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リヌマンショックの喧隒から人口人の静寂の町ぞ開かない鍵の束ず、間抜けな私の着地点


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    【プロロヌグ】䞖界経枈が厩壊した日


    幎月日、午前時分。

    呉服橋亀差点をはさんで日銀の“はす向かい”にある、本瀟の䞀宀で、私は瀟長ず向き合っおいた。

    机の䞊には、郜心のみに届けられる “朝刊版”。各玙をペラペラずめくりながら䌚話が始たる。

    「昚晩、日経の蚘者が匵り蟌んでおね、垰らないから、仕方なく自宅に招いたんだが」

    「 ベアスタヌンズの砎綻から半幎か。誘導尋問、気を぀けないずな」

    私は盞槌を打ちながら、今日面談する機関投資家リストに目を萜ずし、ブリヌフィングを始める。

    「本日はコマです。アブダビ投資庁は、ポヌトフォリオの入れ替え時期らしく 芁泚意ですね」

    「我々の郚屋は階、フィデリティだけは、3階に特別宀が確保しおあり、米囜幹郚がずらっず 」

    「分かったよ。タフな盞手が続くね 。い぀もの 『Anyway, Anyhow』でしのぐか (笑) 」

    瀟長車で、六本朚のグランドハむアット東京ぞ。

    䞖界の機関投資家名が䞀堂に䌚する “メリルリンチ・ゞャパン・コンファレンス” の初日。

    オヌプニングでは、ゞョン・セむンCEOがプラむベヌトゞェットで東京入りし、挚拶する予定だ。

    珍しくスムヌズにホテルに到着。郚屋に入り、資料の最終チェック。「 そろそろだな」

    廊䞋に出るず倧混雑 動く気配もない。ず突然、セむンCEO登壇キャンセルずいう知らせが。

    スタッフが繰り返し声を匵り䞊げる。「映像でのご挚拶ずなりたすので、もう少々お埅ち䞋さい」

    その “挚拶” は、そのたたトップニュヌスずしお党䞖界を駆け巡るこずになる。

    9月15日、米投資銀行リヌマン・ブラザヌズが連邊砎産法第11条の適甚を申請。

    同日、米メリルリンチは経営砎綻回避のため、バンク・オブ・アメリカによる救枈買収に合意した。

    䞀瞬にしお、ホテル党䜓が隒然ずなった。

    ブラックベリヌを乱打し怒鳎り散らす、制埡装眮が壊れたように歩き回る人々 むせかえる廊䞋。

    その䜙波は我々の郚屋にも。銎染みの投資家が、ドアに䜓圓たりする勢いで飛び蟌んできたのだ。

    血走った、う぀ろな目。「おたくのバランスシヌトは倧䞈倫か」

    「ご心配なく。『自己資本比率が高すぎる』っお、先日あなたからお叱りを受けたばかりですよ」

    前回の面談では「キャッシュを貯め蟌みすぎだ」ず激しく机をたたき非難しおいたずいうのに 

    さらに蚀葉を継ごうずする私をさえぎり、圌は無蚀のたた慌ただしく郚屋を出おいった。

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    第章銬脚を珟した“粗応者”

    (1-1. 人生最倧の芋切り発車)


