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今日の保守記録|壊れたのではない、使われ続けたのだ

    異音

    洗濯機の音が、少しだけ変だった。

    それだけのことで、私は台所の入口に立ったまま、しばらく動けなかった。

    朝の六時台。家の中には、まだ夜の湿り気が残っている。換気扇は止まっていて、冷蔵庫だけが低く鳴っている。

    洗濯機は、いつものように回っているはずだった。

    けれど、奥のほうで小さく引っかかる音がした。

    ガタン、ではない。

    ゴトン、でもない。

    言葉にすれば、コツ、に近い。何かが底で一度だけ跳ねて、それから何事もなかったように水の音へ戻る。そんな音だった。

    若い頃なら、気にしなかったと思う。洗濯機も古くなったな。あとで見るか。その程度で流していたはずだ。けれど今の私は、その小さな音で足が止まる。

    元FAX修理CEの耳は、なかなか廃業してくれない。

    異音というものは、鳴ったあとが気になる。完全に無視するには、少しだけ引っかかる。

    左肩も、朝から少し引っかかっていた。高い棚に手を伸ばすと、肩の奥で細い糸が突っ張る。痛いと言うほどではない。だが、以前のようには上がらない。

    血圧計は、食卓の端に置いたままだった。昨夜測った数字が、まだ頭の隅に残っている。悪いというほどではない。だが、いいとも言い切れない。五十代の身体は、いつも曖昧な報告を上げてくる。

    故障ではありません。

    ただし、経過観察が必要です。

    そんな表示が、どこかに出ている気がする。

    隣の部屋から、母の咳が聞こえた。
    乾いた短い音だった。
    続くかと思って耳を澄ませたが、一度で止まった。

    父の部屋のほうは、静かだった。

    静かすぎると、それはそれで気になる。眠れているのか。
    痛みをこらえているのか。寝息なのか、ただ息を潜めているだけなのか。
    壁越しではわからない。

    スマホが震えた。仕事の通知かと思ったら、天気予報だった。雨は降らないらしい。洗濯物は干せる。そう思ったあとで、干す腕のことを考える。

    洗濯機の中では、水が回っている。

    家も回っている。

    父の薬、母の予定、仕事の段取り、朝食、ゴミ出し、洗濯、血圧、天気、スマホの通知。どれかひとつが大きく壊れたわけではない。それでも、あちこちで小さな音が変わっている。

    こういう朝に、いきなり答えを出してはいけない。

    止めるのか、様子を見るのか。開けるのか、まだ触らないのか。故障なのか、ただの小銭なのか。決めつける前に、まず現場を見る。

    それは、17年ほどFAXを見ていた頃に身体へ染み込んだ手順だった。

    元FAX修理CEの耳

    FAXは、よく紙を詰まらせた。

    紙を置き、番号を押し、相手先へ原稿を送る。送信中には独特の音がした。電子音とも鳴き声ともつかない、あの音。私はあの音を、嫌いではなかった。

    現場へ行くと、いきなり工具は出さない。すぐにカバーも開けない。まず見る。置き場所、湿気、紙の積まれ方、使う人の手つき、事務所の忙しさ。機械は黙っているようで、案外いろいろ教えてくれる。

    熱。

    紙粉。

    トナーの匂い。

    ローラーの汚れ。

    紙詰まりです、と表示されていても、本当に紙だけの問題とは限らない。ローラーの摩耗、湿気、紙粉。原因はひとつとは限らなかった。

    機械は、案外まじめだ。

    決められた通りに動こうとして、動けなくなっている。無理な使われ方をされても、限界までは黙って動く。少しずつ熱を持ち、少しずつ音が変わり、それでも最後まで仕事をしようとする。

    そしてある朝、止まる。

    その時だけを見れば、突然の故障に見える。だが、ほとんどの場合、突然ではなかった。紙の端が汚れる。音が重くなる。給紙に一拍遅れが出る。送られた原稿の端に、薄い線が入る。

    FAXは、ただの機械ではなかった。あの頃の現場では、生活や仕事の血管みたいなものだった。

    止まると、困る人がいた。

    だから機械は、止まるまで使われた。止まって初めて呼ばれる。

    顧客先の事務所で、FAXのカバーを開ける。中は熱を持っている。細いローラーに紙粉がつき、消耗部品が思った以上に減っている。詰まった紙をゆっくり抜く。無理に引っぱると破れる。破れた紙片が奥に残ると、また同じことになる。

