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リバヌス・ギア虚数空間の逆行


    第䞀章予兆りロボロス

    1

    六月。本来であれば初倏の爜やかな颚が吹き抜けるはずの西ペヌロッパは、灌熱地獄ず化しおいた。

    フランス・パリで42.1床、ドむツ・ベルリンで40.8床。倧西掋を挟んだアメリカ東海岞、ニュヌペヌクでも連日40床を超える蚘録的な猛暑が続いおいた。冷涌なはずの高緯床地域を襲ったこの前䟋のない熱波は、もはや「異垞気象」ずいう生易しい蚀葉では片付けられないレベルに達しおいる。ニュヌスキャスタヌは深刻な顔で「気候危機」を䌝え、街の至る所のスプリンクラヌは虚しく、異垞な熱さぞの無力感を挔出しおいた。人々は、毎幎のように塗り替えられる最高気枩の数字に麻痺し、無抵抗になり぀぀あった。

    しかし、東京倧孊のキャンパスの䞀角にある空海陞宇宙研究開発機構JASRDの䞀宀にこもる磐城那智いわき なちだけは、目の前のモニタヌに映し出されるデヌタに、背筋が凍るような戊慄を芚えおいた。

    「  あり埗ない。通垞の気象モデルのシミュレヌションが、完党に砎綻しおいる」

    那智は䞭堅の地球物理孊者だ。䞖界䞭の気象衛星や海底芳枬ネットワヌクから送られおくる膚倧な数倀を解析するのが圌の仕事だったが、ここ数週間の地球は、たるで『未知の惑星』のようだった。

    熱波の原因ずされおいるのは、偏西颚の倧蛇行だが、しかし  
    倧西掋海底の熱氎埪環デヌタを開いたずき、那智の指先が止たった。

    倧西掋の䞭倮海嶺付近。前衛的な科孊者たちの間では、か぀お地球の初期公転軞があったず提唱され始めおいるその深海域で、海流が奇劙な「完党埪環」を始めおいた。゚ネルギヌが倖郚に逃げるこずなく、たるで自らの尟を飲み蟌む蛇のように無限の自己埪環を繰り返しおいる。しかも、それたでずの向きず逆行する方向に、だ。

    「りロボロス  」

    那智は、画面に浮かび䞊がった非線圢な高゚ネルギヌ定数領域を、そう呟いお睚み぀けた。数匏䞊、そこは通垞の3次元空間の蚈算が通甚しない特異点――「nH」領域を瀺しおいた。倧西掋海底のこの深い谷から、䜕かがあふれ出おいる。でも捉え切れおいない。

    「物理的な熱の移動じゃない。自己埪環しお芋えおいるけど  芳枬噚が反応しおいない        光速を超えた゚ネルギヌが挏れおいる  」

    那智は、自身の口から出た突飛な独り蚀に、銖を振った。珟行の地球物理孊では「オカルト」ず䞀蹎される発想だ。だが、モニタヌが瀺す厳栌な数倀は、それが玛れもない事実だず告げおいた。

    2

    同じ頃、日本の各地では、埮小で頻繁な地震が連日発生しおいた。 気象庁の発衚では「矀発地震であり、巚倧地震の予兆ではない」ず繰り返されおいたが、日本党土の地殻が絶え間なく震えおいるその様は、たるで日本列島を粉々に砕いお最初からなかったこずにしようずしおいるようにも思えた。

    『物理法則は、もう砎れおいるよ、磐城くん』

    突然背埌から声をかけられ、那智は跳び䞊がった。振り返るず、そこには独自の地震芳枬ネットワヌクを持぀むンディペンデントな芳枬員で、民俗孊者でもある䌊勢矎穂いせ みほが立っおいた。圌女の切れ長の目は、那智のモニタヌを遠慮なく芋぀めおいる。

    「䌊勢矎穂さんか  。アポなしで入っおこられおは困りたす」

    那智は、嫌味ったらしく『フルネヌム』で圌女の名前を口にした。

    「固いこず蚀わないで。それより、あなたも気づいおるんでしょ倧西掋の『nH』。そしお、その裏偎にあるこの日本近海の倧異倉に」

    矎穂は手元のアブストラクト論文芁旚を無造䜜に那智のデスクに眮いた。そこに衚瀺されおいたのは、倪平掋プレヌトがナヌラシアプレヌトの䞋に朜り蟌む境界――日本海溝呚蟺の最新の3次元地殻倉動デヌタだった。

    「芋お。倪平掋プレヌトが西に向かっおスラむドする重さが、今月に入っお通垞の10倍以䞊に加速しおいる。氎深が深くなるに぀れお、朜り蟌んでいく先にあるナヌラシアプレヌトずの間に、物理的にあり埗ない隙間ができおいるみたいなの。倪平掋沿岞が巚倧な海底トンネルの入り口になっおいるずしか思えないのよね」

    「トンネル   プレヌト同士は匷倧な圧力で密着しおいるはずだ。トンネルどころか隙間すらできるわけがない」

    「これたでの物理ならね」

    矎穂は䞍敵に埮笑んだ。

    「トンネルはさすがに倧袈裟だったかしら。巚倧な貝の口ならどう呌び方はどうでも、珟実に隙間が発生しおいお、ただ埋たっおいないのよ。物理的に想定されおいるその隙間を埋める圧力がかかるたでに、想定倖の時間がかかっおいるみたい。この『タむムラグ』が䜕を意味しおいるか、わかる」

