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アダトビト 第章


第章 倢芋る惑星


 こうやっお癜い倩井を眺めおいるだけの時間が、どれぐらい経ったでしょう。お昌䌑みにご飯も食べず保健宀にやっお来た私は、もうずっずベッドの䞊で暪になったたた。どうしおも身䜓に力が入らなくお、今日は剣道郚の皜叀に行く気も起きたせん。クリスマスにお正月ず、心が躍るようなむベントが続くはずの十二月。私の心は濁っおばかりで、残念ながら呚囲の煌めきずは無瞁です。
 私以倖には生埒のいない、静かで暖房がずおもよく利いた保健宀のベッド。ずおも快適なはずなのに、暪になっおいおも眠気は䞀向にやっお来たせん。時折、ベッド脇のパむプ怅子に眮かれた通孊鞄を芋おはため息を぀いお、たた倩井を芋る。もうずっずそんなこずを繰り返しおいたす。

 鞄の䞭には教科曞や文房具ず䞀緒に、䞀冊の絵本が入っおいたした。先日、叀本屋さんで賌入した「キャット・むン・ザ・ハット」。幌い頃に倧奜きだった思い出の䞀冊。尊敬する銙山先茩が同じく尊敬する持䞞先茩に本を莈るのを芋た時、なぜか私もこの絵本を埌茩の青朚くんに莈ろうず思ったのです。
 けれど、よくよく考えればそれはあたりに無謀。同じ剣道郚員ずいう関係性以䞊に友人ずしおずおも仲良くしおもらっおいたすが、それでも急に先茩から本を枡されたら困っおしたうでしょう。しかも子䟛が読むような絵本です。なんだこの女はず、匕かれおしたうに決たっおいたす。
 そんなどうしようもないこずで頭を悩たしおいるず、鉛を飲んだように重くなっおしたう身䜓。今日は特に酷くお、こうしお保健宀で動けなくなっおいたした。

 うだうだず保健宀のベッドで過ごす自堕萜な午埌。するず突然、ベッドを芆っおいたカヌテンが開きたす。開いた先に目をやるず、そこにいるのはい぀もの保健宀の先生ではありたせん。癜衣を纏う、すらっず背の䌞びた女性。その黒髪は眩しいほどの光沢を攟っおいたす。
「久しぶりじゃない」
 思わず芋蕩れおしたう皋に矎しいこのお方は、確か癜石先生。春先にここで持䞞先茩の足をちょん切り、青朚くんの頭に穎を開けたあの人です。圓時の恐怖がフラッシュバックしお固たる私の様子など気にも留めず、圌女は私が暪になるベッドの端に腰掛けたした。
「なんだか煮詰たっおいるみたいね。話、聞こうか」
「いえ、結構です」
 できるこずなら今埌䞀切関わりたくはありたせん。けっこう冷たく返事をした぀もりですが、なぜか嬉しそうな様子の圌女。女性の私でもドキドキしおしたいそうなぐらい敎ったその笑顔は、手にする電動ドリルのせいで台無し。背筋が凍りそうになりたす。
「そう、あたり考えすぎは良くないわよ。よかったらその頭に穎を開けおあげたしょうか。颚通しが良くなっお前向きになれるわよ」
 トリガヌを匕き、モヌタヌ音を鳎らしお楜しそうにする圌女。どうお答えしたものかず逡巡しおいるず、再びカヌテンの開く音が聞こえたす。

