
じいじになった父|父と娘の話
記憶の中の父は、それはもう恐ろしかった。
令和の時代ではアウトになるであろう、叩く、怒鳴る、無視する━━━。
昭和の育児だったな、と思う。
もちろん良い思い出もたくさんあるのだが、父は怖いというイメージが強いのは、致し方ないと思う。
そのせいもあり、私の反抗期も長く、高校から大学にかけて冷戦のためほとんど会話をした覚えがない。
大学生のときに父が入院してから少しずつ歩みよっていき、今では普通の父と娘になった。
さらに態度が軟化したのは、孫が生まれてからだ。
元々子ども好きな気はしたが、じいじになった父はそれはもう甘い。
めちゃめちゃ甘い。
わたあめのようにふわふわに優しくて、甘くなった。
あの父に育てられた娘からすると、正直誰ですかという気持ちである。
特に長男は初孫ということもあり、隙あらばおもちゃを買い与えようとしたり、散歩に連れて行ったり、回らない寿司に連れて行って高級まぐろを食べさせていたり。
娘は18年一緒に住んでいたが、そんなものは食べさせてもらっていないのだが。
子育てをしていると、子どものころの自分がどうしてもらいたかったのか、追体験をするようなことが多い。
そんな時に昔の自分がひょっこり顔を出してくると、父との関係は少しだけ胸をざわつかせる。
それはこういう育てられ方をしたから、子どもたちにきつく当たってしまうのではという心配や、こんなに可愛がってもらって羨ましいという羨望だ。
私もこういう風に甘えさせてもらいたかった。
大切にされたかった。
今感じる少しの生きづらさは、まだ私の子どもの頃に感じた負の感情を消化しきれていないからなんだろう。
でも氷が徐々に溶けていくように、心の奥の冬が溶けていく日はくる。
胸のざわつきも、少しずつ手放していけるようになるはずだ。
孫たちに甘い父も、またひとつの親の在り方なんだろう。
父と娘が、母とじいじになり、家族の形が変わったからこそ絆が深まった。あんなに怖かった父の背中を、今は孫たちが追いかけている。
その姿をみると、今孫たちを大切にしてもらうだけで、それで十分なのだ。
いつまでも元気に、孫たちを甘やかしてもらおう。
私の中にいる小さい頃の私も、きっと一緒に成長していけるはずだ。