見出し画像

第8話|エンジン音は、なぜ心を動かすのか?

第8話
エンジン音は、なぜ心を
動かすのか?

バイクに乗らない人からすれば、
エンジン音なんて、
ただの「音」なのかもしれない…

うるさいと思う人もいるだろう…

興味がなければ、どのバイクの音も
同じように聞こえるのかもしれない。

それは分かる。

でも、僕にとっては違う。

ガレージでバイクの前に立つ。

キーを入れる。

セルを押す。

一瞬の静寂のあと…

エンジンが目を覚ます。

ドン、ドン、ドン……。

その瞬間、
さっきまで仕事のことを考えていた
頭が、急にバイクへ切り替わる。

「さあ、行こうか❕」

誰かに言われたわけでもないのに、
心の中に小さなスイッチが入る。

何度も聞いている音なのに、
いまだに少し気分が上がる。

僕は時々、不思議に思う。

なぜ、ただの機械音が、
こんなにも人の心を動かすのだろう…

音を聞いているのは、
耳だけではない。


バイクのエンジン音は、
ただ耳に入ってくるだけではない。

ハンドルから伝わる振動。

シートから伝わる鼓動。

足元から感じる細かな揺れ。

アクセルを少し開ければ、

音と振動が一緒に変わる。

だから僕にとってエンジン音は、
「聞く」というより、
身体で感じている
という表現の方が近い。

特に大型バイクに乗っていると、
その感覚が強い。

信号待ちでも、
エンジンが動いていることが身体に
伝わってくる。

まるで、
バイクそのものが生きているように
感じる瞬間がある。

もちろん、
本当に生きているわけではない。

それでも僕の身体には、
そう感じさせる何かがある。

心の科学①
音は、感情と結びつく。


人間にとって音は、
単なる情報ではない。

好きな曲を聞けば、
昔のことを思い出す。

懐かしい声を聞けば、
その人の顔が浮かぶ。

昔よく聞いた音楽を偶然耳にすると、
一瞬でその頃の自分に戻ったような
気持ちになることがある。

音と記憶、そして感情は、
僕たちが思っている以上に
深く結びついている。

バイクも同じなのだと思う。

何度もツーリングへ行く。

楽しかった日にもエンジン音があった。

一人で走った日にもあった。

雨の中を帰ってきた日にもあった。

忘れられない景色を見た日にも、
その音があった。

つまり、エンジン音そのものが
特別なのではなく、
その音の中に、自分の経験が
積み重なっていく。

だから、同じ音を聞くだけで、
感情まで一緒に動き出すのかもしれない。

『好きなバイクの音には、
つい反応してしまう。』

街を歩いているとき、
遠くからバイクの音が聞こえる。

姿はまだ見えない。

それなのに、思わず振り返る。
「あれ、何だろう…」
少し近づいてくる。

すると、
「あ、この感じ……。」
と思うことがある。

バイクに興味がない人からすれば、
どうでもいいことだと思う。

でも好きな人間には、
排気音やエンジンのリズムに、

それぞれ違う個性を感じる。

そして、自分が好きな音には、
自然と注意が向いてしまう。

心の科学②
好きなものは、
脳が見つけようとする。


僕たちの周りには、
常に大量の音や景色があります。

車の音。

人の声。

電車。

風。

店内の音楽。

街の雑踏。

そのすべてを同じ強さで意識していたら、
頭は疲れてしまう。

だから人の注意は、
その中から自分にとって重要なものを
選んでいる。

自分の名前が聞こえると、
思わず反応する。

欲しいバイクを決めた途端、
街で同じ車種ばかり目につく。

好きなエンジン音に振り返るのも、
似たところがあるのかもしれない。

自分にとって意味のある刺激だから、
心が先に「見つける」。

だから僕は、
遠くから好きなバイクの音がすると、
考える前に振り返ってしまう。

頭で判断するより先に、
身体が反応しているような感覚さえある。

自分のバイクの音は、もっと特別になる。

でも一番不思議なのは、
やっぱり自分のバイクだ。

同じ車種。

同じエンジン。

同じようなマフラー。

それでも、
自分の愛車の音には、
何か違うものを感じる。

朝一番の始動音。

暖まってきたときの音。

走っているときの音。

アクセルを戻したときの音。

長く付き合っていると、
音の中に「いつもの感じ」ができてくる。

だから時々、「あれ?」と思う。

今日は少し違う。

いつもより音が大きい。

少し振動が違う。

そんな変化にも気づく。

第7話で書いた、「相棒」という感覚。

もしかすると、
その関係を作っているものの一つが、
音なのかもしれない。

なぜ「自分のバイクの音」は
特別になるのか?