    紙は、急がせると破れる。

    これは機械の話だが、人間の話でもあるような気がしている。

    急ぎの送信があると言われると、こちらも急ぎたくなる。だが、急ぐほど手順は崩れる。それで一時的に動いても、また止まる。

    修理という仕事は、魔法ではなかった。新品に戻す仕事でもなかった。

    今この機械が、また紙を流せる状態まで戻す。それだけだ。完全ではなくても、今日の業務が止まらないところまで持っていく。

    復旧確認で、紙を一枚流す。

    白い紙が吸い込まれ、ローラーが回り、通信音が鳴る。その瞬間、現場の空気が少しゆるむ。

    私は機械を直しているつもりだった。けれど今振り返ると、止まりかけた現場の呼吸を、少しだけ戻していたのかもしれない。

    その癖が、今も残っている。

    家の中で音が変わると、耳が立つ。父の声の張りが弱い日。母の返事がいつもより遅い日。自分の肩が上がらない日。洗濯機の音が濁る日。どれもエラー表示は出ない。

    父の痛みには、エラーコードがない。

    母の混乱には、通信結果が出ない。

    私の疲労にも、交換時期を知らせるランプはつかない。

    だから、見るしかない。聞くしかない。決めつけず、急がず、まず現場に立つしかない。

    機械は、壊れたから止まるだけではない。

    使われ続けたから、止まることがある。

    人間は機械ではない。父も母も、自分の身体も、部品でできているわけではない。

    それでも、長く使われ続けたものが出す音を、私は知っている。

    介護は説明書どおりに動かない

    父の薬袋は、食卓の端に置いてある。

    白い袋に、朝、昼、夕、寝る前と書かれている。説明書どおりにできれば、問題はないように見える。

    だが、介護は説明書どおりに動かない。

    父が飲みたがらない日がある。痛みで顔をしかめる日がある。薬は数えられる。時間も見られる。けれど、その人の痛みまでは数字にならない。

    「水、飲める?」

    そう聞くと、父は小さくうなずく。

    うなずいたのか、首が少し動いただけなのか、わからない時もある。コップを口元へ持っていく。飲み込むまで待つ。急がせるとむせる。少なすぎると薬が残る。こちらの手にも力が入る。

    昔の父は、大きかった。

    体格だけの話ではない。家の中での存在が大きかった。朝早くから働き、帰ってきて、疲れていても家のどこかに父の気配があった。子どもの頃の私は、その気配をあたりまえだと思っていた。

    今は、布団の中で少し小さく見える。

    掛け布団のふくらみが、記憶の中の父よりも細い。その差を見るたびに、胸の奥が詰まる。だが、朝の支度は進む。薬を確認し、水を用意し、布団の位置を直す。やることは、感情より先に来る。

