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「発言は個人の見解に基づくものであり、所属組織を代表するものではありません」

    江草 令

    このフレーズよく聞きますよね。

    ツイッターのプロフィールとかに書いてる人も多いです。

    前々から思ってたんですけど、これなかなか味わい深いフレーズですよね。


    これを言う人が多いってことは、逆にSNS上の発言が「実は個人の見解でなく所属組織を代表してる時」ってのがそこそここの世にあるってことになります。

    実際のとこ、それってどういう時があるかなと考えてみると。


    まず、たとえば「公式アカウント」って銘打ってるアカウントであれば、確かに代表性がありそうです。
    たった1ツイートだけで華々しく輝いた医学放射線学会公式ツイッターアカウントも、なるほど、代表感があります。
    ただ、「公式アカウント」はそもそも個人として扱われてないので「個人の見解でなく」と言う必要がなさそうなのが合わないですよね。


    あるいは、代表取締役とか社長が発言してる時なら代表っぽそうです。これなら「個人の見解でなく所属組織を代表してる」と言えるかもしれません。一番エラいトップなんだから所属組織の代表的見解だろうとみんな思うはずです。逆にそうでない時が想像し難い。
    ただ、時々、社長が「発言は個人の見解に基づくものであり〜」と注釈を入れてることを見ることがあるので世の中は複雑です。(そんなの通るの?)


    あとは、個人の見解に見せかけて、ステルスマーケティング的にSNS上で自社の意向に沿った発言をする社員というのも居るのかもしれませんが、それならわざわざ「発言は個人の見解に基づくものであり〜」などと書かない方がステマがバレにくいような気がするので、やはり違和感があります。



    そう考えると、せめて社長でもない限り、所属する組織を代表して個人が発言するのって難しいのではないでしょうか。

    だいたい、「公式」とか「広報」とか銘打たずに会社の代表として勝手に発言する社員って逆に怖いでしょう。なにせ「一員として」じゃなくって「代表として」ですからね。

    たとえば、「発言は個人の見解に基づくものではなく、所属する組織を代表するものです」ってプロフィールにあるとかね。

    うん、とても怖い。


    そんなわけで、「勝手に組織を代表する社員」が想定しにくい以上、「発言は個人の見解に基づくものであり〜」と書く必要があまりないように感じるのですよね。

    「個人の見解である」と強調するのとは逆に、「発言は組織を代表してる」と理解してもらうために「公式」とか「広報」とか「PR」とか入れる方は理解できるし、一般的と思います。外交上の使者も「吾輩は全権委任を得た特使である」などと交渉に先立って宣言するものですし。
    少なくとも所属組織を明記せずに「代表する」なんてありえないでしょう。

    つまり、どうにも「む、この個人、実は所属組織を代表してるな?」と思う場面が想像し難いというか。
    実は江草が知らないだけでけっこうあるのかしら。


    そもそも、「発言は個人の見解に基づくものであり〜」と注釈を入れてたところで、いわゆる炎上をしてしまった時に、それをもって免責になりそうな気がしないんですよね。
    昨今の数々のキャンセル・カルチャー事件を見るに、正直なところ、焼け石に水でしかなさそうです。


    だからなおさら、じゃあ「発言は個人の見解に基づくものであり〜」はなんのために注記してるのかという不思議さがあります。

    うーん、味わい深い。


    ……とまあ、色々とぼんやりと考えてきましたが、以上の考察は個人の見解に基づくものであり、所属組織を代表するものではありません。

     
     
     
    仕事、子育て、少子化、社会保障、医療などについて考え、書いています。プロジェクト「LIFEWORK WORKS」で、「人が自分の人生をより自由に選べる社会」を目指す「ライフリベラリズム」を構想中。医師/MPH。本好き、子どもラブ。Amazonアソシエイト参加中。

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