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参加費(お布施)について

    大倉圓敎(圓満)

    今回の投稿では、以前から動画を作成しようとしている、
    「坐会」などの参加費について、の内容を掲載します。
    わたしのこころ、本意をご承知いただければ幸いであるな、
    またこのような心が広まってほしいなと思っての掲載です。
    それではどうぞ。

    参加費について

    対価ではなく、応援・功徳・利他として

    参加費について、お話します。
    参加費と銘打ってありますが、これは分りやすく見せるためのもので、
    参加費という対価性のものは頂戴しておりません。
    「対価を受け取ってはならない」という原則があるからです。
    (※詳しくは、「出家・在家・布施とは」といった仏教の解説として別動画を作成中です。)
    一方で、以下のものは有難く頂戴しております。

    ・応援

    まずは応援のものです。
    私の活動は甚だ困難なものであり、在家の普通の身を捨てて邁進しております。それを応援して下さる方からは、応援を有難く頂戴しております。

    ・功徳

    今ではほとんど知られなくなりましたが、
    本来布施というものは「停止することの修行」としてするものでした。
    在家の停止の方面の修行として、自ら成した財を停止の道へ捨てることで執着を落とす等の役割と、或いはそれによって功徳を積むという役割があり、
    「修行」として成されることが本来の意義です。
    これを理解されている方からは、布施行として有難く受けさせていただきます。
    功徳が今世来世に回ることをお祈りいたします。

    ・利他

    最後に利他としてのものです。
    今の社会では精神的な方面のことが抜け落ちており、
    それが社会を濁らせ、生きづらい世の中を作り出してしまっています。
    そこにおいて精神性をよりよいものとする基盤を伝えるために活動しております。
    それが社会をよくすることを確信し、これに挺身するものです。

    物質的なことばかりが重視される時代だからこそ、
    実はその逆に精神的な物質ではない方面もまた大切であることを伝えるものです。
    この利他を実現することが、利他的なよい社会を生み出すと信じて、
    その一部となることを望んで、利他の糧としてくださるものを喜んで頂戴します。

    また、わかりやすい小さいところでは、
    経済的に/事情的に非常に難があって参加費無しで参加されたい方が自由に参加できるように、ということもご想定いただいてして頂けますと、
    利他としてこれが回りますので、
    そのような意味でして下さる方も有難く頂戴いたします。

    まとめ

    ということで、
    応援、功徳、利他の為のものとして頂戴しております。
    対価としては頂戴しておりません。
    御気の向くままに、ご事情のままに、意図を理解して下さる方から有難く頂戴いたします。大切に使わせていただきます。
    ですので、本当にご気楽に、素直なお気持ちのままでなさってください。ご自由に。
    もし経済的に非常に難のある方などは、ご遠慮なく手ぶらでお越しください。

    一切形にとらわれない

    ・一切形にとらわれない

    一切形にとらわれない、ということです。
    この資本主義の経済も一時のもので、いつかは変形すると確信しています。
    身分制度が変化していった、あるいは撤廃されたようなものです。
    そのような時代の到来を願い、或いはそれが本質的であることをよく知って、そのようにあるものです。

    ここに関しては古代人のような素朴なものが正解ということです。
    大人になって、子供の素直なこころを思い出すことが大切だったりするようなものです。
    ですので、そのような素朴な感覚に戻っていただいて、
    そのような感覚からしていただくことを切に希望します。

    ・こんなのもあり

    ですので、
    例えばこんなのもありです。
    ・普段においてお振込みなどでお施しくださっていて、当日はなしということも結構だなと思います。
    ・また端数なんかも結構ですね、1379円有り合わせの小銭も包んでみるとかいうのもありです。
    ・また偶数は包んだらあかんとかいうことも一切ありません。
    本当に、古代人のような感覚で好きに、気持ちよくしていただきたいんです。
    そうではないものは、そういうエネルギーを私は感じてしまうんで、
    これがまたちょっと苦しんです。そういう事情もあります。
    本当にご気楽に、思うようになさってください。
    それで頂戴するもので、私は歩んでいくということです。

    ・反対に、毎月安定して応援くださる方がおられましたら、
     Noteサブスクなんかもありますので、よろしければ。
     https://note.com/enman1204/membership/join?preview=true
    ・毎月お振込みでくださる方なんかもおられて、私は歩めています。

    常に皆様の功徳と、社会への利他を考えております。

    必要となっている経済

    必要となっている経済を一応ご説明させていただきます。

    ・事業費(これは生活費を含む)

