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自由エネルギー原理 中級編 第1章

    「自由エネルギー原理について誰でもわかる、明快かつ深い解説1~5」を読んでいただいた方へ、おかげさまでこれらの記事は、多くの方にお読みいただいたようです。これらを書いた頃はFEPに関する記事も数えるほどでしたが、最近では数多くの記事が掲載され、関心の高さを示していると感じています。私としても、研究を深める中でわかってきたことも増えてきましたので、思い切って中級編をはじめさせていただこうと思います。FEPは難しい原理ではありません。むしろ日常感じている様々なことに関して、明快な説明を与えてくれる大変応用範囲の広いもの(だから原理)です。
    ただ、理解が深まるにつれて、疑問な点が増えてくるのも当然なことです。この中級編では、これらの疑問に少しでもお答えし、FEPの正しい理解と応用の一助になるべく努力してまいります。1章ずつアップし行きますのでよろしくお願いいたします。

    第1章:自由エネルギー原理とは何か——「原理」と呼ばれる理由

    第1章はざっくりおさらいです。詳細については「自由エネルギー原理について誰でもわかる、明快かつ深い解説1~5」を読んでいただくのも良いと思いますが、ここから読み始めても問題ないように書いておりますのでご安心ください。

    さて本書の主題である「自由エネルギー原理(Free Energy Principle)」は、脳や行動、生命のふるまいを統一的に説明しようとする試みです。
    その中核にある主張、つまりこの原理の“テーゼ”とも言えるものは——

    「生物のような自己組織化されたシステムは、自らの内部状態と環境との間に一貫した境界を保ち続けるために、自由エネルギーを下げるように振る舞う」
    — Friston, K. (2010). The free-energy principle: a unified brain theory? Nature Reviews Neuroscience

    ここでいう「自由エネルギー」とは、感覚入力に対する不確実性や予測誤差の大きさの指標のようなものです。それを減らし続けることで、生物は自らの秩序を保ち、環境にうまく適応していくことができるのです。この考え方に立てば、「生きる」とは、予想外の出来事に振り回されることなく、自らの予測が通用する世界を維持し続けることだと言えるかもしれません。

    ※つまり言い換えれば、生物とは「驚かないように」生きている存在だとも言えるのです。

    このような視点から、私たちは自由エネルギー原理(FEP)という枠組みを手がかりとして、脳や行動、生命のあり方を統一的に理解しようとする試みを始めます。

    予測符号化は、脳が外界の情報をそのまま受け取るのではなく、「これからどんな感覚が来るか」をあらかじめ予測し、実際に得られた感覚と照らし合わせて差分のみを処理するという戦略です。この仕組みによって、脳はすべての感覚を逐一処理する必要がなくなり、必要最小限の情報だけで効率的に働くことができるようになります。階層的な構造の中で、上位の層が予測を送り、下位の層は実際の入力と比較して誤差を返す。このように、脳は絶えず「仮説を立てて世界を見る」ような仕組みになっているのです。

    一方、能動的推論は、こうした予測の仕組みを行動にまで広げたものです。たとえば、「手を伸ばせばリンゴに触れるはずだ」という予測があれば、実際にその予測に従って手を動かします。つまり、行動そのものが「予測を実現する手段」として機能しているのです。知覚と行動は別々のものではなく、ひとつの予測のループの中で統一的に働いています。

    さらに重要なのは、能動的推論が「都合の良い感覚を得る」ためだけの仕組みではないということです。たとえば、餌を探しても近くに見つからないことがあります。その場合、動物は餌を求めて未知の場所へと移動します。このように、「予測が破れた」ときこそ、新たな行動が引き起こされ、内部モデルが更新されていくのです。予測符号化は既存の知識を前提とした効率化の戦略ですが、能動的推論はその限界を超えて、未知の世界を切り拓く仕組みでもあるのです。

    このような知覚と行動のつながりは、「知覚—行動ループ」として図で表現することができます。内部モデルは環境を予測し、行動を通じて感覚入力を生み出します。そして、その感覚は誤差としてモデルに返され、次の予測が更新されていきます。こうして、生命は世界との対話を続けているのです。

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    知覚—行動ループ

    能動的推論が持つもうひとつの大切な特徴は、「探索と利用のバランス」を調整する能力です。すでに知っている環境の中で得られる利益を活用すること(利用)と、未知の環境に出て新しい資源や知識を得ること(探索)は、いつもトレードオフの関係にあります。

    キリンを例に考えてみましょう。彼らは餌となる葉のある木を探し、それを食べるという行動を通じて「利用」しています。そして、より高い場所の葉に首を伸ばす行動は、まさに予測に基づく能動的推論です。その首の先に葉が「触れる」という知覚が返ってきて、ループが閉じられるのです。

    さらに下の階層では、「おいしそうな葉を選ぶ」「舌で巻き取る」といった細かい運動が実行され、上の階層では「近くに葉が少なくなったら別の林へ移動する」といった戦略的判断が働きます。より上位には「季節によって移動範囲を変える」といった長期的な判断もあり、最上位では「他の動物が利用できない高さの葉を食べるために首が進化して長くなった」といった種の進化戦略まで見えてきます。

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    探索と利用の重層化

    このように、自由エネルギー原理の視点では、「探索と利用のトレードオフ」は単なる一回きりの行動ではなく、時間のスケールに応じて階層的に重層化された、予測と行動が巡り合う物語として捉えることができるのです。

    予測符号化と能動的推論という2つの仕組みは、自由エネルギー原理の中核として、知覚と行動のループを支えています。予測符号化は、感覚入力に対する効率的な処理を可能にし、能動的推論は、世界に対して自らの仮説を試し、必要であればそれを塗り替える力を持っています。

    即ち、予測符号化と能動的推論は、それぞれ「利用」と「探索」に対応し、すでにある世界をうまく活用する一方で、まだ見ぬ世界に手を伸ばす。そのバランスこそが、生きものの柔軟で賢い行動を生み出しているのです。

    次章からの数章では、このような予測と行動の仕組みを、驚きとズレという構造的側面から見ていきたいと思います。自由エネルギー原理の構造を理解することで、自由エネルギーの本質がより鮮明に浮かび上がってくるでしょう。

    中級編 第2章 驚きとエントロピー をアップしました。


     
     
    感情熱力学の研究をしております。フリーで、アブダクションを使ったアイディエーション、ワークショップのファシリテーション、定性調査のディレクション、インタビュアー、分析推論なども行っております。

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