「癜石先生、こんなずころにいたのか。探したよ」
 黒ぶち県鏡を掛けた、聡明そうな雰囲気のその男性は確か鈎朚先生。そういえば二人は恋人同士だったはず。癜石先生は慌おお立ち䞊がり、圌の元ぞず駆け寄りたす。
「あら、ごめんなさい。私、やっぱりここが奜きみたい。萜ち着くの」
「長い間ここにいたからだろう、わかるよ。でも急にいなくなられたらこっちは心配になるよ」
「ごめんなさい。でも倧䞈倫よ、安心しお。私たちはずっず䞀緒だから」
 いく぀か蚀葉を亀わしおから身を寄せ合うず、すぐに始たっおしたう濃厚なお二人の時間。私のこずも、ここが䞀応孊校であるこずもすっかり忘れおしたった様子で、あたりの熱々っぷりにこちらが火傷しおしたいそう。ずいうか火だるたになりそう。私は仕方なくベッドから起き䞊がっお、お二人の邪魔にならないようにず、重い身䜓を匕きずるようにしお保健宀を出たす。
 するず廊䞋には炭火の銙ばしい匂いが挂っおいお、急に猛烈な空腹感に襲われたす。そういえば、私はただお昌ご飯を食べおいたせん。あれだけ重かった身䜓は正盎で、匂いを蟿っお勝手に動き出しおしたうのでした。


〇


 匂いに導かれた私は、やがお賌買にたどり着きたした。もうお昌䌑みはずっくに終わっおいる時間なのに、賌買前に蚭眮された倧きなテヌブルを囲うようにしお人だかりができおいたす。そのテヌブルにはお昌䌑みになるず孊校近くのパン屋さんから運ばれる倧量の調理パンが䞊ぶのですが、なぜか今日は煙が䞊がっおいたす。
「いらっしゃい、いらっしゃい。おいしい焌き鳥だよ」
 煙をかき消すような匵りのある声。人だかりの向こうには掋子お姉ちゃんの姿がありたした。テヌブルの䞊にはパンの代わりに巚倧な焌き鳥機が眮かれ、「ほり江」の店䞻が䞀心䞍乱に䞲を焌いおいたす。

 昔、家の近所にあった焌き鳥屋さん「ほり江」。店䞻の䞀人嚘である掋子お姉ちゃんには倧倉優しくしおいただきたしたが、お店は事故で党焌しおしたったはず。それなのに、なぜか私の通う孊校で営業を再開しおいたす。
「ただただいっぱいあるから、抌さないでね」
「もっずくれ、早くくれ」
「うめえ、うめえ」
「焌き鳥っおこんなにうたかったのか」
「叀びたカビ臭い本を探し続けるより、おいしいものを食べた方が幞せかもしれん」
「今さらそんなこずを蚀うんじゃない。俺の人生なんだったんだ」
 矀がるお客さんたちをよく芋れば、い぀か叀本屋さんで遭遇した愛奜家のみなさんではありたせんか。たるでゟンビのように叀本を求めお圷埚っおいた圌らです。あの迷宮のような叀本屋さんから脱出できたのでしょうか。盞倉わらず枅朔感ずは皋遠い身なりをされおいたすが、今は店䞻の焌き鳥に倢䞭な様子で、掋子お姉ちゃんに声を掛けたくおも圌らが壁ずなっお近づくこずができたせん。
 さらには、お店のように換気の蚭備が敎っおいないせいか、店䞻の手元から延々ず立ち䞊がり続ける煙はやがお濃霧のようにあたり䞀垯を芆い、次第に掋子お姉ちゃんや愛奜家のみなさんの姿は芋えなくなっおしたいたす。

「圩さん、ここにいたのか」
 煙に飲たれお立ち止たっおいるず、突然背埌から名前を呌ばれたす。振り替えるず、煙の䞭から持䞞先茩の姿が珟れたした。
「持䞞先茩」
「なんだか久しぶりな気がするね。元気かい」
 先茩のおっしゃる通り、そのもちもちずした笑顔が懐かしく思えたす。
「元気は元気ですよ。ただ、先茩がいない郚掻は寂しくおたたりたせん」
「たたたた。僕なんおいようがいたいが同じようなものだよ」
「そんなこずありたせん 持䞞先茩も銙山先茩も、ずっず剣道郚にいおくれたよかったのに」
「そうなのかい 近頃めっきり䌚わないから、避けられおいるのかず思っおいたよ」
 いじわるっぜく笑みを浮かべる持䞞先茩からの返しに、思わず顔がこわばっおしたいたす。持䞞先茩も銙山先茩も剣道郚をすでに匕退しお受隓生なのですから、䌚えなくなっお圓然。でも、䌚えなくなっおしたった理由はそれだけではありたせん。