    母は、同じ話をする。

    「今日はどこか行くの?」

    「今日はスポーツジムの日だよ」

    「スポーツジム?」

    「うん。体を動かすところ」

    少しして、また聞かれる。

    「今日はどこか行くの?」

    初めて聞いたように返せる日もあれば、三度目あたりで声が荒くなる日もある。

    「さっき言ったよ」

    言ったあとで、ああ、と思う。わかっていても、口から出る。自分の中の余白が減ると、同じ話を受け止める皿が浅くなる。

    母は悪くない。

    こちらも、立派ではない。

    その二つを同じ食卓に置くのが、介護の日常だ。

    デイサービスという言葉が通じにくい朝があった。母は行きたがらない。説明すればするほど、顔がこわばる。正しい言葉を重ねるほど、玄関が遠くなる。

    「デイサービスだよ」

    そう言うと、母の表情が止まる。

    「私はそんなところ行かない」

    この言葉を正面から受け止めると、朝はそこで詰まる。送迎の車は来る。父の様子も見なければならない。仕事の時間も迫っている。こちらの焦りは、母には焦りとして伝わる。

    だから私は、ある時から「スポーツジムの日」と呼ぶようになった。

    母は少しだけ受け入れやすそうな顔をした。ジムと言えば、体を動かす場所だ。こちらが嘘をついているのか、言葉を整えているのか、境目は自分でもよくわからない。

    ただ、朝を回すための言葉だった。

    正しさだけでは、玄関まで行けない日がある。

    母の服を選ぶ。タオルを入れる。連絡帳を確認する。父の薬袋を見る。洗濯機の終了音が鳴る。スマホが震える。

    小さいものが重なると、人は案外簡単に削られる。

    「これでいいの?」

    母が聞く。

    「うん、それでいい」

    本当は、靴下が左右で少し違う。だが、今日はそれでいいと思う。揃っていなくても外へ出られる日がある。全部を正しく直しているうちに、出発そのものが崩れることもある。

    玄関で、母がもう一度聞く。

    「今日はどこへ行くの?」

    「スポーツジム」

    できるだけ普通の声で言う。

    母は「そう」と言って、靴を履く。靴べらを持つ手が少し迷う。その手を見ていると、若い頃の母の動きが頭をよぎる。台所で手早く料理をしていた手。洗濯物を畳んでいた手。

    今、その手は靴べらの向きで迷っている。

    介護でつらいのは、できないことが増えることだけではない。できていた頃を、こちらが覚えていることだ。

    送迎の車が来る。母を送り出す。ドアが閉まる。車が見えなくなる。

    そのあとで、家の中が急に静かになる。

    父の部屋をのぞく。父は目を閉じている。眠っているのか、起きているのか、わからない。薬袋は食卓に残っている。湯呑みには少しだけ水が残っている。

    私は台所へ戻り、水を飲む。

    冷蔵庫を開けると、同じ豆腐が二つ入っている。賞味期限を見て、近いほうを前に出す。こんなことばかりしているうちに、一日が進んでいく。

    介護は大きな物語ではない。

    薬袋とタオルと連絡帳と、靴べらの向きと、言いすぎたあとの口の苦さでできている。

    ロスジェネの身体にも、異音は出る

    50代の身体は、ある朝から急に古くなるわけではない。

    少しずつだ。

    階段を上がったあと、息が戻るまでに一拍余計にかかる。夜中に目が覚める。朝起きても、寝たはずの疲れが布団の中に残っている。スマホの文字を読む距離が、日によって変わる。

    若い頃は、身体のことなどほとんど考えなかった。多少無理をしても、一晩寝れば戻った。寝不足でもコーヒーを飲めば動けた。腰が重くても、動いているうちに忘れた。

    その肩が、今は自分のものとして上がりにくい。

    左肩は、いつからおかしくなったのか覚えていない。ある日、棚の上のものを取ろうとして、あれ、と思った。痛いと言うほどではない。だが、以前の動きとは違う。洗濯物を干す時、シャツ一枚が妙に遠い。

    昔なら、力でどうにかした。

    今は、右手で補助する。踏み台を使う。高いところへ干す枚数を減らす。そんな細かい工夫をしている自分に気づいて、少し笑う。

    50代の笑いは、たまに修理跡みたいな音がする。乾いているのに、少しだけ温かい。

    私たちの世代は、根性という言葉をずいぶん聞かされた。やれるだろう、我慢しろ、みんなそうだ、選り好みするな。就職氷河期という言葉を、あとから説明のように渡されたが、その時代を通っている最中は、ただ目の前の仕事と生活費があった。