ここから少し、
僕自身の感覚をもっと深く考えてみたい。

エンジン音が好きなのは、
単純に「いい音だから」だと思っていた。

でも長く乗っていると、
どうも、それだけではない気がしてきた。

僕が好きなのは、
エンジン音そのものだけではなく、
その音を聞いていた時間なのではないか?

そう思うようになった。

心の科学③
記憶には「感情」が一緒に
保存される。


人の記憶は、
映像だけを保存しているわけではない。

場所。

匂い。

音。

そのときの気持ち。

いろいろな情報が結びついて、

一つの経験として残っていく。

だから、昔の曲を聞いただけで、
当時の気持ちまで蘇ることがある。

バイクのエンジン音も、
僕にとっては同じなのだと思う。

初めて遠くまで走った日。

怖い思いをした峠。

仲間と走った道。

一人で見た海。

雨の高速道路。

夕暮れの帰り道。

そのすべてに、

エンジン音が流れていた。

だから今、

ガレージでエンジンをかけるだけでも、
言葉にはできない何かを感じる。

それは単なる「いい音」ではない。

自分の記憶まで一緒に鳴っている。

そんな気がする。

エンジン音で、その日の自分まで
変わることがある。


仕事で疲れた日。

嫌なことがあった日。

考え事ばかりしている日。

そんな日にガレージへ行く。

別に遠くまで走らなくてもいい。

バイクを見る。

跨がる。

セルを押す。

エンジンがかかる。

すると、さっきまで頭の中を
占領していたものが、少しだけ遠くなる。

もちろん、
悩みが解決したわけではない。

仕事がなくなるわけでもない。

現実は何も変わっていない。

でも、自分の気持ちの位置が少し変わる。

僕にとって、
これがバイクの不思議なところだ。

心の科学④

「いつもの音」は
安心にもなり得る。

人は、予測できるものに安心を
感じることがある。

いつもの場所。

いつもの匂い。

いつもの音。

いつもの習慣。

それらは、

「知っている世界」に
戻ってきたという感覚を与えてくれる。

愛車のエンジン音も、
長く乗るほど、
自分にとっての「いつもの音」に
なっていく。

セルを押す。

いつものようにエンジンがかかる。

いつものリズムが始まる。

「今日も大丈夫そうだな❕」

そう思う。

それだけなのに、少し安心する。

これはバイクだけの話では
ないのかもしれない。

僕たちは、人生の中にある
「変わらないもの」
に支えられていることがある。

僕にとって、
その一つが愛車のエンジン音なのだと
思う。

音は「これから走る」という
合図にもなっている。


エンジンを始動する音には、
もう一つ意味がある。

それは、
日常から走る時間へ切り替わる合図。

仕事をしている自分。

家で過ごしている自分。

誰かのために動いている自分。

そこから一度離れて、
ライダーとしての自分に戻る。

ヘルメットをかぶる。

グローブをつける。

セルを押す。

エンジンが目を覚ます。

僕にとって、この一連の動作は、
小さな儀式のようなものになっている。

「ここからは、自分の時間だ❕」
そんなことを言葉にしなくても、
身体が分かっている。

だからエンジン音を聞いた瞬間、
心が少し前を向くのだと思う。

大きな音だから心が動く、という
話ではない。


ここは、自分でも大切にしたいと
思っている。

エンジン音が好きだからといって、
大きければ大きいほどいいとは思わない。

公道には、
バイクに興味のない人もいる。

赤ちゃんが眠っている家もある。

夜勤明けで休んでいる人もいる。

体調の悪い人もいる。

静かに暮らしたい人もいる。

自分にとって心地いい音が、

誰かにとっては騒音になることもある。

だから、
好きだからこそ、
周囲への配慮は忘れたくない。

僕が好きなのは、
誰かを振り向かせるための
大音量ではない。

自分が聞いた瞬間に、
「ああ、こいつだ。」
と思える音。

それで十分だ❕

若い頃とは、音の楽しみ方まで変わった
気がする。


若い頃なら、
もっと刺激を求めていたかもしれない…

大きな音。

速さ。

派手さ。

周囲からどう見えるか?