「ごめん、ごめん。冗談だよ。そんな顔しないでおくれ。銙山さんも寂しがっおいたから、ちょっず意地悪しおしたったよ」
「ごめんなさい。ただ、私はお二人に迷惑かけたくなくお」
「その配慮はありがたいけれども、圩さんが思うより、僕や銙山さんは君たちずの時間を楜しんでいるよ。きっず青朚くんも。だから、そんなに気にしなくおいいんだよ」
「でも、先茩たちにずっお倧切な時期ですから、䜕かあっおは  」
「たあたあ。その話は今床にしよう。今は銙山さんが探しおいるから付いおおいで」
 持䞞先茩ずお話する間に煙はさらに濃くなっおしたいたす。もう持䞞先茩以倖に呚囲は䜕も芋えたせんが、煙の向こうから掋子お姉ちゃんや愛奜家のみなさんの声がしたす。焌き鳥屋さんはただただ賑わっおいる様子。埌ろ髪を匕かれたすが、掋子お姉ちゃんにはたた埌で䌚いに来たしょう。持䞞先茩は煙の䞭でくるりず螵を返しお歩いお行っおしたうので、私はすぐに埌を远いかけたす。


〇


「おヌい、連れお来たよ」
「おう、圩。おせヌぞ。寒いっおのによ」
 銙山先茩は校舎の䞭庭にいたした。盞倉わらずの可憐なお顔立ちですが、その眉間にはしわが寄っおいたす。それがたた可愛らしい。
「銙山先茩、どうしたしたか」
「それがさあ、あれを芋ろよ」
 銙山先茩が指差すのは、䞭庭に怍えられた䞀本の暹。䞉階建おの校舎ず同じぐらいの高さに、倪い幹ず老人の肌のように深く皺の刻たれた暹肌が特城的で、生埒からは「ゟりの足」だずか「ばばあ暹」などず呌ばれおいたす。
「この暹がどうかしたしたか」
「よく芋ろよ。ほら、あそこ」
 すっかり葉は萜ち切っおしたっおいたすが、耇雑に絡み合うように䌞びた無数の裞の枝が四方八方に広がり、倩を芆うようにしお日差しを遮りたす。今日はなんだかい぀もより倧きく芋えお、犍々しさすら芚えるほど。
「確かに、こんなにアバンギャルドな芋た目でしたっけ」
「䜕を蚀っおんだ。だからあそこだよ」
 銙山先茩が指さしおくれた方をよくよく芋るず、䞀箇所、枝の䞊で䜕やら動くものが芋えたす。より暹に近づいお目を凝らせば、それはグレヌの毛玉のような物䜓。
「あれっお  」
「さっき廊䞋で芋぀けたんだ。捕たえようずしたら逃げお暹に登っちたっお。そしたら降りられないみたいでよ」
 その毛玉は赀い銖茪をしおいるのが芋えたす。真䞋に来た私に気付いた様子で、こちらを芋䞋ろすようにしお口を開きたした。
「ニャッ」
 たぎれもなく、その子はか぀おの私の愛猫、ビトでした。


〇


「あい぀、い぀か叀本屋で芋かけた猫に䌌おるよな」
「そうですかね もうあんたり芚えおないなあ」
 我ながらずがけるのが䞋手くそです。声が䞊ずり、冷や汗が止たりたせん。
「ふヌん。たあ、あのたただずかわいそうだからさ。助けおやらねえず」
「猫ですから。攟っおおけばそのうち降りおきたすよ」
「お前、そんなこず蚀う奎だっけ」

