
おひとりさまの老後|あちらとこちらの間|それぞれの終活
新しいものをひとつ取り入れたら、ひとつ手放す。
そんな習慣が20代の頃からあった。
気持ちがもやもやしているときは、大掃除をしたり、断捨離をしたり。
常に持ち物の見直しをしてきた。
そうすることで、気分がリフレッシュされた。
今でいうところのミニマリスト。
ミニマリズム精神が育っていたのだろう。
そんなわたしは、40代を迎えるころには、終活を始めた。
もともと物は少ないので、ここでいう終活とは、エンディングノート。
引き継ぎ書のようなものだ。
電気、水道、口座、サブスクなど、一覧表を作成している。
緊急連絡先や別れのことばも書いている。
終活の準備はばっちりだと思っている。
老後の経済的不安だけが付きまとっているけど(苦笑)
おひとりさまになった伯母が、施設に入所する前のこと、終活をしたと報告に来た。
何をしたのかと思ったら、自分の葬式の手配をしてきたらしい。
施設に入所してからも、とっかえひっかえ着替えをしたり、化粧をしたりするおしゃれさんな伯母は、装束にこだわり、お棺にこだわり、骨壺にこだわり……その話を聞いて、苦笑いをする父とわたし。
うん、わかったよ
って返事はしたものの、
「それはないよね~」
と内心つっこみどころ満載。
豪華すぎません?
80代の父も終活をしていると得意げだ。
どうやら、遺言書を書いているらしい。
相続で残されたひとたちが、手続きに困ったということを見聞きしてのこと。
何もしていないより、少しでも考えていてくれることはありがたい。
相続で困った体験をしたことのある本人ですら、自分のこととなると全く準備していなかったという話もよく聞く。
誰だって、明日亡くなるかもしれないのに、そんなことを忘れて、自分はまだ元気だから、まだ必要ないって思うんだよね。
ギリギリになったら、書こうと思ってはいるんだよね。
でも、ホントのギリギリはそんなこと準備する余裕も体力もないと思うけど。
先日、高齢の方が散歩がてら立ち寄られた。
最近、引っ越しをしたらしいが、あまりの荷物の多さに娘に驚かれ、随分と荷物を処分されたという。
大事なものもあったのに、と少し寂しそうだった。
わたしは、微笑みを返しただけにとどめた。
他人からみたら、大したものではなくても本人にとっては大切なものってあるよね。
でも、本当に大切なものは、真っ先に荷造りするのではないだろうかと思うのだ。
そもそも、本当に必要なものって、それほど多くはないはずだ。
施設に入所するとしたら、ベッド部分以外なら、せいぜい1畳分ぐらいしか荷物は持ち込めないし、あの世に行くときには、何も持ってはいけない。
そういう視点で所有するものを見直していくと少しずつコンパクトに把握できるだけの量になっていく。
そうすることで、他人が、ぱっと見たときに何がどこにあるか把握でき、施設入所の準備や家じまいの段取りがスムーズにできると思う。
わたしは、キャリーケースひとつで生きていける、そんな生き方に憧れるけれど、まだそこまでは到達できていない(笑)