
【交換書簡】③松本忠之さん
旧交を深めるようにして、そして新たな関係性のかたちとして始まった松本忠之さん(通称まっちゃん)との交換書簡。
20年来の友人として、スマホ主流になるまでに様々な方法で意思疎通を繰り返してきました。そんな我々の最新の交流方法は…まさかの文通形式でした。なぜそのような経緯に至ったのかなど、詳しくはこちらからご覧いただけると嬉しいです。
前回のAYAKOからの問いかけにさっそくお返事をいただいております。
ありがとう!
どきどき。
わくわく。
一体何が綴られているのでしょうか。
楽しみです。
それでは、さっそく開いてみましょう!
この交換書簡のアイディアをお伝えした時、
即座にOKをいただきました。むしろ言い出しっぺのわりにあれこれ考えたあげく、出だしが遅かったのは私の方でした。これはとても私らしい特徴とも言えるのですが、何をするにせよその完成系をイメージして、そこにたどり着くためのいちばん美しく整頓された道すじを描きたい。でもこれ、とっても機動力に欠けるんです。スタートダッシュが弱すぎて、何ならスタートしない事の方が多い始末…。
そこにきて、まっちゃんのこのお言葉。
交換書簡のアイデアを共有されたときは、「おもしろそう」という直感がありました。そして、たいていこの手の直感は外れない。そして、とにかくやってみる。考え出す前に「やろう」と約束してしまう。
この、思考の前にまず行動ってすごく彼らしいなと感じるんです。最初に出会ったきっかけは、当時ボーカルレッスンを受けていた私がその発表ライブでギターを弾いてくださる人を探していて、共通の友人を介して知り合いました。その後ボーカルとギターのユニットとして活動を共にしていくわけなのですが、当時から一旦とにかくやってみる人でした。彼はバンド活動もしていたし、曲を作り、歌う。というシンガーソングライターとしても活動していたので、湧き出たアイディアを大切にしてまずはかたちにしてみる。そんなことが日常だったのかなとも思います。
AYAKOさんから投げかけがありましたね。私は自分をどう定義しているかについて。私はよく、何かを思考するときに英語と中国語で自問します。そのほうが、思考の幅が広がる気がするからです。
3ヶ国語を使いこなす彼らしく、多言語で自問してみる感覚がない私にはとても面白いなと思います。多言語を話される方はみなさんそうなのかな。日本語のまっちゃんが議長のように中心となって、英語と中国語のまっちゃんと三者会談するビジョンが視えてきたんだけど、日本語での自問もするのかな。どうなのかな。気になる!中国に住んでいる時には「〇〇みたいな感じって日本語で何ていうんだっけ!?」と困っている場面があったり、この日本語の表現を中国語に訳すとどうなる?と私が質問した際には「日本語でのこの表現に値する中国語はない!」との回答に驚いたりもしました。そうやって多種多様な文化に触れることでも広い視野での思考が広がるのかなと感じます。色々な背景で考え方に違いがあることを知っていて、想像ができて理解しようとできる。それって ”やさしい気持ち” そのものですよね。
そしてメインテーマとなった自分をどう定義しているかについてはこう記されています。
「なりたい自分に限りなくなれている」と「一方でどうしてもなりたい自分になり切れていない」の二つが同時に浮かびました。
I am 〇〇!という風に返ってくるだろうなと予想していたのでちょっと意外でした。そして両極とも言えるような考えが同時に表現されている。ここがすごい。この両極の間をその時々でそっと音もなく行き来しているような、そんな体感が生まれたのです。社会的にも複数の肩書きをお持ちで多様な経歴の持ち主であるまっちゃん。きっとね、どの自分であっても現状に満足することなく日々努力を重ねられているんだろうなと思う。
友人代表として、思いを現実化するパワフルさに敬意を表します!