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銀狼物語 第一話 出会い 

    ななお

    【あらすじ】
    薬草を採りながら、母とともに町の人々を支えて暮らすリリアは、ある日、森の奥で一頭の美しい銀狼と出会う。

    本来なら決して人に心を許さないはずの銀狼だったが、不思議なことにリリアだけは拒まず、二人は少しずつ距離を縮めていった。

    やがてリリアは銀狼に「蒼月」という名を与え、穏やかな日々を過ごすようになる。

    けれど、町を襲った魔物によって、リリアの中に眠っていた浄化の力が目覚めた時、二人の運命は大きく動き始める。

    王都、黒い結晶、世界に広がる瘴気の脅威。

    これは、心優しい娘リリアと孤高の銀狼が、深い絆を結びながら世界の闇に立ち向かっていく、優しくも切ない幻想ファンタジー。
    ――――――――――――――――――――――

    ――綺麗。
     
    その言葉は、考えるより先にこぼれていました。
     
    木漏れ日の中に佇む一頭の銀狼が、深い夜のような蒼い瞳で、まっすぐにリリアを見つめていました。
     
    はるか昔――
     
    まだ、精霊や魔法があったころの神話の時代。
     
    広大な古の森には、ある伝承が残されていました。
     
    月の光を浴びたような銀の毛並みと、深い夜を映した蒼い瞳を持つ「神聖なる銀狼」が、森の守り神として生き続けているというのです。
     
    けれど長い時が過ぎ、その伝承も人々の記憶の底へ沈み、今では古い書物の片隅に残るだけのおとぎ話となっていました。
     
    一人の娘と銀狼が出会い、絆を深めていく。
     
    これは、そんな遠い日の、泡沫のような物語です。
     
    峻険な山々と、古の息吹を残す深い森に抱かれた小さな町がありました。
     
    その町に、リリア・グランベルという十八歳の娘が、母と二人で暮らしていました。
    柔らかな金色の髪を後ろで束ね、澄んだ翡翠を思わせる瞳を持つ、美しい娘でした。
    親しみやすい笑顔と穏やかな人柄から、町の人々にも慕われています。
     
    リリアが幼い頃に父はこの世を去り、それからは薬師として働く母が、女手一つでリリアを育ててきました。
    そんな母の背中を見て育ったリリアもまた、困っている人や傷ついた命を放っておけない、心優しい娘になりました。
     
    春の朝、リリアは薬草を摘むため、籠を手に取ります。
     
    「お母さん、森へ薬草を摘みに行ってくるね」
     
    「いつもの場所までにしておきなさい。春先の森は、見た目より足元が悪いこともあるからね」
     
    「うん。奥へは行きすぎないようにする」
     
    「薬草も大事だけれど、あなたが無事に帰ってくることの方が大事なのよ」
     
    「わかってる。ありがとう、お母さん」
     
    母に見送られ、リリアは家を出ました。
     
    町を出ると、幼い頃から通い慣れた森が広がっています。
    若葉を揺らす風、小川のせせらぎ、木漏れ日の落ちる小道。
    そのすべてが、リリアの心を和ませてくれました。
    薬草の生える場所へ着くと、リリアは葉の形や色を確かめ、必要な分だけを摘んでいきます。
     
    「これは傷薬に使える草ね。こっちは、もう少し育ってからにしましょう」
     
    やがて籠が満ち、リリアが立ち上がった時でした。
    森の奥から冷えた風が流れ込み、鳥の声が途絶えました。
    葉擦れの音まで遠のき、森全体が息を潜めたように感じられます。
     
    「……急に、音が消えた?」
     
    近くで草を踏む足音がした。
    リリアは籠を胸に抱き、周囲を見回しました。
     
    木漏れ日の差す茂みの向こうに、一頭の銀色の毛並みを持つ狼が佇んでいました。
    普通の狼よりも大きな身体。
    月光をまとったような銀の毛並み。
    深い夜を映したような蒼い瞳が、まっすぐにリリアを見つめています。
     
    「……銀狼?」
     
    恐ろしいはずなのに、リリアは目を逸らすことができませんでした。
     
    籠を抱く手に、知らず力がこもります。
     
    その蒼い瞳は、獣のものとは思えませんでした。
     
    ――不思議と怖くない……それよりも……。
     
    「……綺麗」
     
    その言葉は、考えるより先にこぼれていました。
    銀狼もまた、リリアを見つめ続けています。
    二つの視線が重なったまま、その一瞬だけ森の時が止まったようでした。
    やがて銀狼は身を翻し、森の奥へ歩き出した。
    銀の毛並みが木漏れ日に揺れ、その姿は霧へ溶け込むように見えなくなっていきます。
    鳥の声と小川のせせらぎが戻っても、リリアはその場を動けませんでした。
    胸の奥には、銀狼の蒼い瞳が鮮やかに焼きついています。
     
    「……夢じゃ、ないよね」
     
    それが、リリアと銀狼のすべての始まりとなる、最初の出会いでした。

     
     
     
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