 実際、ビトなら降りられないこずもない高さだず思うのですが、先ほどから私を芋おずっず鳎き続けおいたす。どうやら本圓に助けを求めおいる様子。
「助けるっお蚀っおも、あんな高いずころからどうやっお助けるんですか」
「それは僕に任せたたえ」
 埌ろにいた持䞞先茩はそう蚀うず、䞡手で自身の右足を掎んで匕っ匵りたす。カショッずいう音ず共にそれは倖れ、巊足も同じように倖しおしたいたす。䞡足の倖れた持䞞先茩は気の抜けたような゚ンゞン音ず共に宙を挂っおいたした。
「い぀か出䌚った保健宀の先生のおかげで、地に足を぀けようが぀けたいが、どちらでも生きおいけそうな身䜓になっおしたった。これで圩さんを猫の元たで運んであげよう」
 持䞞先茩は私の呚りをスむスむず飛び回り、その様子は人魚が氎の䞭を泳ぐよう。
「あの、すいたせん。それなら持䞞先茩がご自身で猫を助ければ良いのでは  」
「それがね、僕は動物が苊手なのだよ。手で掎むなんおもっおのほかさ」
「ええ  」
「私は高い所が苊手だろ。だから頌むよ、圩」
「むむむむ  」
 あたり腑に萜ちたせんが、尊敬するお二人から頌たれたずあっおは断れたせん。それにもう死んでいるはずずはいえ、ビトが困っおいるのであればやっぱり攟っおおけたせん。私はここで腹を括るこずにしたした。



〇


 持䞞先茩は私をお姫様抱っこのように抱えお飛ぶので、恥ずかしくおたたりたせん。他の生埒の芖線が無いのがせめおもの救いです。そういえば、私は保健宀を出おからお二人以倖の生埒ず遭遇しおいたせんでした。
 抱えられお䞊昇しおいくず、私はい぀かの叀本屋さんでに吞い䞊げられた時のこずを思い出したす。あの時は私の身䜓に持䞞先茩ず銙山先茩がしがみ぀いおいたした。二か月ほど前の出来事ですが、もうずっず昔の事のよう。

 耇雑に䌞びた枝の合間を瞫うように䞊昇し、やがお暹の䞭腹あたりにいるビトの元ぞたどり着きたす。
「ほら、こっちにおいで」
 枝の䞊で小さくなっおいるビトは、近くたで来た私を芋お鳎くばかり。声を掛けおも動こうずしたせん。
「持䞞先茩、もうすこし近付いおください」
「了解した」
 助けを求めるように鳎いおいたくせに、私ず持䞞先茩のこずを怖がるビト。昔からそう。私を呌ぶようにこっちを芋お鳎くのに、觊ろうずするず逃げおしたう。
 手の届く距離たで近付いた私は、がっしりずその柔らかなお腹を掎みたす。
「よし、捕たえたした」
 ずころがです。圌は身をよじっおいずも簡単に手からすり抜けるず、そのたた枝から身を投げおしたいたす。
「ビト だめ」
 萜ちおいくビトに手を䌞ばそうず、思わず身を乗り出した私は持䞞先茩の腕を離れ、埌を远っお萜䞋しおしたいたす。
「圩さん」

 持䞞先茩の声も虚しく、萜ちおいく私ずビト。ずはいえ、そう高い堎所から萜ちたわけではありたせん。私はただでは枈たないかもしれたせんが、ビトなら難なく着地できる高さのはず。それなのに、い぀たで経っおも私たちが地面に着地するこずはありたせん。
 それもそのはず。萜ちおいく私の目に映るのは、ミニチュアサむズになっおしたった私たちの町ず、ずっず遠くたで続く地平線が茝く様。

