もつ焼き栃木屋で、吉田先生になった夜。
酒場放浪記が好きだ。
夫婦そろって好きだ。
吉田類先生を見ながら、晩酌するのが習慣になっている。
先生。
もちろん勝手にそう呼んでいる。
でも私たち夫婦も、そろそろお年頃である。
中性脂肪。
尿酸値。
昔は気にもしなかった数字が、最近、妙に存在感を増してきた。
「一駅分くらい歩いたほうがいいよね」
よく聞くやつだ。
じゃあ、歩こう。
健康のために。
都電荒川線に乗って、三ノ輪橋駅で降りた。
降りた瞬間、もう反則だった。
昭和レトロな終着駅。
夕暮れの光。
レトロな駅舎。

ちょっと待って。
雰囲気が良すぎる。
健康のために歩きに来たはずなのに、開始数分でもう観光気分になっている。
そこから、まっすぐ行けばいいものを、
ぐるぐる。
ぐるぐる。
商店街を抜けて。
銭湯を見つけて。
常磐線が走るのを、ちょっと立ち止まって眺めて。
町工場の隣に、新しい建物が建っていたりする。
古いものと新しいものが、普通の顔して一緒にいる。
この感じが、なんだか好きだった。
一駅分歩く。
その予定だった。
たぶん、一駅分どころじゃない。
ようやくたどり着いたのが、「栃木屋」。

国道4号沿い。
路面に面した、小さなもつ焼き屋さん。
外では、持ち帰りのお客さんが次々やってくる。
大将が、路面でどんどん焼いている。
いい匂い。
これはもう、歩いた分を取り戻す気満々の匂いである。
店の中は、カウンターだけ。
大将と奥さん、二人で切り盛りしていた。
そして座って、すぐ気づいた。
デイリースポーツ。
テレビには阪神戦。
大将。
トラキチだ。
しかもその日の阪神、大差で負けていた。
これはつらい。
でも私は、千葉ロッテファンである。
その痛み、痛いほどわかります。
だから言った。
「9回までわかりませんよ〜」
我ながら、酒場放浪記っぽい。
ちょっと吉田先生に近づいた気がした。
ところが。
野球以上に盛り上がったものがあった。
競馬。
カウンターを見ると、マークシートが、ごっそり。
旦那が言った。
「これあれば、書いてすぐ買いに行けますね」
大将が言った。
「いつか、デカいの当てて、家買うんです」
夢がでかい。
そこで私も、黙っていられなかった。
「このひと、50万かけて怪しい予想買ったんですよ」
旦那の過去を、初対面の酒場で暴露する妻。
奥さんが笑って、
「それなら回収してほしいですよね〜」
カウンターが、どっと沸いた。

こういうの。
こういうのなのよ。
吉田先生が、知らない店にふらっと入って、いつの間にか、ずっと前から知っていたみたいに店の人と話しているやつ。
私、いま、やってる。
そんなことを思いながら、
軟骨。
たん。
ハラミ。
豚バラ紅しょうが。
食べた。
どれもうまい。
でも、ハラミ。
これは別格だった。
塩が、ちょうどいい。
脂も、ちゃんといる。
酒が進む。
健康のために歩いてきたことは、もう忘れた。
大将も、奥さんも、気さくで。
二人で店を回している姿も、なんだか仲睦まじくて。
ああ、大衆酒場だなあ。
一駅分、歩くつもりだった。
中性脂肪と、尿酸値のために。
それが、寄り道して、もつ焼きを食べて、酒を飲んで、競馬の話で盛り上がって、旦那の50万円まで暴露して、帰ってきた。
健康になったかどうかは、わからない。
でも、いい夜だった。
吉田先生。
私、ちょっと近づけましたか。
この夜のことを、うたにしました。
▼ この夜のうた(YouTube)
https://www.youtube.com/watch?v=XayNf97bjcQ
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