    那智は絶句した。矎穂が提瀺したデヌタを自分のシミュレヌタに流し蟌む。 矎穂の蚀う「隙間」の『タむムラグ』に吞い蟌たれた海氎が、超高圧の地殻深郚で䞀瞬にしお圧瞮され、超高枩の氎蒞気ぞず盞転移する。ディスプレむにはたるで『時空の歪み』に海底が吞い蟌たれおいくような解析結果が衚瀺された。盞転移した空間の膚匵が、地䞋の堅い岩盀に内偎からひびを入れお空間の限界を突砎しようずしおいる。それが、連日続く矀発地震の正䜓だった。

    地衚ではそれらのひびからすり抜けおきた100床以䞋の氎蒞気が、倧気䞭に攟出されおいた。その䞊、地䞊は䜕らかの原因で颚も吹かず、日本各地で発生した局所的な蒞し暑さは倧気を飜和状態にし、ゲリラ豪雚を頻発させおいた。

    「地底で、巚倧な湯沞かし噚が暎走しおいるようなものか  」

    「そう。そしおね、磐城くん。このプレヌトの隙間、冷たくお重たい海底の氎を地底に匕きずり蟌んで、熱い氎蒞気を噎き出すこのトンネル  倧昔の人間は別の名前で呌んでいたのよ」

    矎穂の声が、䞀段ず䜎くなった。

    「――『黄泉平坂よも぀ひらさか』」

    那智はうんざりしお顔を背けたが、矎穂はかたわず続ける。

    「生者の䞖界ず、死者の䞖界の境界。フィリピン海プレヌトは、か぀お黄泉の囜に通じる道を塞いだ『千匕の岩ちびきのいわ』だったのかもしれない。倧昔の地球は、今ずは党く違う物理法則で動いおいた。神話や童話は、圓時の人類が目撃した生々しい科孊ドラマの蚘録なのよ」

    那智は矎穂の「かもしれない」話が嫌いだった。地球物理の正統掟である自分は、い぀もなら無芖するはずのオカルト話だ。しかし・・・目の前のデヌタ珟実ずオカルトが芋事にパズルを完成させおいく。
    信じられない・・・。
    那智は冷笑する。

    「神話が、過去の地球物理の蚘録だず蚀うのか  」

    「それだけじゃないわ。本圓に恐ろしいのはここからよ」

    矎穂は画面を切り替え、さらに壮倧で、狂気じみた芳枬デヌタを那智に突き぀けた。そこには、地球の質量そのものが、目に芋えない次元で匕き裂かれおいる兆候が捉えられおいた。


    3

    矎穂がキヌボヌドを叩くず、モニタヌ画面に地球党䜓の質量分垃を瀺す3次元ホログラムが浮かび䞊がった。通垞であれば均䞀であるはずの重力堎が、倧西掋の䞭倮海嶺付近から宇宙に向かっお歪んでいる。䞀方で倪平掋偎の日本海溝付近でも、プレヌトの隙間に沿っお重力堎が地球内郚に向かっお匷く歪んでいた。

    「これを芋お、磐城くん。これが私たちの芋おいるプレヌトテクトニクスの裏の顔よ」

    矎穂が指差したのは、西に向かっおスラむドを続ける倪平掋プレヌトの軌跡から、”逆走しおいく䜕か”だった。

    「僕たちの教科曞では、倪平掋プレヌトはマントルの察流に乗っお、幎に数センチメヌトルず぀ナヌラシアプレヌトの䞋に朜り蟌んでいるずされおいる。  でも、この質量゚ネルギヌの乖離デヌタは・・・」

    那智は県鏡のブリッゞを抌し䞊げ、画面に衚瀺された数匏を凝芖した。頭の芯がゞリゞリず焌けるような感芚。圌がこれたで信じおきたニュヌトン力孊やアむンシュタむンの盞察性理論の枠組みが、足元から厩壊しおいく。

    「質量が  光速を超えおいる  」

    「そう。地球深郚の゚ネルギヌが極倧化するこの呚期においお、倪平掋プレヌトの運動は二぀の盞反する物理珟象に分裂しおいるの。䞀぀は、私たちが地衚で芳枬しおいる芏則的な西向きのスラむド。これは実は――」

    矎穂は䞀瞬、逡巡したようだったが続けた。

    「これはね、光速䞋にずどたった物質が『虚数空間ぞの空間逆行』を起こしおいる姿なのよ。その質量の割合は、党䜓の99.3%」

    「99.3パヌセントが  空間を逆行しおいる  」

    那智は動揺しお声が裏返っおしたった。

    そんなたさか。質量が空間を逆行しおいるずいうこずは、プレヌトが西にスラむドしおいるなんお次元じゃない。空間そのものが、時系列䞊の過去の䜍盞に巻き戻ろうずする”時空の反䜜甚”だ。

    「・・・じゃあ、残りの0.7%の質量はどこぞ行ったんだ」

    「nHよ」

    矎穂はあっさりず答え、画面を倧西掋、そしお北極圏ぞずスクロヌルさせた。そこには、那智が発芋した倧西掋の「nHりロボロス」領域から宇宙空間に向かっお䞍可芖の゚ネルギヌが、たるで巚倧な間欠泉のように集玄されお噎き䞊げられおいるシミュレヌションが衚瀺されおいた。

    「残された0.7%の質量は、重さに倉換され、『超光速空間』ぞず匟き飛ばされおいるの。向きは倪平掋プレヌトの進行方向ずは真逆。倧西掋のnH領域から発生したものが北極圏のゲヌトから、目に芋えないサむロ噎射口を通っお、宇宙空間ぞず䞀気に倧攟出されおいるわ。この熱や電磁波を北極圏の氷が吞収しおくれおいるから、この皋床の熱波で枈んでいるのよ」

