
とある携帯業界の日常:第二十四話
◆ エピローグ
《5月》
ぎゅっと目を閉じると、目蓋の裏に緑色の四角い光が明滅した。その光が完全に消え去るのを待ち、啓子はゆっくりと目を開いた。
目のピントが九州市街地の遠景に合い、心地よい気分だった。視神経を伝って脳に喜びが伝わってくるのが分かる。電子画面に辟易していた証拠だろう。
啓子は付き合っている彼氏と共に、山腹の簡易展望台へ来ていた。らせん状の登山道の途中にある簡素な展望施設だが、無料で市街地を一望できるので、デートスポットとして人気があるのだ。なかば休日返上で働いてきた繁忙期を終え、一息つける休日の昼下がりだった。
「にしても、こういう場所に来たいって言い出すの珍しいよな。普段はうまいものが食いたいの1点張りなのに」
「最近パソコンの入力処理に追われていたのよ。だから、アナログ的自然に触れたいと思ったのかな」
猫のように背伸びをしつつ、彼の疑問に答える。
啓子の彼氏は4歳年上の31歳。厳つい風体でお世辞にもハンサムとは言えないが、聞き上手な性格は啓子との相性が良く、付き合いは4年目に突入している。
「面接受かりそうだ」
並んで景色を見ていた彼氏がボソリとつぶやく。彼は、前職を退社したばかりでフリーの身だった。
「お前、俺と結婚したいとか思うか? 仕事決まったら、プロポーズの予定なんだが」
「何、その相談。普通その相手にしないでしょ」
缶コーヒーを口角から吹き出した啓子が非難がましく言う。だが、言葉に反して頬は緩む。
「ムフフ、あなたもそんなこと考えるんだ。ありがと」
そう言いつつ、現実的に結婚について考える。幾度も思案してきたことだが、携帯ショップの店長は主婦と兼業でやっていけるほど甘くはない。
「家事とかは、俺も手伝うよ。仕事のことは心配するな」
啓子の思案を見透かしたように、彼が言う。
「じゃあここ予約しとくから。100万円ぐらいのやつよろしく」
啓子が自分の薬指を指差しつつおどける。彼は優しげな苦笑を湛えて啓子を見つめた。
この会話の本気度がどれほどの物なのか、当の啓子にも良く分からない。だが結婚したとしても、子供を産むまでは現職を続けられるだろう。その間に鮫島あたりが育てば、寿退社してもいいかなと考える。
彼から市街地の遠景に視線を戻した啓子は、缶コーヒーを片手に、思わず空いた手を腰に添えた。そのまま本能に任せてグイッとラッパ飲みする。その瞬間、近くの草陰からシャッターを切る小さな音が聞こえた。
了