    履歴書を書いた。

    面接へ行った。

    返事を待った。

    待っている間にも、電気代は来た。家賃も来た。冷蔵庫の中身は減った。若さは、いつも自分の味方をしてくれるわけではなかった。

    それでも、働いた。

    働くしかなかった。

    そして50代になって、身体のあちこちが遅れて請求書を出してくる。

    左肩、腰、膝、血圧、眠り、記憶。

    どれも分割で来る。しかも、地味に利息がついている。

    洗濯機の底から、片方だけ靴下が出てくる朝がある。

    なぜ片方なのか。もう片方はどこへ行ったのか。そんなくだらないことを考えながら、片方だけの靴下を手に取る。

    揃わないものは、昔からあった。

    努力と結果。

    仕事と収入。

    年齢と安心。

    親の老いと自分の準備。

    片方だけ残った靴下を見ていると、人生はわりと早い段階から、きちんと揃っていなかったのだと気づく。

    それでも人は、片方だけの靴下をすぐには捨てない。もう片方があるかもしれない。そう思って、洗濯機の近くに置いておく。

    ロスジェネという言葉を、大きな旗にしたいわけではない。旗を振るほど、こちらの腕はもう軽くない。

    ただ、私たちはずいぶん長く、片方を探してきた世代なのだと思う。

    ちゃんと働けば、ちゃんと暮らせるはずだった。まじめにやれば、いつか整うはずだった。

    実際には、親の病院代を気にしながら、自分の血圧を測り、洗濯物を干している。

    文句を言いたい日もある。

    だが、文句だけでは朝食は出てこない。

    だから今日も、冷蔵庫を開ける。奥から同じ豆腐が二つ出てくる。どちらも賞味期限が近い。豆腐は悪くない。ただ、私の管理能力と買い物メモの連携が少しだけ乱れている。

    値引きシールの貼られた惣菜が妙にありがたい夜もある。冷めた残りものが、案外うまい日もある。

    こういう小さな情けなさを、笑えない日もある。

    でも、笑える日は笑っておく。

    笑いは解決ではない。肩が治るわけでも、家計が楽になるわけでも、介護の予定が消えるわけでもない。ただ、詰まりかけた空気を少しだけ抜くことがある。

    きれいな勝ち方はしていない。

    胸を張って、こう生きてきましたと言えるほど整ってもいない。

    ただ、左肩をかばいながら洗濯物を干し、片方の靴下を保留にし、豆腐を二つ並べ、値引き惣菜を皿に移している。

    それで、家は何とか回っている。

    まだ止まってはいない。

    根性で動かすな、保守で回せ

    若い頃は、止まったら負けだと思っていた。

    休むと遅れる。弱音を吐くと置いていかれる。立ち止まると、次の人に席を取られる。そんな空気の中で、ずいぶん長くやってきた。

    実際、止まれない時期もあった。

    家賃がある。仕事がある。家族がいる。父として、夫として、子として、やることがある。止まりたいと思っても、止まったあとの生活を誰かが代わりに組み立ててくれるわけではない。

    だから、根性で動かしてきた。

    眠くても動く。

    腰が重くても動く。

    気持ちが沈んでいても動く。

    身体の奥で小さな警告音が鳴っていても、聞こえないふりをした。

    そうやって何とかしてきた日々を、否定するつもりはない。あの時は、それしかなかった。根性でつないだ夜もある。無理をしなければ守れなかったものもある。

    ただ、そのやり方には後払いがある。

    根性は燃料ではない。

    削りながら使う予備電源だ。

    長く使えば、どこかに熱がたまる。冷まさずに回せば、内部から傷む。機械なら、異音が出た時点で止める。熱を持てば冷ます。紙粉が溜まれば掃除する。

    人間は、なぜかそれを許されにくい。

    まだ動けるだろう。

    みんな大変だ。

    これくらい普通だ。

    そんな言葉で、異音はなかったことにされる。本人もなかったことにする。私もそうしてきた。

    FAXの現場なら、そこで一度止める。カバーを開ける。中を見る。紙片が残っていないか確認する。ローラーに紙粉がついていないか見る。熱を持ちすぎていないか、使い方に無理がないかを見る。

    それなのに、自分の身体や家族のことになると、私はずいぶん乱暴だった。

    まだいける。

    あと少し。

    今日だけ。

    その「今日だけ」が、何日も積もる。

    父の薬を確認し、母の予定を整え、仕事の返信をし、洗濯機を回し、買い物へ行き、夜になってから自分の肩を押さえる。そんな日が続くと、自分の異音は後回しになる。

    だが、自分が完全に止まると、家の回転も乱れる。

    これは自己管理ではなく、家を回すための現実的な話だ。

    だから今は、少し考え方を変えている。

    根性で動かすな、保守で回せ。

    これは、自分に言っている。

    朝から全開にしない。肩が上がらない日は、洗濯物を一度に全部干そうとしない。父の薬を確認する時は、先に深呼吸をひとつ置く。母の同じ話に返事をする前に、湯呑みを持つ。

