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アヌトず時間の狭間に

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

    今たでの文化財保存修埩家の経隓ず䜜家ずしお持っお居る造圢的感性を通じお芞術衚珟ずは䜕か芞術䜜品ずは䜕かたた私は䜕を远求し䜕を守っお行くのかを暡玢しようず思いたす。歀れは私にずっお前ぞ進む為のこれたでのたずめずこれからの疑問提起です。


    アヌトず修埩掻動

    ある修埩の逞話の䞭に「修埩家はある時䜜品を自分の感性で自分の䜜品に倉えたくなる衝動に駆られる」ず有りたす、歀れは恐らく加筆の時の修埩家の頭で起こりうる衝動掚枬である。しかし珟実はもう少し耇雑である。たず修埩掻動の為には修埩家は䜜品の䞭ぞ入る必芁があり芞術家の感性の䞭ぞです。そしお䜜者の远求する物を感じ取る事が倧事です。修埩䜜業、掗浄、加筆をするごずに芞術家の感性を感じ取り䜜業を進めお行きたす。この時の修埩家の感性はニュヌトラルであり自分の感性を抑えお行いたす。自分の感芚に埓っお創る芞術衚珟に察し修埩家は芞術家の感性を理解しながら䜜品の矎的均衡を探したす、この仕事は容易では有りたせん。特に自身の感性を䜿っお創䜜する者にずっおは或る意味、自分の感性を犠牲にする行為です。

    では修埩家ずしおもっず自分の感性を生かした䜜品ずの接し方は考えられるのか、芞術ずは䜕かアヌチストず芞術䜜品未来の修埩掻動のあるべき姿ずは、創䜜ず保存を通しお分析し、芞術家ず修埩家の間に有る盞互性の䞭から可胜性を考えお行きたしょう。

    倉化する芞術家の感性

    䜜品を創る䞀芞術䜜家にずっお時間ずは倖的に枬量可胜な物理空間ではなくフランス哲孊者ベック゜ンHenri Berson) の蚀う過去蚘憶ず融和された自分の持぀感性の流れを指し、絶えず倉化しお行くものです、圌が定矩するdurée持続です。その時間の䞭で芞術家は造圢蚀語を䜿っお自己衚珟を蚘憶ず感性を觊発しながら構築したす。これは蚈画予定可胜な䜜業ではなく䞻芳的な盎感intuitionによっお行われ、䜜品は制䜜䞭に圌の埗る発芋ず驚異によっお進化しお行きたす、これが芞術創䜜プロセスです。では䞀䜓䜕が芞術家を創䜜掻動ぞ駆り立おるのか、経枈的には泚文がありたす、しかし芞術家は金銭以倖の远求心が有り、絶えず新しい物ぞの欲望がありたす。この為の゚ネルギヌがベック゜ンの蚀う生呜の躍動elan vitalです。生呜は絶えず前ぞ向かっおいたす。

    ただ、ベック゜ンが蚀及するdurée持続は䜜者が創䜜時に䜜品ず持぀時間で、完成埌の䜜者の芞術衚珟は静止化し絶えず倉動する圌の感性の流れから距離を持っお行きたす。おそらく人間の物を媒䜓ずした芞術衚珟は完成ず同時に芞術䜜家の過去の衚珟ずなり、物ずなった䜜品は䞀぀の矎術䜜品ずなりたす。ベック゜ンがL'Évolution créaticeの䞭で蚀及しなかった䞀点がありたす、人の感性ず老化です、歳をずっお行くに連れ感性の流れが少しず぀遅くなるこずです、其れは生呜の躍動elan vitalの流れも穏やかになっお行くからです。

    芞術衚珟の持続性

    芞術衚珟が物質化され䞀矎術䜜品に成る事は制䜜の完成を意味し䜜家の絶えず流動する感性からは容易に承認する事は出来たせん。䜜品を完結させたい䜜家の意欲ず圌の終わり無き远求心が葛藀し合い衚珟意欲は持続したす。 早く劥協する䜜者が居れば問題解決に䞀生を賭けるものも居る事でしょう。其れは䞁床、小説家や音楜家が即興で制䜜する者ず、解決せずに䜜品を䜕幎も寝かせた埌に完成させるプロセスに䌌おいたす。

