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24.1.11_1 世のおかしさ

    大倉圓敎(圓満)

    ひとまず投稿。
    私はいつも暇なとき、
    ついついinstagramを開いて
    ストーリーの作成欄を開き、
    文字をつらつら打ってしまう。

    話したいことが多すぎて、
    場所さえあれば、何かしら話し出してしまうのだ。

    instagramのストーリーでは、
    残らないので勿体ないと言われ
    それもそうかとnoteの投稿を始めてみることにした。

    話したいことはとにかく多い。

    この時代/世のおかしさ

    まず、世の中がとにかくおかしい。
    今世のわたしは、1996.2.16に出生した。
    ときは1995年、オウム真理教の事件や阪神淡路大震災に世が荒れた翌年である。少し遡れば、バブル崩壊後ともいえる。 

    以来、今日まで失われた30年という言い方もできるほど、停滞した世の中で育ってきたといえる。

    私は今世だけの記憶で生きているものではないから
    客観的にこの時代を見ることができるところがある。
    そうした目から見るに、幼いときから、なんておかしな時代なのかと憂い続けて育ってきた。 

    何がおかしいかといえば
    ・宗教の軽視/宗教的事実の無視
     →輪廻転生の無視、浅はかな人格など
      へも繋がる。
    ・日本の方が劣っているというコンプレックス
     それによる日本文化の薄れ
    ・浅はかな大衆文化の形成、
     浅はかな生き方の形成
    ・軍国主義の名残
    ・民衆が自分の判断を過信している
    などを挙げることができる。

    わたしは、過去世の感覚が強いから
    幼稚園のときから既に深く憂いてきた、
    と同時に、
    このような世と共に生きるのが苦痛でならなかった。

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