    たかがそんなことか、と昔の自分なら思っただろう。

    でも、今の私は知っている。

    止まらないための工夫は、派手ではない。

    保守とは、甘えることではない。長く動かすために、無理な負荷を避けることだ。完全復旧を目指さず、今日の運転を安定させることだ。

    父の布団を直す。

    母の予定を確認する。

    洗濯機のフィルターを見る。

    自分の血圧を測る。

    仕事鞄の中から、昨日のレシートを出す。

    冷蔵庫の豆腐を手前に寄せる。

    こういうことを、生活の保守と呼んでもいいのではないかと思っている。

    そんな名前をつけたところで、現実が急に楽になるわけではない。父の痛みが消えるわけでも、母の記憶が戻るわけでも、左肩が軽くなるわけでもない。

    けれど、名前をつけると、少しだけ扱いやすくなるものがある。

    疲れているのではなく、負荷がかかっている。

    怠けているのではなく、冷却が必要なだけだ。

    逃げているのではなく、再詰まりを防いでいる。

    そう言い換えるだけで、乱暴に自分を責める手が少し止まる。

    人間は機械ではない。

    何度もそう思う。

    だが、人間のほうが機械より乱暴に扱われることがある。

    人間には、点検日がない。

    親の介護にも、50代の身体にも、家族の疲れにも、きちんとした保守契約はついていない。

    だから、自分で見るしかない。

    家族の顔を見る。

    声の調子を見る。

    父の手の温度を見る。

    母の返事の間を見る。

    自分の肩の上がり方を見る。

    そして、少し手を抜けるところは抜く。

    これは、負けではない。

    全部を完璧に回せない日、惣菜に頼る。洗濯物を畳まず、かごに入れたままにする。返信をひとつ明日に回す。

    昔の私は、そういうことを敗北のように感じていた。

    今は違う。

    それは、停止を避けるための調整だ。

    今日、家が止まらないようにする。

    今日、誰かが倒れ込まないようにする。

    今日、自分の中の紙片を奥へ押し込まないようにする。

    そのために、少し休む。少し笑う。少し黙る。少し書く。

    誰も拍手しない。写真にも残らない。だが、そういう小さな保守で、家はどうにか朝を迎える。

    新品には戻せない。

    父も、母も、私も、時間も、身体も。

    それでも、今日動くように見る。

    大げさな旗は立てない。ただ、洗濯機の音を聞き、薬袋を見て、肩をかばい、豆腐の期限を確認する。

    その程度のことを、明日も続ける。

    それで、かなり上等だと思う。

    若い人へ言わない手紙

    若い人に、偉そうなことを言う気はない。

    私たちの世代も、若い頃は上の世代からいろいろ言われた。もっと我慢しろ。努力が足りない。選ばなければ仕事はある。そういう言葉を、ずいぶん飲み込んできた。

    そのたびに、いったん黙る。

    同じ石を、次の人へ投げても仕方がない。

    若いうちは、50代の身体のことなどわからなくていい。親の老いも、自分の老いも、まだ遠くに見えていていい。夜更かしして笑えるなら、それはその時期の身体が持っている力だ。

