
必要なのは敵よりも、開拓だ。
この度、楽しく貪欲に制作活動をしていたら、「月のもの」の存在を忘れていて盛大に体調不良になった。
いつもなら、その日が来る一週間前から、鉄分の多い赤身や小魚を食べ、睡眠不足にならないように気を配っていたのに、子供の行事や創作ですっかり失念していた。
案の定、眠いしだるいしフラつくし、何よりも怒りの沸点が低い。
相手がちょっと文法を間違えただけで
「分かりにくい!」
と激怒してしまった。
こんなの高校生以来だ。
ダサい。
ダサいついでに、人間の祖先は本当に雑食だったのか? を疑ってみることにした。
だって皆さん、人類ってタンパク質、どれくらい摂らないといけないかご存知ですか?
一食につき、手のひら二つ分。
こんもりですよ、こんもり。
肉でも魚でも卵でも豆でも、栄養学的にはそのくらいの量が必要とのことで。
特に女性は、生理前後になると鉄分まで気にしないといけない。
私はこれがどうにも納得いかないんです。
だって、そんなに食べられる?
その辺の定食屋だったら、せいぜい手のひら一つ分。
麺類に至っては、トッピングを追加しない限りほぼ終了。
栄養学に詳しい人にしてみたら、
「ご飯にも、麺にも、ブロッコリーにも小松菜にも含まれてますよ」
なんて言われそうなんだけど。
それを全部足しても!
手のひら二つ分なんて!
たーーーいへんなんだよ!
毎食タンパク質や鉄分のことで頭をいっぱいにしていないと、上手く守れやしない。
うっかり外食が続いて、お昼にハンバーガー、夜にラーメンなんてした日には、もう絶望。
翌日には眠いし、だるいし、やる気が起きない。
生理だったら、他人の文法ミスにまで腹が立ってくる始末なのです。
ここまで来ると、私の祖先は本当に雑食だったのか疑いたくなってくるのが、筋ってものでしょう?
【木の実や果物も食べていました】
という説明を聞くたび、
(いや、ほぼ血の滴る肉だけ食ってただろ)
と思ってしまうのです。
そうじゃなければ、この膨大なタンパク質要求量の説明がつかない。
野菜も食べるし穀物も食べるけれど、それだけで元気に生きろと言われると中々しんどい⋯⋯ですよね?
むしろ元々は肉食だったのが、不漁など飢饉の際に、植物も消化できる個体が生き残ったのではないかと、そんな妄想をしてみました。
この理論でいくと、面白いことがあるんですよ。
肉食動物って残酷なんです。
残酷。
単に獲物を殺して食べるから残酷なのではなく。
食べる気もないのに、小動物を追い回したり、じゃれたりするんです。
猫を飼っている人なら、見たことがあるんじゃないですかね?
あれって狩りの練習なのか、獲物の反応を学習しているのか。
とにかく「食うため」「テリトリーのため」だけでは説明できない行動を取る事が多いそうで。
もし人間にも、その肉食動物由来の性質が残っているとしたら。
戦争やリンチ、いじめのような行為が繰り返されることにも、説明がつくのかもと、考える訳です。
相手を傷つけることで、何が起きるのか。
集団はどう動くのか。
どこまでなら許されるのか。
そんな実験を、私たちは何万年も繰り返してきたのかもしれない。
もちろん、だから仕方がないと言いたいわけではないです。
肌の色が違うから。
宗教が違うから。
利害が対立するから。
そんな理由で人を傷つけることを、私は肯定したくないのです。
もし、この残酷さが人間の文化の中で生まれた悪ではなく、人間という動物そのものの中にある性質なのだとしたら?
性善説って、根底から崩れ去るわけです。
いや。
性善説派の宗教を信じておられる方や、性善説をもとに作られた日本の法律を全否定するつもりはありません。
相手を慈愛の気持ちで見守ることで更生していく。 それだって猿山理論的には理にかなった行動です。
なぜなら、類人猿は群れの動物。
知恵を付けた私たちは、 法律を作り、 宗教を作り、 道徳を作り「仲間を傷付けるな」と教え続けてきました。
問題は、現代人のその「群れ」の範囲が驚くほど狭いことなんです。
問題を起こす方の多くが、家族しか群れじゃない感覚に。むしろ家族すら群れじゃない感覚の人も居るのかも?
群れを作る事により発展してきた人類は、皮肉なことに今度はその境界線で、何処までが自分の群れなのかの認識で苦しめられいるのです。
私の主観だと、群れの力は良い方向へ、発展や開拓へ使うと良い方向へ向いやすいと思っています。
逆に、弾圧や分断に使ってしまうと、悲しい歴史が増えてしまうだけ。
では何処へ開拓していくべきなんでしょうか?
宇宙? 地中? 異世界?
そういう、ファンタジーのような話を、たまには真面目な政治家達の口から、語ってほしいものだなと、貧血の頭でボンヤリ考えたのです。
あと、スキとフォローも欲しいのです🐒💦