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1,700幎続いたムラ、青森県青森垂 䞉内䞞山遺跡ぞ #青森の瞄文遺跡矀×フェリシモ vol.2

    1,700幎間、同じ堎所で人々が暮らし続けたムラが存圚しおいたこずを知っおいたすか 実際に遺跡に足を螏み入れるず、生き生きずした「人の営み」が迫っおきたす。

    みなさたこんにちは、ミュヌゞアム郚です。
    フェリシモ「ミュヌゞアム郚」の内村が、「青森郚」の小倉ずずもに、実際に青森の瞄文遺跡矀を巡り、その魅力をお届けする連茉の第二回。今回は、重芁文化財「倧型板状ばんじょう土偶」をはじめ倚数の土偶が出土した「䞉内䞞山さんないたるやた遺跡」をご玹介したす。

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    今回「倧型板状土偶」をモチヌフにしお䌁画した「倧型板状土偶ポケットタオルハンカチ」ず「手のひらで発掘土偶ハンカチ」をもっおパチリ★

    vol.1はこちら

    瞄文の聖地、䞉内䞞山遺跡ぞ

    青森垂の䞭心郚から車で玄20分。䜏宅街を抜け、緑に囲たれた道路を郊倖に向かっお進むずあるのが、特別史跡「䞉内䞞山遺跡」です。

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    䞉内䞞山遺跡、到着倧型板状土偶ポヌズ

    特別史跡「䞉内䞞山遺跡」ずは
    青森垂䞉内䞞山にある、瞄文時代前期䞭ごろ〜䞭期末の倧芏暡集萜跡。2000幎には囜の特別史跡に指定、2021幎には「北海道・北東北の瞄文遺跡矀」ずしお䞖界文化遺産に登録された。遺跡には竪穎たおあな䜏居矀、高床建物矀、倧型竪穎建物のほか、六本柱の掘立柱ほったおばしら建物が再珟されおおり、瞄文のムラのたたずたいの䞭で、瞄文文化を知り、䜓感し、芪しむこずができる。

    日本最倧玚の芏暡を誇る䞉内䞞山遺跡の集萜跡は、東京ドヌム9個分の広倧な敷地。今回のコラボ䌁画の監修も務めおくださった副所長の小笠原おがさわらさんに案内しおいただき、たずは、屋倖の遺跡ぞ向かいたす。

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    屋倖の遺跡には、ガむダンス斜蚭「瞄文時遊通」を通っおアクセス。

    瞄文時遊じゆう通の䞭にあるトンネルをくぐり、屋倖ぞ出るず、その先に広がるのは瞄文の「ムラ」。倧小さたざたな竪穎䜏居や六本柱が䞀垯に点圚しおおり、近代的な建物がほずんど芋圓たらない景色に、たるでトンネルをくぐっおタむムスリップしたかのようです。

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    トンネルを抜けるず、そこはムラでした。

    「ムラの広さを実感しおいただけるず思いたす」ずお話しされる小笠原さんの蚀う通り、遺跡に足を螏み入れるず、たずその広さに圧倒されたす。

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    ゆるやかで長い坂道を䞋るように歩き進めおいくず、埩元された竪穎䜏居や高床建物が点圚しおいる様子が芋え、瞄文時代のムラの姿がそのたた再珟されおいるようです。ここには玄5,900幎前から4,200幎前たで、実に1,700幎もの間、人々が集萜を圢成し暮らし続けおいたした。

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    広倧な敷地に埩元されたムラの颚景

    長幎䞉内䞞山遺跡の発掘調査に携わる小笠原さんは「瞄文時代にどんな斜蚭を぀くっおいたのか、どういう道具を䜿っおいたのか、ムラの様子が総合的に理解できるのが䞉内䞞山遺跡の特城」だず語りたす。

    「土噚や石噚はもちろん、通垞は残りにくい有機質のもの——䟋えば魚の骚、動物の骚、怍物の皮などたで良奜な状態で残っおいたこずにより、圓時の人たちがどういうものを食べおいたのか、どのような怍物に囲たれお暮らしおいたのかずいう呚蟺環境も具䜓的に知るこずができたす。䞉内䞞山遺跡は、1700幎近く続いたムラのくらしをよく理解できるこずが貎重なんです」。

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    広い敷地の䞭を、小笠原さんのお話を聞きながら巡るぜいたくな時間。

    そしお屋倖でやはり目立぀のが、六本の巚倧な柱が倩に向かっおそびえる「倧型掘立柱建物おおがたほったおばしらたおもの」の埩元です。䞉内䞞山遺跡のシンボルずも蚀えるこの六本柱の実物は、深さの穎を掘り、盎埄玄のクリの朚柱を䜿っお建おられおいるこずが分かっおおり、瞄文時代における高床な建築技術を物語っおいたす。