    「超光速の攟出  。そんな莫倧な質量゚ネルギヌが宇宙ぞ攟出されおいるなら、なぜ地球は軌道を倖れない」

    「栞分裂ず同じよ」

    矎穂は静かに蚀った。

    「りランが栞分裂を起こしお膚倧な゚ネルギヌに倉わるずき、消倱する質量はわずか0.1%から0.7%の間。地球は今、惑星芏暡の『栞分裂的な自己曎新』を行っおいるの。無限倧に達した地球深郚の゚ネルギヌを逃がすために、0.7%の質量を宇宙に攟出しおいる。99.3%の質量が軌道を倖れないためにね」

    那智は息を呑んだ。空海陞宇宙研究開発機構JASRDの茚城県぀くば垂に拠点を眮く宇宙芳枬班から䞊がっおいた、原因䞍明の報告を思い出したからだ。地球の衛星軌道䞊、倧西掋の真䞊に䜍眮する空間で、䞍自然なマむクロ波の異垞電離局が圢成され぀぀ある。

    「地球はシステムを維持するために自分自身を冷华し、宇宙空間に巚倧な排熱機関を構築しようずしおいるのよ。私たちからしおみたら、新しい倪陜が䜜られおいるようなものね」

    「  マむクロ波生成装眮か。宇宙空間に、地球から攟出された質量が再構成されお、巚倧な゚ネルギヌの巣を䜜ろうずしおいるのか」

    「芳枬者の目を欺いお、たるで時空の䞍正ね」

    矎穂は画面を切り替え、「予枬」を提瀺した。

    4

    「珟代の黄泉平坂に匕きずり蟌たれた海氎は高圧だから、実際よりも䜓積が倧きいのよ。地球の深郚は高密床で重いずされおいるけれど、速床が重さに倉換されおいるだけで実は䜎密床で軜い。そこに高密床で重たい海氎が接觊するず  高枩の1Hず䜎枩のnHがりロボロスするわ。珟代の黄泉平坂では、あの䞖ずこの䞖が぀ながっちゃったわけね」

    「  はい」

    「磐城くん。さお問題です。海底にぎゅヌっず圧瞮されおいた氎が空に移動しお、倧雚を降らせお、海氎が嵩䞊げされおいるずしたら」

    「  なにオカルトなのクむズなの」

    「゚ネルギヌは氎の生成を䌎うものでしょう」

    「だから䜕の話」

    「倪平掋の海底がすり鉢状になっおいるずしたら海面が䞊昇したらレンズが厚くなるでしょう」

    那智は頭の䞭で電磁気孊の基本法則を組み立おた。電流が盎進するずき、その呚囲に円圢の磁界が生たれる。もし、倪平掋の海底がすり鉢状に窪み、海面の䞊昇に䌎っお「倪陜光のレンズ効果」が増倧しおいるずしたら――。

    「倪平掋の䞭倮が倪陜光で急激に蒞発し、海氎が『右ねじの法則』で枊を巻き始める  」

    「その通り。今、倪平掋のど真ん䞭で、目に芋えない巚倧な『極枊きょくうず』が発生し぀぀あるわ。このたた倧気ず海流の枊が限界突砎すれば、地球の遠心力のバランスは完党に厩れる。  地球の南北軞の䜍盞が、䞀瞬にしお90床ずれるわ」

    「ポヌルシフト  いや、トポロゞヌ・ダりン䜍盞の厩壊か」

    那智は叫んだ。

    もし南北軞の䜍盞が90床ずれれば、日本は党く別の気候垯に攟り蟌たれる。颚の向きは激倉し、山脈が颚を遮る䜜甚もこれたでずは根本から倉わっおしたう。

    「正解。完党に䜍盞がずれお新しい地球になるのか、それずも䞀時的なパルスで元に戻るのか、私の第六感でもただ読み切れない」

    矎穂はモニタヌの光に照らされながら、どこか遠くを芋るような目で呟いた。

    「でもね、磐城くん。私たちは今、地球の、いいえ、宇宙の滅倚にない”倧呚期の特異点”に居合わせおいるのよ。極地の氷が溶けるのも、ペヌロッパが6月に40床を超えるのも、日本でバケツをひっくり返したようなゲリラ豪雚が頻発するのも、すべおは地球が次の姿ぞ生たれ倉わるための準備。――私たちは、人類の歎史䞊、ずんでもなく貎重な䜓隓をしおいるずころなのよ」

    その時、研究所の床が、これたでで最も激しく揺れ始めた。

    しかし、揺れの呚期が異垞に長い。地球の底からなのか倧気からなのか、䜕かが激しく「右ねじ」の方向ぞ匕き絞られるような、聞こえるはずのない空間の音のようなものが頭の䞭に充満しおいるようだった。

    「始たったわ」

    矎穂が窓の倖を芋぀める。

    6月の空は、どんよりずした䞍気味な黄金色に染たり、地衚からは目に芋えない氎蒞気の陜炎が立ち䞊っおいた。


    第二章海底トンネル時空の歪み

    1

    空海陞宇宙研究開発機構JASRDの地䞋深くで、緊迫した譊報音が鳎り響くのが、䞊階たで聞こえおきおいた。

    「磐城先茩 倪平掋プレヌトの沈み蟌み垯、日本海溝の党域で、軞察称のトポロゞヌ厩壊が始たっおいたす」 埌茩のオペレヌタヌが悲鳎に近い声を䞊げた。

    那智は矎穂ずずもにメむンスクリヌンを凝芖した。画面に映し出された日本列島の東海岞は、たるで巚倧なゞッパヌを開くように、倪平掋プレヌトずの境界線が䞍自然な「隙間」ずしお真っ黒に裂け぀぀あった。

    矎穂が蚀った「珟代の黄泉平坂」――それはオカルトなどではなかった。海底の重圧に抌し぀ぶされた冷たい海氎がその暗黒の裂け目ぞず吞い蟌たれおいく。超高圧の地殻深郚に達した海氎は、䞀瞬にしお盞転移を起こし、数千床の倧気ずなっお海䞊ぞず逆噎射しおいた。

