
【無料記事】成功している人は読まないでください~自分の才能の無さに気付いた時
自己紹介
テリー伊藤氏に師事し、「出動!ミニスカポリス」でデビュー。「がっちりマンデー!!」「給与明細」など、経済から裏社会まで社会の深部を切り取る番組を多数手掛ける。2008年からのドイツ生活を経て、現在は「ガチ中華」をはじめとする異文化・ニッチジャンルのSNS運用代行・戦略立案に従事。
序章 売れっ子放送作家に囲まれ、才能の無さを痛感する日々
あなたは自分に才能が無いことに、いつ気づいただろうか?
自分が「才能の無さ」に気づいたのは、おそらく25歳か27歳くらいの頃だったと思う。私が放送作家として所属していたロコモーションは、テリー伊藤さんが代表を務める制作会社で、元々は放送作家の事務所としても機能していた。
諸先輩方は、そーたにさん、おちまさとさん、都築浩さん、村上卓史さん、堀江利幸さんと名だたる売れっ子作家がいた。
私が大学生の頃に、ロコモーションに作家として潜り込んだころには、そーたにさんは電波少年で「懸賞生活」やら「熱狂的巨人ファン」などヒット企画を連発していた。村上さんは「ジャンクSPORTS」を、堀江さんは「ゴチになります!(ぐるナイ)」「マネーの虎」など、大ヒットとなる企画を手掛けていた。
そんな先輩方のブイブイ言わせる生活を脇で見つつ、同じ番組をやれば当然、お互いにネタを出す。いわば同じ土俵で戦うのだが、先輩たちの鋭い企画にはまるで歯が立たず、自分の才能を恨めしく思ったものだ。
それでも、と才能の無さは努力の足りなさ、勉強不足、経験不足だ!と思って、何度も立ち上がってやってきた。
①本当に才能の無さに気づくのは同期・後輩が成功した時
しかしだ。もっとダメージがデカいことが起きる。
私より、1年上の先輩・酒井健作さんが、フジテレビ「トリビアの泉」を大ヒットさせた。(その後、酒井さんは超売れっ子になっていく)
それまでは、ちょっと先を歩いてる先輩と思っていたが、周回20周ぐらい差を付けられた思いがした。そうなのだ、本当に自分の才能の無さに気づくのは、先輩よりも同世代のトップランナーの成功を目の当たりにすることだった。これが後輩なら尚更だろう。
②スガシカオの「Progress」を思い出す
NHKのプロフェッショナルの主題歌であるスガシカオさんの「Progress」の世界そのものだった。
「ぼくらは位置について 横一列でスタートを切った
つまづいている あいつのことを見て
本当はシメシメと思っていた」
横一列のスタートのはずが、同期に圧倒的な差を付けられた時、それは「環境」のせいではなく、「上司」や「時代」のせいでもなく、紛れもない「自分の才能」のせいだと否応なく気づかされる。
若い頃はいい。「自分にはきっと才能がある!」という勘違いが、本当に原動力となる。だが、時が経つにつれ、埋めがたい才能の差に気づく。それは、もうちょっと別の言葉で言えば「あの人ほど、〇〇を好きじゃない」とも言える。
「好きこそものの上手なれ!」というが、やはり成功している人の「好き」とか「熱量」は半端がない。私はテリー伊藤さんほど「笑い」にこだわってないし、そーたにさんほど「映画」や「漫画」好きでもない。それを無理くり追いかけるのがいいのか?と随分悩んだ。
③成功の方程式を知る
その頃に出会ったのが、島田紳助さんの「自己プロデュース力」という一冊だ。(とんでもない名著です)
同期には華のある天才・明石家さんま、正統派漫才の第一人者・オール阪神・巨人。僕の人生、「あいつには敵わない」の連続だった 。
誰もが驚嘆した死に物狂いの「努力」、あらゆる分野に共通する緻密な「分析」の方法。この世の中はすべて才能。
しかし、努力の仕方さえ、知ればトップに立つことができる。
「あんまり言いたくない『極秘の話』がひとつだけあるんです。…僕もそんなに先が長いわけじゃないし。教えようか」
私から見れば、紳助さんも相当な天才なので、どうなのかと思うがそれでもこの一冊には「才能が無いやつの戦い方」を教えてくれた。
それは紳助さんの成功の方程式をこう解き明かしている。
成功=才能×努力×時流
才能と努力は足し算ではなく、掛け算であると、そのため、どちらか一方がゼロだと結果もゼロになるといい。さらに、そこに「時流(時代背景・トレンド)」を掛け合わせることが大事だ。
ここで才能の話に戻すと、多分、大谷翔平選手は、最高の才能を持っている。そこに最高の努力を掛け算したことで圧倒的な成功を手にしている。(才能だけで言えば、同期の藤浪選手も高校時代は大谷選手と同様の潜在能力、才能を持っていただろう)
紳助さんは言う、
「最高の才能が5だとしよう、そいつが5の努力をしたら25や。でも才能が5でも1の努力しかしなかったら、5にしかなれへんのや。お前の才能が1でも努力すれば、5にもなれる。いや、もっといくかもしれない」
これは誠に芯を捉えた理論だと私は思った。
才能はないけど、努力とやり方、時流次第では「才能あるものに勝てる」
と思った。
さらに紳助さんから学んだのは
「自分の山で勝負しろ!同じことをやったら先行者に負ける。まだ誰も登ってない山なら一番になれる」と