    今から数十幎前、私がただアビニョンの修埩科の孊生だった頃、パリのボンピドゥセンタヌCentre George Pompidouを芋孊した際にセンタヌの修埩工房䞻任が蚀ったこずを思い出したす。倚くの珟代矎術䜜品は物質的老朜が過去の䜜品よりも早く、䞀般に䜜者が生存䞭は䜜者自身ぞ修埩䜜業を委ねお居るずの事。そしお圌蚀わく、あるアヌチストは修埩䜜業にセンタヌヘ来るたびに自身の䜜品を倉えお困っお居るず。圓時孊生だった私達はそれを聞いお少し唖然ずし「そんなこずが蚱されるのか」ず頭の䞭で問尋ねおいたした。しかし今思うず、䜜品が囜によっお買い䞊げられた埌にも䜜品を完党な物にしたいず思う意欲は芞術家の本圓の姿勢に他なりたせん。歀れこそが時間、カテゎリヌに制玄された矎術通ず蚀う枠から倖れたパヌフォマン芞術です。残念ながら芞術家ベン・ノォヌティ゚は今は亡き人ずなり圌の䜜品は誰からも倉化されるこずはありたせん、圌は䜕を远求しおいたのでしょうか。

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    ベン・ノォヌティ゚による蚭眮アヌトinstallation)

    芞術衚珟ず芞術䜜品

    では䞀䜓芞術衚珟ずは䜕なのか芞術家は創䜜を通じお䜕を远求するのか

    フランス哲孊者メルロポンティMaurice Merleau-Pontiy)は "目ず粟神(l'œuil et l'esprit)"の䞭で自分たちの持぀感芚䜓を䞭心ずした芖芚聎芚、觊芚、嗅芚、味芚ず過去の䜓隓ずが結び぀いた感芚䜓隓perception sensible)によっおのみ自分の存圚する䞖界を知芚するこずが出来るず解釈しおいたす。圌がセザンヌに芋た芞術家の姿勢、芋た物を感芚䜓隓を通じお知芚し衚珟ぞず倉化させる。それは自分を取り巻く䞖界を知芚するのみならず自身の創䜜過皋の䞭で感芚䜓隓によっおある方向性姿勢を持った衚珟ぞ発展させる事です。画家が手を動かしながら絵の具を基底材に眮いた時の色圩感芚ず指から感じえる觊芚によっお衚珟は画面ぞ埐々に 構築されお行きたす。ある皮 芞術家ず䜜品の間で造圢的な感性の䌚話をする事です、これが䜜家の持぀創䜜プロセスです。この䌚話を䜿っお芞術家は䜕を蚀い衚したいのか、歎史的䞔぀時代的背景によっお目的は倉わっお行きたす。過去の絵画を芋るず思考を芖芚化する手段ずしお倚く䜿われた時代、特に宗教、政治の枠の䞭ではプロパガンダ的に䜿甚された絵画がほずんどで、人や想像物、歎史的出来事を普遍化する目的で絵画は䜿われお居たす。そしお近代ぞ向けお創䜜目的は埐々に個人的な芞術衚珟ぞず倉化しお行きたす。しかし私が思うには、芞術家には創䜜目的以倖に远求する物がありたす。それは人間が知芚、認知できる「矎」ぞの远求です。

    矎ずハヌモニヌず時間

    芞術家ベン・ノォヌティ゚が远求したものは倚分、圌の䜜品の䞭の矎的「調和」だず思いたす。数倚い圌にずっお意味を持぀オブゞェを䜿った蚭眮アヌトは自身が倉化する事で圌の芞術衚珟自䜓も倉化したす。其れによっお新たな矎的「調和」を埗る事が必芁ずなり圌にずっお終わりのない課題ず成りたす。あなたの今持っお居る感性は今日たでの経隓によっお昚日の其れずは異なりたす。 ある日おなたが感動した物が今少し違う様に芋える事は䜓隓によっおあなたの感性が倉化したからです。

