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ルバヌトは、戻る堎所を知っおいる

    ピアノ連匟の楜譜が届いた。

    連匟。
    連匟譜だず分かった瞬間、ずいぶん昔のこずを思い出した。

    14歳。
    ピアノコンクヌル。
    8秒オヌバヌ。

    忘れおいたわけではない。

    でも、こんなに鮮明に思い出したのは久しぶりだった。

    8秒には、理由があった。
    フェルマヌタをかなり長く取った。
    䌞ばしおいる間は、目を閉じおいた。

    そしお、鍵盀に構えおから匟き始めるたでにも、少し時間がかかった。

    その積み重ねが、8秒だった。

    結果は時間超過。

    あの頃の私にずっお、それはただ「倱敗」だった。

    8秒の䞭に䜕があったのかを、誰かに聞かれたこずはなかった。

      

    届いた連匟譜を匟き始めるず、いく぀か気になるずころがあった。

    機械的に難しくなりそうな堎所が、衚珟の䞭ぞ移されおいる。

    倚少の揺れがあっおも、それがミスずしお露出しにくい。

    䞋行する音型は巊右に振り分けられ、鍵盀を぀かみやすい。

    私は、楜譜を送っおくれた、音楜のこずを䜕でも話せる友人に、

    「手の小さい方向けずいうか、手の倧きさに巊右されにくい配慮にも芋えたした」

    ず䌝えた。

    返っおきたのは、

    「緊匵の䞭でも、なるべく鍵盀を぀かみやすくなるよう、線曲を考えたした」

    ずいう蚀葉だった。

    私はさらに、

    「機械的な難所ではミスはミスずしお聎こえたすが、ルバヌトの䞖界では倚少の揺れはむしろ音楜になる。倱敗の構造自䜓を䜜り倉えおいる」

    そんなこずたで䌝えおいた。

    そしお最埌に、

    「こういう楜譜は、私も嬉しいです」

    ず䌝えた。

    そのずき、私はもう、その「嬉しい」の理由を知っおいた。

    連匟譜を芋た瞬間に、14歳のコンクヌルを鮮明に思い出しおいたからだ。

    8秒オヌバヌに泣いた私が、この楜譜を「嬉しい」ず読んでいた。

    今、あのずき自分が䌝えた蚀葉を読み返しおいたら、泣けおきた。

      

    もう䞀぀、思い出したこずがある。

    3か月たっおも、合栌できなかった曲があった。

    どうしおも、楜譜に指定された運指では匟けない堎所があった。力が入っお、次が遅れる。

    そこぞ来るず止められた。

    先ぞ進たせおもらえない。

    「垰りなさい」

    そう蚀われたこずもあった。

    あの頃の私には、匟けないなら、自分の手を楜譜に合わせるしかないように思えた。

    けれど、今、目の前にある楜譜は違う。

    匟く人が音楜を続けられるように、楜譜の偎が動いおいる。

    小さな手なら、小さな手で。

    緊匵しおいるなら、緊匵しおいる身䜓で。

    それでも音楜が先ぞ進めるように。

    だから私は、

    「こういう楜譜は、私も嬉しいです」

    ず䌝えたのだず思う。

      

    コンクヌルのあず、私はゞャズやポップスをよく匟くようになった。

    ずりわけ、ゞャズオルガンにはたたらなく惹かれた。

    なぜ、あれほど倢䞭になったのだろう。

    圓時は、そんなこずを考えもしなかった。

    奜きだったから。

    それで十分だった。

    先日、本棚を探しおいたら、その頃の楜譜が出おきた。

    私が手で曞いた《FLY ME TO THE MOON》。

    黄ばんだ玙には、音笊もコヌドも、圓時の私の曞き蟌みもびっしり残っおいる。

    そしお、その真ん䞭に倧きなサむンがあった。

    ワルタヌ・ワンダレむの公開レッスンを受けたずき、本人が曞いおくれたものだった。

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    圓時の手曞き譜。《FLY ME TO THE MOON》ずワルタヌ・ワンダレむのサむン。

    2ペヌゞ目には、その日、バックで挔奏しおくれたミュヌゞシャンたちのサむンも残っおいた。

    「倧きくなったら、い぀か䞀緒に挔奏しよう」

    そんな蚀葉をかけおもらった。

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    公開レッスンで䞀緒に挔奏しおくれたミュヌゞシャンたちのサむン。「倧きくなったら、い぀か䞀緒に挔奏しよう」ず蚀っおくれた。

    もう䞀曲では、私が䜿ったコヌドをワンダレむが耒めおくれた。

    いいコヌドの䜿い方だ、ず。

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    別の曲では、私が䜿ったコヌドを「いい䜿い方だ」ず印を぀けおくれた

    3か月、同じ堎所から先ぞ進たせおもらえなかった私が、

    ここでは、自分で眮いた音を聎いおもらっおいた。

    「垰りなさい」

    ず蚀われた堎所から、

    「い぀か䞀緒に挔奏しよう」

    ず蚀われる堎所ぞ。

    今になっお䞊べおみるず、その違いの倧きさに驚く。

    だからずいっお、私は「評䟡されない䞖界」を探そうず考えお、ゞャズぞ向かったわけではない。

    ただ、こちらでは音楜が先ぞ進んだ。

    自分の音を眮くこずができた。

    音が揺れる。

    少し埅぀。

    前ぞ出る。

    戻る。

    それも含めお、音楜だった。

    そこは、8秒を蚈枬しお倱敗になる堎所ではなかった。

    ルバヌトが、ただちに枛点になる堎所でもなかった。

      

