第11話なぜ、目的地がなくても走りたくなるのか。
バイクと心の科学 Season②
第11話
なぜ、目的地がなくても
走りたくなるのか。
朝、目が覚めて、
カーテンを開ける。
空が青い。
それだけで、
「ああ、今日は走りたいな。」
と思う日があります。
別に予定があるわけではありません。
誰かと待ち合わせをしているわけでもない。
行きたい店が決まっているわけでもない。
絶対に見たい景色があるわけでもない。
本当に、
何も決まっていない。
それなのに、
身体はもうバイクのことを考えている。
今日はどこへ行こう。
海かな。
山かな。
いや、
別にどこでもいい。
そんなことを考えながら、
ガレージへ向かう。
そして愛車を見ると、
やっぱり思う。
「今日は乗ろう。」

自分でも不思議です。
目的地がないのに、
なぜこんなに走りたくなるのだろう。
Season②の最初は、
そこから考えてみたいと思います。
「今日、どこ行くの?」
バイクに乗ろうとしていると、
時々聞かれます。
「今日はどこへ行くの?」
そう聞かれると、
意外と答えに困ります。
「うーん……まだ決めてない。」
自分で答えながら、
少し笑ってしまう。
普通なら、
どこかへ行くために乗り物を使います。
買い物へ行く。
仕事へ行く。
人に会いに行く。
旅行へ行く。
まず目的地があって、
そのために移動する。
でも、
バイクだけは時々違う。
僕の場合、
「どこかへ行きたい」より先に、
「バイクに乗りたい」が来る。

だから、
乗ってから行き先を考えることがあります。
考えてみれば、
少し変な話です。
でも、
僕はそんな日のツーリングが結構好きです。
「どこへ行くか」より、走り出す
瞬間が好きなのかもしれない。
ガレージからバイクを出す。
ヘルメットを被る。
グローブをする。
セルを押す。
エンジンがかかる。
この辺りまで来ると、
もう目的地なんて、
それほど重要ではなくなっています。
道路へ出る。
風が当たる。
エンジンの音が聞こえる。
いつもの道なのに、
バイクで走ると少し違って見える。
僕は、
目的地に着くことよりも、
この「走り始めた」という感覚が好きなのかもしれません。
心の科学①
「やりたいからやる」という、
とても単純な気持ち。
この感覚を調べていくと、
心理学に
内発的動機づけ
という考え方があることを知りました。
誰かに褒められるからでもない。
お金になるからでもない。
何か成果が出るからでもない。
その行動そのものが楽しいからやる。
考えてみれば、
バイクに乗ることは、
僕にとってかなりこれに近い。
「バイクに乗って何になるの?」
と言われたら、
正直、
答えに困ります。
何にもならないかもしれない。
ガソリン代もかかる。
タイヤも減る。
時間も使う。
暑い。
寒い。
雨が降れば濡れる。
それでも乗りたい。
なぜなら、
僕はバイクに乗っている時間そのものが好きだから。
たぶん、
それだけなんです。

目的地より、途中の景色を
覚えている。
ツーリングから帰ってきて、
一日を思い返すことがあります。
目的地も覚えています。
食べたものも覚えている。
でも、
意外と強く残っているのは、
その途中だったりします。
山道を抜けた瞬間、
急に海が見えたこと。
信号待ちで、
田んぼから吹いてきた風。
偶然見つけた小さな店。
知らない道へ入ったら、
思っていた以上に気持ちのいい道だったこと。
「あそこ、良かったな。」
と思う場所ほど、
最初から予定していなかったりする。
それが、
僕には面白い。
「この道、どこへ行くんだろう。」