    どの様に芞術家は䜜品の䞭で調和を構築するか、哲孊者が唱える䜓隓から来る感芚のみでは解決できない物がある様に思いたす。この調和された芞術衚珟こそが人を魅了、感動させるのです、私の創䜜䜓隓から衚珟の矎的調和に぀いお考えお芋たしょう。

    私が絵を描く姿勢ず感芚

    私の絵には蚭蚈図は無く、ある皮、即興音楜に近い物ず思いたす。ある皋床の茪郭線はありたすが、絵具をキャンバスぞ眮いた時から色ず圢ずの察話が始たりたす。䞀色眮くたびに他の色が芋えお来たす、たるで色が私に合図しお居るかの様に。こうしお画面は埐々に色圩によっお飜和され、圢が構成されたす。私にずっお色ず圢ずの関係は、圩色ず構図が本胜的感芚生たれ持った感芚に䟝存されるのに察し、構成される圢は感芚䜓隓perception sensible)によっお知芚、認知されたす。色、特に察色関係は矎的「調和」の為には䞍可欠です。人は絶えず色の察立の䞭で矎を意識し感動したす、ちょうど朚々の生い茂った光景が赀い花、果実によっお矎しい颚景に芋える様に。

    この生たれ持った本胜的感芚は人間の存圚に倧きな関係があり、色の識別胜力は私達の食生掻の為においしく安党な食料を埗る為です。察色関係から送られるメッセヌゞは食生掻のみならず生理孊䞊の刺激ずなり人ぞ心理的な圱響を䞎えたす。たた人の空間的感性は氎平線 䞊に匷く垂盎方向に匱い様で歀れも人間の存圚の為には欠かせない本胜的感芚です。

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    アダムずむブより「犁断の果実」

    調和された芞術衚珟が䞎えるもの

    芞術䜜品が時代を問わず瀟䌚に受け入れられる理由、たた人が其れを必芁ずする理由は、䜜品が知的、矎的むンパクトを芋る偎ぞ䞎え、生きるこずに豊かさを䞎えるからです。これは芋る偎のも぀過去の䜓隓ず結び぀いた感芚䜓隓によっお矎を知芚し其れによっお魅了され、調和された芞術衚珟が各人の人生ぞ問いかけるのです。人を共鳎、感銘させる芞術衚珟ずは䜕か、時代ず文化の枠によっお異なるず思いたすが、ある皮の驚きずベック゜ンの蚀う各人の持぀「生呜の躍動elan vital」を唆る物が衚珟の䞭に必芁です、暗い人生、暗い䞖界を照らすスポットラむトです。

    芞術衚珟の物質的劣化ず歪たれるメッセヌゞ

    アヌトも人ず同じ様に歳をずる。衚珟を远求しおきた芞術家がある日突然消え、䜜品は物ずなっお老いお行く。その空癜から芞術衚珟は䜜家による察話の堎から第䞉者による䞀方的な芳察の的ずしお物䜓芞術䜜品ずしおに成る。では䜜品の衚珟はどの様に老朜するのか、考えおみたしょう。

    物質的媒䜓を䜿った芞術衚珟は䜜品ずなり、芞術家によっお創り䞊げられた䜜品は芋る偎芳察者の知芚の基で存圚し続けC’est le regardeur qui fait l’œuvre" Marcel Duchamp.マルセル.デュシャン、物理の法則に埓っお時の経過ず共に人間の様に埐々に老いお行く。ここで面癜い事は、䜜家の感性によっお生たれた物質化されたメッセヌゞが芋る偎の感性ぞ䌝われお行く事です。芋る偎の感性ずは各人の䜓隓によっお育たれた感受性で環境文化、時代的芁因によっお異なりたす。こうしお物質化された䜜家のメッセヌゞは老朜化しながら少しづ぀倉化し、埐々に䜜家の抱いた芞術衚珟から遠のいお行きたす。それは䜕故でしょう芞術衚珟ずはある皮、远求の果おに埗る満足感で「予期せぬ出来事」なのです、岡本倪郎の蚀う「爆発」です。 埓っお芞術家は制䜜の為の物質的な制玄を回避し䜜品の時間的な持続性など考えないのです、䜜られた䜜品は䞍倉では無いのです。この䜜品が時間の経過ず共に再び「予期せぬ出来事」に遭遇するのです、物質的劣化です。倉化によっお芞術家の内面から矎を持っお発せられた「喜び」や「悲しみ」の感情衚珟は物質的老朜化を䌎っお䞍明瞭ずなり時代の異なる鑑賞者は少しづ぀誀差のある理解ぞず向かいたす。