    50代も、昔はそうだった。くだらない話で笑い、自分だけは年を取らないような顔をしていた。

    親が小さく見える日が来ることも、自分の肩が上がらない朝が来ることも、頭では知っていた。だが、身体では知らなかった。

    中年は、ある日いきなり来るのではない。

    少しずつ来る。

    寝ても抜けない疲れとして来る。親の病院予約として来る。冷蔵庫の中の管理として来る。血圧計の数字として来る。

    そして、ある朝、洗濯機の音が少し変だっただけで立ち止まる。

    怖がらせたいわけではない。ただ、自分を使い捨てにしないでほしいとは思う。

    自分を雑に扱い続けると、あとから身体が小さな紙片を残す。取ったつもりの詰まりが、奥に残っている。ある日、別の場所で引っかかる。

    若い人には若い人の削られ方がある。速さや比較や数字に追われている。

    だから、上から何かを言うより、これだけを机の端に置いておく。

    異音は、早めに聞いたほうがいい。

    止まる前に、水を飲む。眠る。逃げる。誰かに話す。スマホを閉じる。予定をひとつ減らす。

    そんなことは、きれいな答えではない。だが、後になって効くことがある。

    普通に動くというのは、案外すごいことだ。

    今日、家が止まらなかった。

    今日、誰かがご飯を食べた。

    今日、薬を飲めた。

    今日、少し笑えた。

    今日、言いすぎたあとで水を飲んで黙れた。

    そんな記録も、人の一日としては十分重い。

    若い人に、50代をわかってほしいとは思わない。わからないまま進んでいい。こちらも、若い頃にはわからなかった。あとから遅れてわかることばかりだ。

    ただ、いつか自分の中で小さな音が変わった時、無理に聞こえないふりをしなくていい。そういう選択肢があったことだけ、どこかで思い出してくれたらいい。

    50代になっても、人は案外笑う。

    靴下が片方だけ出てきて笑う。豆腐をまた買ってしまって笑う。笑っている場合ではない日でも、笑ってしまう瞬間がある。

    その笑いに、何度か助けられた。

    壊れる前に、いったん止まっていい。

    それは負けではなく、ただの保守だ。

    今日の保守記録

    夜になって、洗濯機の音は止まっていた。

    朝の小さな異音は、結局、底に残っていた小銭の音だった。ポケットから出し忘れた十円玉が一枚、洗濯槽の端に引っかかっていた。取り出してみると、少し黒ずんでいた。

    大きな故障ではなかった。

    それだけで、少し気が抜けた。

    朝からずっと、頭のどこかでその音を聞いていたのだと思う。母の声に返事をしながらも、父の薬袋を見ながらも、洗濯機の奥で鳴った一度きりの音が、薄く残っていた。

    人間は、目の前のことだけを見ているようで、実はいくつもの音を同時に聞いている。

    父の薬は、予定通りに飲めた。

    痛みが消えたわけではない。会話が弾んだわけでもない。ただ、水を飲み、薬を飲み、少し目を閉じた。その横顔を見て、布団の端を直した。

    昔の父なら、自分で布団くらい直した。

    そんな当たり前のことが、今は私の手元にある。掛け布団を少し引く。枕の位置を見る。わからないことのほうが多いが、少しだけわかることもある。

    母は、今日も同じ話をした。

    私は一度だけ、返事を急いだ。言い方が少し硬くなった。母は気づいたのか、気づかなかったのか、黙って湯呑みに手を伸ばした。

    その手を見て、私は冷蔵庫の前に立った。

    何かを取りに行ったふりをして、少しだけ間を置いた。冷蔵庫を開ける。冷気が顔に当たる。用もないのに中を見る。豆腐が二つ並んでいる。朝よりも少し前に出した豆腐が、律儀にそこにある。

    私は何を取りに来たのだったか。

    たぶん、何かを取りに来たのではない。

    自分の声を冷ますために来たのだと思う。

    台所には、夕食の匂いが残っている。

    値引きシールの貼られた惣菜を皿に移し、冷めた残りものを温め直した。豪華ではない。だが、こういう夜の惣菜は妙にありがたい。

    仕事鞄を開けると、昨日のレシートと、使いかけのメモが出てきた。

    メモには、父の薬、母の予定、洗剤、豆腐、と書いてある。豆腐はすでに冷蔵庫に二つあった。冷蔵庫の奥は、私の記憶より正直だ。

    左肩は、まだ少し重い。

    洗濯物を取り込む時、無意識に右手を多く使っていた。身体は自分で調整しているのだろう。壊れたと言うほどではない。だが、同じ使い方ではもたない。それはもう、はっきりしている。

    父の部屋から、寝息が聞こえた。

    母の部屋は、静かだった。

    静かな家は、平和に見える。だが、その静けさの中にも、明日の予定や不安や疲れが沈んでいる。明日になれば、また何かが鳴る。スマホか、洗濯機か、母の声か、父の痛みか、自分の身体か。

    それでも、今日は終わる。

    机に座り、スマホを開く。

    noteの下書き画面が白く光る。何を書くかは、まだ決めていない。決めていないのに、指は少しずつ動き始める。

    今日、洗濯機の音が変だったこと。

    父の薬袋を確認したこと。

    母に少し硬い声を出したこと。

    左肩が上がりにくかったこと。

    冷蔵庫に豆腐が二つあったこと。

    十円玉が洗濯槽の底で鳴っていたこと。

    どれも、世界を変える話ではない。

    だが、今日の家を動かしていたものだ。

    書くことは、私にとって再起動ではない。新品に戻るための儀式でもない。壊れた自分を、きれいに修理する作業でもない。

    ただ、今日も完全停止しなかったことを記録する。

    それくらいが、今の私にはちょうどいい。

    若い頃は、人生を大きく変える言葉が欲しかった。強い言葉。遅れを取り戻せるような言葉。そういうものを探していた時期もある。

    今は、少し違う。

    必要なのは、明日の朝、まず何を見るかを忘れないための言葉だ。

    洗濯機の音。

    父の顔色。

    母の返事。

    自分の肩。

    冷蔵庫の中。

    スマホの通知。

    どれも面倒で、どれも生活だ。

    人生は新品には戻らない。

    父も、母も、私も、使われ続けてきた。傷もある。摩耗もある。見えないところに残った紙片のようなものもある。取れるものもあれば、取れないものもある。

    それでも、まだ使える優しさが少し残っている。

    それを乱暴に使い切らないように、明日も見る。

    完全復旧ではない。

    でも、今日も止まらなかった。

    明日もまずは、状況確認からでいい。

    今日の保守記録は、これで終わる。

     
     
    このnoteは、EX-FAX-CEというロスジェネ氷河期第一世代である一人の50代男の「人生劇場」です。 介護、仕事、50代の失敗、昔の記憶、笑える脱線。 まだ人生を間に合わせようとしている日々を残しています。 ✨Kindle著者|note連続投稿820日超

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