    まず活動をしていくためには、様々な経費があります。
    生活費と思われる方もいるかと思いますが、それ以上に事業費として必要ということがあります。
    雇われている働き方の方だとご理解いただけないこともあると感じているのですが、
    皆さんの生活費は人件費として、事業を成立させるため費用の一部であり、
    そういう観点からみると、事業を成立させるための事業費というものがあって、
    生活費はこの「事業費の一部」という形になっております。
    つい身一つで活動していると、生活費をいただいているように思われることがあるのですが、
    実際には活動するという事業についての費用がかかっており、生活費はその一部分です。
    PC代、様々なサブスク、交通費、書籍費…事業を実現するには沢山色んな費用があります。
    このことをご理解いただいて、その一部として頂戴いただければ幸いです。

    ・執筆に専念するための経済

    私の使命の大きな一つに、様々なことを執筆するということがありますが、
    全く営利的な内容ではなく、営利的な利益を生じるために成すことではないので、
    そのような利益は生じず、人々の功徳や利他のためのお施しによって成立するものです。

    そのように執筆や修行修学という非営利のことに専念するためには、
    他の経済が生じるようなことをなるべくしないで済むようにしなくてはならず、経済が必要です。研究者に資金が必要であるのと同じですね。
    皆さんは宇宙事業の恩恵を受けていますが、あれも宇宙事業に専念する人の努力があって、
    それ自体は後にならなくては世の中に利益を生じないにも関わらず、
    その大切さを信じて、ただ投資していくことによって成立しているものです。
    そのように、執筆に専念するために経済が必要になっています。
    あればあるだけ、専念してよいものを追求することができます。

    ・坐会(イベント実施)のコスト

    この坐会をするのにも、交通費、場所代がかかっております。
    またそれだけではなく、その準備や当日などの時間的コストも生じております。 

    その他注意点 

    険しい道

    わたしは、利他の心から、
    社会をどうにかするためには精神的な方面をどうにかしなくてはならないと、在家の人生を捨てて、この道を歩んでおりますが、
    これは「焼野原を立て直していこう」とするようなもので、
    あまりに難しいことであり、「茨の道」と心得て歩んでいます。
    ですので初めのうちは、自分自身が非常な貧困にありながら歩んでいくものであり、すでに僧侶となって5年が経過しております。
    自分の家もなく、応援して下さる方の家を渡り歩きつつ、
    身を削りながら活動しています。

    いつか活動が栄えて余裕が生まれるときを待っておりますが、
    これは、そのような状態にあるということは多くの人に伝わっていることを意味するからであって、
    自分が楽になるから望んでいるものではありませんよ。
    ただそうなったときには、多くの人々にも役立っているということです。

    そのようなときには、
    経済難にあるような方にも多く頼って頂ければと思っておりますが、
    今は自分がギリギリで歩み続けている身ですので、
    もし経済難にある方が沢山集まってしまうと成立しないなという事情も心にはひそかに抱えております。
    経済難にある方にも沢山集まって頂けるような未来を望みますが、
    只今はそうではありませんので、簡単には施しなしでもよいとだけは思われないようにお願いします。

    それでも経済難にあられる方はやはり堂々と、
    ご気軽に手ぶらでお越しください。喜んでお迎えいたします。
    誰かの利他が回ることを確信しております。

    対価ではないからこそ

    また、当日現地でご参加いただけない方でも、
    Youtubeで学んでいただいた方でお気持ちあれば、
    ご喜捨いただけますと、実際は本義であるなと思います。
    対価であると思っていたら、現地で参加したからするものだということになりますが、
    そういうことではありませんので。
    反対にいえば、
    そのように時の異なるときに応援いただいて、現地ではお施しされない、というパターンも、
    それもまた意図をご理解いただけて有難いなということでもあります。

    まとめ

    以上、
    ・このような趣旨から頂戴するもの、
    ・あるいは頂戴せずとも構いません、
    ・対価としては受け取りません、
    ということでした。

    心あるお施しを喜んで頂戴しております。
    この功徳が皆様に渡り、また世を良く導きますように。

    【ご喜捨のお願い】

    社会の精神的な向上を願って、宗教者の道を歩んでいます。
    本物の宗教を徹底して示すべく、厳しくともご喜捨のみで歩んでいます。

    もしご縁ありましたら、以下よりご喜捨いただけましたら幸いです。
    みなさまに功徳が廻り、社会の精神基盤に寄与しますように。

    ・メンバーシップでの応援(五百圓~)
    ※ただし手数料が18%ほどかかり引かれますので、従来通りお振込みにてお施しくださる方はそのままにして頂ければ大変幸いです。その他の方は、以下のメンバーシップからお願いします。

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    社会活動家/宗教者。つらつらと気付いたことなどを記しています。「諸宗教•科学の統合的視座に関する理論」を執筆中。メンバーシップでの共志等よろしくお願いします。 https://raikouji0216.wixsite.com/my-site-1

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