第4話|一人で走っているのに、なぜ孤独ではないのか?
第4話|一人で走っているのに、なぜ孤独ではないのか?
休日の朝。
まだ街が目を覚ます前に、
一人でガレージを開ける。

誰かと待ち合わせているわけではない。
目的地も、まだ決めていない。
スマートフォンをポケットにしまい、
ヘルメットをかぶる。
セルを押す。
静かな朝に、
エンジンの音だけが響く。
そして、一人で走り出す。
誰とも話していない。
隣に仲間もいない。
それなのに……
なぜか、寂しくない。
むしろ、一人だからこそ心が落ち着いていく。
バイクに乗る人なら、
そんな時間を経験したことがあるのではないでしょうか?
なぜ私たちは、一人で走っているのに孤独を感じないのでしょう。
「一人」と「孤独」は、同じではない。
私たちはつい、「一人でいること=寂しいこと」だと思ってしまいます。
けれど心理学では、自分から選んだ一人の時間と、望んでいない孤立は同じものではありません。
誰にも会えない。
誰にも必要とされていない。
話したいのに、話す相手がいない。
そんな孤独は、人の心を苦しくさせることがあります。
一方で、「今日は一人でいたい」と自分で
選んだ時間には、まったく違う意味があります。
誰にも合わせなくていい…
誰にも説明しなくていい…
自分のペースでいい…
バイクで一人走る時間は、孤立する
時間ではなく、自分自身に戻るための
時間なのかもしれません。
大人になるほど、「自分のペース」で生きる時間は減っていく。
朝は決まった時間に起きる。
決まった時間に仕事へ行く。
会議に出る。
連絡を返す。
家族との予定を考える。
休日にも約束がある。
大人になるということは、誰かの時間と
自分の時間を合わせながら生きることでもあります。
それは社会で生きるために必要なことです。
でも気づけば、一日のほとんどを
「誰かに合わせて」過ごしていることが
あります。
ところが、一人でバイクに乗る日は
違います。
右へ行くか?
左へ行くか?
高速道路に乗るか?
海へ行くか?
山へ行くか?
疲れたら休む。
景色がきれいなら停まる。
気が変わったら帰る。
すべて自分で決めていい…
こんな単純なことが、大人になると
意外なほど贅沢になります。
バイクには、会話をしなくても感じられる「存在」がある。
そして、もう一つ。
ライダーが一人で走っていても完全な
孤独を感じにくい理由には、バイクという存在もあるのかもしれません。
もちろん、バイクは機械です。
話しかけても答えてくれるわけでは
ありません。
それでも長く乗っていると、
エンジンの振動。
アクセルへの反応。
タイヤから伝わる路面。
いつもと少し違う音。
そうした小さな変化を感じるように
なります。
「今日は調子がいいな?」
「少し機嫌が悪いかな?」
「今日も頼むぞ!」
気づけば、そんな言葉を心の中で
かけている。
だからライダーは、愛車のことを単なる「乗り物」ではなく、「相棒」と呼ぶようになるのかもしれません。
すれ違うライダーとも、不思議なつながりがある。

山道を走っていると、反対車線から一台のバイクがやってくる。
知らない人です。
名前も知らない。
どこから来たのかも、
どこへ行くのかも知らない。
それでも、
軽く手を上げる。
会釈をする。
ほんの一瞬。
たったそれだけ。
もう二度と会わないかもしれません。
それなのに、
「ああ、自分だけじゃないんだな…」と
思うことがあります。
一人で走っている。
でも、同じ空の下で、
どこかへ向かって走っている人がいる。
言葉を交わさなくても、
「気をつけて。」
「いい旅を。」
そんな小さな気持ちを交換しているように感じる。
バイクには、不思議な距離感のつながりがあります。
近すぎない。
でも、完全に遠くもない。
大人になった私たちには、そのくらいの
距離が心地いいこともあります。
一人だから、景色が心に入ってくる。
仲間とのツーリングは楽しい。
インカムで話しながら走る。
休憩する。
笑う。
食事をする。
それもバイクの大きな魅力です。
でも、一人で走る日は少し違います。
会話がない分、風の音が聞こえる。
エンジンの鼓動が聞こえる。
海の匂いに気づく。
山の空気が変わったことに気づく。
雲の形を見る。
夕日の色を見る。
そして時々、
自分の心の声まで聞こえてくる。
普段なら通り過ぎてしまう景色が、
なぜかその日は心に残る。
それは外の世界が静かだからでは
ありません。
自分の内側が、静かになったからなの
かもしれません。