でも今は、少し違う。

朝のガレージで聞く始動音。

山の中で響くエンジン音。

一定速度で流しているときのリズム。

ツーリングから帰ってきて、
ガレージへ入れる直前の音。

そんな何でもない瞬間の方が、
妙に心に残る。

年齢を重ねて、
刺激がいらなくなったわけではない。

たぶん、刺激より「意味」を
感じるようになった。

音そのものではなく、
その音と一緒に過ごした時間を
聞いている。

今は、そんな気がしている。

いつか、この音を聞けなくなる日が来る。

考えたくはないけれど、
いつかバイクを降りる日は来る。

そのとき、
何を一番思い出すのだろう。

景色だろうか?

仲間だろうか?

走った道だろうか?

きっと全部だと思う。

でも僕は、意外と「音」なのではないかと思っている。

静かなガレージ。

セルを押す。

一瞬の間。

そして、

エンジンが目を覚ます。

何百回、何千回と聞いてきた音。

その音を、
いつか懐かしく思う日が
来るのかもしれない…

そう考えると、
今日聞けるこの音も、
少しだけ大切に思えてくる。


【STORY RIDER編集部より】

今回、
「なぜエンジン音は心を動かすのか?」
を考えてみて、自分なりに一つの答えが
見えてきた。

僕たちは、
エンジン音だけを聞いているのではない。

その向こうにある、
走った道を聞いている。

見た景色を聞いている。

一緒に走った人を聞いている。

そして、
その頃の自分自身を聞いている。

だから、たった一つの音で、

心が動く。

セルを押す。

エンジンがかかる。

今日も、

いつもの音がする。

それだけで、少し嬉しい。

そして僕は、ヘルメットの中で思う。

「よし、行こう❕」

もしかすると、エンジン音とは、
バイクが出している音であると同時に、
自分の心を走り出させる音
なのかもしれない。


【あなたへの問い】

あなたにも、聞いただけで心が動く
「愛車の音」はありますか?

朝一番の始動音。

アクセルを開けたとき。

峠を走っているとき。

ツーリングから帰ってきたとき。

その音を聞いたとき、
あなたが感じているのは、
本当にエンジンの音だけでしょうか?

もしかすると、その中には、
あなたが愛車と走ってきた時間まで、
一緒に鳴っているのかもしれません。


次回|第9話

バイクが自己肯定感を取り戻してくれる
理由

歳を重ねるほど、
人から褒められることは少なくなる。

できて当たり前。

働いて当たり前。

責任を果たして当たり前。

そんな毎日の中で、いつの間にか
「自分はまだやれる」という
感覚を失ってしまうことがあります。

でもバイクに乗ると、
少しずつ「できた」が戻ってくる。

次回は、
自己効力感・達成感・挑戦・自分らしさ
という心の科学から、

なぜバイクが
「自分をもう一度信じる感覚」に
つながることがあるのか?

僕自身の経験と一緒に考えてみます。


STORY RIDER
今回のおすすめアイテム

🎧 バイク用インカム


エンジン音、風の音、仲間の声。

バイクで走った日の記憶を振り返ると、
景色だけではなく、いろいろな「音」が
残っていることに気づきます。

今回、第8話に添えたいのは
バイク用インカムです。

ナビの音声案内を聞いたり、
仲間と会話したり、
好きな音楽を楽しんだり。

ただ移動するだけではなく、
走っている時間そのものを、
より心地よく楽しむためのアイテムです。

僕自身、バイクに乗っていると
「音もツーリングの思い出の一部なんだな」と感じることがあります。

今日走った道。
今日見た景色。
そして、今日聞いた音。

そのすべてが、いつか大切な記憶に
なっていく。

走る時間を、もっと心地よく。
そして、もっと心に残る時間へ。

▶︎ Amazonでバイク用インカムを見る


※本記事には
Amazonアソシエイトリンクを含みます。

いいなと思ったら応援しよう!