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鬼に落ちた花56 執念

    #創作大賞2026
    #ファンタジー小説部門


     女の首が45度に傾いている。

    ぎょろりと目が動き、アクトを捉えた。

    黒く長い髪がアクトの顔に影を落としていく。

    『お前が、いなければ』

    呟くような声。
    だが、そこには煮えたぎる憎悪が混じっていた。

    「!!」

    アクトは、フーフーと肩で息をする。

    その目に映る“あり得ない存在”に焦点は揺らぎ、体から温もりが抜けていく。

    『わたしも、生きたかったのに、どぅして、殺し、た?』

    アクトの首に女の手が触れる。

    氷のような冷たさにアクトは、首をブンブンと横に振った。

    『分からない、わ』

    女が、クスクスと嗤う。

    呆気に取られたアクト。

    「……ぁ、あ、うぁああああああっ!!」

    喉から擦れた声を絞り出し、自分の体を押さえつけていた手を、無我夢中で引き剥がす。

    体の痛みは、今のアクトにとってあってないようなものだった。

    ドアノブに縋るアクト。

    ——ガチガチガチッ!!!

    鍵を開けても開かない扉。

    震えた手で何度も扉を動かすが、びくともしなかった。

    「開けろッ!!開けろよッ!!!」

    喚き散らすアクトの背後で、

    ぽたり。

    何かが静かに落ちる音がした。

    「な、んだよ、これっぁ、ぶっ!!??」

    硬い床が、遠のく。

    赤く染まった水が膝上にまで押しあがる。

    その水の中。

    アクトの足は、夥しい量の青黒い手に捕まっていた。

    必死にドアノブに捕まるアクト。

    息をするために顔を上げた時、
    恐怖で、その顔は醜く歪んでいた。

    息をする距離に女性の目があったからだ。

    『なんで、殺したの?』

    壊れたおもちゃのように繰り返す言葉。

    『ねぇ、なんで?』

    アクトは、ごくりと生唾を飲み込み

    「ぼ、くはっ、殺して、ないっ……!!」

    ぎっ、とそれらを睨み返す。

    「お前らが勝手に死んだんだろっ!!僕のせいじゃないっ!!」

    張り上げた主張。

    それは、霊たちの怒りの火に油を注いだ瞬間だった。

    ———

    「ぎっ、ぁ」

     アクトの首に女性のしなやかな髪が巻き付く。

    赤い液体は、沸々と湧き出していた。

    『お前が、殺した』

    女性の黒々とした目が、アクトの怯えた顔を射抜く。

    アクトの背中には、爪を立て、重くのしかかる夥しい数の何か。

    それは、命の色を失った青黒い手。

    その掌には、パックリと空いた穴が人の口へと変り、白い歯を剥き出しにした。

    アクトの肩が揺れる。

    目の前にまで伸びてきた青黒い手。
    口しかないそれらと、アクトは目が合っていた。

    『あは、あはははっ、あははははははっ!!』

    『嘘だ!嘘!!』

    『お前の人生全部嘘だらけだなぁ!!』

    場違いな明るい声が、アクトの全てをを飲み込む笑い声をあげる。

    「ぃ、やだっ、やめっ……!!」

    アクトの言葉は続かない。

    『お前が、殺したもんなぁ?』

    ギチギチと伸びた女の髪は、アクトの首に跡がつくほど締めあげる。

    『殺したよなあ!!』

    その言葉は、惨めに縋る懇願ではなく、譲る気のない強い命令だった。

    整えられたアクトの顔に、深い皺が刻まれていく。

    目の前に“死”が迫る。

    アクトは、乾いた声を漏らした。

    「……ぼ、くが、ころし、ましたっ……!!」

    『聞こえない』

    殺意が宿る女性の目が、アクトを睨みつける。

    「僕がっ、殺したっ——!!」

    今のアクトが出せる精一杯の声。

    『……』

    ふっと女性の肩から力が抜けた。

    首に巻き付けた髪を緩めた時、
    アクトの意識は、闇へと落ちていった。


    「……」
     
     その一部始終を、三つの影が見つめていたことに、
    アクトは気が付かないまま。


    「あーあ。忘れ物届けにきたってのに、本人が落ちたら意味ないじゃないっすか」

    クスクスと笑うツムグの手には、アクトの学生鞄。

    「警察に届けるしかないやろ?」

    フクは、操作していた携帯画面をぶつんと落とす。

    「終わったんすか?」

    「当たり前や。今頃、警察にアクトの悪事が届いてるやろ」

    「叩けば叩くほど埃が出てきて驚いたっすけど、まあ、状況証拠にはなったっすね」

    フクの肩に乗る手の怪異は答えない。
    怪異は、短く息をついて、アクトから視線を外していた。

     だだっ広い庭に植えられた大きな木の幹の上。
    アクトの最後を見届けた3人の影が伸びる。

    風が木々を揺らした時、
    幹の上には、その影すら残っていなかった。

    ***

    【狭間】

     リビングに灯る光。

    ツムグたちが帰ってきた時、
    サイは、珍しく何もせずじっと座っていた。

    視線の先には、深く眠る雨香の姿。

    「……眠ったんすか?」

    ツムグが小首を傾げる。
    金色の目を細めて。

    「それとも、眠らしたんすか?」

    サイの目だけが動き、ツムグを捉える。

    底冷えする部屋の中。
    雨香の周りだけが、不自然なほどに温かく包まれていた。

    「……結果が同じなら、詮索は必要ないだろ」

    サイは雨香へと視線を戻す。

    「それもそうっすね」

    ツムグが様子を見ながら、横を通り過ぎ、
    フクは、雨香の毛布を整えていた。

    その細く冷たい雨香の指先は、サイが優しく握りしめている。

    離さないというかのように。


     手の怪異は、口を閉ざす。

    あれほどの強さを持つ妖たちが、人の子1人を失うのを恐れている。

    その事実が目の前に転がり、
    言葉が、出てこなかった。
     
    ツムグたちも何も言わない。

    ただ、雨香が“生きているか”
    それだけをよく確かめる姿があった。

     怪異にとって、それは余りにも異様な光景。

    結局、3人が雨香のそばを離れることはなく夜は更けて行った。

     
     

    白露

     
     
    隔週月曜日21時|長編小説『鬼に落ちた花』連載中 1000年越しに最愛を手にした鬼が、その仄暗い愛をどう向けるのか。 和風×狂愛×ダークファンタジー 創作・小説について綴っています。 ここに来てくれたあなたへ──ありがとうございます🌸

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