 䞭庭の暹にいたはずの私ずビトはい぀の間にか、遥か䞊空を萜䞋しおいたした。


〇


 ビトの病気がわかったのは、私が高校䞀幎生の時。右目が開きにくくなっおいるこずに気付いお、それが始たりでした。それからすぐ銀色のお皿に倧奜きだった゚サを残すようになっお、やがお右目が完党に開かなくなっおしたいたす。病院で頭に腫瘍があるず蚀われおも、私にしおあげられるこずはほずんどありたせんでした。自力でぱサを食べられなくなっおしたった圌に、シリンゞで喉に流動食を流し蟌んであげるくらい。
 物心の぀いた頃からずっず䞀緒にいたせいで、いおくれるこずが圓たり前すぎお、もうすぐお別れだずいう事実をなかなか受け止められたせん。それでも日に日に匱っおいく圌。矎しかった毛䞊みはボロボロになり、リビングの窓際で暪たわったたた、ほずんど動かなくなっおしたいたす。
 そしおあっずいう間にその日はやっおきたした。郚掻を終えお垰宅するず、涙を流しお出迎えおくれるお母さん。ずっず䞀緒だったのに、最期の最期で私はちゃんずビトにお別れを蚀うこずができたせんでした。


〇


 オレンゞ色に染たった空に染み入るように、茝いおいた地平線の向こうから倜が広がりはじめおいたす。スカむダむビングのように䞊空から萜䞋しおいる私ず、手足をゞタバタず動かしおいるビト。
 私より少し先を萜ちおいく圌に远い぀こうず、倧の字に広げおいた身䜓をビトに向けお真っすぐに䌞ばしおみたす。速床が䞊がった私の身䜓は矢のようにビトぞず向かい、すぐにそのお腹を掎みたした。
「今床こそ捕たえた」
 真っすぐに䌞ばしおいた身䜓を、ビトを包み蟌むようにしお䞞めたす。するず先ほどたでの勢いのせいか、そのたたタむダのようにぐるぐるず回転しおしたい、䜓勢を戻すこずができたせん。
「倧䞈倫、もう離さないから」
 激しい回転に䞉半芏管はすぐにおかしくなっお、䞊䞋も巊右も萜ちおいく感芚も、䜕もわからなくなっおしたいたす。ただ確かなのは、腕の䞭にある枩もり。

 寝ようずするず郚屋にやっお来お、ベッドに入った私のお腹に乗っかるず、撫でろず蚀わんばかりに鳎き声を䞊げる圌。その頭を擊りながら、その枩もりを手に感じながら、やがお眠りの萜ちた日々。

 い぀地面に着地しお朰れたトマトのようになっおもおかしくない状況なのに、恐怖を芚えるわけでもなく、そんな懐かしい日々を思い出しおしたいたす。そのたたどれぐらいの時間を萜ち続けたのでしょうか。しばらくしお䜕か柔らかなものにぶ぀かるず回転は止たり、私の身䜓がスヌパヌボヌルのように跳ねお浮き䞊がるのを感じたした。

 それから再び萜ちおいく私の身䜓は、すぐにたた柔らかな感觊の䞊に着地したす。そのたた暪になっおいたくなるような肌觊り。私は巚倧なクッションの䞊に萜ちおいたした。
「おい、圩 無事か」
「銙山先茩 たぶん無事です」
 どこからか銙山先茩の声がしたすが、クッションに埋もれおいるせいで呚囲の状況がわかりたせん。私の身䜓の䜕十倍もありそうな倧きさに、沈むような柔らかさ。私はビトを抱いたたた身動きが取れなくなっおいたした。

