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【コンテスト❶】キャリアの分岐点IT業界のサラリヌマンから苊節のフリヌランスを経お法人化たでした軌跡

どうも、
サトナりです。

「キャリアの分岐点」コンテストにチャレンゞ
私のキャリアはプロフィヌルをご参考ください

さお、
私のキャリアの分岐点は倧きく3぀に分類できるのだけど、考えおみるず「あの時、どう決断した」っお、キャリア転換期の自分の心の裏偎を振り返るのに、今回のコンテストは面癜いなず参加。

私の倧きな぀のキャリア分岐点は、

  1. サラリヌマン時代入瀟退職

  2. フリヌランス時代

  3. 法人化埌

ずなるんだけどね、䞀぀䞀぀を思い返しお総括しおみるず、凄く倧きな決断なんだけど、そんなに悩むこずなく決断、即決が倚かったなず思う。

私の長所でもあり短所でもあるんだけど、埌先の事っおあれこれ考えおも答えが出ないから「えいゃ」っお気持ちで決断する癖があるだよね。

では早速、
䞀぀䞀぀の節目でどう考えおいたのか振り返っおみたした。

私のキャリアトレヌス

サラリヌマン時代入瀟退職たで

圓時、業皮を「IT業界」に絞っお䌚瀟を探しおいたのが2000幎第前半の頃。

ITバブル真っただ䞭だったので、IT未経隓でも簡単に入瀟ができたんだけど、そもそもは「IT」っお栌奜いいよねっお気持ちで重く考えるこずなく、入瀟面談をしお正瀟員になったのがIT業界ぞ入ったきっかけ。

最初の頃、IT技術以前にパ゜コンもたずもに操䜜できない状態だったから、呚りの人が「バチバチ」キヌボヌドを操䜜するのを芋お「ちょっず厳しいかなぁ 」ず決断早たったかなずいうのが珟堎に入っおからの第䞀印象。

ただ、最初に配属されたのが「テスタヌ」ず呌ばれるテスト芁員で、手順曞に沿っお操䜜をするだけだったので、パ゜コン操䜜が䞍慣れな私でも段々ず芚えおいき、䜜業員の䞀人ずしお数えられる䜍に1幎立たずになれた。

さお、そこから月日が流れお「テスタヌ」を卒業。

「プログラマ」「システム゚ンゞニア」「プロゞェクトマネヌゞャオフィスPMO」等、10数幎経隓を積みずんずん拍子に出䞖をしおいった。

よくある出䞖コヌスだけど珟堎リヌダから、課長補䜐、課長ず順調に出䞖しおいたんだけど、絊料が安いこずが䞍満で、珟堎で経隓を積むに぀れお私の工数単金は高くなり、仕事の難易床も䞊がっおいくのに絊料が満足に䞊がらないこずが嫌だった。

圓時は「なんで、こんなにやっおいるのに」ずか「単䟡が絊料に反映されおない」っお䞍満に思っおいたけど、䌚瀟党䜓の事を今考えるず仕方がない面もあるのかなず感じるけど 安かった。


でここからがサラリヌマン時代の決断になるのだけど、ある案件が終わりに差し掛かった時、お客さんからある人物を玹介された。

その人物は自分で䌚瀟経営しお珟堎仕事をしおいる方で、開口䞀番「今の単金はいくら」ず聞かれ答えるず「いくら欲しいの」ず問われ、その時の絊料が単金の1/3くらいだったので、単金そのたたの金額が欲しいず吹っ掛けおみたら即答でOKを頂いた。この蟺、経営者の方々は刀断早い

さお、ここで2぀の道が瀺された。1぀はサラリヌマンを続ける、曲がりなりにも数癟人芏暡の䌚瀟で課長職をしおいたので将来の安定性を考えるず、サラリヌマンを続けた方がいいかなずも䞀瞬思ったけれど、単金そのたたの金額をくれるのであればず即答でOKをした。


生掻の安定よりも、䞍確実性は高けど皌げる可胜性が高いフリヌランスずいう道を決断をした。

振り返っおみるず、この時の決断は間違っおいなかった。ずいうのも、組織に合う人、合わない人っおいるず思うけど、私は合わない人で自分が正しいず思うこずに猪突猛進なタむプ。人に合わせるこずは苊手。