この辺は雨宮処凛さんも同じことを言っていた。というか紳助さんの影響を受けているのかもしれない。「隙間産業で生きていく」とはまさに、自分が最初の登頂者になること。これは芸人に限らず、才能の勝負で劣る者が生き残るための必須の戦略だと、私も確信している。
とにかく、紳助さんの言う「自分の山で戦う」(自分が勝てる土俵を作る)というのは、放送作家として生きていくためのテーマになった。これは別に紳助さんだけが言ってることではく、秋元康さんは別の言葉でこう言っていた。
「みんなが行く野原には野イチゴはない」
そうなのだ。誰かが切り開いた道は2番手にしか、なり得ないいのだ。
私は先日、「逆行のススメ」を説いたが、実はベースには過去の諸先輩方から学んだのが実情だ。
④私が歩んだ「誰も登ってない山~海外での専業主夫生活」
そんな影響も受けながら、私は2008年、元妻のドイツ留学に伴い、専業主夫生活への道を選んだ。当時レギュラーを6本、特番10本ぐらいやり、年収的には1500万円ぐらいのレベルであったが(作家としては多い方ではない)全てのレギュラー番組を降りた。それは才能がないから「このままではダメだ」と思い、決意をした。もっとも2歳の子どもと離れて暮らすのが一番イヤだったのだが。
とにかく、「海外で主夫生活」を送ることはキャリア的には遠回りかもしれないが、いずれ誰も登ってない山になるのでは?と考えた。何せ、当時は「イクメン」という言葉もない時代。男性の育児休暇率は、確か2%程度の時代の話だ。
海外での慣れないドイツでの主夫生活は非常に苦しかった。(そもそもドイツ語しゃべれないし、友達もいない。主夫となり社会との接点が0となった。これなら、日本語で会話出来るし、深夜までテレビ局で働いている方がよっぽど楽だと何度も思った。
子育てではノイローゼになりかけて、愛しいはずの子どもにすら殺意を抱くほど追い詰められた。育児のワンオペの辛さを体験した。助けを乞いたい元妻は、留学での勉学に必死に励んでおり、容易く泣き言を言える雰囲気ではななかった。でも掛け替えのない経験も出来た。それは元妻への感謝の思いだ。)
2年後に日本へ戻り、作家の仕事に復帰しても、戻ってからの1年は、予想通りほぼ収入がなかった。その時期は「誰も歩んでない道を行けっていったじゃないか!」と紳助さんや秋元さんの言葉を呪ったりもした。
それでも後に日本テレビ「ネプ&イモトの世界番付」やテレビ東京「未来世紀ジパング」など手掛けた。その背景には当時「秘密のケンミンshow」で「県民性」がブームであったが、そのカウンターとして「世界の情勢・文化」を知りたいモードの時流が起きる。そこで、私の海外での知見が重宝されることにもなり、収入も無事、昔の水準に戻った。
⑤答えは「スガシカオ」の曲にあった
今、53歳となり30代で、もがいてたあの頃を振り返ると、最初から答えはあの曲の中に書いてあった。
「ぼくらの行く前方に ずっと確かなものなんてない」
「あと一歩だけ、前に進もう」
スガカシオさんのあの歌は、輝かしい天才のための曲ではない。「才能のなさに気づき、絶望し、それでも自分の泥臭い道を歩くしかない凡人」のための歌だったのだと。この歌の真の意味に、気づくのには随分と時間が掛かった。
今、この記事を読んでいる人にも「それは島津さん、だからでしょ。私は海外なんて行けないよ」と言うかもしれない。
そうだろうか?
確かに私は恵まれていたのかもしれない。
でも才能が無くても「あと一歩だけ、前に進む」ことは出来るはずだ。
不器用でも、正しい努力と時流を読んだ上で目指したら、「才能あるやつにも勝てる」山はあると思う。大きな成功はないかもしれないけど、少なくとも飯は食っていける。それはそれで幸せではある。
私はその後、離婚を経験し、さらなるどん底を味わう。それこそ、収入がゼロにもなったことがある。そこから今はSNSの運用代行という、過去のスキルを活かしながら、ディレクターとして活動することで、ようやく年収も1000万円レベルになった。(キャリアチェンジやリスキリングというテーマかもしれない)
ここにはドイツに行った経験が元で、「世界の異文化が楽しい」と気づいた私が「ガチ中華」というジャンルと出会ったことで、唯一無二の存在なったことが大きかった。
これはスティーブジョブスが、スタンフォード大学でのスピーチの通りだと思った。「その時は無意味だと思ったことが、時間が経ってからつながる」ということをひしひしと感じる。(これは必読の内容です。知らない人はぜひ、読んでください)
今、30代に差し掛かり、「才能無さに嘆く」方も多いかと思うが、ぜひ、新しい道を歩んで欲しい。それは一見、遠回りかもしれないし、今は無意味なのでは?と思うかもしれないが、人間を作るの経験であり、過去があるから今の自分がある。先人の言葉通り、私も愚かな者の道を歩んだが、点と点がつながる瞬間は、あなたにも訪れるはずだ。
そしてあなたが50代、60代になった時、またバトンをつなげばいいのだ。いつの時代も一生懸命な若いものがぶつかる壁なのだから。
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こちら「創作大賞2026」にエントリーしている勝負記事です。
良かったら、ぜひご拝読ください。