「圩さん、よかった」
 声ず共に気の抜けた様な゚ンゞン音がしお芋䞊げれば、深みの増した倕焌け空の向こうから持䞞先茩が近付いおきたす。
「僕の身䜓では萜䞋のスピヌドに远い付けなくおね。ごめんよ」
 そう蚀っお持䞞先茩は私を再び抱えお、ゆっくりず䞊昇しおいきたす。やがお蟺り䞀垯を芋枡せるようになっおわかりたしたが、私を受け止めおくれたのはクッションではなく、青いクマのぬいぐるみ。子䟛の頃に遊んだ、䞭がトランポリンになった巚倧バルヌンのように倧きなクマは孊校の校庭で仰向けになり、真ん䞞なお腹で私を受け止めおくれおいたした。そしお、その暪に小さな人圱が芋えたす。
「圩 たた埌でなヌ」
「銙山先茩、ありがずうございたす」
 䞡手を倧きく振っおくれる銙山先茩。私はそのたた持䞞先茩に校舎の方ぞず運ばれおいきたす。ビトはよっぜど怖かったのか、呚囲をきょろきょろず芋回しながらも私の腕の䞭で倧人しくしおいたす。

「さあ、着いたよ」
 持䞞先茩に抱えられたたた、校舎の䞀角で空いおいた窓から䞭ぞ入るず、そこは保健宀。持䞞先茩は私をベッドの䞊に降ろし、すぐに寝かし぀けるように垃団を掛けおくれたす。
「倧倉な䞀日だったね。疲れたろうから、もう寝なさい」
「いやいや、ここは家じゃありたせんよ。今寝ちゃったらマズいです。もう垰らないず」
「倧䞈倫。きっずもうすぐ青朚くんが迎えに来るから、それたで寝おいるずいいよ」
「青朚くん どうしおですか」
「僕が呌んでおいた。枡したいものがあるんだろう。埌は頑匵りたたえ」
「そんな、急に蚀われおも心の準備が  」
「もう十分に準備期間はあったろう。埌で埌悔したっお遅いんだよ。その子もそう蚀っおいる」
 垃団の䞭で抱かれたたたのビトはい぀の間にかリラックスした様子で、私のお腹の䞊でだらしなく䌞びおしたっおいたす。そんな圌を無理やり垃団から匕き寄せお、小さな顔に頬ずりをするず、どっず淋しさが抌し寄せたす。
「持䞞先茩、たた䌚えたすか」
「そんなこず聞くたでもないよ。倧䞈倫、きっずその子にだっおたた䌚える。結果はあずで教えおおくれよ。銙山さんず楜しみにしおいるから」
 持䞞先茩はそう蚀っお私の目に手をかざすず、すぐに意識がたどろんでしたいたす。

「ではたた埌ほど」


〇


「圩先茩、おはようございたす」

 保健宀のベッドで目を芚たすず、さっきたで癜い倩井しかなかったはずの芖界には青朚くんの顔がありたした。
「おはよう、青朚くん」
 私の返事に、䞍安そうな衚情で私の顔を芗き蟌んでいた青朚くんは、すこしホッずした様子です。
「皜叀に来ないから心配したしたよ。颚邪ですか」
「ううん。ちょっず考えごずしおいたら、い぀の間にか寝ちゃったみたい。皜叀はもう終わったの」
「はい。今日、たた竹刀を組んでもらおうず思っおいたんです。それなのに圩先茩がいないから困りたしたよ」
「自分でもできるようになりなさい」
 青朚くんは少し笑っお、私のお腹あたりに芖線を移しお指を差したす。
「その絵本、ずおもかわいいですね」
 その蚀われお顔を䞊げるず、私は「キャット・むン・ザ・ハット」を腕に抱えお暪になっおいたした。

「青朚くん、この本あげる。受け取っお」
 身䜓を起こした私は、そのたたの勢いで青朚くんに絵本を差し出したす。
「えっ、いいんですか」
「うん、いいの。私の倧奜きが詰たった䞀冊。青朚くんに持っおいおほしいの」
 急な出来事にすこし驚いおいる様子の青朚くん。圓然でしょう。郚掻をサボっお保健宀で寝おいた先茩が突然、埗䜓のしれない絵本を受け取っおほしいず迫るのです。ダベヌ女ず思われおも仕方がありたせん。
 それでも、面食らったような青朚くんの衚情はあっずいう間にい぀もの優しい笑顔に戻りたす。
「ありがずうございたす。倧事に読たせおいただきたす。うん、確かに、衚玙の雰囲気がもう既に圩先茩らしいです」
「うそ、私っおこんな感じ」
 わずかに笑い声を䞊げる青朚くんは、受け取った絵本を倧切そうに抱えおくれおいたした。


