
ノンフィクション|僕の大嫌いな、「またね」
今日もまた止まることを知らない世界は、
歩き方を忘れた僕を、
平然と追い越していった。
世界はきっと僕が思っているよりも単純で、
世界はきっと僕が想像しているよりも残酷で、
世界もきっとあの子を愛していて、
だから僕はずっと世界を憎んでいる。
4年前の蒸し暑い夏。
まるで月の引力のように、
引き寄せられた波打ち際。
噴射する花火の先に、
居た君に、
この場の何よりも心を奪われた。
君の仕草、
君の香り、
君のえくぼ、
君の茶色い巻いた髪も、
全てが僕の、
たった一つしかない心に、
重く、そして優しく、
静かに、
包み込まれていくような感覚。
人はなにを思って人を愛するのか。
人は何をもってそれを運命と呼ぶのだろうか。
そんなことを考える余地すら、
与えてくれないほど、
僕は、
あの蒸し暑い夏の日、
君に恋をした。
強がりで、
本当は泣き虫で、
「お姉ちゃんだから…」って、
いつも周りばかり気にかけて、
自分のことは後回し。
人の痛みを、
その人以上に分かってしまう。
そんな君が、
僕の前で、
初めて涙を流したあの日。
僕は君に、
前よりも少し、
近づけた気がした。
夜の月の下じゃないと会えない君。
僕にとって、
世界のどんな謎よりも、
今一番全てを知りたいのは君だった。
だけど、分かってた。
君は、
「優しい」って言葉じゃ片付けられないほど、
自分のことは後回しで、
「気を使う」ではなく、
「気にかける」。
そんな君の周りにいたのは、
僕だけじゃなかった。
初めから分かってた。
僕のためにつく嘘も、
自分を犠牲にする君も、
僕は大嫌いだった。
だって全部、
分かってたから。
だけど、
知らないフリをしてたんだ。
君が僕の前から、
居なくなってしまう気がしたから。
いつもの場所で、
君と待ち合わせ。
珍しく、
君は少し遅れて、
僕の車に乗り込んだ。
外は土砂降り。
雲に隠れた月の下で、
ひとつになった君と僕の影。
暗闇の中、
君の頬には、
流れる涙。
雨の音だけが鳴り響く車内。
僕の目の中にぼんやり写る君が、
一言、
「大事な話がある」。
その瞬間。
雨がフロントガラスに到達するよりも速く、
僕は全てを理解した。
2023年。
秋。
君は、
僕の前から居なくなった。
立派なイチョウの木が1本生えたいつもの公園。
外は土砂降り。
君の体温が伝わってくる車内。
潤った瞳で、
僕の大好きだった、
えくぼのある笑顔で、
「またね」。
君はまた、
僕の嫌いな嘘をついた。
2026年。
春。
今日もまた止まることを知らない世界は、
歩き方を忘れた僕を、
平然と追い越していった。
世界はきっと不平等で、
それ故に平等で、
世界はきっと僕の知るよりもずっと綺麗で、
世界はきっと、
僕を憎んではいないのだろう。