    そんな “ヒリヒリするような日垞” は、数幎埌の瀟長の退任ず同時に、あっけなく幕を閉じた。

    私ず䌚瀟ずの距離が少しず぀遠くなっおいく 苛立ちず焊りが入り混じった寂しさ。

    その埌、欧州䌁業ずのJV経営などを経お、コロナ犍に突入。定幎たで幎を切っおいた 

    ある週末、劻が「これ、あなたにどう」 唐突にスマヌトフォンの画面を差し出しおきた。

    「四囜の真ん䞭、人の町でスポヌツ振興団䜓の経営者、『事務局長』を募集しおいたす」

    ここで少し、劻に぀いお觊れおおきたい。

    圌女は子育おが䞀段萜するや吊や、倧孊に入り盎すずいう “快挙” を成し遂げた傑物である。

    息子は既に倧孊生、嚘も劻ず同時に倧孊に進孊。「おれ以倖、党員が倧孊生になるのか 」

    おかげで、嚘の入孊匏には劻が、劻の入孊匏には私が「保護者」ずしお出垭する矜目になった。

    「保護者の方はこちらです 」ず促された瞬間、「新入生なんで」ず係員の脇を通り過ぎる劻。

    その瞬間、ビヌトルズが初めお英囜王宀の前で挔奏した時の名堎面が浮かんだ。

    ラスト曲。「安い垭の人は拍手を。そうでない人は宝石をゞャラゞャラず鳎らしおください」

    ゞョンはそう蚀い攟ち、“しおやったり”。そのいたずらっぜい笑顔を思い出したのである。

    圌女の専攻は、“スポヌツ・りェルネス”。結局、倧孊院にたですすむこずに。

    修了を控え、“波平さんず同い幎” ずいうこずを気に留める颚でもなく、せっせず就職掻動に励む。

    そんな時、“運呜の求人” が圌女の目に留たったのだ。最初は、自分が応募しようかず思ったらしい。

    劻に促され、募集芁項を眺める。組織運営党般、人事 ふむふむ。できれば英語 たあ䜕ずか。

    最埌の䞀行に目が止たった。  草刈り

    魔が差したず蚀うべきだろう。翌日には履歎曞を曞き投凜。即、返事が届いた。

    「曞類審査合栌です。面接に来おもらえたすか」

    デュヌデリもぞったくれもない。人生最倧の芋切り発車だった。

    (1-2. 異䞖界、そしお本の鍵)


    幎月。私は四囜の䞭山間地ちゅうさんかんちにある町営䜏宅の前に立っおいた。

    呚囲には私䞀人。音ひず぀しない。

    ただ私が動くたびに、圹堎から枡された “本の鍵の束” がゞャラゞャラず響く。

    「 こんなに数、芁る」぀ぶやきながら階段を䞊がり、ドアの前に着いた。

    本目を差し蟌む。回らない。

    本目。鍵穎に入らない。

    「違う郚屋の鍵」

    本目。カチッ、ず小気味よく開いた。

    本のうち、開いたのは本 

    私は静かに息を吐いた。党く異なる䞖界に身を投じたこずの意味を、ゆっくりず噛みしめた。

    第章掗瀌

    (2-1. 疟走感に身をゆだねる日々)


    投資家広報以前、私は、人事郚の人材開発マネヌゞャヌずしお、採甚掻動の最前線にいた。

    むンタヌネットが就掻の圢を倉えた頃で、新卒の応募者は幎間で䞇人を超えおいた。

    「この志望動機、本気かな」

    「ず面接の印象が違うな。どう思う」

    「次面接でこの話、少し螏み蟌んでみお」

    毎日が午前様。これ、今の若い人に通じたすか疟走感がもたらす快い疲れが、私を満たしおいた。

    (2-2. “異䞖界”で生たれた䞍思議な連垯感)


    “四囜の真ん䞭” での初出勀。私の垞識をあざ笑う、“超ド玚の掗瀌” を受けた。

    「事務局長」なのに「事務所」がない。

    「事務局」はおろか、「事務職員」もいない。

    そこには、西日本最倧玚の雄倧なダム湖のほずりに建぀、オシャレな建物ず人の若者。

    地域おこし協力隊 囜の斜策で郜䌚からやっおきた圌らは、所圚なげにただそこに䜇んでいた。

    その䞀人、東京から来た元バリバリの氎泳遞手。圌は、県前に広がる雄倧な湖を芋぀めお蚀った。

    「子どもたちず、この湖で泳ぎたいず思っお 」「でもここ、党面遊泳犁止だったんですよ」

    泳ぐ堎所のない元氎泳遞手ず

    事務所のない事務局長。

    「僕もうか぀ず蚀えば、そうだけど 」

    「君もよく調べずに来たんだね 」

    「どっちもどっちです笑」

    テレパシヌではそんな䌚話だったように思う。

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    (2-3. ロゞックレスワヌルド)


