
ひとみさんとの記憶。
大昔、コンビニで働いていた時に知り合った
「ひとみさん」
確か、ひとみさんの年齢は50代後半だった。
女優の倍賞美津子さんに似た美人。
そんな美人な人なのに、もの凄く気さくで明るい人だった。
「おっは〜」
と、若干古い言い回しが、ひとみさんらしくて好きだった。
ひとみさんは、いつも杖をついて歩いて来ていた。
まだ杖をつく年齢でもないでしょうに。
話を聞くと、ある日タクシーを呼び、そのタクシーに乗ろうと走ったところ、つまづいて転げたそうだ。
そして、転げただけだったのに転げ方が悪かったのか寝たきりになったらしい。
「もう歩けないかもしれない」
と言われた時期もあったそう。
そこから歩けるまでになったのだからスゴイ!
どれだけリハビリされたのだろう。
そんなある日、いつものように買い物に来た ひとみさん。
入口のところで、足が痛くなったらしく動けなくなっていた。
ちょうど帰る時間だった私は、その足で私が崇拝しているゴッドハンド先生の整体に連れて行った。
さすがゴッドハンド。
施術が済むとまた、なんとか歩けるようになった。
だけど、ひとみさんの場合は最初の数ヶ月は、
1〜2週間に1度は通った方が良いとのことだった。
車で片道30分の距離。
乗りかかった船なので、私が送り迎えをすることにした。
そこから2週間に1度、ひとみさんとのドライブがはじまった。
(後に、杖無しで歩けるように。スゴイぞゴッドハンド)
お互いに、様々な話をしながらのドライブは楽しかった。
その話のなかで、ひとみさんは とある市の市議の娘さんだということが分かった。
私でも聞いた事がある政治家の方とも、お見合いをしたことがあると言っていた。
そんなお嬢さまだと、何不自由なく暮らしてきたのだろうと想像するも、現実はまったく違っていて…
ひとみさんが小さかったころに、お母さんは亡くなっていた。
そして、新しくお母さんが来たらしい。
ようするに、継母です。
そんな人ばかりではないでしょうが、その継母はひとみさんに辛くあたり自分の子だけを可愛がっていたそうだ。
ひとみさんがお嫁に行ってからも、電話をかけると
「うちには、ひとみという娘はおりません」
と電話を切られたらしい。
ひとみさんは、再婚していたのだがその旦那さんもひどい人で、まだ車椅子だった時のひとみさんにも家事は当たり前にさせ、ご飯のおかわりやビールのおかわりも這って持ってこさせていたらしい。
その頃のストレスも大きかったのだろう。片方の耳も聞こえなくなっていた。
こんなに良い人なのに、人生はなんと過酷なのか。
ただ救いは、ひとみさんには高齢の叔母さんがおり、その叔母さんがひとみさんの財産を管理してくれていたらしかった。
いずれ手にするであろうそのお金で、建売でも買ってのんびり暮らすのだとよく話していた。
そんなある日、病院に行ったひとみさんから「癌」が見つかったと報告を受けた。
でも本人は、
「手術しなくても薬を飲めば治るんだって〜」
と、あっけらかんとしていた。
若かった私は、”そうなんだ。早く見つかって良かった”と納得した。
それからも、ひとみさんは元気だった。
が、しかし
半年すぎた頃、入院したと連絡があった。
慌てて病院に行くと、ひとみさんは眠っていた。
そして目が覚めたひとみさんが、私の手をガバっと握り
「はるまるちゃん。私はまだこっちの世界におる!?」
と聞いてきた。
三途の川まで行ったのだろうか。
いつも、ひとみさんは照れくさいのか、私のことを
「自分は?」とか「そっちはどう?」とか言っていた。
そのひとみさんが、はじめて私の名前を呼んでくれたわけです。
嬉しさと、なんともいえない不安な気持ちがよぎった。
その数日後の早朝
娘さんから電話があり、ひとみさんが危篤だと言う。
旦那とともに急いで病院に向かったが、ひとみさんの最後には間に合わなかった。
ひとみさん、あの時、最後だと予感してたのかな。
最後の最後に名前を呼んでくれた声を今も覚えている。

お別れを予感していたのか、ひとみさんはしょっちゅうハンカチをプレゼントしてくれていた。
そのハンカチたちを、最近は使っている。
ひとみさんを思い出しながら。
来世では幸せになってね。