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木を削る男が、言葉を削り始めた日のこと

    工房に入ると、まず匂いがある。

    ローズウッドの甘い香り。檜の凛とした香り。木はそれぞれ、自分の匂いを持っている。20年以上、毎朝この匂いの中で一日が始まった。

    道具を手に取る。のみ、鉋、やすり。手が自然と動く。やる気があるかどうかは関係ない。体が工房を知っている。体が道具を知っている。動き始めれば、頭は静かになる。

    私は木工職人だ。ギターを作る。家具を作る。寄木細工の小物を作る。北海道中標津の小さな工房で、ずっとそれをやってきた。

    だから、こう問われたら、答えに詰まる。

    「なぜ、本を書いているんですか?」

    最初の動機は、正直なところ、焦りだった

    ある年の冬、工房の売上を計算していて手が止まった。

    minneとCreemaで木製小物を売っている。ありがたいことに、instagramのフォロワーが6,000人を超えた頃から、月の売上は安定してきていた。手を動かして、形を作って、誰かの手元に届く。そのサイクルは今も好きだ。

    でも、その日気づいたことがある。

    私の手は二本しかない。一日で作れる数には、限りがある。

    作れる数に上限があるなら、売れる数にも上限がある。売れる数に上限があるなら、稼げる額にも上限がある。私が工房で眠っている夜も、作り続けてくれる「もう一人の自分」は、どこにもいない。

    その晩、ずいぶん長い時間、工房の天井を眺めた。

    端材の話をしよう

    木工をやっていると、端材が出る。

    ギターのボディを削れば、その形に切り取られた残りが出る。椅子の脚を旋盤で削れば、削り落とされた木の粉と、使わなかった部分が出る。それらを「廃棄物」と呼ぶ職人もいる。

    私はそれが嫌で、ずっと端材を捨てられなかった。

    あるとき、その端材でカッターナイフを作ってみた。ギター製作の過程で出たトラ杢メイプルの切れ端。小さすぎてギターにも家具にもならない。でも、手に収まるサイズの道具にするには、ちょうどいい。

    売れた。しかも、よく売れた。

    「ギターの端材で作ったカッターナイフ」というだけで、それは単なる木製カッターナイフではなくなった。物語がついた途端、値段が変わった。同じ素材、同じ工法。変わったのは、語り方だけだ。

    この体験が、私に何かを教えた。

    言葉は、道具だ。

    使い方を覚えれば、眠っている価値を掘り起こせる。

    Kindle出版を始めた夜のこと

    最初の一冊を書き始めたのは、工房が静まり返った冬の夜だった。

    「やる気スイッチはどこへ消えた?」というタイトルの自己啓発×寓話の本だ。チーズはどこへ消えた?へのオマージュで、4人の登場人物が「やる気スイッチ」という幻を追いかけ、やがて気づく話を書こうとした。

    最初の一文を書くのに、3時間かかった。

    木工なら、材料がある。重さがある。木目がある。どこから削るか、手が自然と動く。でも文章は、何もないところから言葉を引っ張り出さなければならない。白いページは、何も語りかけてこない。

    「書けない」という感覚を、初めて体で理解した夜だった。

    試しにAIに章立てを入れて「全部書いてください」とお願いしたら、五分もかからずに立派な原稿が出てきた。

    ……自分が書く必要があるのか?

    本気でそう思った。そして翌朝、もう一度ドキュメントを開いたら、なぜか書けた。書き出しの一文が決まったら、あとは流れた。

    教訓:書けないときは、書かない。木を削る。

    AIは鑿に似ている

    執筆を進める中で、AIとの向き合い方が変わっていった。

    最初は「全部やってもらえるならそれでいい」と思っていた。次第に「何でもできるなら何でもやらせよう」と思い始めた。そして第3章あたりで、ある違和感を覚えた。

    ある日、書き上げた章を読み返すと、なんかおかしい。

    ……これ、私の文章か?