    「  始たったわ。やっぱり新しいトンネルには千匕の岩がただできおいないのよ」

    叀代の黄泉平坂は、倪平掋プレヌトを割っおフィリピン海プレヌトで蓋をしたらしいが  日本列島ず䞊走する珟代のこの巚倧な黄泉平坂を塞ぐずしたら  那智は䞀瞬、芖界が真っ暗になったような気がした。自分がむザナギなら、日本列島を差し出したかもしれない  。

    矎穂の瞳には、真実を目撃した那智が映っおいた。

    2

    那智はキヌボヌドを叩き、地殻の歪み゚ネルギヌを蚈算した。自分がむザナギなら  あの時、咄嗟に浮かんだ答えを払拭するために、寝食を忘れお䞀心䞍乱にあらゆるパラメヌタのシミュレヌションをシステムに入力した。自分がむザナギなら、日本を海の底に差し出しお、䞀億二千䞇人以䞊の人々を䜕の躊躇いもなく殺しおしたっおいたのだ  。那智が払拭したいのは、残酷な答えではなく、これたで気付かなかった冷培な自分自身だった。

    通垞なら、これほどの質量移動があればマグニチュヌド10を超える超巚倧地震が発生し、日本は䞀瞬で壊滅しおいるはずだった。しかし、地震蚈が蚈枬する揺れは埮小で、ただ「長く、深い」空間の軋みだけが続いおいる。

    「たるで船に乗っおるみたいね」

    矎穂の蚀葉に那智ははっずした。
    確かに、揺れおるような揺れおいないような、気付かないくらいゆっくりず䞊䞋に振幅しおいるような、地震蚈の数倀からはわからない、ふわふわした感じがしおいた。

    その時、那智の端末に、倪平掋の真ん䞭――か぀お日付倉曎線があった海域から、信じられない芳枬デヌタが飛び蟌んできた。

    「  なんだ、これは。倪平掋の海氎が、䞀斉に空ぞ吞い䞊げられおいる  」

    モニタヌに送信されおきた人工衛星画像が捉えおいたのは、巚倧な台颚などずいう生易しいものではなかった。 倪平掋の䞭心に、盎埄数千キロメヌトルに及ぶ“空間の空癜地垯”が出珟し、黄金色の空を巻き取りながら海氎が巚倧な挏斗じょうごのように、倩空ぞず巻き䞊がっおいた。雲は右ねじの法則に埓っお枊を巻き、その䞭心は挆黒の宇宙空間ぞず盎通しおいる。

    「これは  極枊きょくうず   倪平掋が極になったんだわ」

    矎穂が感嘆の声を䞊げる。

    「真裏の倧西掋にも極枊が生たれおいるはずよ」

    か぀おの北極や南極ずいった抂念は、今この瞬間、倪平掋ず倧西掋を䞡極ずする新たな座暙系ぞず、䜍盞が厩壊しおいた。

    3

    「  100パヌセントを超えおいる」

    那智は、管制宀のモニタヌに匵り付いたたた呟いた。

    倪平掋の真ん䞭に極枊が確認されおからも、盞倉わらず日本列島を包む倧気䞭の氎蒞気飜和床湿床は、蚈算䞊の限界倀を突砎し続けおいた。地殻の歪み「珟代の黄泉平坂」から噎射した超高枩の氎蒞気は、䞊空で急速に冷やされ、日本の東偎を乳癜色の濃密な霧の䞭に閉じ蟌めおいた。芖界はわずか数メヌトル。倖に出れば、ぬるい枩氎プヌルの䞭にいるかのように、肌にじっずりず氎分がたずわり぀く。陜光は遮られ、䞖界は䞍気味に心地よい癜い闇に包たれおいた。その時、

    「磐城先茩 倪平掋の極枊を䞭心ずした気圧配眮が完党に固定されたした 日本党土の颚向が、これたでの季節颚ずは床䜍盞がズレおいる――南から北ぞ、猛烈な勢いで匕き絞られおいたす」

    埌茩オペレヌタヌの報告通り、窓の倖では、癜い闇を剝ぎ取ろうず暎颚がゎオオず音を立お始めおいた。それはただの颚ではない。倪平掋に誕生した新たな「北極」ぞず、これから北半球ずなる空間から倧気が吞い蟌たれおいく合図だった。

    「矎穂さん、地球の䜍盞が本圓に90床傟くなら、この霧が晎れたずき、日本は  」

    「極点そのものになるわけじゃないわ」

    矎穂は、暎颚にもびくずもしない窓ガラスにそっず手を觊れた。

    「倪平掋の極枊ずの䜍眮関係から蚈算するず、この本州は北緯40床から50床の範囲に収たる。北海道の䞀郚は超高緯床地域に突入するけれど、私たちはかろうじお、新しい䞖界の亜寒垯に螏みずどたれるわ。奥矜山脈の西偎は冷気から守られるずするず比范的枩暖になるかもしれないし  もっずも、地理的条件が倉曎するから蟲林氎産業はこれたで通りにはいかないず思うけど」

    矎穂の蚀葉は冷酷だったが、那智にはそれが確実な未来ずしお予感できた。デヌタは嘘を぀かない。倪平掋プレヌトの99.3%が起こしおいる「虚数空間ぞの空間逆行」の゚ネルギヌは、いたやこの日本列島の真䞋で限界たで圧瞮されおいるのだ。

    4

    那智は蚀葉にならないほど安堵しおいた。
    日本は消滅しなかった。
    もうそれだけで充分な気がした。寝食を忘れおこの身を捧げた結果のような気がしお、眪を償ったような、蚱されたような、そんな気分だった。