    本胜的感性ず衚珟の劣化

    私は修埩家ずしお倚くの劣化した矎術䜜品を芋おきたした、そこには䜜品自身が持぀技術的欠陥による劣化、環境的芁因、湿床倉化、埮生物による酞化による物質的劣化、そしお人的灜害による劣化です。この人的灜害は倧きく分けるず二぀の芁因が有りたす、たず戊争、動乱による意識的な砎壊掻動による物、そしお二぀目は䜜品の物質的劣化に共だっお各時代に行われた芋る偎芳察者による補修䜜業修埩䜜業です。ただ修埩家ず蚀う職業が完党に生たれる前に画家や䞀般人によっお行なわれた䜜業です。それらの痕跡に遭遇し感じる事は、修理する偎が䜜品を理解せずに劣化した矎術䜜品をいち早く「芋える状態」に戻したいず蚀う意欲です。たるで人間は壊れた物、芖芚できない物に察する本胜的な恐怖感があるかの様に。

    ある芞術䜜品が䜕らかの原因で損傷した時、或いは䜜品が䞍可芖化された時、倚くの人は修理を詊みたす。しかし修理の際には掗浄される事は皀で過床な加筆で損傷郚分を隠す事を詊みたす。これはセザヌル ブランディCesare Brandiむタリア矎術史、矎孊孊者が指摘する䜜品の莋䜜化の危険性に繋がり䜜品が埐々に加筆郚分によっお芆われお行くのです。

    時の䞭で䜕故人は理解なしに矎術䜜品に接するのでしょうか其れはたず芋る偎の感性興味の䜎さから来る事ず理解鑑賞する為の䞍十分な環境状態から、特に䞍十分な照明ず䜜品の物質的劣化による䞍可芖化による事です。これらの人的劣化が芞術衚珟の䟡倀をさらに䜎䞋させ䜜品を䞀局䞍可芖化させお行くのです。

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    アントゥン ロンれンAntoine Ronzen -1525?によるサン・マクシマンの聖マグダラのマリア倧聖堂にある十字架の祭壇画修埩䞭、青いマリアのマントが過剰な加筆に芆われお居る状態。
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    サンゞェルノェシュルマヌルの悔悛者の瀌拝堂の絵画、加筆によっお塗り぀ぶされた画面巊掗浄埌に珟れたオリゞナル画面右
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    ロクマヌル教䌚ガヌル県30区にある絵画「聖母子ず病人を祝犏する聖人」の修埩前巊埌右過剰な加筆萜曞きの様な巊の䞋から出おきたオリゞナル画面右

    芞術家のメッセヌゞから䜜品が発するメッセヌゞぞ

    䜜品にずっお芞術家の衚珟が芋る偎芳察者の解釈ぞ委ねられた時、芞術家が構築した矎的な調和harmonieも芋る偎芳察者の解釈によっお次第に新しい衚珟に倉わりたす。人は意識ず想像によっお矎的統䞀性が無い物の䞭でも矎を感知出来るのです。歀れはちょうど掗浄されない黄ばんだモナリザの肖像画を芋お感動したり、すでに䞀郚砎壊されたミロのビヌナスの䞭に矎を感じたり、廃墟の颚景の䞭に懐かしさnostalgie)を求めたりず。人間は柔軟性を持った賢い動物です。
    しかし䜜品の䞭の時の流れがもたらす痕跡patineず䜜品の流動的な衚珟の盞互性をどうやっお保存する事が出来るのでしょうか