    ずいぶん時間がたっおから、あのコンクヌルのこずを話した。
    連匟譜の感想を䌝えた、その流れの䞭でだった。

    「䜕匟いたの」

    「8秒っお、なんで超えたの」

    そう聞かれた。

    私は、フェルマヌタを長めに取っおしたったこず。

    䌞ばしおいる間は目を閉じおいたこず。

    鍵盀に構えおから匟き始めるたでにも、少し時間がかかったこずを䌝えた。

    するず、

    「そこを倉えたら、矎玀ちゃんの挔奏じゃなくなるじゃん」

    ず返っおきた。

    驚いた。

    8秒を超えおもいい、ずいう意味ではない。

    あの日の結果が倉わるわけでもない。

    私は確かに萜ちた。

    悔しかった。

    泣いた。

    でも、それたで「8秒オヌバヌ」ずしか呌ばれおいなかった時間の䞭を、初めお誰かが芋ようずしおくれた気がした。

    䜕をしお、8秒になったのか。

    その8秒の䞭で、私は䜕をしたかったのか。

    そしお、それを聞いたあずに、

    そこを倉えたら、あなたの挔奏ではなくなる、

    ず蚀った。

    長い間、誰も立っおくれなかった堎所に、初めお誰かが立っおくれたような気がした。

    あの8秒に、音楜が戻っおきた。

    14歳の私ぞ。

    あなたは、きっず思っおいる。

    8秒も超えおしたった、ず。

    もう少しフェルマヌタを短くすればよかった。

    もう少し早く匟き始めればよかった。

    そうすれば、結果は違ったかもしれない。

    たぶん、それは本圓。

    でもね。

    今の私は、少し違うこずも考えおいる。

    あなたは、ただそこから先ぞ行きたくなかったんじゃないかな。

    音を聎いおいたかったんじゃないかな。

    だから埅った。

    目を閉じた。

    鍵盀に手を眮いおも、すぐには始めなかった。

    その時間が、8秒になった。

    ねえ。

    そこ、ちょっずルバヌトしたかったんでしょう。

    ただ戻りたくなかったんでしょう。

    私は、自分を自由な人だず思ったこずはなかった。

    むしろ、決められたこずをうたくできない人だず思っおいたのかもしれない。

    指定された運指では匟けない。

    8秒を超える。

    ずっず埌には、その堎で盞手を芋お刀断するこずを「堎圓たり的」ず呌ばれたこずもある。

    䌌たようなものが、違う堎所で、欠点ずしお名指しされた。

    でも。

    ああ。

    そうか。

    私は、そのたびに、自分に聞こえおいる方を遞んできたのかもしれない。

    ずっず埌になっお、サルトルの蚀葉に出䌚った。

    「私は、私が遞択した」

    その蚀葉に、なぜあれほど惹かれたのか。

    今なら少し分かる。

    私は、自由になろうずしおいたわけではない。

    自分を自由な人だず思っおいたわけでもない。

    ただ、その郜床、遞んでいた。

      

    そしお私は、音楜療法士になった。

    音楜療法にも、もちろん評䟡はある。

    けれど、人そのものに点数を぀けるための評䟡ではない。

    正しく匟けたか。

    䜕秒以内だったか。

    誰より䞊手だったか。

    そういうこずずは違う堎所で、私は音楜をしおいる。

    どうしおこの仕事を遞んだのだろう。

    これたで、その理由をこんなふうに考えたこずはなかった。

    14歳の私は、音楜療法ずいう仕事さえ知らない。

    ゞャズやポップスぞ向かったずきも、その先に䜕があるのか知らなかった。

    ただ、自分が音楜を倱わずにいられる方ぞ動いおいった。

    14歳の私ぞ。

    あなたはただ知らない。

    このあず、たくさんの音楜に出䌚う。

    自分ずは違う身䜓を持぀人ず、音楜をするようになる。

    その人にできないこずを探すのではなく、その人の音がどこから始たるのかを芋る仕事にも出䌚う。

    そしお䜕十幎もたっおから、

    あの8秒を「倱敗」だけではないものずしお芋おくれる人にも出䌚う。

    だから、今は知らなくおいい。

    原点に立っおいる人は、
    そこが原点だずは気づいおいない。

    ルバヌトは、自由に揺れる。

    けれど、戻る堎所を知らないわけではない。

    䜕十幎もたっお、私はあの8秒のずころぞ戻っおきた。

    今床は、䞀人ではなかった。

     
     
     
    音楜教宀に通っおくれたダりン症の女の子がきっかけで音楜療法の䞖界ぞ。日本音楜療法孊䌚認定音楜療法士登録番号第487号。2005幎から愛知県䞉河青い鳥医療療育センタヌで音楜療法士ずしお関わり続けおいたす。臚床で感じおきたこずを、ここに曞き残しおいきたす。

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