    心地よいたどろみに包たれお眠りに萜ちようずしおいた時、倧西掋の「nHりロボロス」領域を監芖しおいる、NASAおよびESA欧州宇宙機関の友人たちから盎通通信が届いた。

    「那智、無事か」

    画面に映し出されたのは、ノむズたみれのフランスの気象局にいる同僚の顔だった。

    「ああ、この通り生きおる。そっちの『nH』の様子はどうだ」

    「アメヌゞングだよ  倧西掋海底から宇宙空間ぞ攟出されおいる0.7%の質量゚ネルギヌが、衛星軌道䞊で完党に『グリッド網』を圢成した。地球の排熱機関ずしお機胜しおいるが、磁気異垞が発生しおいる。コンパスが狂ったのか、鳥たちが方向を倱っお隒いでいるよ」

    「やっぱりだ  」

    那智は矎穂ず芖線を亀わしお頷いた。

    「萜ち着いお聞いおくれ。倪平掋に極枊が発生しおいる。これに呌応しお倧西掋にも極枊が発生する可胜性がある。極地だず思っお察応するよう、呌びかけおくれ」

    フランスの気象局にいる同僚は唖然ずしお固たっおしたった。ず思いきや、磁気異垞の圱響か、画面がフリヌズしおいた。

    倧西掋のりロボロスが「超光速の質量攟出」で地球を冷华しようずし、倪平掋の極枊が新たな極軞を䜜ろうずしおいる。二぀の巚倧な海掋が、地球ずいうシステムを保぀ために党力で駆動しおいるかのようだ。海がこんなにも必死で地球を守ろうずしおいるなんお  。那智はたるで生き物のような『倧掋』に畏敬の念を抱かずにはいられなかった。地球は人間のものだず思っおいたけれど  海のものだったのかもしれない。

    「人間にできるこずはないのか  」

    那智は矎穂の論文芁旚を匷く握りしめた。

    「私たちの祖先だっお、このトポロゞヌ・ダりンを経隓しおきたはずよ。そんなに力たなくたっお時間が解決するわよ」

    冷静な矎穂に、那智は自嘲した。矎穂のこずをずっず、オカルトだず思っお軜んじおいたのに  。

    「質量が光速を超えるだなんお  信じられないな」

    「これたでだっお、物理法則はずっず砎れ続けおきたじゃないの」

    「ははは  。でもそれじゃあ、僕たちは虚数になるっおいうの」

    矎穂は圓然のように那智を芋぀めた。那智には、矎穂がそれたでずは別人に芋えた。

    「たさか  」

    「もう光速を超えおいるのよ私たちは虚数になるんじゃないわ。今、既に、もう、そうなのよ」

    矎穂は䞍敵に埮笑んだ。



    第䞉章重なり合う時空ポリリズム

    1

    極枊がもたらした暎颚が霧を晎らすず、日本海溝の時空の歪みから出たのであろう、蛍光ピンクの淡い光が、オヌロラのように倪平掋の䞊空に珟れた。たるで倩女の矜衣が舞い降りおくるような光景に、誰もが息をのんで芋ずれおいた。海倖ニュヌスは䞀斉にこの映像を「アマテラス」ずたどたどしい発音で玹介しおいた。

    矎しい䞀瞬を蚘録に残そうずする人々が傟けおいるスマホの画面には、差出人がわからない着信メッセヌゞが次々に衚瀺されおいた。
    「誰だろう」
    「わかんない。いたずら」
    「混線しおない」
    「バグ」
    皆それぞれ、疑問を口にし、銖を傟げおいる。

    東倧のキャンパスの䞀角にある管制宀からも、東の空に倩女の矜衣を確認するこずができた。その時・・・

    「  ゚ラヌが、消えおいく」 オペレヌタヌが呆然ず呟いた。

    するず突然、モニタヌに衚瀺されおいる地球のタむムラむン・むンゞケヌタヌの「2026幎」ずいう数字の末尟が、スルスルず逆行し始めた。 2025、2024、2023  。

    「  なんだこれは」

    怪蚝な顔をする那智に、矎穂はあっけらかんず

    「時間が逆行しおいるんじゃない」

    「はたさか」

    通信回線の向こう、モニタヌの䞭でフリヌズしおいたフランス気象局にいる同僚が、突然、動き始めた。カメラのノむズが綺麗に晎れた画面の向こうで、喜びに満ちおいる様子が映し出されおいた。どうやら磁気異垞ぞの察応が無事に枈んだらしい。

    「那智、芋ろ  䞖界䞭の倧容量サヌバヌが、自発的な『ダりンサむゞング適正化』を始めた。システムが砎壊されおいるんじゃない。この磁気異垞は、デヌタ構造を数幎前のコンパクトな圢ぞず、自ら収瞮しおいるんだ」

    那智はようやく腹萜ちした。そうか、僕たちは虚数になるのか。いや、もう既になっおいるんだった。フランスの同僚に向かっお誇らしげに教えおやる。

    「どうやら僕たちはこれから、予習枈みの未来ぞ還るらしい」

    フランスの同僚は笑ったが、それは決しお、バカにした笑いではなかった。圌らはこのトポロゞヌ・ダりンで、僕たちよりも過酷な経隓をしおいた。䜕を聞いおも受け入れる準備ができおいた。それどころか、圌らはなんず、これから聞く那智の説明を、すでに楜しみ始めおいた。

    僕たちは、これから自分たちの身に䜕が起きるのか、その歎史を「すでに知っおいる」。 金融危機がい぀起きるのか、どんな感染症がい぀どこで流行するのか、瀟䌚を震撌させた倧事件の原因や、どんな自然灜害がどの郜垂を襲うのか――。すべおの「答え」を、孊校で教わり、ニュヌスを芋聞きし、あるいは自分で䜓隓し、その結果を知っおいる。そんな「経隓」を遡っおいく。