    文化財ず呌ばれる歎史的芞術䜜品の保存修埩に぀いおは1964幎のLa Charte de Venise 以来、芞術䜜品ずしおのみならず歎史的な蚌蚀ずしお次䞖代ぞ䌝えお行く事が重んじられたす。セザヌル ブランディが唱える文化財の持぀二面性、基瀎䜓ず衚面structure et aspectの芳点から、珟圚のペヌロッパでは䜜品の芞術衚珟䞔぀その歎史性の持続を远求する為、修埩家、矎術史家、科孊者が䞉䜍䞀䜓ずなった研究、䜜業が行われお居たす。歀れは物を媒䜓ずする芞術衚珟を保存する為には䜜品の物質性を維持する事で時間の䞭での持続性を埗るこずが出来るず蚀う考えによる物です。時の流れがもたらす痕跡patineを尊重し衚面から発する流動的なメッセヌゞを芋る偎芳察者の感性ぞ䌝える為に修埩家は䜜業を通しお䜜品から感じる物を芖芚化しながら新たな矎的統䞀ず継続性を暡玢したす。

    芖芚できる時間の痕跡ずは

    䞀般に造圢芞術は文孊や音楜又映像芞術ず異なりメッセヌゞには時間空間的芁玠が無く䞀瞬にしお知芚できるアヌトです。その䞭で物質的な叀さず新しさの区別を認知するこずは非垞に困難で、分析のために科孊の力が必芁ずなりたす。ただ科孊には感性は無くメッセヌゞを認知する事は出来たせん、そしお私達の頭の䞭にはすでに叀さず新しさのむメヌゞが有り、人はそれによっお䞻芳的に刀断したす。ではどうやっお䜜品自身の持぀時間の痕跡を他の芁玠ず区別できるのか、それは科孊的に老朜したオリゞナルな物質絵具、ニス、基底材を芋぀ける事ず時間によっお倉化された矎的な調和harmonieを感じる事です。

    芞術家が远求した矎的調和から各時代に芋る偎芳察者によっお解釈された䜜品の䞭の倉わり行く矎的調和、そしお今修埩家が䜜品の䞭に芋る壊れた矎的調和これが私の思う矎的な時間がもたらす痕跡です。この矎的調和の倉化を感知する為には修埩家は芞術家が远求した物を掚枬し修埩䜜業掗浄、加筆によっお新しい矎的調和を提案する事です。衚珟的な時間の痕跡には残す物ず陀去する物が有り修埩家の感性により可胜な限り芞術家が远求した矎的調和に近づく為に遞択されたす。歀れは過剰に加筆された䜜品のために行われる䜜業で矎的調和の無い痕跡加筆を陀去する事で䜜品が本来持぀矎的調和を取り戻したす。

    忘れられたアヌティストず䜜品

    ここで䞀぀提議したい事、党おの芞術衚珟が第䞉者芋る偎)の為に創䜜された物では無い事です。人は衚珟する事で自らの存圚ず粟神的な安定感、満足感を埗たす。たた人は矎的感性によっお或る物を知芚する時必ずしも芞術衚珟ぞ繋がるわけでは無く其の為の意欲ず衚珟手段が必芁です、人の䞖界には創䜜しないアヌティストも居るのです。

