『第6話』バイクに乗ると若返ったように感じる理由
第6話
バイクに乗ると若返ったように感じる理由
久しぶりにバイクで一日走った夜。
鏡を見る。
もちろん、顔は朝と変わっていない。
白髪が黒くなったわけでもない。
シワが消えたわけでもない。
身体だって、若い頃のようには動かない。
それなのに…
なぜだろう。
少しだけ、若返った気がする。

バイクを降りたあとも気分がいい。
次はどこへ行こうか考えている。
新しいジャケットが欲しくなる。
知らない道を走ってみたくなる。
明日の仕事さえ、
「まあ、頑張るか❕」
と思えてしまう。
50歳になった身体が、
30歳に戻ったわけではありません。
では、
いったい何が若返ったのでしょうか?
もしかするとそれは、
年齢ではなく、
「心の時間」なのかもしれません。
大人になると、
「初めて」が減っていく。
子どもの頃を思い出してみてください。
初めて自転車に乗れた日。
初めて遠くまで出かけた日。
初めて海を見た日。
初めて好きな人ができた日。
若い頃の毎日は、
「初めて」でいっぱいでした。
ところが年齢を重ねると、
生活は少しずつ安定していきます。
同じ時間に起きる。
同じ道で会社へ行く。
慣れた仕事をする。
いつもの店へ行く。
同じ道で家へ帰る。
安定した生活は、
決して悪いものではありません。
むしろ、それまで頑張ってきたからこそ
手に入れた大切な日常です。
でもその一方で、
「知らないものに出会う時間」は
少しずつ減っていきます。
バイクに乗ると、世界がもう一度
「新しく」なる。

ところがバイクに乗ると、
いつもの道でさえ少し違って見えます。
今日は風が強い。
昨日より空が高い。
山へ入ったら急に寒くなった。
知らない道へ曲がってみた。
小さな店を見つけた。
峠を越えたら、
思いがけず海が見えた。
バイクには、
「予定していなかった出来事」が
たくさんあります。
もちろん、
安全のためには計画も必要です。
それでも車体の外に身体を置いて
走るバイクでは、
風も、
気温も、
匂いも、
路面も、
景色も、
その日の体験として直接入ってきます。
昨日と同じ一日になりにくい。
だから心が、
少しだけ冒険していた頃の感覚を
思い出すのかもしれません。
「できた」が、大人の心を動かす。
大人になると、
褒められることが少なくなります。
仕事ができて当たり前。
家族を支えて当たり前。
約束を守って当たり前。
できなかったことは指摘されても、
できたことを誰かが褒めてくれる機会は、
若い頃より少なくなるかもしれません。
でもバイクには、
小さな「できた」があります。
苦手だったUターンが少しうまくできた。
重いバイクを落ち着いて扱えた。
初めて一人で高速道路を走った。
知らない場所まで行けた。
500km走って無事に帰ってきた。
誰かから表彰されるわけではありません。
SNSに投稿する必要もありません。
それでもヘルメットの中で、
「俺、まだできるじゃん。」と思う。
この感覚は、とても大切です。
心理学では、自分にはある行動を
やり遂げられるという感覚を
「自己効力感」と呼びます。
年齢そのものは戻らなくても、
「まだできる」
「まだ挑戦できる」
「まだ知らない場所へ行ける」
という感覚は、人を若々しく
見せる力に
なるのかもしれません。
若く感じるのは、「未来」があるから。

若い人が若く見える理由は、
肌や体力だけではないのかもしれません。
若い頃には、
「これから」が
たくさんあります。
今度どこへ行こう。
次は何をしよう。
あれもやってみたい。
これも欲しい。
あの人に会いたい。
未来に予定がある。
ところが年齢を重ねるにつれて、
いつの間にか会話が、
「あの頃は良かった。」
「あの時は楽しかった。」
という過去の話に
偏っていくことがあります。
でもバイクを手に入れると、
会話が少し変わります。
「次はどこへ行く?」
「北海道を走ってみたい。」
「あの峠へ行ってみよう。」
「次はキャンプツーリングもいいな。」
「いつか、あのバイクにも乗ってみたい。」
気づけば、
未来の話をしている。
もしかすると、人が若返ったように
感じる瞬間とは、
年齢を忘れた瞬間ではなく、
もう一度、
未来を楽しみにし始めた瞬間
なのかもしれません。
ここまでが
「若返ったように感じる」の入り口。
バイクに乗ったからといって、
医学的に年齢が若くなるわけでは
ありません。
でも、
新しい刺激を受ける。
目の前のことに集中する。
身体を使う。
小さな成功を経験する。
次の予定を楽しみにする。
こうした経験が重なることで、
「最近ちょっと元気になった。」
「昔の自分に戻ったみたいだ。」
と感じることはあり得ます。
ただ…
ここから、もう一つ面白い問いが
生まれます。
なぜ私たちは、年齢を重ねるほど
「新しいこと」を
避けるようになるのでしょうか?
そして、
バイクは、その心理を
どう変えてくれるのでしょうか?
ここから先は、
「若返る」という言葉の
奥にある心の変化を、
もう少し深く考えてみます。
「もう歳だから」という、
小さなブレーキ。