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    ずっおもでっかい「倧型掘立柱建物」の埩元

    「盎埄の穎を石噚で掘るずいうこず。ちょっず考えられないずいうか、ものすごい䜜業だったず思いたす」ず小笠原さん。等間隔に、円圢にきれいに掘られた穎——そのひず぀ひず぀が、瞄文人の驚くべき知恵ず根気の結晶です。

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    埩元ずは別に、実際に発芋された建物跡の぀の穎も芋孊するこずができたす。

    ちなみに、どのようにこの六本柱が䜿われおいたのかは、明らかになっおいないのだそう。この倧きさ  気になりたすね。

    倧型板状土偶が発掘された、぀の堎所

    䞉内䞞山遺跡の代衚する土偶「倧型板状土偶」は、頭郚ず胎䜓郚が、遺跡内の異なる堎所から発芋されたした。実際に発芋された、それぞれの堎所も、ご案内しおいただきたした。

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    「倧型板状土偶」の頭郚が発芋された北盛土

    珟圚は緑が生い茂る北の谷䜎湿地からは、朚補品や骚角噚、挆補品など倚くの有機質遺物が発芋されたそう。その近くの北盛土から土噚片に玛れおあったのが、板状土偶の頭郚分です。

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    発芋した時の様子を語っおくださる小笠原さん。

    続いお、胎䜓郚分が発掘されたずいう竪穎建物付近ぞ。胎䜓郚分は竪穎建物跡から芋぀かったそうです。今は原っぱのように新緑の草朚が生い茂っおいるこの蟺り。

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    こちらの竪穎建物付近から、胎䜓郚分が発掘されたそうです。

    倧型板状土偶が攟぀唯䞀無二の存圚感

    ガむダンス斜蚭「瞄文時遊通」に戻り、出土品が収蔵・展瀺されおいる「さんたるミュヌゞアム」ぞ。土噚、石噚、装食品、そしお土偶——数千点にのがる資料がおいねいに展瀺され、瞄文文化の豊かさを肌で感じるこずができる通内。そしお、「倧型板状土偶」にたどり着きたす。

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    重芁文化財「倧型板状土偶」

    䞉内䞞山遺跡から出土したこの倧型板状土偶は、平面的でシンプルな十字のフォルムが特城です。顔のパヌツは目・錻・口がきちんず衚珟されおおり、胞の膚らみから女性像であるこずがわかりたす。党身には瞄目文様が斜され、腰のあたりには動物の毛皮を思わせる衚珟も芋られたす。

    今回は特別に、レプリカも芋せおいただきながら、さらに小笠原さんのお話を䌺いたす。

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    レプリカであっおもその迫力にドキドキ  

    「瞄文人にずっおも頭は倧事だったんでしょうね。倧切な像圢を䜜る時は、頭郚はきちんず衚珟する郚䜍だったんじゃないでしょうか」ず小笠原さん。確かに、頭郚だけがわずかに立䜓的に衚珟されおおり、ほかの郚䜍よりも念入りに䜜られおいるこずが䌝わっおきたす。

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    頭郚は背面もこんなに立䜓的

    倧型板状土偶が発芋されたのは、今から30幎以䞊前。䞉内䞞山遺跡で発掘調査が始たっおから幎が経ったころだそう。

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    北盛土で発芋された際の頭郚の様子
    䞉内䞞山遺跡センタヌ蔵

    「最初に、先ほど芋孊した北盛土で頭郚が発芋されたした。その埌、玄90離れた竪穎䜏居跡の䞭から胎䜓郚分が発掘されたのです。頭郚ず胎䜓をくっ぀けるず30を超えるサむズになり、かなり倧型です。䞉内䞞山遺跡ではこの板状土偶のほかにも2,000点以䞊もの土偶が芋぀かっおいたすが、これほどのサむズ感で党䜓の圢が分かるものは限られたす。たた、土偶にも倧型、䞭型、小型のものがあり、祭りごずをするにしおも個人、家族、集萜など、そういう芏暡の違いがあったのかもしれないず想像しおいたす。」

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    竪穎䜏居跡の䞭から発掘された胎郚
    䞉内䞞山遺跡センタヌ蔵

    「しばらくは頭の方が泚目されお、結構メディアにも取り䞊げられたりしお。そしたらある日、離れた堎所で芋぀かった぀が接合するずいうこずが分かっお。たさかくっ぀くずは思わなかった」ず小笠原さんは圓時を振り返りたす。

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    瞄文時代に匕き裂かれおいた頭ず胎䜓が、数千幎の時を経お再びひず぀になった——なんずもロマンあふれる話です。

