南青山です、って言ってみたい。
学生時代の友達と、二月生まれの誕生会からひと月。
今度は、リツコとふたりでランチ。
待ち合わせは、南青山。
リツコは千葉から。
私は下町から。
慣れないおしゃれな通りを歩きながら、リツコが言った。
「一度でいいから、言ってみたいよね。」
「どこ住んでるの?」
「南青山です。」
二人で声をそろえて。
「言いたいーーーー!」
イソジは、どこにいてもイソジだった。
※イソジ――五十路(50代)を、 みーちゃんが勝手にそう呼んでいる。

ランチのあいだも、話題は忙しい。
「相続、そろそろだよね〜。」
「うちも、まあ、なんとかなるでしょ。」
そこからの、
「そういえば、アレ上がった?」
(令和的にはアウトな気もするけど、許して。)
イソジ同士。
聞くことに、遠慮がない。
笑いながら話していたら、
ふと、リツコの顔が真剣になった。
「相続で言うとさ。」
数年前。
リツコの旦那さんは、突然逝った。
残されたのは、会社と、息子さんと、高校生の娘さん。
それでもリツコは、
息子さんと一緒に会社を続けている。
「大変だけどね。
まあ、なんとかなるもんよ。」
なんとかなる。
その一言の中に、
どれだけの「なんとか」が、
詰まっていたんだろう。
強い女は、
ちゃんと笑える。
名残惜しくて、
近くのカフェにも入った。
そこの店員さんが、
まーーーーーーーーーじで、きれい。
コーヒー、おかわり自由。
なのに。
私たちは、おかわり一杯に人生最大級の勇気を使っていた。
「ねぇ、おかわり、あの子に言って。」
「ムリムリムリムリ!」
いつもなら、
大衆酒場で、
「生おかわりーーーー!」
くらいの勢いで叫べるのに。
きれいな人を前にすると、
急に声量を失うイソジ。
恐るべし。

リツコがぽつり。
「あんな子といたら、自分もきれいにしなきゃだよね。肌、
ほんっとキレイだもん」
「ほんと、ほんと、私なんか鼻毛のびるの早くて、毎日チェックしてるし。」
私の美意識の入口、
鼻毛だった。
昔の話にもなった。
「私たちの頃ってさ。」
「ロン毛にヒゲ。」
「竹野内豊とか。」
「江口洋介とか。」
「ああいう感じ、良かったよね。」
「そうそう。
ちょっと、きったない男が好きだった。」
リツコが、
店員さんを見ながら言う。
「最近の子って、とぅるんとぅるんよね。」
毛という毛が、
どこにもない。
時代は、
つるつるへ。
リツコには、高校生の娘さんがいる。
きれいな子を見ると、
つい、
「きれい〜。」
って言っちゃうらしい。
すると娘さん。
「ママ、恥ずかしいから、絶対言わないで。」
毎回、怒られるんだって。
でも、それって。
花を見て、
「きれい。」
って言うのと、
同じじゃない?
邪心なんて、ない。
ただ、
きれいなものを、
きれいと思うだけ。
……いや。
それ以上となれば、
こちらがお金払わないと(笑)。
そんな話をしていたら、
リツコが言った。
「私ね、フラダンス習ってるんだ。」
「えっ、いいな。
私も気になってた。」
じゃあ今度は、
ふたりで踊る動画、撮ろっか。
もちろん、
あのきれいな店員さんにも、
イラストで出演してもらおう。
完全に妄想だけど。

結局、
最後まで、
「南青山です。」
とは言えなかった。
でも。
南青山で、
イソジらしい話は、
たくさんできた。
若さでもない。
色気でもない。
きれいなものを見て、
「きれいだね。」
と笑い合える友達がいる。
それだけで、
じゅうぶん楽しい。
イソジって、
案外、悪くない。
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