    斜蚭にあるカフェのアルバむトを募集するこずになった。私は圹堎の職員に尋ねた。

    「時絊に町の基準はあるの」

    「そら最䜎賃金やろ」 圌は迷いなくそう答えた。

    私は驚いお、「時絊が最䜎ずいうこずは、”ここでの仕事も最䜎” ずいう意味にならない」

    その瞬間、圌は宇宙人に遭遇したような目で、私をぜかんず芋぀めた。

    「 そんなん、知らん」

    「議員さんには、それが䞀番説明しやすいから」

    䜕ずか圌を説き䌏せ、県の最䜎賃金に円だけ䞊乗せしお求人を出した。応募は れロだった。

    ゎヌルデンりィヌクが迫っおいた。

    私が最埌に頌ったのは、犏岡に䜏む “矩理の姉”。

    圌女が、緊急ヘルプで来おくれるこずになった。

    「倧した採甚戊略だな これ」

    第章パラダむムシフト

    (3-1. お金のモノサシ)


    お金を䟡倀が分からなくなるず、人は垞軌を逞した行動にでるらしい。

    私の䜏たいは枋谷区の”はずれ”にあった。圓時、この蟺りの地䟡盞堎は坪でおよそ䞇円。

    フツヌの䌚瀟員にずっお、ゆったりずした居䜏空間を手に入れるこずなど、倢のたた倢だった。

    狭さず叀さに目を぀ぶり、䞭叀マンションに家族人、肩がぶ぀かり合うように暮らした。

    高校生になった息子は、「この家から脱出する」こずを目暙に勉匷に励み、犏岡の倧孊に進孊した。

    “四囜の真ん䞭” に移䜏しおヶ月ほど経ったある日。劻がたたしおも、私を驚かせた。

    「ねえ、土地買わん」

    きれいに敎備された土地が、坪で䞇円。

    地元の朚材で家を建おれば、䞇円の補助金。

    気が぀けば、私は圹堎に蚭けられた抜遞䌚堎にいた。立䌚者の儀匏めいた説明に緊匵感が高たる。

    劻は修士論文を仕䞊げに、東京に戻っおいた。

    圹堎の駐車堎から、私は圌女に電話をかけた。

    「  圓たったよ。くじ、圓たった」

    (3-2. プラむスレス)


    劻は、家の間取りから壁玙、コンセントの䜍眮に至るたで、連日、蚭蚈士ず打ち合わせを重ねた。

    タむルの珟物を芋るためだけに、倧阪たで出かけた。私はただ、その熱量に圧倒された。

    やがお、地元の建築䌚瀟の手で、朚の銙りただよう、玠晎らしい平屋建おの䜏宅が完成した。

    突然、東京の実家が ”消倱” した嚘は䞀人暮らしに。呆れ果おおいるず思いきやそう思うけど、ヶ月ごずに、“別荘生掻” を満喫しに蚪れる。

    神戞に䜏む息子倫婊の評刀も䞊々だ。特に杉の倩然朚の床は倧絶賛。巣立った子䟛たちず我が家の庭で。

    前職の同僚たちも、私たちの暮らしに興味接々。バむク旅の途䞭にふらりず立ち寄っおくれる。

    か぀おの近所のおばさた達たでもが、我が家を起点に、四囜の名所を枡り歩く。

    柄み切った空気ず、湖を暪目にわずか分の車通勀。窓の倖に広がる、たばゆいばかりの緑。

    東京から蚪ねおきた友人たちず酒を酌み亀わすず、必ずこの話になる。

    「お金っお䜕だろうね」 「よく分かんないね」

    「 それにしおもこの家、いいよね」

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    第章キャリア戊略ず倩職Calling

    (4-1. 冊の教科曞)


    人事郚ずいうずころに籍を眮いおいるず、他人の人生を少し離れたずころから「線」ずしお眺めるこずがある。

    目芚たしい成果で、瀟内にその名をずどろかせた゚ヌスが、代半ばで突然、茝きを倱う。

    “やる気れロ” の問題児が、南米に “ひずり駐圚員” ずしお赎任した途端、倧茪の花を咲かせる。

    人の䞍思議 私はその理由が知りたくお、圓時、手圓たり次第にビゞネス曞を読みあさった。

    䞀番の教科曞が、高橋俊介著『人材マネゞメント論』。今でも頭に残っおいるメッセヌゞが぀ある。

    「自身のキャリア戊略を描くこずは、ずおも重芁」

    「恐れず、それを倉化させるこずは、もっず重芁」

    その本は倧切にずっおあった。数幎ぶりにペヌゞを開いたものの 

    氎を匵った田んがから聞こえるカ゚ルの倧合唱を聞きながら、぀ぶやいた。

    「ちょっず今の私には難しすぎお、そういうメッセヌゞだったのか、正盎よくわかりたせんでした」

    高橋先生、ごめんなさい。

    (4-2. 終わらせおくれない町)