ある年齢を越えると、
何かを始めようとした瞬間に、
こんな言葉が浮かぶことがあります。
「今さらな……。」
「若い人みたいにはできない。」
「失敗したら恥ずかしい。」
「もう、この歳だし。」
誰かに言われたわけでもないのに、
自分で自分にブレーキをかける。
もちろん、
年齢による身体の変化は現実です。
若い頃と同じ反応速度や体力を前提に
するべきではありません。
バイクならなおさら、
自分の身体と技能を正しく理解する
必要があります。
でも、
身体の限界と、心が勝手に決めた
限界は同じではありません。
「できないことがある」と、
「もう何も始められない」は、
まったく違います。
バイクは、小さな挑戦を何度も連れてくる。

バイクを始めると、
意外なほどやることがあります。
車種を選ぶ。
装備を選ぶ。
操作を覚える。
安全について学ぶ。
道を調べる。
天気を見る。
整備を覚える。
知らない土地へ行く。
初めての店へ入る。
知らないライダーと話す。
つまり、
バイクを一台持っただけなのに、
人生の中へたくさんの
「初めて」が戻ってくる。
そして一つクリアするたび、
「次もやってみよう。」が
生まれる。
この連続が、止まりかけていた
好奇心をもう一度動かしてくれるの
かもしれません。
若さとは、
「知らない世界へ行こうとする力」
なのかもしれない。
若さというと、
速く走れること。
疲れないこと。
見た目が若いこと。
そんなものを想像します。
でも50代になって思うのは、
本当の若さは
別のところにあるのではないか?
ということです。
知らないものを面白がる。
失敗しても笑う。
新しい人と話す。
次の休日を楽しみにする。
初めての場所へ行ってみる。
「まだ知らないものがある」と思える。
その感覚を持っている人は、
何歳であっても
どこか若々しく見えます。
「俺、まだこんなに夢中になれるんだ。」
そして、
バイクが与えてくれるものの中で、
個人的に最も大きいと思うものが
あります。
それは、
夢中になれること。
気づけば夜中まで
ツーリングルートを見ている。
パーツを調べている。
天気予報を何度も確認している。
休日になると、
普段より早く目が覚める。
前日の夜からワクワクしている。
そんな自分に気づいたとき、
少し笑ってしまう。
「子どもみたいだな。」
でも、
それでいいのだと思います。
50歳になっても。
60歳になっても。
何かに夢中になれる。
その事実そのものが、
人生にまだ余白があることを
教えてくれます。
若い頃に戻る必要はない。
ただし、
ここで大切なことがあります。
若返るというのは、
20代の走り方を
取り戻すことではありません。
無理をすることでもない。
速さを競うことでもない。
昔できたことが、
今できないこともあります。
それを認めることも、
大人のライダーには必要です。
若い頃より休憩を増やす。
疲れる前に帰る。
無理な速度を出さない。
体調が悪ければ乗らない。
技能に不安があれば練習する。
安全装備をきちんと使う。
それでいい。
取り戻したいのは、
若い身体ではありません。
若い頃に持っていた、
「明日が楽しみ」という感覚です。
【STORY RIDER編集部より】
人は何歳から老いるのでしょう。
50歳でしょうか?
60歳でしょうか?
70歳でしょうか?
私は、
年齢だけでは決まらないと
思っています。
行ったことのない場所がある。
会ってみたい人がいる。
乗ってみたいバイクがある。
見てみたい景色がある。
次の休日を楽しみにしている。
そんなものが一つでも残っているなら、
人生にはまだ、
「これから」があります。
バイクは、時計を
巻き戻してはくれません。
白髪も消してくれない。
若い身体にも戻してくれない。
でも、止まりかけていた
心の時計を、
もう一度動かしてくれることは
あるのかもしれません。
セルを押す。
エンジンが目を覚ます。
ヘルメットの中で少し笑う。
そして思う。
「さて、今日はどこへ行こう。」
その瞬間。
人は若返ったのではなく…
もう一度、
未来を向いたのだと思います。

あなたへの問い
最近、
「次の休みが楽しみだ。」と
思ったのはいつですか?
もしバイクに乗るようになって、
行きたい場所が増えた。
会いたい人が増えた。
やってみたいことが増えた。
そんな変化があったのなら、
あなたが
取り戻したものは、
若さではないのかもしれません。
「これからの人生を楽しみにする気持ち」
だったのではないでしょうか?
次回|第7話
なぜバイクを「相棒」と
呼ぶようになるのか。
鉄とゴムでできた機械なのに、
なぜ名前をつける人がいるのでしょう。
なぜガレージで愛車を眺めるだけで、
少し嬉しくなるのでしょう。
そしてなぜ、
長く乗ったバイクとの別れで、
人は寂しくなるのでしょう。
次回は、
人とバイクの間に生まれる
「愛着」の正体を考えます。
まだ知らない景色へ行くために。
「次はどこへ行こう。」
そう思える場所が増えたなら、
その気持ちを道につなげてくれるものが
あってもいい。
今回、第6話に添えたいのは
バイク用スマートモニターです。
若返るための道具ではありません。
これから見たい景色へ
向かうための道具です。
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