
「老年」芥川龍之介 読書エッセイ
*この作品は芥川龍之介「老年」を引用しています。
*サムネイル写真は国立国会図書館のライブラリーより。
話は大川沿いの料理屋の離れにおける、一中節の順講の場面で始まる。
浄瑠璃の稽古で、師匠を囲んだ弟子たちの謡のおさらい会だ。
その中に本作の主役である還暦をすぎた房さんも末席にいる。
若い頃には若大夫と心中騒ぎをおこすなど放蕩と遊芸に明け暮れて、ついには親から継いだ米問屋の身上も潰した男だ。しかし、今では遊びからも身を引き隠居し、すっかり枯れた老人と陰で言われている。
が、皆の艶かしい唄を聞くにつれ、最初は背を丸め静かな様子の房さんが、背筋も伸びてきて、やがて心なしか唄に連れて肩を揺らしている。
しばらくすると房さんは「どうぞ、ごゆるり」と挨拶して座を外す。
庭には高野槙の緑の葉や薮こうじの赤い実に白い雪がしんしんと降り積もり、大川の向こうから黄いろのともしびが点々と見える。そして雪の音だけが聞こえる。
その折、ある部屋からひそやかな話し声が聞こえてくる。通りかかった旦那衆二人が聞き耳を立てていると、どうやら房さんが女に向かって話しかけているようである。
気になった二人が障子の隙間から内を窺うと、そこには炬燵の上の香箱座りの白猫を相手に、艶やかな話を繰り返す房さんの姿があった。二人は無言で顔を見合わせ、その場を汚さぬよう忍び足で立ち去る。
しんしんと降り積もる雪の中、房さんはいない女へ向けて話を続けている。
この雪の中で老人がひとり昔の思い出に語りかける姿は、かつて見た一つの名場面を記憶の底から呼び起こす。
黒澤明監督の映画「生きる」の、主人公の最後のシーンである。
しんしんと降り積もる雪の中、公園のブランコに揺られ、一人歌う志村喬の姿が蘇る。
放蕩児と実直な公務員と違いはあれど、白い雪が降り続く中、ひとり歌い、語る枯れた老人の姿は同じ余韻を残す。
黒澤は映画「羅生門」で芥川の「羅生門」と「藪の中」を題材として使っている。この作品も読み、あの雪の中のゴンドラの唄へつながったのではと想像をめぐらす。
場面の切り替えも映画のようである。
最初の旦那衆、芸妓衆の艶やかな謡。
枯れきった房さんがそれによって若き日の記憶を取り戻していく。
シーンは切り替わり雪が庭の木々に降り積もっていく。
そこに密やかに聞こえる房さんの声。
炬燵に入り白猫相手に見えない女に話しかける房さん。
邪魔をしないようしのび足で引き返す旦那二人。
小説の最後は「雪はやむけしきもない・・・・」と終わる。
芥川の初めての小説だ。
枯れた老人の中に宿るかすかな熾火を、謡の音が煽り風となって、ふたたび赤く燃え上がらせる。若き日の放蕩、遊芸の残像に語りかける老人を、22歳の青年が白い雪で包みこんだ。
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