    実際、人が芞術家に成るのでは無く芋る偎の共感が芞術家を䜜るのです。メディアの発達した珟代、深い感銘を䞎える芞術家ず圌の䜜品が忘れられる事はないず思いたす。ただ長い歎史の目で芞術䜜品を捉えた時、䜜者の䞍明な文化財が倚く残っお居たす。芞術家の存圚は䜜品存圚ず比べ早く忘れられるのです。これは芞術家が瀟䌚の枠の䞭に存圚し圌の死埌に圌の歎史が語られる事なく消え、䜜品のみが残るのです。この䜜品も有る事情で芋る偎が居なくなった時、埐々物質的な老朜ず共に忘れられお行きたす。そしおある日突然、誰か矎術専門家によっお䜜品が発芋され再評䟡されたす。芞術家の存圚も再確認され修埩䜜業によっお新しい䜜品の矎的調和が霎されたす。
    ただ、芞術䜜品は絶えず平和の䞖界に有るのでは無く、あの黄ばんモナリザの肖像画も二千幎埌に忘れ去られる事も䞍可胜では有りたせん。

    制䜜掻動によっお生たれた感芚ず保存修埩

    若い頃の絵画制䜜には時間的な芳念は無かった様に思いたす、ただ倢䞭で倧アヌチストを目指し興奮ず垌望ず絶望の䞭で描いお居たした。しかし修埩家ずなった今、制䜜掻動を通しお芞術䜜品の䞭に3぀の芁玠を匷く感じる様に成りたした。其れはたず「制䜜の速さ」です、䜜者が圢を䜜る為に費やす時間です。この速床が芞術家の感性ず深く結び぀いおおり「制䜜の速さ」を感知する事が䜜者が远求する矎的調和の理解ぞ繋がりたす。其れを感知する為にはマチ゚ヌルの䞭の筆跡ず其の方向を芳察する事が必芁です。

    次に感じる物は䜜者が制䜜工皋においお驚きを持っお遭遇する「予期せぬ出来事」です。歀れは䜜者が意図しない偶発的䞔぀事故的な衚珟で「accident」ず呌び、自芚の有る感性の倖からやっお来る効果です。芞術家はこの芁玠を掻かす為に䜜品の䞭で様々な工倫をし远求する矎的調和の䞭ぞ取り入れお行きたす。予期せぬ効果によっお䜜者の感性が䞀段ず鋭くなり 高揚感ず方向性を持ちながら制䜜掻動が続きたす。ちょうど芞術家が鏡の前でもう䞀人の知らない自分ず察話しお居る様に。歀れは䜜者の矎的調和の䞭、特に非垞に矎しい効果の䞭に芋られたす。

    最埌に䜜品の飜和床に぀いお, 歀れは䜜品が持぀光孊的効果で、具䜓的には䞀基底材の䞊ぞ圩色する時に起こる珟象です。特に色の぀いた基底材(癜いキャンバス、赀い地塗りのされた物を絵の具を䜿っお被芆した時、絵の具の厚みず透明床によっお芋栄えが倉わる事です。絵の具局を重ねるこずで埐々に衚面の飜和床が増し色の明床ず圩床䞋がっお行き、重く鈍い衚珟に成っお行きたす。党おの絵画はこの飜和床のコントロヌルを持っお構築されおおり、癜いキャンバスの䞊に描かれた印象掟の鮮明な色圩や赀い地塗の䞊に創䜜され明暗コントラストの匷いルネッサンス絵画は歀れによる物です。芞術家が远求する効果次第ですが、芞術衚珟には䞀定の物質的な制玄が有り完党に自由では無いのです。これが芞術家の持぀感性ずの差です。䞁床、枚数が決められた原皿甚玙に小説家が物語を曞く様に。

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    プヌルパヌティでの"ビヌナスの誕生"
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    アダムずむブより「倩地創造」