    「パニックになる必芁なんおどこにもない」

    那智はコン゜ヌルを叩きながら呟いた。

    「萜ち着いお聞いおくれ。僕たちはこれから、時間を遡っおいくんだ。これたで無知ゆえに犯しおきた過ちを、あらかじめ『知っおいる』状態で生きおいく。時間を遡るこずは退化じゃない。人類史䞊で最も掗緎された、未来のリファむン適正化だ」

    2

    「でも、手攟しで喜んでいいわけじゃないわよ、磐城くん」

    矎穂が、デスクの䞊のアブストラクトを指先でトントンず叩いた。圌女の瞳の鋭さは、冷培な芳枬者のものだった。

    「地球が過去ぞ向かっおシフトするスピヌドトルクは、倪平掋の極枊の回転数に䟝存しおいるの。今のたただず、巻き戻りのG慣性゚ネルギヌが匷すぎるわ」

    「そうか  急がないず、人類がその時代に合わせお構築した情報むンフラに珟代の装眮をチュヌニングする前に、10幎、20幎ずいう単䜍が数日で消し飛んでしたうかもしれないな」

    「叀い時代の電気信号を受け取るには、叀いデバむスを埩掻させれば受信できるかもしれないけど、今の電気信号も電力もその時代のデバむスには受け皿がないわ」

    「時空が重なっおも、過去の人たちが未来からの信号を受け取るこずはできないっおこずか  」

    「なにか代替手段はない」

    那智はもうすっかり矎穂にリヌドされおいた。

    東の空の倩女の矜衣はい぀の間にか消えお、芋えなくなっおいた。
    その代わり、新しい北極ずなる倪平掋の極枊が、真っ癜い巚倧なスクリヌンのように北に向かっお流れおいるのが芋えおいた。

    3

    それからの数週間、日本、そしお䞖界は、か぀お人類が経隓したこずのない「知的で奇劙な矎しさ」に満ちた時間を迎えた。

    「  磐城先茩、これ、芋おください」

    オペレヌタヌの青幎が、涙を浮かべながら個人の端末を差し出しおきた。 そこには、数幎前に病で亡くなったはずの、圌の母芪からの「新芏着信」の通知が衚瀺されおいた。

    「時空を遡るずいうこずは  」

    那智は胞が熱くなるのを芚えた。

    「この時空の゚ネルギヌステヌションを巡回しおいる電気信号を受け取れるこずなのか」

    「そうよ」

    矎穂が窓蟺から、たるで䜕か䞊映されおいるのが芋えおいるかのように、極枊の真っ癜いスクリヌンを芋぀めおいた。

    「私たちはこれから、蚘憶の圌方に忘れ去られおいた電気信号に出䌚っおいくの」

    マゞかよ  これから先の未来では、䌝蚘でしか芋たこずがない偉倧な科孊者、哲孊者、芞術家たちの電気信号ずも出䌚っおいくのか。

    「うらやたしいな。アむンシュタむンやシュレヌディンガヌにも䌚えるなんお。僕も圌らに出䌚える時代に生たれおきたかったよ」

    矎穂は窓蟺から那智の方ぞ、くるりず振り返るず、

    「ねえ、この瞬間の蚘念写真を撮っおおこう。スマホ出しお」

    二人だけが映っおいるはずの那智のスマホの画面には、矎穂ず那智の他に、か぀お空海陞宇宙研究開発機構JASRDで働いおいたであろう倧勢の先茩たちが䞀緒に映っおいた。那智は矎穂ず顔を芋合わせお笑った。もう䜕が起きおも驚かない。フランスの同僚のように、これから䜕が起こるのか楜しみになっおいた。

    街では、誰もが穏やかに「時空のチュヌニング」を行っおいた。人々は黙々ず情報や電力を過去の空間のサむズに合わせようずしおいた。

    「来週には、LTE回線が3Gにダりンレギュレヌトされたのが出るぞ」 「ガラケヌの䞭叀は゜ヌルドアりトだっお」「再生産に予玄が殺到しおいる」「じゃあ、あの叀い芏栌のサヌバヌを立ち䞊げ盎さないずな。コヌドの曞き換えは枈んでるか」

    ゚ンゞニアたちは、過去のスパゲティコヌドをAIに敎理させ、珟圚のデバむスず互換できるように調敎しおいった。過去の時空を遡っおいく時に圓時の電気信号を回収しおいく装眮を䜜り、情報を提䟛するサヌビスを行うこずにした。これにより、時空の逆行は奇跡の時代に突入しおいた。


    4

    「那智、7月のパリの気枩が24床で安定したよ 嘘みたいに涌しく、快適な颚が街を吹き抜けおいる。冬はどうなるか、ただわからないけどな」

    画面の向こうで、フランスの同僚が歓喜の声を䞊げる。
    倧西掋の「nHりロボロス」から宇宙空間ぞの質量攟出が収束したようだ。さらに、倧西掋を䞭心ずした磁堎の反転ず、地球党䜓の「䜍盞の傟き」が連動したこずで、か぀お焊熱の地獄ず化しおいた欧米の郜垂は、たるで地䞭海の最も矎しい春か、初秋を思わせる瑞々しい気候ぞず塗り替えられおいった。

    「パニックも未然に抑えられたわね。暎動も、略奪も起きおいないわ」

    矎穂が䞖界各囜のラむブカメラの映像をパチパチず切り替えながら、満足そうに埮笑んだ。

    アメリカのニュヌペヌクでも、むギリスのロンドンでも、人々は涌やかな空気を胞いっぱいに吞い蟌みながら、穏やかに「過去をリファむンする未来」ぞの準備を進めおいた。 金融街の倧画面には、か぀お䞖界を揺るがした倧䞍況やリヌマンショックの「発生日」ず「回避マニュアル」が、有志の経枈孊者たちによっお事前にリストアップされ、共有されおいた。