目的地を決めていない日は、
交差点が少し面白くなります。
右へ行くか。
左へ行くか。
真っすぐ行くか。
ナビを使っていれば、
答えは決まっています。
でも、
目的地がない日は、
答えがない。
僕は時々、
道路標識を見ながら、
「こっち行ってみるか。」
と、
ほとんど理由もなく曲がります。
すると、
少しワクワクする。
「この先、何があるんだろう。」
子どもの頃なら、
当たり前に持っていた感覚なのかもしれません。
でも大人になってから、
こういう気持ちになることは、
随分減りました。
心の科学②
僕が好きなのは「分からない」と
いう時間なのかもしれない。
人の心には、
知らないものを確かめたくなる、
好奇心や探索行動
があります。
少し先が分からない。
予想できない。
初めて見るものがある。
そういう状況は、
注意を引きつけます。
これを知ったとき、
「なるほどな。」
と思いました。
僕が知らない道へ入りたくなるのも、
もしかすると、
その先に何があるか分からないからなのかもしれない。
全部分かっていたら、
面白くない。
少しだけ分からない。
だから、
行ってみたくなる。
大人になって、「初めて」が減った。
これを書きながら、
ふと思いました。
歳を重ねると、
「初めて」が少なくなります。
仕事も、
ある程度分かってくる。
住んでいる街も、
よく知っている。
いつもの店。
いつもの道。
いつもの生活。
もちろん、
それは安心でもあります。
でも、
安心だけが続いていると、
時々、
自分の中から何かが小さくなって
いくような感覚があります。
そんなとき、
バイクで知らない道へ入る。
初めて見る景色が出てくる。
「こんな場所があったんだ。」
たったそれだけで、
少し嬉しい。
僕はバイクに乗ることで、
大人になって減ってしまった
「初めて」を、
もう一度集めているのかもしれません。

心の科学③
「自分で決める」という感覚。
Season①を書いているときに、
僕が特に興味を持った心理学の考え方が
あります。
自律性。
簡単に言えば、
「自分で選んでいる」
という感覚です。
これは、
僕のバイクの乗り方に、
すごく当てはまる気がしました。
普段の生活では、
意外と自分だけでは決められないことが
多い。
仕事の時間。
人との約束。
締め切り。
連絡。
予定。
責任。
大人になるほど、
「やらなければならないこと」が
増えていきます。
僕にも、
もちろんあります。
だからなのかもしれません。
目的地を決めないで走る日は、
妙に気持ちがいい。
右でもいい。
左でもいい。
途中で止まってもいい。
帰ってもいい。
もう少し走ってもいい。
全部、自分で決めていい。
そんな当たり前のことが、
今の僕には、
ものすごく贅沢に感じます。
若い頃とは、自由の意味が
変わった。
若い頃の僕が思っていた自由は、
もっと大きなものだった気がします。
好きなことをする。
好きな場所へ行く。
誰にも縛られない。
でも、
今の僕が感じる自由は、
もっと小さい。
「今日はこっちへ行こう。」
「ここでコーヒーを飲もう。」
「景色がいいから、少し止まろう。」
「今日はもう帰ろう。」
そんな小さなことを、
自分で決められる。
今は、
それで十分です。
むしろ、
こういう小さな自由の方が、
心には必要なのかもしれない。
そんなことを思うようになりました。
心の科学④
走っている時間そのものが、
僕への報酬だった。
バイクを走らせていると、
次から次へと感覚が入ってきます。
アクセル。
ブレーキ。
路面。
風。
エンジン音。
景色。
カーブ。
身体。
うまく噛み合っていると、
余計なことを考えなくなる瞬間が
あります。
心理学では、
活動そのものに深く集中する状態を、
フロー
という言葉で説明することがあります。
もちろん公道ですから、
周囲への注意を失うような没入は
危険です。
でも、
安全に注意を払いながら、
目の前の道とバイクに集中する。
その時間、
僕の頭の中から、
仕事や余計な考えが少し遠ざかる。
そこで、
また一つ気づきました。
僕は、
目的地へ行くために走っているのではなく、走っている時間そのものを取り戻したくて、バイクに乗っているのかもしれない。
ある日、何も決めずに走った。
ある日、
本当に行き先を決めずに、
バイクを出しました。
とりあえず、
いつもの道へ出る。
しばらく走る。
すると、
普段なら通り過ぎる道が目に入りました。
なぜか、その日は気になった。
「行ってみるか。」それだけでした。
曲がってみる。
少し細い。
住宅が減っていく。
山へ入っていく。
「大丈夫かな。」と思いながら、
もう少し進む。
そして、
しばらく走ったところで、
急に視界が開きました。
遠くに海が見えた。
バイクを止めて、しばらく
何もしなかった。
有名な観光地ではありません。
絶景スポットとして、
紹介されている場所でもないと思います。
人もいない。
店もない。
本当に、
ただ海が見えるだけ。
でも、
僕はそこでバイクを止めました。
エンジンを切る。
急に静かになる。
風の音が聞こえる。
ヘルメットを脱ぐ。
そして、
しばらく海を見ていました。
何を考えていたのか、
今となってはよく覚えていません。
でも、
その時の気持ちは覚えています。
「来てよかったな。」
たったそれだけ。
なぜ、あの景色を今でも
覚えているのだろう。
もっと綺麗な景色は、
たくさん見てきました。
もっと有名な場所にも、
行ったことがあります。
それなのに、
あの日の景色を覚えている。
なぜだろう。
考えてみると、
僕にとって大切だったのは、
景色だけではなかったのだと思います。
自分で道を選んだ。
知らない道を走った。
そして、
偶然そこへ着いた。
誰かに教えてもらったわけではない。
SNSで見つけたわけでもない。
自分で見つけた。
その感覚が、
嬉しかった。
心の科学⑤
「自分で選んだ」が、
経験を自分の物語にする。
心理学の考え方を知っていくと、
僕がなぜあの場所を覚えているのか、
少し分かるような気がしました。
同じ経験でも、
自分で選んだと感じる経験には、
特別な意味を感じることがあります。
自分で決めた。
自分で動いた。
自分で見つけた。
だから、
ただの景色ではなく、
「僕があの日見つけた景色」になる。