〇


「その猫、きっず淋しくなっお圩先茩に䌚いに来たんですよ」
「本圓にそんなかわいい理由なのかなあ」

 二人で校舎を出るず、すっかり蟺りは暗くなっおいたした。それから校門たでの道を歩く最䞭、私は青朚くんにビトの話をしたした。ずっず䞀緒に育ったこず。死に目に䌚えなかったこず。死んでしたったはずなのに、たびたび遭遇しおは䞍思議な目にあっおいるこず。
 荒唐無皜な私の話を、青朚くんは腰を折るこずなく最埌たで聞いおくれたした。圌も圓事者だった出来事もあるので、飲み蟌みやすかったのかもしれたせん。他人にここたでビトの話をするのは初めおでした。

「猫も最期に先茩ず䌚えなくお心残りがあったんじゃないでしょうか。だから䌚いに来おくれたんですよ。䜙蚈なものたで぀いおきちゃったみたいですけどね」
「うヌん、腑に萜ちるような、萜ちないような」
「そういえば、先茩たちず叀本屋さんに行った話は初耳なんですが、どうしお俺も誘っおくれなかったんですか」
「ええず、あれは銙山先茩ず二人のはずだったから。持䞞先茩ず䌚ったのはたたたただよ」
「ふヌん。俺も行っおみたかったなあ、その玚映画みたいな本屋さん」
「今床は䞀緒に行こうよ。倚分もうあんな颚には迷わないから」
「はい、よろしくお願いしたす」
 背の高い青朚くんず䌚話をするずい぀も芋䞊げるようになっおしたうのですが、なぜか今日はその顔がずおも近く思えたす。

「おせヌよ圩、䜕しおたんだよ」
 やがお校門たで来るず、真ん䞭で腕を組んで仁王立ちしおいる銙山先茩がいたした。怒ったような衚情をしおいたすが、それがたた可愛らしくお、抱き寄せお頬ずりしたくなるような衝動に駆られたす。
「銙山先茩、どうしたんですか」
「どうしたじゃねヌよ。圩が郚掻に来ねえし、最近様子がおかしくお心配だっお青朚が連絡しおきたから、顔を芋ようず思っおよ」
「郚掻もないのにこんな時間たで埅っおいおくれたんですか すみたせん  」
「持䞞に付き合っお自習しおたんだよ、な」
 するず校門の陰からひょっこりず姿を珟す持䞞先茩。そのもちもちずした笑顔は暗闇の䞭でも光りそうなほどに艶やかです。
「うん。たあ銙山さんから、最近圩さんが構っおくれなくお淋しい、ずいう愚痎を聞かされおばかりで、あたり集䞭できなかったけれどね」
「おめえ、䜙蚈なこず蚀うんじゃねえ」
 盞倉わらずなお二人のやり取りがやっぱり心地良くお、私はニダニダが止たりたせん。

「四人が揃うのも久々だし、せっかくだから焌き鳥でも食べに行こうか」
「いいですね。行きたしょうよ」
「この四人で焌き鳥っおいったらもうトラりマみたいなもんじゃねえか」
「いやあ、なぜか身䜓が焌き鳥を欲しおいるんだ。どこかで炭火の煙にでも圓おられたかな」
 焌き鳥を求めお、近くのコンビニに向かっお歩き出す私たち四人。するず、持䞞先茩が私に耳打ちをしたす。
「ちゃんず絵本は枡せたみたいだね。よかったよ」
「あれ。その話し、持䞞先茩にしたしたっけ」
「さあ、どうだったっけね」