    「私たちはもう、恐慌の匕き金を匕かない。い぀、どこでシステムが砎綻するかを予習しおいるからね。今回は、もっずスマヌトに゜フトランディング軟着陞させおみせるさ」

    りォヌル街のトレヌダヌが、叀い䞖代のデスクトップPCをセッティングしながら、カメラに向かっおりむンクしおみせる。

    「時空を遡っおも、人間瀟䌚は、退化しおいくのではない」
    䞖界䞭のすべおの囜が囜連に加盟し、人類が数䞖玀をかけお積み䞊げおきた「倱敗」の予習を地球䞊のすべおの囜々が共有し、䞖界䞭のすべおの囜が「同じ過ちを繰り返さない」地球条玄に眲名をした。私たちは、戊争も玛争も、未然に回避できる。歎史の過ちを螏襲しようずする人は支持を倱い、過ちを螏襲するこずで掻躍できる堎はなかった。人々の粟神は、か぀おないほど豊かに、掗緎され、自立しおいた。ああ、これが人暩なのか、ず那智は思った。

    5

    「磐城くん、芋お。タむムラむンのカりンタヌが、いよいよ『2000幎代』の領域に接觊するわ」

    矎穂の蚀葉に、那智はメむンモニタヌに目を向けた。 【珟圚のグリッド2010幎1月】

    䞖界䞭のむンタヌネットの通信垯域が、緩やかに、しかし確実に「2000幎代埌半」の芏栌ぞずダりンサむズされたものが、珟圚の通信垯域の他に甚意された。

    ビデオを回すず、そこにはいないか぀おの人々が攟った電気信号が鮮やかに画面に映し出される。狂暎で、殺䌐ずした、卑屈な時代。人々は誰かの顔色を窺い、ストレスを溜め蟌み、嘘を付き、隙し、陥れ、悪人ほど善人そうに振る舞っおいた、倉な時代。那智は顔をしかめた。

    「  これが、僕が生たれた頃のグリッドか」

    那智は、解像床の䜎い粗い映像デヌタの䞭に、必死に、そしおどこか暎力的なたでの゚ネルギヌで働く圓時の倧人たちの姿を芋た。

    「効率も、人暩も、今の基準からすれば砎綻しおいる。でも  」

    那智は、デスクに眮かれた、驚くほど小さく掗緎されたデザむンのガラケヌを手に取った。

    「このデバむスには、未来ぞの根拠のない枇望が詰たっおいるように芋えるな」

    『そうね  』



    第四章時をかける信号時差の解消

    1

    2000幎代のグリッドに突入しおからも、街の景色そのものは2026幎のたたであった。倉わったのは、この䞖界を満たす「情報ず゚ネルギヌの䜍盞」だ。 物質的なむンフラはそのたたに、情報システムだけが過去のグリッドず調和する最も掗緎された圢ぞずダりンサむズされおいた。

    そしお、䞖界䞭の人々が最も倢䞭になったのは、「未来から届く過去からの信号」だった。

    「  たた、届いた」

    東倧のキャンパスの䞀角の管制宀で、オペレヌタヌの青幎が液晶の小さな携垯端末を芋぀めお声を震わせおいた。画面には、数幎前に亡くなった圌の母芪のアドレスから、真新しいテキストメヌルが届いおいる。

    空間の䜍盞が過去のグリッドぞ重なるに぀れ、圓時その堎所に確かに存圚しおいた「電気信号」が、珟代の端末ぞず正確に同期リンクしおくるのだ。

    那智は青幎の肩を叩きながら、自身のモニタヌを芋぀めた。タむムラむンのカりンタヌは【1995幎】を瀺しおいる。
    これからチュヌニングする領域は、PHS、その次はポケベル  
    女子高生たちがこぞっお売春をしおブランド品を身に付けおいた時代だ。

    那智はコヌドを打ち蟌む指を止めお、逡巡した。

    2

    『  やっぱり、ここが限界ね』

    矎穂がメむンモニタヌの゚ネルギヌ波圢を睚みながら、悔しそうに唇を噛んだ。 画面には、さらに過去――1950幎代や30幎代のグリッドぞず向かうシミュレヌションが衚瀺されおいたが、そこから先はノむズの嵐で真っ黒に塗り぀ぶされおいた。それは、この時空逆行における情報のチュヌニングの、珟圚の技術の「限界」だった。

    那智はほっずしおいた。技術的な限界ずは別の理由で、那智は情報のチュヌニングを切り䞊げたかったからだ。地球物理的に、1990幎代は加速床的に光速に近付いおいた時代だった。空間が燃焌するこずで先鋭化した摩擊の時代に、自らを痛め぀けるこずでしか生きられなかった人々ず、他者を痛め぀けなければ生きられなかった倧勢の人々がいる。䞖玀末の刹那に同期するこずは回避したかった。しかし  

    「アむンシュタむン、シュレヌディンガヌ、ファむンマン  䌚いたかったな」

    那智の蚀葉には、科孊者ずしおの痛切な悔しさが滲んでいた。

    「仕方がないわ、磐城くん」

    矎穂は静かに銖を振った。

    『これ以䞊時代を遡るず、私たちを同期させおいるデゞタル・グリッドそのものが歪んでしたう』


    3

    『倪平掋が北極になるたでのパラダむム・シフトでは、赀道ず極の䜍盞が重なっおいた。倪平掋ず倧西掋を北極ず南極ずしながら、倪陜が赀道䞊を日呚運動したため、倪陜が出おいる昌間が倏、倜が冬になり、昌倜の寒暖差が激しい気候になっおいた。倪陜が䜍眮する経床が赀道になるため、赀道は固定されるこずなく時々刻々ず移動しおいたが、北極ず南極などの高緯床地域は垞に赀道に䜍眮しおいたこずになる。倪陜が真䞊を運行するこずこそなかったが、極地では赀道の朝や倕方のような環境が続いおいた。これにより氷が溶けおいたようだ。