そして僕は、
ここでバイクの話から、
少し人生のことを考えてしまいました。
僕は、人生の目的地を決めすぎていたのかもしれない。
若い頃から、
何かを目指してきました。
仕事を頑張る。
結果を出す。
収入を上げる。
評価される。
次へ行く。
もっと先へ行く。
「どこへ向かっているのか。」
それが分からないと、
不安だった時期もあります。
目的地を決めて、
そこへ向かって走る。
ある意味、
ずっとそんな生き方をしてきたの
かもしれません。
でも、
歳を重ねた今、
少し考え方が変わりました。
人生って、本当に全部の目的地を決めておかなければいけないのだろうか。
「何のために?」と
聞かれることに、少し疲れていたのかもしれない。
大人になると、
何をするにも理由を求められます。
何のためにやるのか。
何につながるのか。
どんなメリットがあるのか。
仕事になるのか。
お金になるのか。
意味があるのか。
僕自身も、
いつの間にか、
自分に同じことを聞くように
なっていました。
でも、
バイクだけは違った。
「何のために乗るの?」
と聞かれても、
立派な答えなんてない。
「乗りたいから。」
それだけ。
以前なら、
そんな答えでは足りない気がしていたかもしれません。
でも今は、
それでいいと思っています。
「役に立たない時間」が、
僕には必要だった。
目的もない。
成果もない。
何かを生み出すわけでもない。
ただ走る。
普通に考えれば、
効率の悪い時間です。
でも、
不思議なことに、
そんな時間を過ごして帰ってくると、
少しだけ気持ちが軽くなっている。
仕事が解決したわけではない。
悩みがなくなったわけでもない。
人生が変わったわけでもない。
それでも、
「まあ、また明日からやるか。」
と思える。
僕にとってバイクは、
何かを得るための時間ではなく、
余計なものを少し降ろすための時間
でもあったのだと思います。
昔より、寄り道が好きになった。
これは、
バイクだけではないのかもしれません。
最近、
人生そのものでも、
少し寄り道が好きになりました。
昔なら、
最短距離で目的地へ行きたかった。
早く結果を出したかった。
無駄なことは、
できるだけ避けたかった。
でも今は、
少し違う。
寄り道したから、
出会えた人がいる。
遠回りしたから、
気づいたことがある。
失敗したから、
分かったこともある。
振り返れば、
予定通りに進まなかったところに、
意外と大切なものが残っています。
だから、
バイクで知らない道へ曲がったとき、
僕は少しだけ、
自分の人生と重ねているのかもしれません。
僕が、目的地もなく走りたくなる本当の理由。
ここまで書いて、
改めて自分に聞いてみました。
「結局、どこへ行きたいんだ?」
やっぱり、
答えはありません。
でも、
今はそれが少し嬉しい。
目的地が決まっていないということは、
まだ、自分で選べるということだから。