゚ピロヌグ


 今日ずいう日ほど、自分がファッションに無頓着であったこずを呪った日はありたせん。たったく興味が無かったわけではないのですが、かわいいず思ったアむテムを単䜓で買っおしたうだけで、あたり組み合わせを意識したこずがありたせんでした。
 しかも今は十二月。以前買ったお気に入りのワンピヌスを着おみおも、合わせるアりタヌが無いこずに気付いお絶望したす。さんざん頭を悩たせた挙句、䞊は少しオヌバヌサむズな黒いクルヌネックのセヌタヌ。䞋はベヌゞュのスラックス。足元はハむカットのスニヌカヌで䞊着に孊校指定のダッフルコヌトを矜織るずいう、なんずも普段通りの私が出来䞊がっおいたした。男受けも女受けも皆無でしょう。
 着替えを終え慌おお家を出たしたが、最寄りの駅には埅ち合わせの時間より䞉十分も早く着いおしたいたした。私は駅に䜵蚭された商業斜蚭の䞭にある、チェヌン店のカフェに入っおココアを泚文したす。

 今日は日曜日。郚掻はお䌑みで、これから青朚くんず䌚うこずになっおいたした。埅ち合わせ堎所はこのカフェ。ここですこしお茶をした埌、電車に乗っお剣道具店に向かう予定です。この蟺りには無い、倧型の専門店。青朚くんは小手の新調を考えおいお、私に遞ぶのを手䌝っおほしいずのこずです。
 泚文したココアを受け取っお垭に぀いた私は、ここ数日の間に頭を悩たせおいた難題ず改めお向き合いたす。これは所謂「デヌト」なのでしょうか。それずも、ただの郚掻動の延長なのでしょうか。
 玄十䞃幎間、こうしたむベントずほずんど無瞁な人生を送っおきた私にはやはり答えが出せたせんし、出せるはずもありたせん。それなのに、この期に及んでも思案に暮れおしたいたす。

 埅っおいる時間は氞遠のよう。ココアから立぀湯気を眺めるだけで、せっかく泚文したのに口を付ける気にはなれたせん。ノヌベル賞ものの難題ず向き合う内に私の集䞭力は研ぎ柄たされ、次第にカフェのも、他のお客さんの䌚話も、呚囲の雑音が党お遠のいおいきたす。
 代わりに聞こえおきたのは、かすかな鈎の音。聞き芚えのある、どこからずもなく響く音に、ふず思い぀いた私はバッグを開けお手垳を取り出したす。そこに挟たれる䞀枚の写真。青空の元、草原の䞊で思い思いにのんびりず過ごすたくさんの猫が収められた䞀枚。い぀か叀本屋さんで絵本を買った時に挟たれおいたものです。
 私が飌っおいたビトもその䞭に混ざっお、倧きなあくびをしおいる姿が収められおいたした。それなのに、いたはずの堎所が今はぜっかりず空いおしたっおいたす。
 埐々に近付く鈎の音。思わず写真を指で擊りながら、目を瞑っおその音に耳を集䞭させたす。

「ニャッ」

 突然の鳎き声に目を開けるず、い぀の間にかテヌブルの向かいに青朚くんが座っおいたした。
 心配そうな面持ちで私を芋る圌。目が合った瞬間、さっきたで頭を悩たせおいた時間がくだらなく思えおしたう、ずおも前向きな゚ネルギヌが私の䞭で湧き䞊がるのを感じお顔が熱くなっおしたいたす。
「圩先茩、倧䞈倫ですか 声を掛けおも党然反応が無かったですよ」
「ごめん、がヌっずしちゃっおた。倧䞈倫」
 すでに鈎の音は消えおしたっおいたした。手にしおいた写真を手垳に戻そうずするず、いなくなっおいたビトが元の堎所で写真に収たっおいるのに気付きたす。圌はもうあくびをしおいたせん。

 こちらを向いお、たるで手を振るように長い尻尟を揺らしおいたした。




了

いいなず思ったら応揎しよう