    滑らかすぎた。角が取れすぎていた。木工で言えば、サンドペーパーをかけすぎて木目が消えてしまった状態だ。

    AIが整えた部分を、半分以上書き直した。二度手間といえば二度手間だが、おかげで「どこからが自分の文章で、どこからがAIの補助か」の境界線が見えるようになった。

    鑿は木を削らない。使う人間が動かして、初めて意味を持つ。

    AIも同じだ。私が考えたことは、私が形にする。その補助をしてもらうのが、正しい使い方だ。今はそう思っている。

    2冊目の方が、ずっと苦しかった

    1冊目が完成した翌朝、すぐに2冊目を書き始めた。

    「習慣はどこで壊れるのか?」という本だ。1冊目で走り出した4人が、1年後にそれぞれの形で挫折する話。自己啓発本は「やれば全部うまくいった」で終わりがちだが、私はそれが嫌だった。続きを書きたかった。

    苦しかった理由は分かっている。

    1冊目の苦しさには、名前がなかった。名前のない苦しさは、意外と耐えられる。2冊目は違った。「またここか」と思いながら、同じ壁に頭をぶつけ続けることになった。

    しかも今回は、自分が作り出したキャラクターを「挫折させる」作業が重かった。

    モチを追い込まなければならなかった。コツの365日の記録を、風邪という些細な理由で途切れさせなければならなかった。これは寓話だ。登場人物に感情移入しすぎるのはおかしい。そう頭では分かっているのに、重さが手に残った。

    木を削るとき、木目を読み間違えて材料を台無しにした日の感覚に、似ていた。

    決断して、形にする。後悔しても、木は元に戻らない。

    種は、冬眠する

    2冊目を書いていたある日、工房で端材の箱をひっくり返した。

    木の種が混じっていた。見た目では、生きているのか死んでいるのか分からない。でも捨てるには忍びない。だから、寝かせて出番を待つ。

    「これ、春になったら芽を出すかもしれない」

    そのとき、頭の中で何かが繋がった。

    習慣も同じじゃないか。続かなくなった習慣は、壊れたんじゃない。冬眠しているだけだ。条件が揃うまで、じっと待っている。

    こういう瞬間が、文章を書く理由なのかもしれないと思った。頭だけで考えていたら、出てこなかった。手を動かしていたから、出てきた。

    職人として20年間学んできたことが、言葉の工房でも生きている。

    100冊という数字について

    職人の世界に「千個作って一人前」という言葉がある。最初の一個、十個では、技術は手に馴染まない。何度も失敗して、素材の性質に裏切られ、道具と喧嘩しながら、ようやく「自分の形」が見えてくる。

    Kindle出版も、一つの工芸なんじゃないか。

    だから100冊という数字を決めた。

    1冊書き上げるだけなら、勢いでできるかもしれない。でも100冊という数を積み上げる過程には、必ず「型の習得」と「自分との対峙」が必要になる。

    今のところ、10冊を超えた。

    ギターの1本目は、散々な出来だった。寄木細工の最初の模様は、ズレてばかりだった。でも、続けた。続けたから、少しずつうまくなった。

    言葉も、同じだと信じている。

    今日の工房

    工房に戻る。

    今日も端材が積み上がっている。これが次のカッターナイフになり、その記録がいつかまた誰かの役に立てる一冊になる。木を削る職人が、工房で一人、そういうことを考えながら本を書いている。

    そういう連鎖が、好きだ。

    ものを作ることが、ずっと私の呼吸だった。

    最近は、言葉を削ることも、その呼吸の一部になってきた気がしている。

    七尾拓哉(ななお・たくや) 北海道中標津在住の木工職人。ギター製作・家具製作・寄木細工の小物製作販売。minne・Creema月10万円。Instagram 6,000人。七尾書房名義でKindle出版100冊に挑戦中。

     
     
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