右へ行ける。
左へ行ける。
止まれる。
戻れる。
別の道へ行ける。
僕が欲しかったのは、
目的地ではなかった。
たぶん、
「自分で次の道を決められる時間」
だったのだと思います。
STORY RIDER編集部より
この第11話を書きながら、
自分でも一つ気づきました。
僕は、
目的地のないツーリングをしていたのではなく、目的から少し離れるために、
走っていたのかもしれない。
仕事には目的がある。
生活にも予定がある。
大人には責任がある。
だからこそ、
何のためでもない時間が、
僕には必要だった。
「今日はどこへ行くの?」
今度そう聞かれたら、
たぶん僕は、
こう答えると思います。
「まだ決めてない。」
そして、
それでいい。
ガレージを開ける。
バイクを出す。
エンジンをかける。
最初の交差点まで行く。
そこで考える。
右か。
左か。
真っすぐか。
そんな小さな選択をしながら、
僕は、
もう一度自分の時間を取り戻している。
人生も、時々それくらいでいい。
今は、
本当にそう思っています。
【あなたへの問い】
あなたには、
「何のためでもない時間」
がありますか。
仕事のためでもない。
家族のためでもない。
誰かに評価されるためでもない。
ただ、
自分がやりたいからやる時間。
もし最近、
そんな時間がなくなっているなら、
次の休日くらい、
目的地を決めなくてもいいのかもしれません。
バイクに乗る。
最初の交差点まで走る。
そして、
その時の自分に聞く。
「今日は、どっちへ行きたい?」
その答えだけで、
十分だと思います。
次回|第12話
知らない道へ曲がると、
なぜ少しワクワクするのか。
僕は時々、
ナビが示していない道へ、
なぜか曲がってみたくなります。
その先に何があるかなんて、
分からない。
むしろ、
分からないから行ってみたい。
次回は、
好奇心、新奇性、探索行動、そして
「初めて」という感覚から、
歳を重ねても、人はなぜ新しいものに
心を動かされるのか。
自分自身の気持ちと一緒に、
もう少し深く考えてみたいと思います。
🏍️ STORY RIDER|編集部おすすめの一品
今回のおすすめ
バイク用スマートモニター
第11話を書きながら、改めて思いました。
バイクで走る日は、いつも目的地が必要なわけではありません。
「今日は海かな。」
「いや、山もいいな。」
「この道、どこにつながっているんだろう。」
そんなふうに、その日の気分で道を選ぶ。
僕は、そんなツーリングが好きです。
だから今回選んだのは、CarPlay・Android Auto対応のバイク用スマートモニター。
スマートフォンと連携してナビを表示できるタイプなら、知らない道へ入ったときにも現在地や帰り道を確認できます。5インチクラスならハンドル周りでも比較的コンパクトで、防水性能や昼間の視認性なども商品選びのポイントになります。
でも、僕が今回これを選んだ理由は、
「ナビの言う通りに走るため」ではありません。
むしろ逆です。
知らない道へ曲がってみる。
少し走ってみる。
「面白そうだから、もう少し行ってみよう。」
そして必要になったら、現在地を確認する。
ナビに道を決めてもらうのではなく、
自分で道を選ぶための
安心材料として使う。
第11話の、
目的地が決まっていないということは、
まだ、自分で選べるということだから。
という気持ちに、とてもよく合う
アイテムだと思います。
右へ行ってもいい。
左へ行ってもいい。
寄り道してもいい。
そして帰りたくなったら、
ちゃんと家へ帰れる。
そんな自由なツーリングのお供に、
一台あると便利なアイテムです。
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STORY RIDER編集部より
ナビは、
人生の目的地まで決めてはくれません。
でも、
「ちょっと、この道へ行ってみようかな。」
そんな小さな冒険をするとき、
帰る道が分かっているだけで、
少しだけ遠くへ行けることがあります。
目的地は、あとで決めればいい。
まずは、走り出そう。
第11話には、この締め方がかなり合います。
なお、走行中の画面注視や操作は避け、
設定変更が必要な場合は安全な場所に
停車して行う前提で紹介するのがよいです。

