メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo byani8942

顔をあげて歩けているとき[2025.10.18]

    私は昔からどちらかというと下を向いて歩いている方だ。
    コンタクトを着けるかメガネをかけていないと、日常生活が送れないぐらいド近眼ということもあるが、小さい頃よく躓いて、べちゃっとこけていたので、道路を見ながら歩く癖がついている。

    職場の近くで、前から上司が歩いてきていても、大分近づいてから手を振ってアピールしてくれるまで気づかない、という感じ。(下見て歩いてるなーと言われたこともある。)

    下ばかり見て歩いているから、この間みたく、上からの泥を被ったのかもという言い方もできる。今の時代、看板降ってきたりもするから気をつけよう。

    さて、ただこの下を向いて歩くというのは、その時の自分の心持ちにも大分影響されているようだということにここ数年で気づいた。

    何だかちょっと良い感じの(自分のことを認めてくれている)人が現れている時は、自然と視線があがっていて、街なかでも、周りの人々の表情がよく見えるのだ。

    それぐらい普段自分に自信がないのかもしれない。

    周りの人々の表情がよく見えるとどんなことが起きるかと言うと、人間観察が始まる。

    自分の関心事がパートナー探しだからというのもあるが、特に最近はカップルの観察が面白い。
    あと、これ親子だなという観察も面白い。

    特に結婚しているカップルは、やっぱりギャル男にギャル子理論て正しいなと、思わされることが多い。
    一緒に過ごしていると、まとう雰囲気が同じと言うか、カップルは似てくると言うけれど、類友とか、やっぱりどこか自分に似たところがある人を選ぶのだろうか。それとも、後発的に似てくるのだろうか。

    パートナーは、似ている人が良いのか、反対の人のほうが補完できて良いのかというのも永遠の課題である。
    いま、出会って関係を深めていっているなかで、沼落ち彼的な自分と似た感性を持っている人と、共感点はあるけれど正反対だなと思う人がいる。

    似ていると、共感できるから強いのか、それとも、分かりすぎて辛くなるのか。
    正反対だと、現実生活は補い合ってうまく回りそうだが、共感できるのか、とか気になる。

    そんなことを思いながら、今日もダブルヘッダーデートの帰り道、電車の中で色んな二人組を観察するのであった。


    あなたへのおすすめ