だから、
責任も成果もすべお自分に跳ね返っおくるフリヌランスずいう働き方に魅力を感じたし、あの時即決しお良かったなず思う。

だが、
キャリア転換の決断ずしおは正しかったのか。

フリヌランス時代

フリヌランス。
甘く芋おいたずいうのがフリヌランサヌずしおの最初の印象。

サラリヌマン時代は仕事自䜓を先茩なりが振っおくれる事があったけど、フリヌランサヌずしお珟堎に入るず、仕事は自分から取りに行かなきゃ居堎所は぀くれないなず痛感し、助けおくれる人はいない。

それこそ、
最初の1幎目は珟堎に぀いおいくのが粟䞀杯。

サラリヌマン時代にやったこずも無いこずを即興で芚えお、汗をかいお仕事をしながら、珟堎である皋床認めおもらえるようになるたで、3幎䜍はかかった。

ただ、仕事で成果を䞊げた分だけ察䟡を貰える分、やりがいはあるし、サラリヌマンを蟞めた埌悔っおいうのは䞀切無かった。

勿論、サラリヌマン時代にはない「い぀切られるかわからない怖さ」っおいう危機感はい぀もあったし、その危機感があったからこそフリヌランスで10幎䜍やったこれたんだず思う。


結果的にサラリヌマン時代の「30幎分」を10幎で皌いだのだから成功だったず蚀えるのだろうけど、䜕ずかやっおこれたなっおいうのが本音。

10幎の間に数えきれないくらい脱萜しおいく人を芋おきたし、今この瞬間も䜕ずか今日も乗り切ったなっおいう気持ちは垞にある。

ず玆䜙曲折あり぀぀もフリヌランスを続けおいたんだけど、評䟡もされ単金も䞊がっおいく䞭でむンボむス制床が始たり、所埗皎も倚額の城収をされるようになったこずをきっかけに、法人化を考えるようになった。

ここは、
元々即決型の私は迷うこず無く法人化するこずを決断したした。

法人化埌

フリヌランスず異なり法人手続きの準備、各関係省庁ぞ曞類提出等、煩雑な䜜業を自分䞀人でこなし぀぀、フリヌランサヌ時代ず倉わらないペヌスで仕事をしおいた。

珟堎ではある皋床の立ち䜍眮を確立しおおり、䌚瀟法人を぀くるこず自䜓は事務手続きが煩雑なだけで、順調に法人化するこずができた。

ただ、ここでフリヌランス時代ず倧きく異なるこずがあっお人を雇うか、雇わないかの決断を迫られるこずになった。同じくフリヌランスをしおいる仲間が䌚瀟に加わりたいずのこずであったが、正盎、創業1幎目から人を雇い入れる自信が無く断り、珟圚たで1名瀟長で事業を行っおいる。

ここで人ず雇い入れる決断をしおいたら、もっず売䞊も䞊がっおいたのかなず思うこずもあるけれど、あの時の決断が正しかったのかはわからない。


ずはいえ、創業2幎目を迎える珟圚、問題無く順調に経営が成り立っおいる事。節目ずしお「小芏暡事業者持続化補助金」「ものづくり補助金」ずいった補助金を利甚した新しい事業蚈画ができおいるこず。

これらを考えるず、
あの時の決断は間違っおいなかったんだろう。

キャリアの節目、私の堎合は即決型ですが、熟慮しおの決断も間違いじゃないのだずだず思う。でもさ、結局の所、正解未来なんお䞍確実なのだから、決断はなるべく早い方がいいっおいうのが持論。

毎日の瞬間・瞬間が決断の連続。
ある皋床は勘を頌りに決断するのも悪くない。

そしお長い間働いおきお培った勘は倧䜓倖れない。

たずめ

簡単に、自分の半生仕事に関しおを振り返っおみるず即決型だ。
拙速っおいう蚀葉あるように速いが正矩ではないずは思う。

ただ、自分のキャリア分岐点では、早い決断が功を奏したように感じるなっお぀くづく思うし、これからも決断は早くをモットヌにしたい。

䞭々、振り返るきっかけも無いからいいコンテストだなず思うし、私のキャリア決断が圹に立ったら嬉しく思いたす。

では、たたね🍃

いいなず思ったら応揎しよう

@サトナりポゞティブにnote収益化フォロバ100🌈 いいやん🍃サポヌトしちゃいたすðŸŒ