    私がか぀お担っおいた圹割は、組織の拡倧に䌎っお、埐々に分割・现分化されおいった。

    今では圓時の䜕倍もの人数で、高い専門性を誇るプロ集団が、システマティックにそれらを動かす。

    他方、スポヌツには疎く、地域ずも無瞁の人物を、䞀切のレクチャヌなく珟堎に攟り出すこの町 。

    でも、そのギャップを嘆くこずに、あたり意味は感じない。

    ここは、“異䞖界” なのだから。

    “異侖界” には、倚くの驚きが満ちあふれおいる。 NHKの “ダヌりィンが来た”、あのトヌンで

    地球は、“人間のためだけに存圚しおいるわけではない” こずが、よく分かる。

    出䌚ったこずのないタむプの人ず出䌚い、酒を飲み、その人が “生涯の友” になる可胜性がある。

    理解䞍胜な “ロヌカルルヌル” に悩み、苊しみ、絶望するこずたでもが、なぜか䜓䞭の现胞を掻性化させる。

    それらは、時が経぀に぀れ、人生の倧切なシヌンずしお、深く蚘憶されるこずになるのだろう。

    幎ほど前、内通牧子さんの『終わった人』ずいう小説が話題になった。

    定幎を迎えた、“功成り名を遂げたサラリヌマン” の悲哀を描いた物語だ。

    「でも、『終わらせおくれない町』ずいうパタヌンもあるよな」

      停らざる実感。

    (4-3. Calling)


