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実家の物置部屋に、17歳の兄がいた。

    実家に帰るたびに心がざわつく。
    物が積み重なっているからだ。

    夫と出会ってから驚いたことの一つが、義母が毎朝仕事の前に掃除機をかけていることだった。
    恥ずかしながら【掃除機を毎日かける家がある】ということを、20歳そこそこで初めて知る。
    サッとコタツ布団を捲り、座布団をあげて掃除機をかける。もう15年以上の付き合いになるけれど、義実家でホコリをみたことがない。かといって、物が少ないわけでもない。
    それでも、片付いている。

    そして、自分の実家の【物も多く片付いていない、あちこちにホコリがある状態】が気になるようになっていった。
    正直、私は自分のことをとても図々しい人だと思う。
    学生時代はその環境にいながら何も気にしなかったくせに、結婚して他所の家庭を1つ知ったからと言って、実家のことを少し嫌な気持ちで見てしまうような人だから。
    学校で掃除の時間を経験しているくせに、家では母に全ての家事を任せきりの家族だったから。

    あーだこーだ言うくらいなら、自分で動けば良い。
    こうして、実家を少しずつ片付けを始めた。

    実家にはもう私の部屋はなく、2階の空き部屋はすっかり【物置】となっていて。
    昔家族でやったパターゴルフや母の嫁入り道具の箪笥。
    小学校で使った子ども3人分の裁縫セットに、分厚くて大きい写真アルバム。そして、部屋の半分を埋め尽くす母の衣服。謎の書類たち。何年も開いていない窓は姿すら見えない状態だった。

    父と母の承諾を得て、兄達にも一報を入れ、片付けを始めた。
    まずは私の物から。娘とはいえ、もう10数年前に家を出た身の私が触るのだから、それが礼儀だと思った。
    なんて、カッコつかないカッコいい言葉を使ってみるが、これはもうあるあるだけれど、進まない。

    たくさんの懐かしい物があった。もう思い出すこともなかったであろう物が、たくさん。
    結婚する時にずいぶん処分したことを忘れていたけれど、私の物は少なかった。それでも母が「遺したい」といってくれた物が30代後半になった私だからなのか、私も母になったからなのか、私の娘も小学生になったからなのか、グッと心を熱くさせてきた。
    だからこそ進まない。
    次の休み、私は夫に協力のお願いをした。
    「思い出に浸って本来の目的が果たせない。だから、サッサと動くように一緒に来てほしい。」と。
    夫は快く引き受けてくれた。そして、その「サッサと動かなくなる私を動かす」という仕事を全うしてくれた。
    ただ、「早く」とか「捨てな」とかは言わず、「これを宝箱にして全部終わったらみよう!」と、寄り添ってくれた。それが、とてもありがたかった。もし次、同じような機会があったら、私もそう声かけをしよう。

    少し片づき始めた頃、母の嫁入り道具の箪笥の引き出しから手帳が出てきた。

    パラパラと捲る。見慣れない文字だった。
    母の字ではない。父や兄の字は、あまり特徴を知らない。

    頭の中で2人の兄が浮かんだ。
    浮かんだ途端、次に手帳を開くことを躊躇した。

    私は兄達と年が離れている。
    とても可愛がってもらったし、喧嘩をしたこともない。そのかわり、何も知らない。
    私にとっては【優しいお兄ちゃん】だが、両親とは色々と確執があることは幼心ながら感じていた。兄同士が長年仲違いしていたことも知っている。
    おおよその理由はわかるけれど、それも母が言う母目線の事柄なわけで、兄達がどんな気持ちだったか知る由もなかった。兄達それぞれの視点ではどう見えていたのか、知る機会がなかった。
    昔から【触れない、踏み込まない】が我が家の暗黙のルールだったように思う。

    だから、怖かった。
    その中にどんな兄がいるのか、優しいお兄ちゃんなのか、それとも想像もつかない兄なのか。そして、それらがどうして母の箪笥にあるのか。

    そもそも自分のものではない手帳を開くこと自体、モラルに欠けているとは思うけれど。

    きっとここに手帳があることは誰も覚えていないだろうと思いながら、適当に開く。
    兄だ。高校生の兄がそこにいた。
    驚いた。兄らしい言葉遣いだらけだった。
    驚いた。人生に希望を持ちながら、自分に嫌気がさしながら生きている17歳の兄がそこにはいた。

    当たり前のことかもしれないけれど、私は兄のそんな葛藤を知らない。私はやれ部活だ、やれ受験だ、と話を聞いてもらってきたから、兄は私の学生時代のことをよく知っている。途中から兄達が下宿して離れて暮らしたけれど、それでもよく覚えているなぁと思うような話を時折してくる。

    私が驚いた理由は、今の兄が人生をめんどくさそうにしているからだ。
    高収入ではないはずだけれど仕事はしている。結婚はしておらず、私には姪や甥はいない。ただただ、私の子ども達をとても可愛がってくれている。

    「彼女は?」「結婚しないの?」
    その言葉は私の実家では出たことがない。暗黙のルールだから。私からみたら、もう両親は触れられないでいるとも感じる。

    ずっと、不思議だった。
    母からは【優秀な兄達】とずっと聞かされてきて、自分が期待されていないと感じながら生きてきたから。
    偏差値の高い大学に入学して、【すごい兄達】と聞かされてきたから。
    就職ができずに地元に戻り、母に仕事を紹介してもらい、それでも不仲な家族のことが不思議で仕方なかった。

    母はいつから兄達のことを優秀だと言わなくなっただろう。私が兄達のことを聞こうとすると不機嫌になるようになったのはいつからだろう。

    私からしたらずっと【優しいお兄ちゃん】で変わりないけれど、いつのまにか私は結婚して家を持ち母になって、兄達が経験していないことも経験するようになった。
    【先に経験している兄に聞く】ということが、なくなった。
    心の中で複雑に感じている自分に気づく。

    開いたページには、父親に対する嫌悪感や学校生活に対する不満が綴られていた。
    そして、ページの最後、右下にはこう書かれていた。
    ーーー
    行動しないといけない、とわかっている。
    そう言いながら行動しない奴は、僕は嫌いだ。
    そして今日分かったことがある、
    それは僕だ。
    ーーー

    その言葉を見た途端、私が結婚する時に友人がサプライズで作成してくれた家族からのメッセージムービーを思い出した。
    「家族の真ん中にいてくれて、太陽みたいな子」
    父か母が私をそんな風に例えていたんだった。
    ああそうだ、潤滑油と言われたこともあったんだ。

    お兄ちゃん勝手に見てごめん、となぜか声に出して、同じ場所に戻した。
    自分の感情がうまく言葉にできない。
    でも、ただただ兄と話したくなった。

    最近、娘達を通した会話しかしていない兄達と。
    頼りがいのない妹だけれど、何も問うことはないけれど、ただただ兄と話したくてたまらない。

    兄と喫茶店に行こう。暗黙のルールを胸に。

    #創作大賞2026 #エッセイ部門

     
     

    えぬ

     
     
    過去に触れる雑記を書いています。

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