
おひとりさまの老後|介護するとき 介護されるとき①|偶然という奇跡の連鎖
ひとり暮らしの自宅で転倒。
動けなかったら?
骨折や出血があったら?
助けが呼べない状況で
痛みがひくのを待つしかなかっただろう。
その時間が長く続いていたら…。
想像するだけで、ぞっとする。
伯母が倒れたのは、玄関ホールだった。
朝、お隣さんが回覧板を持ってきた。
そこで異変に気付いてもらえた。
「救急車、呼ぼうか?」
と声をかけてくれたが、
「ヘルパーさんが来るから大丈夫」
と、答えたのだという。
9時ごろ、ヘルパーさんがやってきて、
地域包括支援センターへ連絡が行き、
救急車の手配がされた。
「自宅で転倒されていたので、救急車を呼びました。
救急隊員に連絡先を教えてもいいですか?
対応をお願いします」
と地域包括支援センターから第1報の連絡。
救急隊員から、どこの病院に運ぶかの連絡。
その後、病院からは、
「手術をしなければならない」
「輸血をしてもいいか?」
「心臓が弱っている。ここでは手術ができない」
と、次々に連絡が入る。
電話先で、判断を求められる。
90を超えた高齢者が、手術する必要があるのだろうか。
手術するリスクの方が大きいのではないか。
様々な疑問をドクターにぶつけてみた。
「今、手術しないと、寝たきりになります。
それは寿命を縮めることにもなりかねない」
どちらが正解か。
考える時間も、調べる時間もなかった。
その場その場で判断を求められる。
差し迫った状況にみかねた上司が、
病院へ向かうよう声をかけてくれた。
わたしは、仕事を早退し、
そのまま病院へ向かった。
心臓があまり強くないとのことで、
遠方の病院へまわされることになった。
転院先との日程調整があり、
手術は後日という段取り。
コロナ禍の影響で面会はできないところを、
本人も混乱しているからと、
短時間だけ面会が許可された。
わたしの顔をみると、
ほっとしたようだった。
意識もしっかりしている。
「面倒をかけてごめんね」
彼女は繰り返し、そういった。
伯母は、かたくなに「ヘルパーは必要ない」と断り続けていた。
そんな伯母を地域包括支援センターの担当の方が、
心を解きほぐしてくれた。
ようやく本人の承諾が得られ、
生活支援の訪問が始まって、まだ数回目のことだった。
当時、93歳。要支援2。
部屋は、すでにゴミ屋敷のようになっていた。
それでも、入院セット一式をまとめたバッグをつくっていたこと。
わたしの連絡先を本人が伝えられたこと。
よくやった!と褒めてあげたい。
そして、地域包括支援センターの方との信頼関係ができていなければ。
そのヘルパーさんが来ていなければ。
玄関ホールでなければ。
お隣さんが、あの日回覧板を持ってきていなければ。
不幸中の幸いという言葉では足りないくらい、
いくつもの「たまたま」が重なっていた。
偶然という奇跡の連鎖。
そのおかげで、介護を通しての伯母とわたしの時間がはじまった。