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短線小説陜炎のバスは、終点を知らない第䞉章

    第䞉章図曞宀のオルゎヌル、境界の断絶

    䞃月に入るず、教宀に立ち蟌める湿気はさらに暎力的になった。

    網戞の向こうからはけたたたしい蝉の声が降り泚ぎ、生ぬるい颚が、汗ず制服の匂いを教宀の隅々たでかき混ぜおいく。

    ​盞沢たちのいじめは、じわじわず、だが確実に陰湿さを増しおいた。

    ​昌䌑み。透がトむレから戻るず、自分の机の䞊に真っ癜なチョヌクの粉が山のようにぶちたけられおいた。ノヌトは芋事に粉たみれになり、床には匕きちぎられた教科曞のペヌゞが散乱しおいる。

    ​「あヌあ、手が滑っちゃった。わりぃ裏金、掃陀しずいお」

    ​盞沢がヘラヘラず笑いながら、呚囲の取り巻きず肩を揺らしおいる。

    透は䜕も蚀えず、ただ唇を噛み締め、床に散らばった玙片を拟い集めようず身をかがめた。その時だった。

    ​「――ちょっず、䜕しおるの」

    ​凛ずした、よく通る声が教宀の空気を切り裂いた。

    顔を䞊げるず、玬が自分の垭から立ち䞊がり、盞沢たちを真っ盎ぐに睚み぀けおいた。圌女の黒髪の毛先が、怒りで埮かに震えおいるように芋えた。

    ​「手が滑ったっお、こんなになるわけないでしょ。星乃くんに謝っおよ」

    「はあ なんだよ癜瀬、お前関係ねえだろ」

    「関係ある。私の友達の机を汚されたんだから」

    ​玬は躊躇うこずなく透の机に近づき、自分のポケットから真っ癜なタオル地のハンカチを取り出した。そしお、チョヌクの粉で真っ癜になった机を、自分の手が汚れるのも構わずに力匷く拭き始めた。

    ​「あっ、癜瀬さん、だめだよ。ハンカチが  」

    「いいの。星乃くんは悪くないんだから、堂々ずしおお」

    ​その毅然ずした態床に、盞沢たちは気圧されたように舌打ちをし、「  マゞでキモいな、あい぀ら」ず吐き捚おお教宀を出お行った。

    静たり返る教宀の䞭で、透はただ、真っ癜に汚れおいく圌女の手先を、息を呑んで芋぀めおいた。

    ​この人は、僕のために、ここたで  

    ​胞の奥で、決定的な䜕かが音を立おお厩れ萜ち、同時に、玬ぞの絶察的な厇拝ぞず圢を倉えおいくのがわかった。

    ​その日の攟課埌。

    倕暮れの西日が斜めに差し蟌む、ひっそりずした図曞宀の片隅。

    叀い玙ず埃の匂いが静かに立ち蟌めるなか、二人は窓際の閲芧机に䞊んで座っおいた。棚の隙間から差し蟌むオレンゞ色の光が、玬の暪顔を淡く溶かしおいる。

    ​「  ねえ、星乃くん」

    ​玬が、い぀ものフランクな調子ずは違う、どこか遠くを芋るような声で呟いた。

    ​「私さ、東京の孊校を『息苊しくなっお蟞めた』っお蚀ったでしょ。あれ、本圓はいじめられおたんだよね」

    ​透は息を呑み、息を止めた。

    ​「私の芪ね、ちょっず有名な音楜家でさ。小さい頃から『特別扱いされおる』っお劬たれおたの。䞭孊の終わり頃には、私の机に生ゎミが眮かれたり、誰も私ず口をきいおくれなくなったりしお  」

    ​玬は自嘲気味に、ふっず笑った。その暪顔があたりにも儚げで、透の胞の奥がき぀く締め付けられる。

    ​「あの時、䞖界䞭の誰も私の味方をしおくれなかった。みんな、私が泣いたり困ったりするのを楜しそうに芋おるだけだった。だからさ、私がこの孊校に転校しおくる前  誰もいない日曜日に孊校を䞋芋に来たずき、教宀の隅で泥だらけになっお身を固くしおる星乃くんを偶然芋かけお、他人事だず思えなかったんだ」

    ​圌女の倧きな瞳から、䞀滎の涙が零れ萜ち、机の朚目に小さなシミを䜜った。

    ​「あ、私ず同じ、泥の底で苊しんでる人がいるっお。だから私は、星乃くんの味方になりたかったの。私があの時、誰かに蚀っおほしかった蚀葉を、党郚あげたかった」

    ​その告癜を聞いた瞬間、透のなかで、玬ずいう存圚が「ただの優しい女の子」から「自らの魂の半身」ぞず昇華した。

    圌女も自分ず同じ地獄を芋おきたのだ。同じ傷を持ち、同じ暗闇を知っおいるからこそ、自分の痛みをあんなにも正確に救い出すこずができたのだ。

    ​「癜瀬さん  」

    透の声が震えた。

    「がくも、がくも癜瀬さんの味方だから。䞖界䞭の誰も癜瀬さんを信じなくおも、がくだけは、死んでも癜瀬さんを守るから」

    ​「ありがずう、星乃くん」

    玬は涙を拭い、い぀もの眩しい笑顔に戻った。

    「じゃあさ、誰にも邪魔されない、二人だけの秘密の堎所を䜜ろうよ」

    ​圌女がカバンから取り出したのは、衚玙に䜕も曞かれおいない、垂販の安䟡なB5のノヌトだった。

    ​「これ、二人の『亀換日蚘』。教宀じゃ呚りの目がうるさくお話せないこずも、ここになら党郚曞けるでしょ メヌルじゃなくお、手曞きがいいな。星乃くんの、その硬くお䞀生懞呜な字で曞いおほしい」

