メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

サッカヌ芳戊から思う、呑たれる物語から感情を味わい尜くす圚り方ぞの倉遷

    長くサッカヌを芋おきた。
    スポヌツ芳戊にたったく興味のなかった私が、その埌いろんなスポヌツを芳るようになったのは䞭孊生の時にサッカヌ芳戊にどハマりしたこずが倧きい。
    ピアノを聎きに行くようになったこずで、私はオペラやオヌケストラなども聎くようになったのだけど、音楜的なホヌムはピアノ。
    サッカヌも、私の䞭では同じような偎面がある。いろんなスポヌツを芳るようになったけれど、面癜いず感じるのはサッカヌが矀を抜いおいた。
    か぀おは週末になるずペヌロッパのサッカヌを芳るためにテレビに霧り付いおいた。けれどここ数幎、基本的にテレビもスポヌツも芳ない日々を過ごしおいお、今回のワヌルドカップもなぜか郜合が合わず予遞を芋逃しおいた。
    それが、なんずなく芋たくなっおブラゞル戊を芋た。結果は残念だったけれど、前半の玠晎らしい戊いには隔䞖の感がある。

    詊合に぀いお思うこずはいろいろあるんだけど、そんなこずはどうでもよくお、
    ただふず、私が今のように䞖界を芳るようになっお、今回がもしかしたら初めおのワヌルドカップかもしれない、ずいうこずに詊合の途䞭で氣が぀いた。

    私がスポヌツを楜しめなくなった倧きな理由のひず぀は、䜕かず「振り子だな」ず思っおしたうようになったこずにある。か぀お熱心にブンデスリヌガを芋おいた頃は「勝っおいるずころを匕き寄せたい」なんお思っおいたけど、応揎するずいうこずは過剰ポテンシャルが発生しやすい。この䞖界の仕組みを知るうちに、わヌずかきゃヌずか蚀っお䞀喜䞀憂する自分の゚ネルギヌが振り子の゚サになるこずに嫌悪感が生たれた。これはスポヌツ以倖の䜕か他のこずに関しおも同じこずを感じおいお、
    他人や瀟䌚ずいった、自分ではない物語に呑たれるこずから、できる限り距離を眮きたいず思うようになった。

    今思うずそれは、私が必死に、自分の物語を取り戻すための過皋だったのだず思う。倖偎の䟡倀芳にそう揺らがなくなるず、「䜕もそこたで極端に倖の物語を避けなくおもよかったかな」ずも思う。
    たぁ、既存の、倖偎の、誰かの、
    いろんな蚀い方があるけど、そういう物語に呑たれるっお、結構楜しいこずではある。
    昔は日本代衚がワヌルドカップに出るのだっお倢のようだったし、そこから勝利をあげるこず、リヌグを勝ち抜くこず、倧きな物語ず、その時々の自分の人生が亀錯する。解説を聞いたり友達ず話したり、ネットの感想を持るのはずおも楜しかった。

    詊合埌の遞手のむンタビュヌを聞くのが奜きだ。
    今朝は誰だったか、「受け入れるのが難しい結果」ずしながらも、「しっかり受け止めお次ぞ」ずいうようなこずを蚀っおいお、ぞぇヌず思った。
    これっお、スピ界隈でよく蚀われる「しっかり味わい尜くす」ずいうこずだな、ず。
    朜圚意識ずか願望実珟ずか、こういうこずを孊んでいるず、「感情を味わう」こずがどれほど倧事か、ずいうこずは耳タコ。私たちは、この「味わう」ずいうこずが本圓にできない。望んでいないず顕圚意識で思っおいるこずからは目を背けたくなるし、なんずか望たないこずを避けようずする。

    これは本圓にそのたた、私たちの人生だ。
    健康や、お金や、人間関係。倧切なものを倱うこずを、私たちは極端に恐れる。自分の䞭にある、その恐怖のもずを、芋ないように蓋をする。
    けれど、恐怖のもずは、目を背けおも消えない。しっかり芋るこずだけが、恐怖のもずを自分の内なる゚ネルギヌぞの倉容ずしお機胜させる。
    だから、どんな苊しいこずでも、嫌なこずでも、望たないこずを、ずこずん芋おやろう。むンタビュヌを聞きながらそう思った。

    そしおもうひず぀、スポヌツや䜕かを通しお、誰かの物語を远䜓隓するこずの、倧きな副産物に氣が぀いた。
    ピッチ䞊の遞手や監督の䜓隓に、私も共振しお悔しくなったり、嬉しくなったりする。それは、呑み蟌たれおいる時は自分の゚ネルギヌを明け枡す行為になるけれど、感情の䞻䜓が自分である、ずいう立堎を取れおいるず、自分の内偎を炙り出す、たたずない機䌚ずなる。私の䞭にある悔しさや、萜胆、感慚。それは、ブラゞルに勝぀こずで味わいたいず思っおいた感情ずは違ったけれど、今確実にここにある。だから、そうだな。ある意味、遞手が味わっおいるであろう感情を、少しお裟分けしおもらったような感芚だ。それを味わう必芁のある人が、深倜に詊合を芋お、早朝にあの感芚を味わったのだず思う。それは誰のものでもない、味わっおいた個々人のもの。
    だから、受け入れるこずが難しく感じられおも、それはすべおあなたのもので、わたしのものだずいう認識を新たにした。
    私だったら、か぀おはピアノの䌚で思うように匟けないこずや先生ずのやり取りに関しお悔いが残っおいたのだけど、それだっお、避けるこずではなかったのだず、今はよくわかる。その時その時で、しっかりず味わっおいればよかった。
    たぶん今は、だいぶそれができおいるず思う。

    思えば生きやすくなったなぁ。
    日本もほんずに匷くなったね。

    この蚘事が参加しおいる募集

    あなたぞのおすすめ