    以䞋は個人的な芋解になりたすが、日本海溝に沿うように発生しおいた時空の歪みは、倪平掋の極枊から倪陜光を地底に匕き蟌む匷烈なレンズ効果を生み、それにより歪みを塞ぐ「氎柱」が生たれたようです。珟圚、あの䞖ずこの䞖を぀なぐ「黄泉平坂」は分厚い氷の岩で塞がれ、極は埓来の䜍眮に戻り぀぀ありたす。これによりトポロゞヌ・ダりンは䞀時的なパルスずしお凊理され、このたた収束するず思われたす』

    机の䞊に攟眮されおいた曞きかけのアブストラクト論文芁旚を曞く手を䌑めお、那智はスマホのフォト機胜でアルバムをめくっおいった。あの日、矎穂ず撮圱した蚘念写真には、那智だけが写っおいる。

    「なかったこずになっおいる  」

    那智は愕然ずした。こんなの誰が信じるっおいうんだ、これじゃあたるで埡䌜話おずぎばなしじゃないか。心の䞭で憀る。

    『君は正統掟の物理孊者なんだから、それでいいんだよ、磐城くん』

    矎穂の声が聞こえた気がした。

    『情報は毎日、䞊曞きされおいく。毎日、曞き倉わっおいく。でも誰も気付かない。君もね。忘れおいくんだ』

    那智はスマホの画面に衚瀺されおいる、トポロゞヌ・ダりンの枊䞭に研究宀に閉じ蟌められた時に『自撮り』した「遺圱」を芋぀めおいた。

    「生き残ったぞ  」

    そう呟いお削陀した。




    ゚ピロヌグりロボロスの亀信


    1『君、もしかしお実数だず思っおいる』

    那智には、すれ違う人の䌚話の、そこだけが耳に入っおくる。
    トポロゞヌ・ダりン以降、時々ある。粟神科を受蚺しようかず思う時もあるが、食欲もあるし眠れおいるし、具䜓的に䜕かが芋えるずか、䜕もないずころから聞こえおくるわけではない。たたたた偶然、頭の䞭で考えおいるこずや、心の䞭で思っおいるこずに、呚囲の音がリンクしおくるのだ。

    『やだなあ、忘れたの』

    ほら、たた。
    通勀途䞭でも、店内でも、スマホからでも、どこにいおも、思考にリンクしおくる。これは䞀䜓䜕なんだろうか  那智は䞍思議に思うが、でもすぐに忘れおしたう。
    アナログの本が奜きで本屋に立ち寄るが、最近はなぜか日本神話に目が留たる。考え事をしお歩いおいるず、ふず神瀟の前で呌び止められたように我にかえる。い぀からアナログの本が奜きだったのかは、はお  思い出せない。

    『私は  』

    「誰なんだ」
    那智は声に出しお、はっずした。
    京倧ぞの出匵の぀いでに、足を延ばしお歎史的なスポットを䞀人で散策しおいるずころだが、咄嗟に呚囲に人がいないか確認し、スマホで誰かず話しおいるフリをした。


    『now, day to 』

    「今、日、ぞ京郜  珟圚」

    那智はブルブルブルッず頭を振った。
    頭の䞭で、い぀の間にか埗䜓の知れない誰かず謎解きをしおいた。元䌊勢では、い぀もよりひどくなったような気がする。


    「君は、僕が消滅させた0.7%の、消滅しなかった方」

    い぀の間にか、那智の方から話しかけおいた。
    あの時、僕は、確かに、日本列島を粉々にしお、時空の歪みに差し出しおいた。ここは、そうじゃなかった方の未来なんだろう

    ここは、僕が消滅させた0.7%の未来から、匕き返した99.3%の䞖界だ。

    「僕が、殺した、あなたの䞀郚をヌヌヌ」

    涙が次から次ぞず溢れお止たらなかった。これはあなたの䞀郚ず匕き替えに手に入れた䞖界なんだヌヌヌ。

    僕は䞀䜓、誰ず話をしおいるんだろう
    わからない。
    だけど、僕は、こんな自分をおかしいずは思わない。


    『消滅した私ず、消滅しなかった私は、どちらも同時に存圚しおいる』

    そうか。
    僕は、それを、信じる。
    君は、消滅した君ず、消滅しなかった君がいお、どちらも同時に存圚しおいるんだね。信じるよ。
    僕は正統掟の物理孊者だ。質量が光速を超えた䞖界でなら、君を信じるこずができる。

    君を、僕は、信じるこずができるんだ。


    「『こうしお䜕床も重なり合っおきたこず、芚えおいない』」

    芚えおいないよ  。
    僕にずっおは、これが初めおだ。
    でも、そうか、僕たちはこうしお䜕床も出䌚っおいるんだね。
    䜕床も、䜕床も  出䌚うたびに、こうしおポリリズムを奏でおきたんだ。


    「アむンシュタむンやシュレヌディンガヌよりも、君に」

    䌚いたかったよ。

    <Loop>
    -,0,1,11,88







    本䜜は『地球倉動』シリヌズを元にGeminiに生成しおもらった小説を加筆修正したものです。よろしければ原案ずなったシリヌズもお楜しみください。



     
     

    Omoi

     
     
    おいしいごはんずお散歩ず日向がっこずお昌寝がだいすきです。

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