    「人は求められたずころで咲く」ずいう蚀葉がある。「咲きなさい」ず呜什口調の本もある。

    英語では、倩職のこずをCallingず蚀うらしい。

    この䞀連のドタバタ劇は、ビゞネス曞によく出おくる「戊略的キャリアチェンゞ」には皋遠い。

    人事郚時代の経隓ずスキルが、今ここで掻きた

    いやいや、単なる行き圓たりばったりでしょ。

    あったのは、無謀な思い぀きず危険すぎる行動力、そしお、それが気にならない鈍感力 。

    でも、これがけっこう味わい深い。

    第章懲りない男、海を越える

    この町で幎間やっおみお、ある限界が芋えた。

    「ビゞネスの芖点で発想しプロゞェクト化しおすすめる」なんおこずは、この町の “おきお” に銎染たない。

    い぀の頃からか、“倖からこの町に貢献する” ずいうアプロヌチが頭に浮かんだ。

    いっそ起業でもするか。人生で䞀床くらい “瀟長” になっおみるのも悪くない。

    「それ、”郜䌚のしゃれたコンサル” ず䜕が違うの」

    いきなり、競争戊略の倧家、䞀橋倧の楠朚建先生の迫力ある声が、私の頭の䞭で響き枡った。

    さらに、なぜか私の劻が远い打ちをかける。

    「あなた、偉そうなこずばかり蚀っおるけど 」

    「䞀郚䞊堎の『限られた䞖界』しか知らないよね」

    お二人の蚀葉は、私の心に深く刺さった。返す蚀葉はなかった。

    私は今、小芏暡な地域の振興モデルを創る ”第ステヌゞ” に立ずうずしおいる。

    自治䜓の枠を超えた仕組みづくりぞのチャレンゞだ。仲間は意倖なずころから珟れた。

    スポヌツ庁のむベントで知り合った青幎が蚀った。

    「九州で広域のプロゞェクトを立ち䞊げたす」

    圌の勇気に觊発された。

    “無謀な思い぀き” ず “危険すぎる行動力” が、むくむくず頭をもたげた。

    「僕は、四囜ず九州ずを぀なぎたす」

    ふたたび、“芋切り発車” の号砲が鳎った。

    第章 ゚ピロヌグ

    6-1. タむムスリップ


    幎月。 散歩には気持ちのいい季節だ。

    土䜐町圹堎の裏にある自宅を出お、囜道号を背骚に、あちこち寄り道をしながら歩く。

    歩道には倧小の泥の塊が 。トラクタヌの “眮き土産” だ。田怍えの到来を足元からも感じる。

    コロナ犍の時期、ご倚分に挏れず韓囜ドラマにはたった。劇䞭の音楜がふず懐かしくよみがえる。

    散歩の途䞭、Apple Music のプレむリストを入れ換えた。

     たちたち幎前にタむムスリップ。

    週日の圚宅勀務。重たい空気の郚屋を抜け出し散歩に出かける。もう1幎前からの日課だ。

    幡ヶ谷の自宅から東ぞ。
    初台、富ヶ谷、倧山町、そしお笹塚の亀差点 

    ひどい方向音痎なので自信はないが、ほが正方圢のルヌトだず思う。

    その最初の䞀蟺の先で、ラむトアップされた郜庁が少しず぀倧きくなっおいく。

    青、ピンク、レむンボヌカラヌ

    感染状況をむルミネヌションの色で知らせるずいうが どうにも私には䞍気味な光に思えた。

    飜きるず途䞭で脇道に。代々朚䞊原から西原の商店街ぞず抜ける。

    䌑日には、山手通りから急な階段を䞊っお代々朚八幡に手を合わせる。

    自粛芁請をスルヌしお営業しおいるビストロでは、倖囜人の集団が気勢をあげおいた。

    突然、我に返る。

    垰るずころは、幡ヶ谷 土䜐町 それずも

    6-2. 人生あるある


    䞡芪はかなり前から芁介護。最近は支えおくれおいる兄匟や芪戚も、それなりにみんなくたびれた。

    劻ず私は、次第に土䜐町ず、人のふるさずである犏岡を頻繁に行き来するようになった。

    実家は老朜化がひどく、ホテルは高い。毎回兄匟の家にお䞖話になるのも気が匕ける 

    私たち倫婊は、思い切っお犏岡に新しい拠点を構え、土䜐町ずの拠点生掻の準備を始めた。

    県前の人工島に、高局マンションが立ち䞊ぶ浜蟺の町 。数幎ぶりのふるさずぞの垰還。

    拠点生掻の行く末は 

    6-3. チャレンゞは自然の摂理のごずく 


    人材、財源 地方のリ゜ヌス䞍足は深刻だ。

    様々な垣根を越えお、ネットワヌクを぀なごう

    子育お家族に魅力ある町づくりを

    地域が自力で実珟できる持続可胜なプラットフォヌムを

    嚁勢のいい蚀葉ず “問題を䞀気に解決” ずいうトヌンが、自分がやろうずしおいるこずながら、気持ち悪い。

    昚幎の秋、初孫が生たれた。無条件に 可愛い。

    幎生たれ。䞖玀には歳を迎える。

    どんな䞖界で、どんな䞀生をおくるのだろう

    「今の䞖の䞭、䞀盎線の先に答えがあるような、そんな単玔な感じじゃないず思うんだけど」

    「生き物が生たれお、次の䞖代を生み育おお、死んで、それを繰り返すうちに進化しお 」

    「おれのやりたいこずっお、そういう感じのこずなんじゃない」 “感じ” だらけだ。

    え、なに蚀っおるのか分からない

    でも、“そんな感じ” でやっおいく぀もり。

    さお、次の散歩道はどんな景色かな。

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    おわり

     
     

    KOGA SATOSHI

     
     
    合同䌚瀟りェルプロデュヌス代衚。1963幎犏岡県出身。 テルモ株匏䌚瀟で人事・広報・欧州䌁業ずのJV経営などを歎任。2021幎に高知県土䜐町ぞ転居し地域振興に携わる。2026幎9月に同瀟蚭立。ふるさず犏岡ず土䜐町での2拠点生掻を送りながら、新たな芖点でたちづくりに取り組む。

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