目的地より、「途中」が大切になる。
若い頃は、
どこまで行った?
何キロ走った?
何時間で着いた?
そんなことが楽しかった?
でも年齢を重ねると、
少しずつ走り方が変わってきます。
目的地へ急がなくなる。
海がきれいなら停まる。
気になる店があれば入る。
缶コーヒー一本で、
30分くらい景色を眺める。
そして思います。
「今日はこれでいい…」
何かを達成しなくてもいい…
誰かに評価されなくてもいい…
写真をSNSに投稿しなくてもいい…
ただ自分が、
「いい時間だった…」と思えれば、
それでいい。
バイクはいつの間にか、目的地へ行くための乗り物から、途中の時間を楽しむための乗り物へ変わっていきます。
一人で走ることは、現実から逃げることではない。
一人でバイクに乗っていると、
「現実逃避だ!」と言われることもあるかもしれません。

確かに、走っている間だけは、
仕事のことも日常のことも忘れられます。
でも、帰れば現実は待っています。
仕事もある。
家族もいる。
やらなければならないこともある。
バイクに乗ったからといって、
問題が消えるわけではありません。
それでも走る。
なぜなら、
現実から逃げるためではなく、現実へ戻るために、自分を整える時間が必要だから。
一人で走って、
風に当たって、
景色を見て、
少しだけ心を空っぽにする。
そして家へ帰る。
すると不思議なことに、
昨日まで重く感じていた日常が、
ほんの少し違って見えることがあります。
一人で走る時間は、自分との小さな対話なのかもしれない。
誰とも話さない一日。
それなのに、
帰宅したときには少し満たされている。

それはきっと、何も話していなかったのではありません。
風を感じながら、
景色を見ながら、
エンジンの音を聞きながら、
ずっと自分自身と話していたのだと思います。
「最近、疲れていたな…」
「もう少しゆっくりでいいかな…」
「まだやりたいことがあるな…」
「今度は、あの道へ行ってみよう。」
そんな声は、
忙しい日常の中では、
なかなか聞こえてきません。
一人になったとき、
ようやく聞こえてくる。
【STORY RIDER編集部より】
一人で走ることを、
寂しいと思わなくていい。
仲間と走る楽しさもある。
大切な人と見る景色もある。
そして、一人でしか見つけられない景色もあります。
誰にも合わせず、
誰にも急かされず、
好きな道を、
好きな速度で、
好きなところまで走る。
そして夕方になったら、
自分の帰る場所へ戻ってくる。
そんな時間があるからこそ、
また誰かと笑えるのかもしれません。
一人で走る時間とは、世界から離れる
時間ではない。
世界とちょうどいい距離を取り戻す時間。
そして何より、
長い間後回しにしてきた自分自身と、もう一度一緒に過ごす時間なのだと思います。
だから今日も、
一人でエンジンをかける。
寂しいからではない。
一人になれる場所を、知っているから。
【あなたへの問い】
あなたが一人で走っているとき、本当に
一人なのでしょうか?
風がいる。
景色がある。
愛車がいる。
そして何より….…
そこには、普段なかなか会えない
「自分自身」がいるのではないでしょうか?
第4話では、
最後の 「寂しいからではない。
一人になれる場所を、知っているから。」 を
キーフレーズにするのがおすすめです。