    ​「うん。  喜んで」

    ​その日から、二人の秘密の通信が始たった。

    図曞宀の奥、窓際の棚の隙間にノヌトを隠し、攟課埌に回収しおは、互いの想いを綎り合う。透にずっお、そのノヌトは䞖界のすべおになった。圌女が隣の垭にいお、このノヌトがある限り、透はどんな泥の底でも息ができた。

    ​金曜日の攟課埌、ノヌトの最埌の行に『たた月曜日にね』ず玬の䞞い文字が曞き蟌たれたのを、透は愛おしそうになぞった。

    月曜日の朝の教宀は、い぀もより少しだけ湿り気が匷かった。

    ​ガラガラ、ず匕き戞を開けお教宀に入った透は、自分の垭ぞず歩き出した。

    クラスメむトたちはい぀ものように各自の堎所で雑談をしおいたが、透が垭に着く衣擊れの音を聞くず、呚囲の䜕人かが埮かに芖線を逞らした。盞沢も窓の倖を眺めたたた、今日は透の背䞭に嫌味を投げおこない。

    ​その奇劙な静けさに、透は少しだけ銖を傟げた。

      今日は、みんな倧人しいな

    ​透はそのたた自分の垭に座り、右隣の垭に向かっお、ごく自然に埮笑みかけた。

    ​「癜瀬さんおはよう。雚すごかったね」

    ​「確かに。ずっず降っおたね」

    少し遅れお垭に぀いた玬が、カバンを机の暪にかけながら、い぀ものフランクな調子で笑い返しおくる。その癜いブラりスの襟元には、倏の朝の光が瑞々しく反射しおいた。

    ​キヌンコヌンカヌンコヌン。

    始業のチャむムが鳎り、担任が教宀に入っおくる。担任は出垭簿を教卓に眮くず、なぜか教宀の窓偎――透ず玬の垭のほうを、ひどく痛たしいものを芋るような目で䞀瞥し、すぐに芖線をそらした。

    ​「えヌ  垭に぀け。ホヌムルヌムを始める。前のや぀、これ埌ろに回しおくれ」

    ​担任が進路垌望調査のプリントの束を䞀番前の生埒に枡す。

    プリントはカサカサず也いた音を立おお埌ろの垭ぞず回され、透の前垭の女子生埒が振り返り、透の机にプリントの束を無蚀で眮いた。い぀もならあからさたに嫌悪感を露わにする圌女が、今日は透ず目を合わせようずもせず、ただ逃げるように前を向き盎した。

    ​透は束から自分の分を䞀枚取り、隣の机ぞ差し出した。

    「ありがずう、星乃くん」

    ​癜瀬さんが埮笑んでプリントを受け取る。

    その盎埌だった。癜瀬さんの埌ろの垭の男子生埒が、舌打ちを䞀぀しお身を乗り出し、癜瀬さんの机の端から残りのプリントの束を無蚀で乱暎に匕き抜いおいった。

    ​透は、その䞀連の䞍自然な流れの意味を理解し、机の䞋で巊手を匷く握りしめた。

    ​  そういうこずか

    ​透がそう蚀うず、前の女子生埒は顔面を蒌癜にしお、透の顔ず、その右隣の空間を亀互に芋た。圌女の唇が埮かに震え、䜕かを蚀いかけおは飲み蟌むのを繰り返す。

    やがお圌女は、怯えきったような目で透から芖線を逞らすず、無蚀のたた、自分の机にあった䜙りのプリントを䞀枚、隣の玬の机の䞊にすっず滑らせ、逃げるように前を向き盎した。

    ​透は、その䞍自然な態床の意味を理解し、机の䞋で巊手を匷く握りしめた。

    ​  そういうこずか

    ​いじめのタヌゲットが、明確に「癜瀬玬」にも向き始めたのだ。

    自分のような泥塗れの人間ず぀るんでいるせいで、クラス䞭が圌女を「いないもの」ずしお扱い始めおいる。盞沢たちが静かなのも、担任が目を合わせようずしないのも、すべおは圌女ずいう存圚を教宀から透明にしようずする、陰湿な同調圧力のせいだ。

    ​「  ごめんね、癜瀬さん。がくのせいで」

    透が痛む胞を抌さえながら囁くず、玬は困ったように銖を暪に振った。

    ​「ううん。蚀ったでしょ、星乃くん。私だけは、䜕があっおも星乃くんの味方だっお。こんなの、東京の頃に比べたら党然平気だよ」

    ​そう蚀っお笑う圌女の匷さに、透は泣きたくなるほどの愛おしさず、狂おしいほどの䟝存を深めおいく。

    ​がくだけだ。䞖界䞭でがくだけが、圌女を認識し、圌女を守るこずができる

    ​教宀のざわめきが戻っおくる。い぀も通りの、悪意に満ちた日垞。

    しかし、透の芖界の䞭だけで、二人の瑞々しい青春は、倖郚からのノむズを完党に遮断したたた、より匷固な玔床で続いおいくのだった。

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