとって、
バイクの自由とは、
「何でもできること」ではなく、
「自分で選び、その結果に責任を持つこと」
なのだと思う。
心の科学④|恐怖は、
敵ではない。
怖いという感情は、
できれば避けたいものに思える。
でも恐怖には、
自分を守る役割がある。
危険を察知する。
慎重になる。
速度を落とす。
距離を取る。
休憩する。
「今日はやめよう」と判断する。
だから、
怖さをなくす必要はない。
むしろ、
怖さを感じられることは、
大切なのだと思う。
問題なのは、
恐怖に支配されることと、
恐怖を無視すること。
その間で、
自分の状態と状況を見ながら判断する。
歳を重ねて、
僕は少しずつ、
そういう乗り方をしたいと
思うようになった。
「怖くないライダー」ではなく、
「怖さを知っているライダー」でいたい。
その方が、
長く走れる気がする。
速く走ることより、
帰ってくること。
昔なら、
一日のツーリングを、
何km走ったかで考えていたかもしれない。
今は、
少し違う。
景色を見られた。
美味しいものを食べた。
知らない道を走った。
気持ちよかった。
そして、
無事に帰ってきた。
それで十分だと思える。
ガレージにバイクを入れる。
エンジンを切る。
急に静かになる。
ヘルメットを脱ぐ。
愛車を見る。
そして、
「今日も帰ってきたな。」
と思う。
この瞬間が、
最近とても好きだ。
走り出す勇気も大切だけれど、
帰ってくることの方が、もっと大切だ。
なぜなら、
帰ってくれば、
また次があるから。

いつか、本当に最後の
ツーリングが来る。
このシリーズを書きながら、
何度かこのことを考えた。
いつか、
僕にもバイクを降りる日が来る。
それがいつなのかは、
分からない。
年齢かもしれない。
身体かもしれない。
生活環境かもしれない。
ある日、
「もう十分走ったな。」
と思うのかもしれない。
でも、
その日まで、
僕はできるだけ長く走りたい。
速くなくていい。
遠くなくてもいい。
格好よくなくてもいい。
安全に、
自分のペースで、
まだ知らない景色を見たい。
そして、
帰ってきたい。
この10話を書いて、
僕が分かったこと。
第2話では、
なぜ頭の中が静かになるのかを考えた。
第3話では、
なぜ中年になると、
もう一度バイクに乗りたくなるのかを
考えた。
第4話では、
一人で走っているのに、
なぜ孤独ではないのか。
第5話では、
なぜ道や景色をよく覚えているのか。
第6話では、
なぜ若返ったように感じるのか。
第7話では、
なぜバイクを「相棒」と呼ぶのか。
第8話では、
なぜエンジン音が心を動かすのか。
第9話では、
なぜ「まだできる」と思えるように
なるのか。
そして最後に、
なぜ危険を知りながら、
それでも走るのか。
10話かけて考えてきた。
でも、
最後に残った答えは、
意外と単純だった。
僕は、バイクに乗ることで、
自分の人生をもう一度、
自分の身体で感じている。
それなのだと思う。
STORY RIDER編集部より
バイクに乗れば、
人生がすべて上手くいくわけではない。
悩みはなくならない。
歳も取る。
仕事もある。
責任もある。
現実は、
何も変わらないかもしれない。
でも、
ガレージを開ける。
バイクを出す。
ヘルメットを被る。
セルを押す。
そして、
走り出す。
その数時間だけ、
世界との距離が少し近くなる。
風を感じる。
匂いを感じる。
音を聞く。
怖さを感じる。
自分で判断する。
そして、
自分で進む。
僕にとって、
それがバイクだった。
バイクが、
僕の人生を変えてくれたのではない。
たぶん、
バイクに乗ることで、
自分がまだ人生を動かせることを
思い出した。
それが、
一番近い。
だから僕は、
危険を知っている。
怖さも知っている。
それでも、
また走りたいと思う。
危険だからではない。
速く走りたいからでもない。
誰かに見せたいからでもない。
まだ見ていない景色があるから。
まだ走っていない道があるから。
そして何より、
走っている自分を、まだ好きで
いられるから。
今日も、
セルを押す。
いつものエンジン音がする。
少しだけ心が動く。
そして、
道路へ出る。
急がない。
無理もしない。
ちゃんと帰ってくる。
それでいい。
僕はまだ、走れる。
そして、
僕の人生も、まだ途中だ。

【あなたへの問い】
あなたは、
なぜバイクに乗っていますか。
速さでしょうか。
自由でしょうか。
旅でしょうか。
仲間でしょうか。
愛車が好きだからでしょうか。
答えは、
一つでなくていいと思います。
そして、
歳を重ねれば、
答えが変わってもいい。
ただ、
次に走り終えて、
ガレージでエンジンを切ったとき、
一度だけ自分に聞いてみてください。
「今日、なぜ走ってよかったと
思ったんだろう。」
その答えの中に、
あなたがバイクに乗り続けている
本当の理由が、
少しだけ見つかるかもしれません。
「バイクと心の科学」全10話を終えて
このシリーズで僕が書きたかったのは、
「バイクは素晴らしい乗り物だ」
ということだけではありません。
バイクという一つの趣味を通して、
人はなぜ心を動かされるのか。
なぜ挑戦したくなるのか。
なぜ記憶に残るのか。
なぜ自分を取り戻せることがあるのか。
それを、
自分自身の気持ちと「心の科学」の
両方から考えてみたかった。
そして書き終えた今、
僕自身が一番感じていることがあります。
人生は、
何歳になっても、
全部分かったようで、
まだ分からないことばかりです。
だから、
もう少し走ってみたい。
もう少し見てみたい。
もう少し感じてみたい。
バイクと心の科学。
この10話はここで終わります。
でも、
僕たちが走る物語は、
まだ終わりません。
また、次の道で。
STORY RIDER
今回のおすすめアイテム
🎥 バイク用ドライブレコーダー
今回の第10話を書きながら、
改めて思ったことがあります。
バイクは楽しい。
知らない道へ行ける。
新しい景色に出会える。
風を感じられる。
でも、その楽しさをこれからも続けて
いくために、一番大切なのは、
「今日も無事に帰ってくること。」
だと思っています。
そこで最終話に選びたいのが、
バイク用ドライブレコーダーです。
万が一の事故やトラブルに備えて
走行状況を記録しておく。
もちろん、ドラレコを付ければ事故を
防げるわけではありません。
それでも、
「安全に走る」
「無理をしない」
「何かあったときに備える」
そんな意識を持つことも、
大人になってからのバイクの楽しみ方の
一つだと思います。
昔は、
「どれだけ速く走れたか。」
「どれだけ遠くまで行ったか。」
そんなことに価値を感じていた時期も
ありました。
でも今は少し違います。
景色を楽しむ。
疲れたら休む。
危ないと思ったら引き返す。
そして最後に、
ガレージまで無事に帰ってくる。
それで十分です。
なぜなら、
帰ってくれば、また次の道を走れるから。
第10話、そして「バイクと心の科学」
全10話の最後に紹介するアイテムとして、今回はバイク用ドライブレコーダーを
選びました。
安全のためだけではなく、
これからも長く、大好きなバイクに
乗り続けるために。
▶︎ Amazonでバイク用
ドライブレコーダーを見る
※本記事には
Amazonアソシエイトリンクを含みます。
編集部から、最後に。
速くなくていい。
遠くなくていい。
格好よくなくてもいい。
今日も無事に帰ってくる。
そしてまた、
「次はどこへ行こう。」
そう思えることこそ、大人のライダーにとって一番大切なことなのかもしれません。
また、次の道で。

