
短編小説|「クシャクシャの傘」|拝啓文芸部・雨の日の傘
昇降口にやって来た、色とりどりの傘が閉じられ、うっとおしい雨に顔をしかめた生徒たちが通り過ぎていく。
雨から逃れようと足早な生徒が多い中で、彼女は異彩を放っていた。
背中を覆う真っすぐな髪。細い指先。全く着崩されていない制服。
彼女は折り畳み傘を、丁寧に畳んでいた。
それを見たわたしは、自分の手の中の折り畳み傘を見下ろし、恥ずかしくなる。
ただ丸めただけの傘は、着ぶくれしたように膨らんでいた。
彼女の傘は、店頭に並ぶ売り物のようにスリムで、フィボナッチの螺旋を思わせる規則正しい弧を描いていた。
「すごいキレイ。わたしもそんな風に丁寧にできたらいいんだけど」
自分の傘を見られて恥ずかしくなったわたしは、言い訳のように彼女に笑って見せる。
でも彼女は笑わなかった。
「丁寧? ううん。わたしは、あなたみたいに自由に生きたいだけ」
その言葉の意味を彼女に聞くことはできなかった。
彼女はその一週間後に自らの人生に幕を下ろしたから。
お葬式には、目を真っ赤にしたクラスメイトたちがたくさんいた。
わたしもお父さんと一緒にお葬式に行った。
遺影の前に立っていた初めて見る彼女の母親は、黒い着物で毅然と立っていた。
涙もなく、感情がない顔で弔問客に頭を下げ続けていた。
「同級生だったけれど、わたしにとっては憧れの人でした」
がんばって伝えた言葉にも、彼女の母親は何の反応も示さなかった。
くすぶる心のまま、葬儀を後にしようとしたとき、私の耳に彼女の父親の言葉が突き刺さった。
「無駄な投資だった。あいつのために、どれだけ金と手間をかけたと思っているんだ。恩知らずが――」
彼女のことを言っているの?
胸が苦しくなって、後ろを振り返ろうとした。
でもそのわたしの視界を、お父さんが広げた傘が覆った。
「帰ろう」
お父さんはそういって微笑むと、わたしの肩を抱いて傘の中に入れた。
お父さんの似合わない喪服の肩を、雨が叩いていた。
家に帰って折り畳み傘を畳もうとした。
でも、わたしは畳まなかった。
クシャクシャに丸めた。
こちらの企画に参加させていただきました。
【心がテーマの別のお話】