    なぜ離れた堎所で芋぀かったのか。そこにも瞄文の謎が朜んでいたす。
    「土偶ずいうのは倧半が壊れお芋぀かりたす。最終的に壊される運呜にあったんじゃないかずいうこずが蚀われおいたす」ず小笠原さん。

    腕をけがしたずき、その郚䜍に察応する土偶の郚分を壊しお「身代わり」にする説。あるいは、子どもを産む女性のシンボルずしお、再生を願いながらばらたいたずいう説。さたざたな解釈があり、どれが正しいのかはただ分かっおいたせん。

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    「土偶に぀いおはわからないこずが倚いですからね」ず苊笑いしながら語る小笠原さんの衚情が印象的でした。分からないから、面癜い。それが瞄文でもあるのです。

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    分からないずころにロマンあり。

    倧型板状土偶グッズを䌁画したした

    今回フェリシモでは、この倧型板状土偶をモチヌフに「手のひらで発掘土偶ハンカチ」ず「倧型板状土偶ポケットタオルハンカチ」を䌁画。商品開発にあたっおは、小笠原さんにも監修いただいおいたす。

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    「ポケットタオルハンカチ」をレプリカの暪に䞊べおみたした。

    実際にレプリカず䞊べおみるず、サむズ感はほずんど倉わらず。実寞倧を再珟できおいたす。たた「ポケットタオルハンカチ」では、頭郚に胎䜓を折りたたんで収玍するこずができるので、小笠原さんが発掘された時の状態を再珟するこずができたす。

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    胎郚を折りたたんで頭郚のポケットにIN

    「意倖に可愛いずいうか、実甚面もあっお面癜い。なかなかないんですよね、こういう商品」ず実際に手に取っおみおいただいた小笠原さんからのお蚀葉。孊術的な芳点から芋おも「よくできおいる」ず蚀っおいただけたした。「こうやっお䜜っおいただけるずいろいろ宣䌝にもなりたすし、倚くの方に手にしおもらえればなず思いたす」ず期埅を寄せおくださいたした。

    分からないから、面癜い「瞄文の謎」ぞ

    改めお土偶の面癜さに぀いお䌺うず、「分からないからいいんじゃないですかね」ず小笠原さん。「䜕のために䜜ったんだろう、なんでこんな圢しおいるんだろう。土偶に関しおは、そもそも本圓に人間を象かたどっおいるのか  考える䜙地があっお面癜いですよね」。珟代人を魅了しおやたない瞄文の魅力は、その「謎」にあるのかもしれたせん。

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    そしお、䞉内䞞山遺跡をはじめずする「北海道・北東北の瞄文遺跡矀」は、2026幎7月で䞖界遺産登録5呚幎を迎えたした 小笠原さんは「登録されお以降、お客さたも増えおいお、特に海倖の方々も非垞に倚く来おいただいおいる。そういう意味では倧きな効果があったず思うし、今埌も維持しおいきたい」ず今埌の展望を力匷く語っおくださいたした。

    1,700幎間続いたムラの広さを身䜓で感じ、本物の土偶ず目を合わせる。なぜ壊れたものが倚いのか、䜕を祈っおいたのか、どんな人々がここで生きおいたのか——答えは出ないたた、でもその「分からなさ」がどこか心地よく、もっず知りたいずいう気持ちだけが膚らんでいきたす。

    ぜひ䞀床、䞉内䞞山遺跡ぞ。あの広倧なムラに立ったずき、「分からない」がい぀の間にか「もっず知りたい」に倉わっおいるこずに気づくでしょう。

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    ハンカチを手に䞉内䞞山遺跡を歩き回りたせんか

    特別史跡「䞉内䞞山遺跡」ぞのアクセス方法

    青森県青森垂倧字䞉内字䞞山305

    JR青森駅から
    車で玄20分玄7km
    垂営バス 玄3040分
    「䞉内䞞山遺跡」行き 青森駅前「⑥青森垂営バス乗り堎」から乗車、「䞉内䞞山遺跡前」䞋車310円
    ねぶたん号シャトル・ルヌトバス 玄3040分
    青森駅西口「②番のりば」から乗車、「䞉内䞞山遺跡前」䞋車300円

    JR新青森駅から
    車で玄10分玄2.5km
    ねぶたん号シャトルルヌトバスで玄15分
    新青森駅東口3番乗り堎から乗車、「䞉内䞞山遺跡前」䞋車300円

    青森空枯から
    車で玄30分8.5km
    空枯発着予玄型乗合タクシヌで玄30分

    青森I.C
    東北瞊貫自動車道から 車で玄5分2km

    青森枯フェリヌ埠頭から
    車で玄20分7km


    次回 vol.3は、「是川瞄文通」をご玹介

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    青森の瞄文遺跡×フェリシモ コラボ䌁画

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