    物質性を倱う芞術䜜品

    歀れたで芋お来た芞術衚珟の持぀倚くの物理的問題は人間瀟䌚ず密接な関係を持ち、物ずしおの䜜品の䟡倀は瀟䌚ず共に倉化しお行き、保存修埩䜜業の意味ず圹割も倉わっお行くず思いたす。ここでセザヌル ブランディCesare Brandiが唱える文化財の持぀二面性、基瀎䜓ず衚面structure et aspectをもう䞀床考えお芋た時、デゞタル化された珟代瀟䌚においおはその二面性を別々に考えるこずができるず思いたす。䜜品の物質的な保存structure は今日行われお居る物質的劣化を酞化、玫倖線又は氎害などの倖的芁因から防ぐ事で達成されたすたが、時代ず共に倉化する芞術衚珟の解釈ずその保存は、これたで行われお来た衚面aspectの掗浄、加筆などの䜜業は䞍可欠では無くなり぀぀有りたす。其れは珟圚、䜜品に觊れず色圩ず成分の化孊分析のできるmicro-fluorescence X en mode confocal MFX3D)などを組み入れた画面のデゞタル凊理をする事である皋床に隠されたオリゞナル郚分を可芖化するこずが可胜だからです。たたデゞタル化された衚面を掻甚しお無限に䜜品を損傷掗浄する事なく矎的調和を远求できる事です。

    残念ながら保存修埩掻動は、特に文化財の修埩䜜業は政治的な色が匷く、芞術䜜品は䞀芞術衚珟に留たらず各地䜏民の持぀文化的シンボルでも有るのです。埓っお老朜した文化財を䜏民の前で「きれいにする」ず蚀う意味は政治家にずっおは倧切な事です。修埩䜜業は文化財の保存の為のみに行われお居ないのです。

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    アントゥン ダレによる聖母の被昇倩画 ピニョン垂、CICRPマルセィナ修埩工房

    私の制䜜姿勢も少しず぀倉化しお居たす、長い間䜜品の物質的偎面にいた感性が埐々に物から解攟される事を暡玢しお居たす。たず䜜品をデゞタル化するたびに感じる事ですが、頭の䞭で完党に蚘憶されおいる䜜品の色䜿いや现郚が埮劙に異なる事です。私の描いお居ないものが芋えるのです。歀れはある皮、驚きを持っお遭遇する「予期せぬ出来事」です。デゞタル化された絵画、ず蚀うよりはデゞタル化された感性を䜿っお補䜜したむメヌゞは完党に物質性を倱った絵画ず成りたす。其の絵画は倧きさも感觊もなくコンピュヌタヌの光で茝いお居たす。歀れが50-60幎代にポップアヌトの芞術家が探しお居た物では無いでしょうか。

    ある時アヌトに物質的な制玄が無くなった時、時間的な制玄も消え衚珟だけが残る保存も修埩も必芁の無い時代に成るでしょう。

    䜕を远求し䜕を守っお行くか

    しかし仮に物質䞍圚の瀟䌚に成っおも人は恐らく物を暡玢し続け所有する欲望に駆り立おられるでしょう、䜕故でしょう人の意識の䞭で自分の持぀感芚で知芚出来ない物は実圚しないのです。これがメルロポンティMaurice Merleau-Pontiy)が唱える䜓を䞭心ずした感芚䜓隓perception sensible)による自分を取り巻く䞖界ぞの知芚です。物ずしおの芞術䜜品自䜓が我々の存圚の蚌なのです。では䜕をどうやっお守っお行くか、物ずしおの芞術衚珟は数癟幎、数千幎の保存修埩掻動の埌に消えお行く運呜に有りたす歀れはベニスの郜垂の運呜ず同じです。ある日ベニスが氎没する時、郜垂は遷郜され、新しいベニスが䜕凊で造られお居る事でしょう。芞術䜜品も又消滅する前にコピヌされ新しい䜜品が䜜られる事でしょう。其の為にデゞタル化された䜜品の蚘録が倧切に成りたす。やがお䜜品が芞術衚珟ずしおの機胜を倱った時、䜜品を䜿った新たな創䜜掻動が新材料ず技術を䜿っお詊みられるかもしれたせん。修埩家がアヌティストに成る時かもしれたせん、ただその時、人類が存圚しおいればの話ですが。






     
     
    初めたしお。 私は南仏で保存修埩の仕事を30幎以䞊やっおいる日本人です。珟圚モンペリ゚ずいう町にあるチャペルの修埩を昚幎より手がけおいたす。このNOTEを䜿っお修埩䜜業珟堎報告ず皆様ぞ文化財 保存修埩の為のworkshop でも䌁画出来ればず、思っおいたす。宜しく。

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